Seni Tejuoso "Easy Motion Tourist"

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 Seni Tejuoso "Easy Motion Tourist" (Jazzhole JAHO11CD, 2010)

 "Easy Motion Tourist" のライナーノーツを読んで、オラセニ・テジュオソ Olaseni Tejuoso について簡単に整理。

 1929年4月2日、レゴス州 Ebute Metta 生まれ。彼がドラム (Europan parade drum) と出会ったのは8歳(1937年)の時で、Funmilayo Ransome-Kuti(Fela Kuit の母)が設立した小学校でのことだった。その後、アベオクタに越し今度は Fela の父の学校で学ぶ。

 1948年卒業と同時にレゴスに戻り職に就く、1953年にその会社が倒産。定職を諦め、Julius Oredola Araba のと音楽活動を始める。しばらくして2人の音楽はナイジェリア放送協会 NBC の DJ Steve Rhodes の目に留まった。それが Fatai Rolling Dollar との出会いにも繋がったようだ。

 彼らは The Rhythm Blues Band と名乗る (*1) 。ハイライフやパームワイン・ミュージックを演奏するバンドだった。バーなどで演奏する一方、結婚式や葬式などにも呼ばれたという。J. Araba が 'Easy Motion Tourist' を書いたのもこの時代。

 Fatai との活動を続け、1965年までに 'Won Kere Si Number' (*2) , 'Teje Baby' などを録音。70年代の遅くに引退。

 このライナー、1937年はジュジュのオリジネイター Tunde King 最大のライバル Ayinde Bakare が最初のバンドを結成した年だった… と始まるなど、ちょっとしたジュジュの変遷発展物語となっていて、なかなか興味深い。

 本作 "Easy Motion Tourist" の制作は2001年に始まり9年がかりのものだったという。Olaseni は歌に専念し、ドラム/パーカッションには様々なゲストが参加している。またギターは Sina Ayinde Bakare が担当。パームワイン・ミュージックとジュジュをベースに、アフロキューバンなどの要素をミックス('El Manicero' をカバー)。ホーンズが加わって気持ちよいハイライフも聞かせる。

 決して絶賛に値するような作品ではない(なので、万人向けでもない)が、自分はこれくらいリラックスした緩い音楽も好きだ。肩肘張らずに気軽に聴けるので、今の自分の気分にはとても合っていると思う。


(*1) ジュジュの重要アルバム "Juju Roots: 1930s-1950s" (Rounder, 1985) は、J.O.Araba and His Rhythm Blues 名義の 'Iyawo Ma Pa Mi' (1957) を収録している。この曲は今回の "Easy Motion Tourist" で再演されている。

(*2) Fatai Rolling Dollar の復帰第2作目(スタジオ録音盤)のタイトル・ナンバー。




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by desertjazz | 2010-11-08 10:00 | 音 - Africa

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