SUKIYAKI TOUR 2011 (15) : Day 6

 スキヤキ・ツアー6日目(SUKIYAKI TOKYO 第3夜)。アマジーグ・カテブ東京公演。

d0010432_20101239.jpg



 スキヤキ・ミーツ・ザ・ワールド最終日、南砺市福野の円形劇場ヘリオスでの3つのステージを観て感心したのは、その組み合わせの妙だった。音楽芸術の究極を探求するカウシキ、実験性の先に新たな音楽を模索するクアトロ・スキヤキ・ミニマル、民族アイデンティティーを確認しながら肉体衝動を喚起する強さをもったアマジーグ(これはオマラ・モクタル・ボンビーノにも共通した特質)。そして、それぞれの音楽の目指す方向性は異なっていても、聴き手には音楽に触れる喜びを等しく感じさせる。一口に音楽と言っても様々あること、またどんな音楽でも同じように楽しめることを、ワールド・ミュージックを聴いたことのない人々にも分かりやすく伝えていたと思う。

 翌日以降、彼らは東京や名古屋に移動していった。そして各々の単独公演で先に記した方向性をより強めた音楽を展開していった。例えば昨日23日のカウシキは、1時間半という通常(に近い?)の時間枠とインド音楽に長けた聴衆を得ることで、その本領を発揮できたと思う。そして、自身の真価を最もはっきりを示すことの出来たのがアマジーグだった。

 クアトロ・スキヤキ・ミニマルの名古屋公演は、アマジーグの東京公演と日程が重なったので、当然観ていないが、彼らもヘリオスで奏でたサウンドをより深めたパフォーマンスを披露したのではないかと推測する。




 アマジーグ、4年振りの東京公演(前回は自身のグループ、グナワ・ディフュージョンを率いての来日だった)、会場は代官山 UNIT。開演時刻19時半より少し遅れて辿りついた。

(久し振りの東京だったので、昼は好みの店「霞町すゑとみ」で昼食、それから新作映画を観たり、評判の飲茶店に行ったりしているうちに、いい時間になってしまった。)

 アマジーグもチケットが思うように売れていないと聞いていたが、フロアに降りて行くと結構人が集まっており、すでにDJ(プレイしていたのはアマジーグのバンド・メンバー)で盛り上がっている。空いている訳ではなく、それでいて場内を動きやすかったので、客としては理想的な人の数だった。

 …が、関係者に言わせるとまだまだ「足りない」そうだ。

d0010432_20104599.jpg



 30分ほどプレイされたDJから、そのままの流れでアマジーグたちがステージに加わって、本編スタート。誰もが素晴らしかったと絶賛したライブ、特に後半の大グナワ大会については詳しくは書かない。

 すでに各所で語られているし、これから出る各紙にも良いレビューが載ることだろう。

 そのかわり個人的に印象的だったことについて少しだけメモしておこう。それは、音楽は「場」の与えられ方によって大きく変化するということ。

 福野でアマジーグを聴いていて、その音楽の素晴らしさに納得はするものの、何か少し物足りなさのようなものもおぼえていた。例えば、各楽器の音が分離してしまって、疎な音空間が感じられてしまう。本来グナワに備わっているような強固な音隗といった印象が幾分薄いのだ。

 対して UNIT で聴く音は極めてハードで厚くて激しくドライブしている。とりわけ身体に響いてきたのはアマジーグが演奏するゲンブリのサウンドの太さと重さだ。ゲンブリは本当はこういう音なのだということをやっと実感した思いがする。

 そして、ゲンブリの音に限らず、あらゆる音が渾然一体となって迫ってくる。UNIT のような箱はこうしたライブ向きに作られているのだから、多目的ホールのヘリオスと比較することに意味はない。ただ、サウンドが自身が発した出音(でおと)に適した「水」を得たなという実感は強かった。

 サウンドに相応しい「場」であったあとひとつの理由は、オーディエンスの質だ。アマジーグのライブ・サウンドに、耳と身体を本気で向き合わせたい、心行くまで踊りたいという層が厚かった。特に同郷アルジェリアの若者たちの反応が素晴らしい盛り上げ役を演じていた。フロア最前方に陣取って、叫び、旗を振りかざし、仕舞にはステージに上がって踊り出す。アマジーグの音楽は、ポップ・ミュージックとして素晴らしいばかりではなく、その内には彼のアイデンティティーが濃密に込められている。そのアイデンティティーをぶつける対象が目の前で激しく反応しているのだから、その音楽も触媒を得て活性化し沸騰しないわけがない。

 終わってみたらタイムリミットぎりぎりの2時間半(DJ含む)のセット。アンコールを演る時間が足りなくなったほどに突っ走ったライブだった。

d0010432_20113925.jpg
d0010432_20115353.jpg



 正直なところ、昨年も今年も SUKIYAKI 関連のライブを東京でも開催することについては幾分かながら疑問だった。もちろん富山県の南砺市福野まで来られない人たち向けの公演という意味は分かるのだが、福野のスキヤキだけで完結しているんじゃないかという考えもあった。

 数日前のこと、スキヤキのプロデューサーのニコラさんと橋本実行委員長からメッセージ(ツイート)をいただいた。スキヤキは「交流」を大切にしていると。スキヤキが世界各地の音楽を紹介する「場」に留まらずに、ミュージシャンや音楽ファン、一般市民の交流の「場」でもあるとすれば、SUKIYAKI TOKYO はそうしたミュージシャンたちに完璧なショーケースを披露させる「場」である。ならば、両者はしっかり役割分担が出来ているのではないだろうか。そこに SUKIYAKI TOKYO を開催する意義のあることに思い至った夜だった。

 くどくなるが、福野と代官山のどちらの内容が良かったかという比較の問題ではない。それぞれ違ったものも求められているので、一方が勝っているという言い方をするのは適当ではないのである。





 個人的には一昨日のオマラ・モクタル・ボンビーノ(渋谷クアトロ)以上に多くの旧知の方々と再会できたことが嬉しかった。東京を離れて2年、上京する度に外様気分が強まっていたので、たくさんの人たちから声をかけてもらえたことは素直に嬉しかったです。その分ダラダラ飲みながら語り合っている時間が長かったような…。まあ、それがいいのだけれど(結局今日は昼から飲みっぱなしという良い1日だった)。

 さて、アマジーグはグナワ・ディフュージョンを再結成してレコーディングに取りかかっているという情報も流れて来ている。順調に新作を発表し、今度はグナワ・ディフュージョンとしてまた日本に来てくれるよう願っている。

d0010432_20121318.jpg




オマケ:

d0010432_22152320.jpg

 発売日は都合がつかなかったので、代わりに買っておいてもらったチケット。番号は1番と2番。ということは最初に売れたチケットか?




 (2011.09.13 記)

 (続く/・・・ざっと書いた後に修正中。もう少し手を加えると思います。)



 (2011.09.22 追記/修正)

 (今年初開催となった SUKIYAKI TOKYO が昨年も行われたように書かれているのは誤りだというご指摘を受けたので、その部分も含めて修正しました。)



 (2011.09.25 再追記)



 SUKIYAKI TOKYO の堀内さん、他のみなさんにご協力いただきました。どうもありがとうございます。





[PR]
by desertjazz | 2011-08-24 23:01 | 音 - Festivals

DJ
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31