読書メモ:石井光太『遺体 震災、津波の果てに』

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 辺見庸の『眼の海』に続いて、石井光太の『遺体 震災、津波の果てに』を読了。

 東日本大震災直後の釜石市の遺体安置所を中心に描いたルポルタージュ。とても流麗な文章なものだから(とても読みやすくて、ほぼ一日で読めてしまった)、まるで小説を読んでいるかのよう。造られた話を聞かされているのではないかと、思い違いしそうになったほどだった。

 しかし、書かれていることは全て壮絶なまでの現実。読んでいる最中はずっと心臓が穏やかではいられなかった。ここまで凄まじかったのかと知らされたことも多かった。これほどの修羅場でありながら、立派なひとたちがたくさんいたということが一番印象に残った。

 この本はすでに各所で絶賛されているが、全くその通りだと思う。自分が感じたこと、考えたことを書き連ねても、被災された人々、困難に立ち向かった人々、いまだに苦闘されている人々の前では、何を書いても言葉が軽くなってしまうに違いない。

 だから、多くの人にまず読んで欲しいと思う。日本にいる人たち全てにとって読む価値のある一冊だと断言したいほど。タイトルや内容から、読み始めることを躊躇するかもしれない(自分もそうだった)。けれども、一度読み始めたら、辛くて止めてしまうよりも、一気に読んでしまう人の方が大多数であるに違いない。

 著者の石井光太には『神の棄てた裸体―イスラームの夜を歩く』以来、圧倒され続けている。今回も釜石市の遺体安置所に視点を置くという着眼が見事だ。真に凄い取材者/書き手だと思う。




 若干、余談/私感を。

 今年起こったことを記憶に留めておきたくて、『眼の海』や『遺体 震災、津波の果てに』などを読んでいる。そして3月以降のことについて、改めて振り返っている。

『眼の海』と『遺体 震災、津波の果てに』とは、全く異なった作品なようでありながら、共振しあうものを感じる。『遺体』を読むことで、『眼の海』の中の慟哭に分かり始めた部分がある。

『眼の海』にも『遺体 震災、津波の果てに』にも圧倒されてしまって、余計なことを書く気が起こらない。





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by desertjazz | 2011-12-14 00:00 | 本 - Readings

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