読書メモ:"1位本" 考

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 日頃は、評論やノンフィクション、容易には進まない長い小説、英語/仏語の細かな文字で書かれた音楽文献、仕事に関する専門資料などを多く読んでいる。けれども、そんなものばかりにまじめに向き合っているとさすがに疲れるので、ここ数年は頭休めにエンターテインメント小説も読むようになった。グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツの『シャンタラム』とスティーグ・ラーソンの『ミレニアム』はそうした作品の双璧。終始ワクワクしながらも、心に残るものが大きく、エンターテインメントと呼んでしまうのは失礼かと思うほどだった。


 最近一気に読んだデイヴィッド・ゴードンのデビュー作『二流小説家』もかなり面白かった。昨年出たときタイトルに惹かれたものの、やることが多くて暇はないし、値段もちょっと高いなと自分に言い訳して、取りあえずパスしたのだった。幸いなことに、それが最近価格を下げて文庫で出直したので読んでみた。そしたら、たちまに虜に。

 ミステリーは謎解きが最大の楽しみなのだろうけれど、この小説でも物語のキーポイントになるどんでん返しに驚かされた(少し無理があるかとも思ったのだけれど)。主人公の相棒にか弱そうな少女を持ってきているところも、ちょっとずるいなぁと思うがマル。村上春樹の『1Q84』などの諸作や『ミレニアム』で主要な役を担う、どこか蠱惑的な女の子たちも連想した。


 振り返ってみると『二流小説家』も含めて、気がつけばこのところ「1位本」をよく読んでいる。ミステリー1位だとか、本屋大賞1位だとか。読み終えた後でたまたま1位に選ばれた本もあれば、1位のキャプションが目に入って選んだ本もある。例えば、、、

・百田尚樹『永遠の0』

 最近一番のベストセラー作家のデビュー作(先日の出張中に読むものがなくなり、ホテル近くの書店で買ってみた)。ある零戦パイロットを追ったファミリーヒストリー。泣かせるいい話なのだけれど、その分ストーリーが安易か。文章も羅列しているだけで魅力がない。伊坂幸太郎を読むみたいにサクサク進む。泥沼化していった太平洋戦争の歴史的過程を知るにはとても分かりやすい(一方で単純化している分、歴史家からの批判も多いだろうと推測)。

・伊藤計劃 x 円城 塔『屍者の帝国』

 現代のコンピューター技術や生体応用技術といったものを、100年以上も昔にもっていった時代設定が突拍子もなく、全くついていけなかった(そうしたぶっ飛んだ設定と展開こそが肝なのだろう。だから自分はSFファンにはなれない?)。伊藤計劃が書き残した短い冒頭(30ページほど)を受けて書き継ぎ完成させたとは言えども、やはりこれは伊藤計劃の作品ではない(同様の意味で『ミレニアム』の第4部以降のプロットが残されていたとしても、それは『ミレニアム』の続編にはなり得ないと思う)。

・フェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』

 ドイツの元刑事事件弁護士が書いたデビュー作。表題通り犯罪にまつわる話を並べた短編集で、前職での実体験が生かされているようだ。確かによく書けていて、心が暖まる話が多かったような記憶もあるのだけれど、具体的には何も思い出せない(要再読?)。冒頭の一篇だけ出来が悪かったように感じたが、なぜかこればかりが印象に残っている。

(やっぱり短編はレイモンド・カーヴァーの市井の人々の切なさやどことない違和感が好きだし、自分には長編の方が合っているようにも思う。今年はドストエフスキーの『罪と罰』と『カラマーゾフの兄弟』も再読したくなった。)

 少し前にはこんな本も、、、

・高野和明『ジェノサイド』

 アフリカを舞台にした小説は好きなので、これも出版直後に買って一気に読み終えた。冒頭からして設定がトンでもなく、これだけで勝ち! とにかく面白くてどんどん読み進む。著者の膨大な知識量を発揮してストーリーを展開していく。けれど、それが途中で失速。その博学振りが徐々に嫌みになりだすのだ。科学フィクションのようでありながら、全くもって非科学的。確かに興味津々とさせるトピックに基づいて話を繋いでいくのだが、それがとにかく単線的。プロットがウェブ状にはならず、一本線で終わっているのだ。ここが最大の欠点。エンディングも読む前に簡単に推測できたとおりだったことにもガッカリ。同じ SFでも伊藤計劃のような、時代に対する切迫感というかヒリヒリする感触の足りないことが不満だった。

(同じくアフリカのザイールを舞台にした古川日出男のデビュー作『13』も出た直後に一気に読んだ。内容はもう覚えていないけれど、こちらの方が楽しめたかも知れない。)


 1位本の類に対して少々注文が多くなったが、もちろんどれも面白く読めた。楽しい時間を過ごせたことにも満足している。しかし、どうしても物足りなさが残る。考えるに、1位になるにはひとつの条件があるのだろう。

 何年か前の朝日新聞の企画で「ゼロ年代の50冊」の1位になったジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄 ―1万3000年にわたる人類史の謎』を読んだとき、どうしてこれが1位なのか理解できなかった。書かれているものの多くがどこかで読んだようなことの羅列。それらが繋がって何かを示唆するようなところもなかった。そんなことも思い起こす。

 結局のところ「1位本」は人々の評価の最大公約数的な結果として選ばれたに過ぎないのだと思う。思索的な本やマニアックな本よりも、読みやすくて、分かりやすくて、泣ける話の方に票が集まるのは仕方がない。従って、1位本ばかりチェックしても、自分が本当に満足できる本との出会いに繋がることは少ないだろうと思う。


 余談になるが、同様な理由で音楽チャートの類にも昔から興味がない。ひとつの傾向を探るには有効なのだろうが、ほとんど批判的に見ている。だから「年間ベストアルバム」の類もほとんど読んでいない。これだけ音楽の幅が広がって多様化しジャンルレスになってくると、そこで選ばれるのはますます最大公約数的になっているのかも知れない。誰にとっても愛聴盤は「年間ベスト」などには収まり切らないことだろう。

(同じように今年も「個人ベスト」はどれも拝見していませんが、それは別の理由によります。)


 ・・・以上、あくまでも小説音痴で文章を書くのも大の苦手という文学門外漢の感想です。悪しからず。


(冒頭の話に戻ると、このブログもアルコールが回って読書ペースが落ちた頃にさらっと綴っている頭休め。なので取り留めない文章ばかりになってしまいがち。それでもおつきあい下さっている方々には感謝いたします。)






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by desertjazz | 2013-03-05 20:00 | 本 - Readings

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