Oliver Mtukudzi | Bio & Discs (2) : Outline & Youth Days

 さて、オリヴァー・ムトゥクジ Oliver Mtukudzi のバイオ&ディスコグラフィーをスタートしよう。

(とは言え、正直に明かしておくと、私は彼のことをあまりよく知らない。なので、気が向いたときに調べながら少しずつ更新、そして追記と修正を重ねていくことになるでしょう。ネットの利点を活かして Wikipedia 的に。いつもと同じように、のんびり酒を飲みながら。)




 まずは概略から。

 オリヴァー・ムトゥクジ Oliver 'Tuku' Mtukudzi(活動初期〜中期には Mutukudzi と表記されることも多かった)(1952年9月22日 - )は、アフリカ南部の国ジンバブウェを代表するシンガー/ギタリスト/バンドリーダー。過去30年ほどを振り返ってるとき、トーマス・マプフーモ Thomas Mapfumo とオリヴァーこそがジンバブウェのポップミュージック世界における2大スターであり、アフリカンポップの巨人のひとりとしても広く認められている。長いキャリアを通じて60枚ほどのアルバムをリリース、今年の秋で61歳になる。

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 オリヴァーはジンバブウェの首都ハラレ(出生当時は Salisbury)近郊のゲットー Highfields の出身。貧しい家庭に生まれ育ち、7人兄弟の長男だったという。ジンバブウェの国を大まかに分けると、ショナ人が多い北部(中心都市ハラレ)とンデベレ人が多い南部(中心都市ブラワヨ)に二分されるが、オリヴァーはショナ系統コレコレ Korekore の出自。(写真は2歳の頃のもの)

 彼の音楽スタイルは、ショナの親指ピアノ(ンビーラ)による伝統音楽、ジティ Jiti というローカルポップ、ンデベレの音楽、南アフリカ共和国のタウンシップ・スウィングやズールー・ジャイブ、ンバカングァ、さらにコンゴのルンバやソウルをミックスして生み出したもので、弾むビートと明るい曲調を特徴とするものが多い(…と言うか、ンビーラのビート色の強い曲も多い一方で、南アのズールー・ジャイブに傾倒し、それをベースに構築して生まれたのが Tuku Music だと感じる)。独特なリズムに乗って自然と身体が動くダンサブルな曲にも、しっとりと聞かせる曲にも、深い味わいがある。こうした彼の音楽は Tuku Music と呼ばれている。

 そして彼のディープでハスキーでワイルドな声こそが最大の魅力だろう。ショナ語で歌うことが多いが、ンデベレでも歌い、英語の歌も数多い。いつくか歌詞を読んでみた限りでは、正しく生きる上での人生訓や知恵を諭すもの、苦しみを吐露するようものが多かった。

 代表曲は、'Dzandimomotera'、'Avenue Samora Machel'、'Right Direction'、'Nyanga Yenzou'、'Mutorwa'、'Pss Pss Nallo'、'Hear Me Lord'、'Todii'、'Kunze Kwadoka'、'Shanda' といったところだろうか。

 ここで断言。'Hear Me Lord'、'Todii'、'Kunze Kwadoka' の3曲は今度の来日公演でも必ずやります! スキヤキに参加される方は歌詞をしっかり頭の中に叩き込んで、、、じゃなかった、一緒に踊れるように予習しておきましょう。

YouTube | Hear Me Lord (Live at Local Club)
YouTube | Hear Me Lord (Live at Reggae On The River)
YouTube | Todii
YouTube | Kunze Kwadoka

 個人的に特に好きなのは 1996年のヒット曲 'Hear Me Lord'。エレキギターの下降フレーズが印象的なこの曲、何度聴いてもとっても気持ちがいい。この夏、生で聴けるのが楽しみでしかたない。




 子供時代に話を戻すと、自ら "My first attempt to sing was my birth cry." と語っているくらいだから、幼少時から相当に音楽に夢中だったのだろう。6歳か7歳まではムビーラ音楽、コーラス音楽、コレコレのドラムしか聴いたことがなかった(2004年のインタビューより)。彼が本気で歌い出したのは、1962年、学校と教会のコーラスでのこと。当時からそうしたグループのための曲までを作っていたという。何とも早熟振りを伝えるエピソードだ。

 オリヴァーはほどなくポップミュージックにも入れ込み始めた。ジンバブウェにラジオが普及し初めてからはソウルミュージックを聴くようになったとか。60年代初め〜中頃には James Brown、Otis Redding、Wilson Pickett を聞いていたと語っている(同じく2004年のインタビュー)。ボックスギターを手作りし、路上でギターを演奏して過ごすことが楽しみだったらしい。だが、両親とも息子が音楽の道に進むことには大反対だった(母親が生前のインタビューでそう答えている。映像もあり)。

 しかし、学校を出てもなかなか仕事が見つからず、3年間無職で過ごすなど苦労したそう。母親からも「ギタープレイヤーになんかなったら、結婚もできないだろう」と揶揄される始末だったとか。

 そんなオリヴァーが本格的にプロ活動を始めるのは 1977年のことだった。





(追記1)

 2004年のインタビュー内容などを追記。(2013.5.11)



(つづく)






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by desertjazz | 2013-05-09 00:00 | 音 - Africa

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