Oliver Mtukudzi | Bio & Discs (3) The Wagon Wheels

 オリヴァー・ムトゥクジのプロデビューは1977年(頃?、1975年とする資料もあり)、初のラジオ出演に続いて、同年ワゴン・フィールズ The Wagon Wheels というバンドへ加入したのがそのスタートだった。彼は1952年9月の生まれなので、24歳(あるいは25歳)の時のこと。

 ただこのバンドについては「アコースティックギター1本のみのワンマンバンド」だと書かれている資料もあって、彼の音楽活動初期に関しては不明な点もある。追々もう少し調べてみるとして、いずれにしても The Wagon Wheels が彼の実質的なプロ活動の出発点と捉えて構わないだろう。

 この The Wagon Wheels には77年当時、トーマス・マプフーモ Thomas Mapfumo も在籍していた。トーマスとオリヴァーといえば、ジンバブウェの音楽シーンにおいてここ数十年間変わらない双璧。その2人が同じバンドにいたというのは面白い偶然?だと思う。




 今になって振り返ると、トーマスがシリアスでストイックで妖気漂う音になっていったのに対して、オリヴァーの方は明瞭でおおらかで優しい音のまま。トーマスは「チムレンガ・ミュージック」の名の下に1980年に成就する独立闘争の精神的支柱となり、その後も名盤 "Corruption" に象徴されるように政治腐敗を糾弾し続けたのに対して、オリヴァーはムガベ政権とも折り合いをつけ、関係を悪くすることは避けた様子。トーマスのライブパフォーマンスはアルコールとドラックの影響から次第にその質を荒ませて行ったのに対して、オリヴァーは人生訓を歌い、ダイナミックにダンスし、観客たちを楽しませる。ダーク&ダウナーなトーマス、オネスト&ホープフルなオリヴァー、とでも要約できるだろうか。この2人の姿は、実に対照的だと思う。

 長年、日本でも欧米でも、オリヴァーはトーマスの影に隠れてしまった感があり、「二番手」とも言われ続けてきた。だが現在は、ジンバブウェ国内/国外を問わず、人気、売り上げともに、オリヴァーはトーマスを上回っているという。




 The Wagon Wheels 時代にオリヴァーはシングル2枚をリリースした。そのうち2枚目の 'Dzandimomotera' (カップリング曲は 'Ndakuneta' )が、ジンバブウェのヒットチャートで11週にわたって1位をキープするという大ヒットを記録(各資料に当たった印象では、どうやらこの録音には Thomas Mapfumo は参加していないようだ?)。ライブソングばかり書いていた彼が、学校を卒業しても仕事がなく苦労し、そうしたことについて書くようになって生まれた曲だという。

 さすがに The Wagon Wheels のシングルなんて持っているはずがない(…と思う)。そこで、この曲を YouTube で検索してみたら、いくつか出てきた。けれども、後年の再録音やライブ録音ばかりだった。(→ オリジナルヴァージョンも探せばあるかも。)リンクを張ったものも割と最近の録音だろうと思う。実際、ライブのレパートリーに組み入れることは多いようで、どの DVD だったかのライブ映像では「これは思い出の曲です」と前置きしてから演奏していた。(→ どの DVD だったかな? 要確認。)ポジティブな気持ちが伝わってくるような、とても美しいメロディーだ。後年の Tuku Music スタイルの原型がすでに作られているようにも感じられる。

YouTube | Dzandimomotera

 なおこのシングルに次いで、Oliver Mutukudzi (Wagon Wheels) 名義で 'Mutavara' をリリースしたとするデータもあるが、確認が取れない。この後で触れる第2次 Wagon Wheels での録音かどうかも、'Dzandimomotera' & 'Ndakuneta' より先にリリースされたファーストシングルである可能性も否定できない。(恐らく後者の可能性の方が高い?)

 オリヴァーはこの The Wagon Wheels を1年くらいで抜け出し、自身のバンドを結成することになるのだが、その顛末はよくあるような話。担当マネージャーに「ギャラは払えなくなった。だから好きに出て行ってかまわない」と言われたという。そこで、彼は Oliver Mutukudzi & The Wagon Wheels を結成。しかし、そのマネージャーが適当に人を集めて別の Wagon Wheels を組んでしまったものだから、同名バンドが2つ存在するというややこしい事態に。そこでオリヴァーはバンド名を変更。こうして誕生したのが、現在にまで続く Oliver Mtukudzi & The Black Spirits である。


 さすがに Oliver Mtukudzi のシングルなんて持ってないよなぁ、と思ったのだが、今度は一応探してみた。すると自宅の7インチの箱の中から Oliver Mtukudzi のシングルが数枚出て来た。それらのうちで一番古いのはこれ。もしかして、ファーストシングル??

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Oliver Mutukudzi And Black Spirits 'Zivai Nemwoyo' / 'Bgany Amakaka' (Kudzanayi KDZ 114, 1977)

 両面ともオリヴァーの曲で、南アフリカの敏腕ウエスト・ンコシ West Nkosi によるプロデュース。だが、それほどタウンシップジャズっぽくはない。'(P) 1977' とクレジットされているが、2曲とも1978年にリリースされたファーストアルバムの収録曲なので、このファーストからのシングルカット、ないしは先行シングルなのだろう。いずれにしても Black Spirits 誕生前の77年にすでに書き上げた曲ということか。



(つづく)




(追記1)

 最初「プロデビューは1977年」と書いたが、1975年とする資料があった。よって早速修正。また、同資料には Thomas Mapfumo が先に Wagon Wheels を抜けたと書かれている。

(2013.5.10)


(追記2)

 Wagon Wheels での活動開始はどうやら1977年(乃至は76年)らしく、プロデビュー年を77年に再修正。というのは、1979年にリリースしたセカンドLP "Chokwadai Chichabuda" のライナーノートに「Black Spirits に改名したのは 1977年9月20日で、それまでほぼ1年間 Wagon Wheels として活動した」といった意味のことが書かれているから。

 そのライナーには「9月20日まで約2ヶ月間、ナイトクラブで演奏した」とも書かれている。Wagon Wheels から Black Spirits への移行は連続した流れだったので、その中で生まれた 'Zivai Nemwoyo' と 'Bgany Amakaka' がどちらのバンド時代の曲か判断することには意味はないだろう。

(2013.5.10)


(追記3)

 "Psss Psss Hallo!" のライナーには「1975年にラジオパーソナリティー Brighton Matewere に見出されてラジオ出演、同年 The Wagon Wheels に参加」「Thomas がバンドを離れた時に、Oliver がバンド名を変更した」と書かれている。一体どれが正確なのだ?

(2013.5.12)


(追記4)

 オリヴァー・ムトゥクジの初録音は 1975年の 'Stop After Go' であると判明(2003年の CD "Tsivo (Revenge)" に書かれていた。どんな曲だったのだろう? これまでの情報から推測すると、これはラジオ放送用の録音で、レコード化されていないのかも知れない。

 つまり、75年に1枚、77年頃に The Wagon Wheels で2枚、合わせて最大3枚のシングルが The Black Spirits 誕生以前に作られた可能性がある。また The Wagon Wheels のシングル2枚という記述は 'Stop After Go' を含めた数である可能性も否定しきれない。

(2013.5.20)






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by desertjazz | 2013-05-10 00:00 | 音 - Africa

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