Oliver Mtukudzi | Bio & Discs (7) HIV Problem

 オリヴァー・ムトゥクジが自身のプロダクションを設立し、その Tuku レーベルからのレコードリリースを開始したのは1988年。記念すべき最初の LP は "Strange, Isn't It?" (TKLP 1) だった。Tuku レーベルからは7インチ盤も出していて、同じ88年にリリースしたシングルが手元に1枚ある。

- Oliver Mutukudzi "Stay With One Woman (Part 1) & (Part 2) " (ZMC 7, 1988)
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(名前の表記は 'Mtukudzi' ではなく 'Mutukudzi' になっている。)


 オリヴァー・ムトゥクジはデビュー以来、世の中に向けて様々なメッセージを投げかけてきた、社会性意識の高いミュージシャンである。このシングル曲について調べていて、そうした彼の社会派たるもうひとつの面を知ることになった。

 ムトゥクジはジンバブウェで最初にエイズについて歌ったミュージシャンとされ、'Tapera', 'Todii', そしてこの 'Stay With One Woman' の3曲はエイズについて歌った曲だという。'Stay With One Woman' はサックスを全編にフィーチャーした軽やかなポップソング。「危ないよ。ひとりの女性と一緒にいよう。それが病気を避ける方法なんだ。」と女性シンガーと一緒にほぼ英語だけで歌っている。単に浮気をしちゃいけないよ、歌っているだけかと思ったら、大きな危機感を抱いて歌っているのだった(ただ、曲の出来としては平凡かな)。この 'Stay With One Woman' こそオリヴァー・ムトゥクジが書き上げた最初のエイズ対策啓発ソングだったのかも知れない。

 彼が HIV/エイズ問題を懸念し、音楽を通じて社会に警鐘を鳴らすに至ったのには、1987年に WHO からの働きかけがあったかららしい。当時はまだ大衆の間に HIV/エイズに関する知識は普及しておらず、そうした中、エイズ禍が急速に広まっていった頃である。彼はそうした状況を深刻に受け止め、いち早く情報を広める活動に進んだのだろう。また Wagon Wheels 時代からのバンドメンバーでもある弟の Robert と他のバンドメンバー4人を短期間に立て続けにエイズで失ったことで、この病の深刻さを知り、エイズ対策に熱心になったようでもある。

(ただし、88年の "Strange, Isn't It?" には Robert Mtukudzi も参加しているので、時系列的に疑問がある。1988年に連続して亡くなったということ?)


 彼のエイズとの闘いは、ある意味、今も続いているらしく、今年1月にこんな記事も出た。

Zibani Zambia | I'M NOT HIV POSITIVE: OLIVER MTUKUDZI

 息子を亡くして活動停止だった時期に重病説が流れたのだろうか?(この項を書くに当たって、この記事も参考になった。息子を交通事故で失ったことに関してもインタビューに答えている。そうした話については後日。)






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by desertjazz | 2013-05-14 00:00 | 音 - Africa

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