読書メモ:ミシェル・レリス『幻のアフリカ』(2)

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 フィールドワークが調査対象に対して多かれ少なかれ何らかの影響を与えることは不可避である。それまで知られていなかった「未開民族」が発見されたとき、情報の乏しい少数民族の研究を進めようとするとき、他者に対して閉ざされてきた珍しい風習があるとき、それらはそのまま「保存」すべきなのか。何らかの接触をしない限りは、それらについて何も分からないままで留まる。果たして他者はどこまでのアプローチが許されるのか。今でも時々アマゾンの奥地で外界との交流を全く持たない少数民族の存在が明らかになり、調査すべきかすべきでないかが議論となる。そのような例に顕著なように、これは民族学者や文化人類学者、さらには探検家、ドキュメンタリー制作者にとって難しい問題であり続けている。

 それと同時に多くの民族は、周辺民族との交流、あるいは近年において旅行者たちと出会うことによって、生活様式が変化してきた。また混血も進んだ。その結果、20世紀後半には純粋なピグミーやブッシュマンでさえどんどんいなくなっていった。恐らく現在では、彼らのうちに獣の皮や樹皮で作った布をまとって生活している者はいないだろう(観光客相手に見せ物を演じている例を除いて)。その観点からは、いつかはタイミングを捉えて実地研究に進むべきなのかも知れない。

 1931〜1933年にかけて仏人マルセル・グリオールを団長としてアフリカ大陸を踏査した「ダカール=ジブチ、アフリカ横断調査団」にしても、すでに欧州の植民支配下におかれた土地が多かったとは言え、現地の人々に与えた(悪)影響は少なくなかった。とりわけ、長年奉られてきた物ものを奪う様は羞悪。夜こっそり祠に忍び込んで盗んだり、摸倣画を取り替えたり。当時の倫理では許されたのかも知れないが、正に略奪と言う他ない。その様子が当事者のひとりであるミシェル・レリスによって書き残されたのは、これはこれでひとつの貴重な資料なのかも知れないが。

 そのレリス、ドゴンなど西アフリカ各地では、宗教儀式等の詳細について現地の人々に語らせようとするが、毎度得られるのは異なる回答ばかりで、らちがあかない。エチオピア(アビシニア)でも憑依儀式を何度も実際に行わせて観察するのだが、それらは正確なものでなかったり、肝心な部分を省略されたりしたことが、その都度後で明らかになる。

 物理学の有名な原理に「ハイゼンベルクの不確定性原理」がある。ごく簡単に言ってしまうと、観測者が存在することによって、物の正確な位置とその運動の仕方を同時に正確に知ることは不可能だというもの。レリスが現地の風習に近づけば近づくほど、彼らは上手く逃げていって、肝心のところまでは明らかにならない様子は、まるで「不確定性原理」みたいだなと笑ってしまった。

 そのレリス、エチオピアのタナ湖の北、ゴンダールで長期滞在して調査する間に、ひとりの女性に恋心を抱く。仕舞には、肉体関係を持たなかったことを後悔して毎日のように書き続けるのだが、この辺は確かに「公式記録」を大きく逸脱した部分で、『幻のアフリカ』を風変わりな旅行記にしているとも思う。そしてそうしたレリスに感情に基づいた行動がゴンダールの人々や社会に与えた影響も無ではなかったことだろう。

 思い出すのは、アメリカ人(白人)のルイ・サルノ Louis Sarno のことである。1954年にニュージャージーに生まれた彼は 1985年以降、中央アフリカ共和国の密林に暮らすバヤカ・ピグミー Bayaka Pygmy を研究し、その音楽を録音して、CD や CDブックを発表してきた。中でも 1995年に出した CDブックは見事な出来映えで、録音そのものも近年のピグミー録音の中でも特に優れていると思う。

Louis Sarno "Bayaka - The Extraordinary Music Of The Babenzélé Pygmies" (Ellipsis Arts... CD3490, 1995)

 正にピグミーに恋してしまったルイ・サルノ、ピグミーの中での暮らしについて自身の著作の中で詳しく綴っている。

Louis Sarno "Song From The Forest - My Life Among The Ba-Benjellé Pygmies" (A Penguin Book, 1993)

 この本、彼のCDブックや録音ほどには面白くはない。それでも読み進めると、やがて彼はひとりのピグミー女性を愛してしまう。ここまでは、ミシェル・レリスと一緒。ところが最後に驚きの結末が待っている。なんと2人は結婚してしまうのだ。

 正直これを読んだ時には衝撃を受けた。ピグミーのような貴重な民族はあくまで調査対象であって、そっとしておくべきではないのか。ましてや白人と混血するなんて。このままではピグミーと白人との間で子供が生まれてしまい、血統が維持できない…と。しかし、これは視野の狭い偏った見方であることにすぐに気がついた。ただし、ひとりのフィールドワーカーの愛情の注ぎ方としてとても深いものを感じる一方で、果たしてこれが正しい行為だったのかどうかまでは、私には判断がつかない。

 ルイ・サルノは現在もピグミーの森に住んでいるという。




 余談1)

 時々、雑誌やテレビで紹介されることだが、マリ、ニジェール川大湾曲部の断崖に住むドゴンは、ある星団に関する伝説を持つ。その星団は現代の望遠鏡を使って初めて発見できたもので、ドゴンたちが肉眼で見つけられたはずはない。それをもって、これをドゴンの謎として語られることがある。しかし、これは現代になってからやってきたフランス人(多分)によってドゴンに後づけされた知識で、単に彼らがそれを従来からある口承伝説に組み入れたに過ぎないとする見方が有力である。これなども、外来者による伝統の改変の一例だろう。


 余談2)

 "Song From The Forest" は2冊持っています。欲しい人いますか?




 マルセル・グリオールの『青い狐 ドゴンの宇宙哲学』と『水の神 ドゴン族の神話的世界』も引っ張り出してきた。じっくり読みたいな。それにしても重い本ばかり。

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by desertjazz | 2014-08-18 00:00 | 本 - Readings

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