読書メモ:アルフレッド・R. ウォーレス『マレー諸島 オランウータンと極楽鳥の土地』(再読) -1-

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 アルフレッド・R. ウォーレスの『マレー諸島 オランウータンと極楽鳥の土地』(新妻昭夫訳/ちくま学芸文庫)上下巻を読了。通読するのは1993年に出た時以来のはず。それから約22年振りに、半年近くかけて、詳細すぎるほどの訳注含めてじっくり精読・再読した。

 『マレー諸島』は、英国ウェールズ出身の博物学者ウォーレスによる、アマゾン旅行に続くマレー諸島の旅の記録とその間の考察を集大成したもの。移動距離も(現在のインドネシアのほぼ全域)期間も(1854〜1862年の約8年間で、ほぼウォーレスの30歳代に当る)長大な正しくロング・ジャーニー。

 この旅は、彼の「進化の自然選択説」と「動物地理学」を確立する基盤となり、またダーウィンに『種の起原』を書かせる決定打ともなった。その点で生物進化を学ぶ上で最重要文献のひとつと言ってよいだろう。実際、正確に時系列な旅日記にすることよりも、マレー諸島に関する諸々を体系的に記述することを優先しており、その上で旅の記録が再構築されている。

 しかし個人的には、今回も自然科学の書というより、まずは紀行書として読み存分に楽しんだ。22年振りともなるとさすがに大部分を忘れてしまっている。正確な位置を覚えていない地名も次々に出てくるので、その辺りは昔インドネシアで買った詳細な地図を手元に置いて絶えず捲りながら。

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(参照したのはドイツ Nelles Atlas 社の "Road Atlas" 初版/1992年。極楽鳥の宝庫アルー諸島だけでもこれだけ細かい。)


 自分は旅行記の類が大好きだ。特にアフリカやインドネシアのものは貪るように片端から読んでいる。中でもとりわけ好きなのは19世紀から20世紀初頭の旅の記録。そうした文章を愛するのは、そこに書かれているような旅はもう絶対に再現不可能だからなのだと思う。自然環境も人々の暮らし振りも旅のスタイルもすっかり変わってしまった。自分が実際に体験できないのなら、過去の旅の記録を読むことによって追体験しようと思うのだ。これは古(いにしえ)の旅へのノスタルジーではあるが、とても心地よい楽しみ。

(スタンレーもリビングストンもコンラッドもミシェル・レリスもアンドレ・ジイドも読むのは好きだけれど、レイモンド・オハンロンやパトリック・マーンハムなどの旅行記も好きです。)

 それでも、アルーやテルナテといった地名を目にする度に、インドネシアの島々をもっと訪れてみたいという気持ちが募る。どこもウォーレスの時代からは激変してしまって、自分の期待に応えるようなものはもう何もないに違いない。それを分かっていながらも、インドネシアへの旅心は消え去らない。

 特にヌサテンガラの島々にはとても興味があるので、せめて1ヶ月くらいかけてジャワかバリから東の方へ行けるところまで行ってみたいとずいぶん前から思い続けている。2010年にマルセイユ〜ヴェニス〜モロッコ各地を1ヶ月弱の間巡った時にも、別のプランとしてこのインドネシアの旅についても再検討した。インドネシアにはこれまで13回訪れたものの、結局いまだにバリ(12回)とジャワ(3回?)とスラウェシ(2回)しか行けていない。フローレス島に行こうとした時にはデンパサールからのフライトがずっと先まで満席で断念。そして、インドネシアには 2009年11月を最後にもう5年以上行っていない。


 もちろんウォーレスによる探求(それは自然や生き物に限らず人々の生態にまで及ぶ)も圧倒的に面白い。特にオランウータンやトリバネアゲハや極楽鳥に関する部分は読みごたえたっぷり。当時、欧米人にほとんど知られていなかった虫や鳥と出会って興奮する様子が生き生きと伝わってくる。

 ちょっと話は脱線するが、トリバネアゲハや極楽鳥を収集する件は、アフリカなどでのレコード探しを連想させた。ウォーレスはどの滞在先でも、最初は不完全な極楽鳥しか手に入れられずガッカリしていたのだが、ついには完全な個体を、さらには生きたものさえ入手する。これって例えばダカールでのレコ掘りとそっくりなのだ。見たことのないレコードの山に毎日遭遇し興奮したものの、チェックするとレア盤はどれも不完全なコンディション。しかし連日探し続けると、やがてはミント盤やシールド盤がザクザク見つかり出したのだった。

(コンディションが良くなくても現在数万円で取引されているレア盤も、シールド盤でまだかなり持っている。自分はまだギリギリ良い時期にアフリカでレコード探しをできたのだと思う。この話の続きは改めて別のテーマで書いてみたいと思っている。)



 気になる美麗な蝶や極楽鳥は随時ネット検索して画像も見ていった。こうした楽しみ方をできるのは 22年前からは大違い。しかし、スラウェシの蝶の森が今では観光化が進み過ぎて壊滅状態であることも知った。どうやら多くの種が絶滅してしまったらしい。何とも悲しい現実(できれば知りたくなかった)。

 興味深いのは、こうしたことも含めて、ウォーレスの主張が現代社会への警鐘にもなっていること。

「悲しむべきか、一方ではかくも精妙な生きものが、ひさしく希望のない野蛮を運命づけられている野生の荒々しい地域だけで生命をまっとうしてその魅力をふりまかねばならず、他方では文明人がかならずやこの遠隔地にも到達するにちがいなく、道徳と知性と自然科学の光でこの処女林の奥を照らすならば、かならずや生物的自然と非生物的自然とのあいだの微妙な均衡のとれた関係に混乱をもたらして、文明人にしか鑑賞し楽しむことのできない素晴らしい形態と美しさをもつこれらの生きもを追いやり、ついには絶滅させてしまうことだろう。このように考えたとき、すべての生きものとし生けるものは人間のために作られたのではない、と知るべきである。生きものたちの多くは文明人とはなんのかかわりもない。彼らの生存の輪廻(サイクル)は文明人のそれとは無関係にめぐり、人間の知性の発達が前進するごとに混乱がもたらされ、破壊される。」(下巻 P.215)

「いまや私たちは、少数者の富と知識と文化は文明を構成するものではないし、そのようなものが私たちを「完成された社会状態」に向けて前進させてくれはしないという事実を、はっきりと認識すべきである。今日の巨大な製造システム、膨れあがった商業、過密な都市、これらがかつて存在したよりもまちがいなく大きな無数の人間的な苦悩と罪を支え、また次々に生み出している。(…)この点からすれば、彼らは自分の部族とともに暮らす未開人より、はるかに悪い状態にあるといわねばならない。
 (…)私たちの文明のこの失敗がもっと広く認識されるようにならないかぎりーー(…)ーー、私たちが社会の全体として、すぐれた階級の未開人たちより、いかなる意味でも本当にまさる状態になることは、けっしてないだろう。」(下巻 P.440/441)



(長くなってきたので、続きは Part 2 で…)






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by desertjazz | 2015-03-20 22:00 | 本 - Readings

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