病の話3:白黒テレビ

病の話3:白黒テレビ


「目が白黒になったことある?」
「どういうこと?」
「見えるもの全部に色がついていない。まるで白黒テレビを見ているみたいに…」
「ないよ」
「えっ、ないの?」
「あるはずないじゃない」

でも、私にはある。


小学生のとき、確か5年生くらいの頃だったと思う。
学校のトイレの梁に頭を強打してしまった。
なんでそんなことになったかという話は省略するが、とにかく額を正面から叩き付けた。
木造校舎だったので、頭が割れなかったことが幸いだったと言えるほどに。
気がつくと床に倒れていた。
なので、少しの時間意識を失っていたのだと思う。

立上がって前を眺めると、どうもおかしい。
それは色が全くないせいだとすぐに気がついた。
まるで白黒テレビを見ているかのような光景だった。
その瞬間、かすかに「ヤバイ」と思ったのだったか。
いやそれより、何とも言えない違和感に戸惑っていたように思う。

しかし、それもほんの一瞬の間のこと。
しばらく立ち尽くす間に、色は戻ってきた。
それはじんわりとだったような気もする。
いや、瞬間的なことだったかも知れない。
どちらだっかまでは憶えていない。


こうした体験は誰にでもあると、ずっと思っていた。
一時的に色を失うのは、単なる脳しんとうの一症状に過ぎないだろう。
頭に強烈な打撃を受けると、そのショックで脳神経が色信号の伝達なり分析なりを一時的に停止してしまうことがあるに違いないのだろうと。

しかし、最近オリヴァー・サックスの『火星の人類学者―脳神経科医と7人の奇妙な患者』の中の一章「色盲の画家」を読んで、これはほとんどあり得ないくらいに珍しい体験であると知った。
色のついた世界にすぐに戻ってこれたことを幸運だとも思う。

もしかしたら、あれは夢を見ていたのだろうか。
あの白黒映像は幻だったのだろうか。
いや、そんなはずはない。
白黒テレビのような残像は、いまでもしっかり脳裏に残っている。
それは何とも奇妙な景色だった。








追記:

色付きの夢を見るという人が時々いる。
けれども、しれが自分にはそれが信じられない。
私の見る夢はつねにモノクロ。
何か関係あるのだろうか?






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by desertjazz | 2013-07-22 00:00 |

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 フランスのアマゾンにオーダーしていた CD の一部が届いた。Salif Keita の新作 "Talé"(ようやく買った)、昨年フランスで買い忘れた Lo'Jo の新作 "Cinéma el Mundo"、最新作 "Bird'N'Roll" が最高だった Dionysos の旧譜2枚など。

 基本的にメジャーな CD は欧州盤は Amazon.fr か Amazon.uk で、米国盤は Amazon.uk でまず探すようにしている。一番の理由は値段の安さ(なぜか米国盤でも Amazon.com より .uk の方がずっと安く、欧州盤も大体は .uk が安い。プレオーダーして早く手に入るから、あるいは日本で見かけないからオーダーする場合も)。日本で買う輸入盤よりもかなり安く、また歌詞対訳や日本語解説が欲しいと思うことは少ないので、これで十分。充実した英文ライナーノートがついていれば申し分ないし、それでなくても必要な情報は大体ネットなどで集められる。

(もちろん読み応えのある日本盤ライナーもある。例えば Bruce Sprinsgteen など。最近だと、激レアなフィーリンのアルバムをリイシューした Olga Rivero & Pepe Reyes "Sentimiento Cubano - Cuban Feeling" も大長文で、作品に対する筆者の愛情が感じられた。あまりに長くてまだ読んでいないのだけれど…。)




 洋書も海外の Amazon から取り寄せることも多い。そして和書も Amazon.co.jp を利用することが増えてきた。本は書店で実際に手にとって探り歩くことが楽しい。だけど、BGM がやたらと大きい店、英語教材プロモーションのカセット音が邪魔な店、店員たちが店内で延々立ち話をしていて耳障りな店、なによりレジでのマニュアル化した対応と語尾を伸ばした挨拶の心地悪い店が多すぎやしないか。さすがにこれらに耐えられず、買うと決めていたものはさっさと Amazon にオーダーしてしまった方が楽(重い本を持ち帰らずに済むし、古い本以外はまっさらにキレイなものが届くし…)。

 けれども、先日この記事を読んで、考えが変わってきた。

 ・貧しくなる資本主義 アマゾンの人間オートメーション(木村 正人 | 在英ジャーナリスト)

 この記事の主題は先進諸国の苦しい現況。それより関わる事象として書かれていることが気になった。現代の企業は従業員にマニュアル化を押しつけるに留まらず、いよいよ人間を機械扱いし出しているのか。「アマゾンの人間オートメーション」という表現は相当にショッキングだった。「安い」とばかり歓迎していていいのだろうか? Amazon から買い続けていてよいのだろうか?(大量のゴミが出ることも好ましくない。)

 いや、そんな単純な問題ではないし、だからと言って他に良い方法がある訳ではない。小さな店で会話しながらの買い物などはほとんど昔の話。「ブラックカンパニー」なんて用語が闊歩し、そんな会社がぼろ儲けする時代。どうやら TPP も一部の国際的企業群が世界の市場を独占するシステムらしいことも明らかになりつつある(だからこその密談なのだろう)。何だか息苦しく、住みにくい世の中になってきたものだと思う。この先、世界はどこに進むのだろう。




 愚痴を言ったり嘆いたりするだけでは何も意味はない。しかし救いがない訳でもない。思い出すのは、小川さやかが『都市を生きぬくための狡知―タンザニアの零細商人マチンガの民族誌―』で活き活きと描写したタンザニアの古着売りたちの商取引。そのシステムが実に人間臭くていいのだ。もしかすると、こんなところに潤いある世界を取り戻すためのヒントがあるのかも知れない、などともとふと思う。

 昨年暮れに読み終えた『都市を生きぬくための狡知―タンザニアの零細商人マチンガの民族誌―』については、まだブログに書いていなかったかな。簡単な「読書メモ」を書いて紹介しておこう。


(続く)






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by desertjazz | 2013-03-07 00:00 |

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