カテゴリ:本 - Readings( 216 )

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 昨年のベスト・ブックの1位に選んだ、バーニー・クラウス『野生のオーケストラが聴こえる―― サウンドスケープ生態学と音楽の起源』を再読/精読してみた。やはり凄い内容だった。自分にとっては10年に1冊クラスの本かも知れない。

 バーニー・クラウス Bernie Krause は、(ピート・シーガーのいた)ウィーバーズに加入しミュージシャンとしてのキャリアをスタートさせた後、数々のレコーディングに参加(『ローズマリーの赤ちゃん』『地獄の黙示録』『スパイ大作戦』『トワイライト・ゾーン』『奥様は魔女』などの映画/TVシリーズやドアーズのアルバムなど)。またポール・ビーヴァーとの2人組 Beaver & Krause としての活動やソロとしての作品も多い(2004年の "Citadels of Mystery" あたりは日本でも人気のあるアルバム)。しかし今は、世界中の環境音を録音し分析・研究する音響生態学者としての姿が有名だろう。自分も 1996年に出た CDブック "Notes From the Wold - The Nature Recording Expeditions of Bernie Krause" (ellipsis art..., 1996) で彼の興味深い活動を知った(この作品はWAVEで購入。同様な方も多いのでは?)

 『野生のオーケストラ』の原著 "The Great Animal Orchestra - Finding the Origins of Music in the World's Wild Places" (2012) はたまたま Wired の記事で知って、発売直後に入手することができた。しかし、英語が苦手なためこの本もなかなか読み進まなかった。

 ところが邦訳が 2013年にとっくに出ていることを、昨年、分藤大翼さんの講演(イベント)で知り、慌てて買って読み、そして彼の語る世界にすっかり心を奪われてしまったのだった。

 ・・・前振りが長くなってしまった。

 クラウスがこの著書全編を通して強調しているのは、「ジオフォニー」(geophony : 風や水、大地の動き、雨と言った非生物が発する自然の音)と「バイオフォニー」(biophony : 人間以外の野生生物が発する音)と「アンソロフォニー」(anthorophony : 人間が発する音。電気機械の音、くしゃみや話し声などの生理的な音、音楽などの管理下の音、足音などの偶発的な音の4種類)という3者の関係の重要性/重大さだ。

 初読時それらの中で最も感銘を受けたのは、自然界の生き物たちの発する鳴き声は、周波数的/時間的/空間的に棲み分けているという事実だった。適当なジオフォニー環境の中で大小様々な生き物たちは、低音〜高音の間の異なる音域を使って音を発し、また互いに邪魔にならないタイミングで鳴いたり鳴きやんだりするという。かつて人間もそのような音空間を自然と十分に意識して暮らし、そうした中から歌や音楽が生まれてきたらしいのだ。ピグミーとともに暮らし彼らの録音を長年続けたルイス・サルノによると、ピグミーはそうした音環境の中で生きることで安らぎを得ている様子や原始の時代から歌を紡ぎ上げて行っただろうことがよく分かるという。

 対して現代社会はどうだろう。店頭から暴力的な音をばらまく商店街、暴走する車やバイク、無駄なアナウンスの嵐、、、。特に都会では、自己主張ばかりで、共生も譲り合いも失われている。こうしたことは単に「うるさい」という音環境の破壊であるに止まらず、人心のストレスや野生生物たちの生命の危機にも結びついているという。(例えば、クジラが沖に上がってくる「自殺」は、軍事目的で使われるソナーの超低音が耐えられないことからくる自死であることをこの本を読んで初めて知った。)

 音環境に関する様々な事実、それも人間が豊かに/野生生物たちが平和に生きていく上で必須な事柄ばかりが、次々と明かされていく。サウンドスケープ研究の嚆矢、R・マリー・シエーファーの『世界の調律 サウンドスケープトはなにか』はもちろん、スティーヴン・ミズン『歌うネアンデルタール 音楽と言語から見るヒトの進化』、プルースト『失われた時を求めて』、オリヴァー・サックス『音楽志向症(ミュージコリフィア) 脳神経科医と音楽に憑かれた人々』、クリストファー・スモール『ミュージッキング 音楽は<行為>である』、あるいはルイス・サルノやアントニオ・カルロス・ジョビンとの個人的やりとりも時々参照点にしながら論を進めている。

 目を見張る事柄の連続で、全てのページに興味深いことが書かれていると言えるほど。人間も動物も生きる上では資格情報より音声情報の方が重要なのではないかと思い始めるほどだった。(しかし耳も目も塞いで歩く現代人の姿は何と絶望的なことか。。。)綴っておきたいことがたっぷりあるので、この稿、後日追記するか数回に分けて書き続けることにします。







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by desertjazz | 2017-08-22 17:00 | 本 - Readings

最近のアフリカ音楽本


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 著名な野外録音家であり仏Occra の創設者でもある、シャルル・ドゥヴェルの豪華写真集 "The Photographs of Charles Duvelle" が話題のよう。それで思い出して、ここ最近気になっていたものを中心にアフリカ音楽書をまとめ買い。以下、軽く拾い読みしてのメモ。


Banning Eyre "Lion Songs - Thomas Mapfumo and the Music That Made Zimbabwe" (2015)
Jennifer W. Kyker "Oliver Mtukudzi - Living Tuku Music in Zimbabwe" (2016)
E. Obeng-Amoako Edmonds "Six Strings and a Note - Legendary Guitarist Aya Koo Nimo in His Own Words" (2016)

 まずはアフリカ音楽史上の偉人3人、ジンバブウェのトーマス・マプフーモとオリヴァー・ムトゥクジ、ガーナのパームワイン・ギタリスト、コー・ニモの自伝。時代背景や関連ミュージシャンのことも織り込みながら(当然か)詳述されている。いずれにも初めて見る写真がたっぷり掲載されていて、眺めているだけでも楽しい。コー・ニモのディスコグラフィーは有益なリスト。


John Collins "Fela : Kalakuta Notes" 2nd Edition (2015)

 2009年の 1st Edition は出てすぐに買った。なので 2nd Edition は不要かと思ってパスしていたのだが、両者の目次を比較すると若干だけ章立てが異なっている。2nd には近年の Felabration などについても言及しているようなので、一応取り寄せてみた。そしてビックリ! この2冊別物と言っていいほどに違う。1st がカラー写真満載の大型本で、テキストは写真の合間に挟まっている印象だったのが(全160ページ)、今度の 2nd はテキスト中心で、その量は数倍に増えている。写真も全てモノクロで数は多くなくクオリティーも落ちている(全330ページ)。ということはフェラ研究者なら両方とも必携だろう。

 ジョン・コリンズはガーナ在住の学者/ミュージシャンでフェラ・クティとも親交が厚かった人物(映画を共同制作していたことも有名)。彼の著した "Highlife Time" (1994) は最高のハイライフ研究者だと思っているのだけれど、ガーナのみでも出版だったので入手困難なのが残念(全280ページ)。今年秋には新刊 "Highlife Giants: West African Dance Band Pioneers" の出版も予告されている。

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Majemite Jaboro "The Ikoyi Prison Narratives: The Spiritualism and Political Philosophy of Fela Kuti" (2012)

 これは 2009年に出た本と全く同内容で、表紙を差し替えただけのものだった。なので買わないでいたことを、本が届いてから思い出した。これは失敗! フェラ・クティが晩年宗教に傾倒しトチ狂って経緯について詳しい、、、と以前にも紹介した記憶がある。

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 ところでシャルル・ドゥヴェルの写真集には長いインタビューが掲載されていて、彼がフェラの家(多分カラクタ)に行った話もちょっとだけ出てくる。付属CDも聴きごたえたっぷりで、トラック12 "Balante balafon (Guinea Bissaul)" のまるでスティーヴ・ライヒのような音には誰もが驚くんじゃないかな?

 これら並べて見ると古い世代の音楽についてのものばかり。新しい世代の音楽についてもまとめて読みたいところだが、最近のラップ/ヒップホップなどはネット上の情報の方が早いし役に立つ。なので出版物に頼るまでの必要はないのかも知れない。そもそもネット情報の膨大さが悩ましいのだが、、、。







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by desertjazz | 2017-08-22 12:00 | 本 - Readings

BEST BOOKS 2016

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 1. バーニー・クラウス『野生のオーケストラが聴こえる―― サウンドスケープ生態学と音楽の起源』
 2. チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『アメリカーナ』
 3. ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福』
 4. ブルース・スプリングティーン『ボーン・トゥ・ラン』
 5. オルハン・パムク『僕の違和感』


 今年は日本各地/世界各地への旅が続き、自宅で読書する時間がさほど取れず、その旅の間も本を読む時間的余裕がほとんどなかった(仕事も忙しく、また旅のプランニングにも結構な時間を要した)。なので、BEST ALBUMS と同様にこちらも5点に(10作選ぶにはやや無理があった)。

 1位、バーニー・クラウス『野生のオーケストラが聴こえる』(出版は 2013年:原書は出てすぐ買ったが軽く目を通しただけだった。日本語版も出ていたことに今年になって気がついた)は、自分がかねてから音と音楽に関して考えていることついてたっぷり整理して書かれている。音との関わり方そのものについても根本から考えさせられる。特に音響(自然音/環境音)と音楽との間には境界はなく、両者を同等/同時に楽しめるのはなぜなのかについて理解するのに大いに助けとなった。単に音楽の良し悪しを超えて、音と音楽をより深い次元で捉え直したい考えの人にとってはとても有益な本である。自然音とピグミーの歌声とが溶け合う/響き合うところが大きな魅力の "SONG FROM THE FOREST" と呼応し合う部分も多いので、きちんと紹介しておきたかった。来年もう一度じっくり読み直すつもり。

 2位、アディーチェ『アメリカーナ』は最新作の待望の翻訳。2013年に出た時、これの原書(英語)も出版と同時に買ったが全く読めなかった。アディーチェ、今回もさすがの筆力だ。基本的には純粋なラブストーリーなのだが、そこへの、アメリカやナイジェリアの社会状況、人種問題などの織り込み方が絶妙。短い一文によって一瞬で登場人物のイメージを喚起するセンスも実に鮮やかだ。

 3位、ユヴァル・ノア・ハラリ『サピエンス全史』は、ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』みたいな物足りない(いや退屈とさえ自分は感じた)本と似たようなものかと思いきや、正に「目から鱗が落ちる」論考の連続。人類の歴史を単に時系列に並べるのではなく、そこから導かれる新たな可能性を次々と提示する深い思索の書。自由や国や貨幣などいずれも万人が認める空想だとする視点が凄い。

 3月にスプリングスティーンのライブを観た直後から、スプリングスティーンに関してもう一度捉え直したいと思って、関連書物を手当たり次第に読み漁った。ピーター・エイムズ・カーリン『ブルース・スプリングスティーン アメリカの夢と失望を照らし続けた男』、デイヴ・マーシュ『明日なき暴走』(再読)、マーク・エリオット『涙のサンダーロード メイキング・オブ・ブルース・スプリングスティーン』、ジェフ・バーガー編『都会で聖者になるのはたいへんだ ブルース・スプリングスティーン インタビュー集 1973-2012』等々。その直後に、一連の読書に止めを刺すかのごとく、本人が自伝を出したのには驚いた。生々しい語りで読みごたえたっぷり。ただ、スプリングスティーンの音楽履歴を振り返るには、カーリンの『ブルース・スプリングスティーン アメリカの夢と失望を照らし続けた男』の方が役立った。

 パムクも多く読んだ1年だった。最新作『僕の違和感』、ようやく和訳が出た大作『黒い本』、未読だった『新しい人生』と『父のトランク ノーベル文学賞受賞講演』、そして『雪』を〔新訳版〕で再読。5位にはトルコの庶民の暮らし振り(と思い違い)から何ともほんわかとした暖かみが伝わってくる『僕の違和感』を選んだが、その対極にあるようなミステリータッチの『黒い本』でも良かったかも知れない。


 今年もノルマの100冊には遠く届かず。来年はもっと読みたい。







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by desertjazz | 2016-12-31 08:02 | 本 - Readings

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 トルコのオルハン・パムク、『僕の違和感』(上・下)『黒い本』『新しい人生』と、近作を中心にまとめ読み。これで彼の邦訳小説はひと通り読み終えた(『父のトランク ノーベル文学賞受賞講演』は未読)。

 今年3月に邦訳の出た『僕の違和感』(2014)は『無垢の博物館』(2008)に続く純愛小説?で、『無垢の博物館』と同じように上下2冊の長編ながら割とサクサク読める。本当に好きだった人と結婚できないドジ男は『思い出にかわるまで』(古い!)なんかも連想させたりして。『わたしの名は紅(あか)』『雪』『イスタンブール 思い出とこの町』の3作に圧倒されて読み始めたパムクだけれど、最近の2作からは(村上春樹やカズオ・イシグロと同様?)もうピークを過ぎたのかな、といった印象を受ける。それでも、『雪』や『イスタンブール』に通じる「ヒュズン」(憂愁)がたっぷり満ちていて、見たことのないイスタンブールの古い情景が浮かんできたり、登場人物たちの心持ちが伝わってきたりしていい。

 続いて読んだのは、同じく3月に遂に邦訳なった『黒い本』(1990)。最高傑作らしい?が、これは手強い。現代のトルコ/イスタンブールを成らしめている歴史や宗教に関する知識・情報を膨大に詰め込み、そこに照らし込みながら話が進んでいくので、異邦人にとってはハードルが高い作品だ。それでもミステリーのようなストーリーが面白く、その本筋と交互して挟まる掌編もクオリティー高くて読みごたえたっぷり。この作品はいつか読み返したいな。

 そして『新しい人生』(1994)。2010年に日本語版が出た時に買ったものの、冒頭だけ読んでそのままにしていた。今回やっと再挑戦となったが、正直全く分からず。何を伝えたい? 殺人を肯定している? リアルなのかアンリアルなのかさえ分からない。『黒い本』と響き合っているように感じるが、それも合っているのか? 謎解きもなされず、作者自身が話を収斂させられず尻切れとなった失敗作かとも思ってしまったくらいだ。ピンチョン以上に疲れたので、この作品の再読はないかも?

 パムクを読み続けて感じたのは、毎度長く複雑で、それでいて内容やスタイルの全く異なる作品を産み出し続ける彼のエネルギーだ。そして、緻密で独特で難解な作品が生まれてくる土壌にはトルコ社会の特殊事情、複雑さと問題山積状況がある。トルコ人にとっての一般知識のようなものを持っていたら、パムクの作品をずっと面白く読めることだろう。

 今ごろ気がついたのだが、パムクは文章スタイルとして長い羅列が好きだな。それと、とにかく人が死ぬ。主人公クラスが次々死ぬ。殺人だったり事故死だったり。そんな特徴もトルコの暗部を映しているのだろうか?

 さて次は『父のトランク』を読んで、それから『雪』を新訳で読み直したい。『わたしの名は紅(あか)』を新訳版の『わたしの名は赤』で再読したら圧倒的に面白かったので。とにかくパムクのオリジナリティーと「ヒュズン」感がとても好きだ。


(そろそろトルコへ。実際に旅してパムクの世界を目にして来よう! そう考えていたが、トルコの政情と治安は一気に不安定化。当分は行けないのかも知れない。残念。)






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by desertjazz | 2016-07-26 16:00 | 本 - Readings

BEST BOOKS 2015


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1. バオ・ニン『戦争の悲しみ』(ベトナム)
2. ガブリエル・ガルシア=マルケス『生きて、語り伝える』(コロンビア)
3. ブルース・チャトウィン『ウイダーの副王』(イギリス)
4. オルハン・パムク『わたしの名は赤』新訳版(トルコ)
5. カール・オーヴェ・クナウスゴール『わが闘争 父の死』(ノルウェー)
6. カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』(イギリス)
7. トマス・ピンチョン『重力の虹』(アメリカ)
8. L・ヴァン・デル・ポスト『ある国にて 南アフリカ物語』(南ア/イギリス)
9. ミシェル・ウエルベック『服従』(フランス)
10. 田中真知『たまたまザイール、またコンゴ』(日本)


 毎年書いている通り、1年で100冊完読することをひとつの目標(ノルマあるいは目処と言ってもいい?)としている。しかし今年は100冊にはほど遠かった。例年と同様に薄い新書や文庫は読まず、長編大作に没頭した影響が大きい。海外の新旧の小説を読みふけっていたのが 2015年の傾向で、その分ノンフィクションや研究書の類は減った。大作読み切るのに精力削がれて、難解な小説や評論に挑む度に挫折を繰り返すことにも(そうした本も含めれば100冊以上になるがカウントには含めず)。

 それと同時に、読書する時間の確保がますます難しくなってきてもいる。今年は「どこかへ旅したいなぁ」とばかり呟いていたのだが、振り返ってみると、サンフランシスコ2週間、パリ1週間、中央アルプス2週間、北陸1週間、再び欧州(フランス、イタリア)2週間と、それなりに旅に出ていたので、なおさらだ。


 こうした具合なので、読むことに追われて読書メモは次第に書けなくなってしまっている。それでもいろいろ感想を綴っておきたいことが頭の中に残っている10冊。順位にさほど意味はないが、とにかく最初の2冊が圧巻だった。

 まず1位に選んだバオ・ニン。今年はベトナム戦争終結40周年、それを記念するくらいの気分で、数年前に買っておいた『戦争の悲しみ』を読み始めたのだった。ところが、ベトナムにこんな凄い小説があったとは! アジアの小説を読んでここまで圧倒されたのは、インドネシアのプラムディヤ・アナンタトゥール『人間の大地』全4部6冊を読んで以来のことかも知れない。
 終わりまで綴られず肝心な部分を前に中断される戦中の事件や惨劇、まるでノンフィクションかのような生々しい戦争描写、ベトナム戦争で心が破壊された男の記憶の断片が散り散りになっているだけかと思いきや、それらや次第に結びついて話の極点に向かって巻き上がっていく。戦争によって蹂躙された若い男女の悲劇でありながら、思い通りにいかずに老いるということの普遍性さえ感じさせる。中盤までは漠然と書かれた印象であったのだが、実は周到に計算されていたに違いない。全くなんという構成力なのだろう。どこにも救いなどないのに、読み終えた後には不思議な感動が残る。
 もしかすると、まるで日本も世界も自滅へと突っ走るかのように戦争を求める時代感覚が、自分をこの作品に向かわせたのかもしれない。4年前、福島第一原発事故に石牟礼道子の『苦海浄土』を貪り読んだときのことも思い出した。

 2位のガブリエル・ガルシア=マルケスの自伝は彼の代表作にも匹敵する面白さ。彼の自伝が少年期〜青年期(ヨーロッパに渡る前)を描いた1巻目だけで終わってしまったことが何とも悔やまれる。今年はガルシア=マルケスの全小説を初期短編集から順に読み直し続けたり、ロベルト・ボラーニョのコレクションを発売になった順に読んだりもしていた。ガルシア=マルケスは残り数冊なので、来年読了できそう。ボラーニョは『2666』へ至る道程を辿るように、順調に既刊書を読み終えている。ガルシア=マルケス、ボラーニョ以外にも、今年はなぜか南米関連が多かった。マシャード・ジ・アシス『ドン・カズムッホ』やブルース・チャトウィン『パタゴニア』等々(ダーウィン『ビーグル号航海記』やメルヴィル『白鯨』も読了)。またこれまで知らなかった南米の小説家の作品も相次いで邦訳が進められ気になりつつも、さすがにそこまでは手が出せなかった。

 3位ブルース・チャトウィン『ウイダーの副王』を読んで、ブラジルとダオメー(現ベナン)との間にこんな奇譚があったことを初めて知った。どこまで事実でどこまで創作なのか。チャトウィンも立て続けに読んで、『黒ヶ丘の上で』を除いて全作読了。各作品とも舞台が全く異なる面白さを感じた中で、個人的には『ウイダーの副王』が一番だった。昔『ソングライン』を読んだ時にはさっぱり楽しめなかったのだが、今年はオーストラリアのアボリジニの歌に関する仕事を引き受けてしまったので、『ソングライン』も読み直す必要がありそうだ。

 新装版でようやく再読した4位、パムクの『わたしの名は赤』には驚いた。彼の著作の中では特に好みではなかったのに、これほどに凄い小説だったのか! もしかすると最高傑作かも。藤原書店版で読んだ時とは印象が異なり(それより話の筋をすっかり忘れている)、犯人明かさずに終わる推理小説的なところがひとつの魅力と思っていたのだが、全く記憶違いしていた。バオ・ニンと同様、構成力の大勝利。数多くの登場人物?が語り継ぐスタイルに導かれて、先が気になる。死人や犬や絵まで語り始めて、そんなはずないだろうという疑問も、作品最後の一文で解消。お見事! パムクの他の作品群ももう一度読み直したくなった。

 世界的大ベスト・セラーとなったカール・オーヴェ・クナウスゴールの『わが闘争』もいよいよ翻訳がスタート。その初巻『父の死』は、前半はタラタラ進むが、後半一気にギアが入り思索的になってからに力を感じる。傑作なのか過大評価されすぎているのかはまだはっきりしない。6巻全部で4000ページ以上になると思うのだが、年1冊くらいのペースで構わないので順調に翻訳が進んで欲しい。(来年は夏頃に出そうなアディーチェの『アメリカーナ』の邦訳も楽しみだ。)

 ナイジェリアのアディーチェらと並んで世界で最も好きな現役作家、カズオ・イシグロの新作『忘れられた巨人』は、前作『短編集』に続いて、こちらの期待感に届かない印象。パムクの『無垢の博物館』を読んだ時の肩すかし感のようなものがある。だけど、一作ごとに全く異なる異なる小説を完成させ、しかも独特な世界観を見せる点はさすが。多分自分の読み込みが足りないのだろう。しっかり再読しないとまだ判断できないな。

 トマス・ピンチョンは7位に入れた超大作『重力の虹』(長過ぎることもあるが、「最高傑作」との声もあるので、後回しにしていた)で遂に全小説を読み終え、これには達成感を抱く。でも、やっぱりピンチョン、よく分からん!

 L・ヴァン・デル・ポストは古のブッシュマン(サン)を追い求める『カラハリの失われた世界』や『奥地への旅』が知られているが、黒人少年との心温まる交流(悲劇には終わるが)を描いたこうした作品があったとは。今年『ウイダーの副王』と『ある国にて』の翻訳を出したみすず書房に感謝。

 『地図と領土』が面白かったウエルベックも片っ端から読んでいる。確かに『プラットホーム』(これは好きになれない)も『服従』もある意味で時代とのシンクロを感じさせるが、果たして「予見書」なのかどうか? 巷でも多く語られているので、ここではパス。

 残る1冊、全部海外ものでも構わないか、あるいは1冊くらい日本人の作品を入れるとすれば又吉の『火花』か、などと思案した末、田中真知さんの『たまたまザイール、またコンゴ』に決定。22年の間をおいて行われた2つのザイール河(コンゴ川)下り。どちらも流域に暮らす人々との交流がとてもいい。思わず自分も川下りをしたくなる?1冊。真知さんは、人に読ませる文章を書くのが本当に巧いなぁ。


 リストを見直すと、何故だか南米とアフリカにまた呼ばれているような気がする。と思っていた矢先、南米旅行とアフリカ旅行のお誘いが! さて 2016年はどうなる? またまた旅で忙しくなる気配がしてきているのだけれど、来年も100冊目指しながら読書を楽しもう!


(2016.01.02 09:00 全面的に書き直し)
(2016.01.02 13:40 加筆)










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by desertjazz | 2015-12-31 12:02 | 本 - Readings

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 オリヴァー・サックス『レナードの朝』〔新版〕読了。これこそサックスの原点。その後の彼の著作を理解するためにも最初に読んでおきたかった。それにしても人間の身体って不思議。何が正常で何が異常なのか分からなくなってくる。

(最近読み終えた本はどれも面白かった。まとめて読書メモを書いておきたいくらい。)






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by desertjazz | 2015-07-14 20:00 | 本 - Readings

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 「ガルシア=マルケス全小説」の第2作品集『悪い時 他9篇』を読了。第1巻目の『落葉 他12篇』から比べると一気に筆力が上がっていることが分かる。やはり『落葉』は習作といった印象。けれども、10編中半分以上の分量を占める表題作『悪い時』は途中から全然中味が頭に入らなくなってしまった。頭脳も疲れ気味なのかな? まあ後でまた読み直すことにしよう。

 「ガルシア=マルケス全小説」もこれで『百年の孤独』『族長の秋』『コレラの時代の愛』『生きて、語り伝える』も含めて6巻完読。次は『予告された殺人の記録』を20数年振りに再読する予定。だんだんゴールが見えてきた。






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by desertjazz | 2015-05-09 12:00 | 本 - Readings

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 鈴木裕之と川瀬慈の編集による『アフリカン・ポップス!――文化人類学からみる魅惑の音楽世界』は、文化人類学者ら7人によるアフリカン・ポップスの紹介。フィールド調査という実体験を交えている分、興味深く読めた。文章も読みやすく、サクサク進む。

 取り上げられているのは、カーボ・ヴェルデのクレオール音楽、ダルエスサラームのターラブ、グリオとマンデ・ポップス、トーマス・マプフーモのチムレンガ・ミュージック、アビジャンのレゲエ、フェラ・クティのアフロ・ビート、エチオピア(エチオジャなど)、カメルーンのヒップホップ、といったところ。各章とも総論半分、実観察に基づく分析半分。

 ターラブの歴史やトーマス・マプフーモの経歴に関して知らなかったことがいくつか書かれていた。鈴木裕之によるグリオの話は『恋する文化人類学者 結婚を通して異文化を理解する』と重なる部分が多い。実体験を交えた内容になると時として話がこじんまりしてしまう印象も受けたが、筆者でしか知り得ないことも多く興味を惹かれた。カメルーンのヒップホップなどは現状をほとんど知らなかったので、関連する音源や動画などを参照にしながら面白く読めた。

 意外な事実や目が覚めるような指摘も随所に。一例を挙げると、

「エチオジャズという言葉は厳密にいえば、ムラトゥ・アスタトケ自身によって創造された言葉であり、ムラトゥの活動に対してのみ言及されるべきです。/実際のところ、マハムド・アフメッド、アラマイヨー・エシェテ、テラフン・ゲセセ、ゲタチョウ・メクリヤでさえ、エチオジャズを演奏しているなんて思っちゃいないさ。それどころか、みな、エチオジャズのミュージシャンとして一括りに分類されて、とても戸惑っているんだよ。」(P.210-211)

 これはエチオピーク・シリーズの主宰者フランシス・ファルセトから川瀬慈に送られたメールからの引用。なるほど。


 もっとたっぷり聞きたい話が多いが、アフリカの音楽に詳しくない若い読者もターゲットしているようなので、これくらいがちょうど良いのだろう。その分だけ自分でもっと掘り下げてみようという気にさせられる1冊でもある。






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by desertjazz | 2015-05-06 12:00 | 本 - Readings

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 今年3月に文庫化されたオリヴァー・サックスの『色のない島へ 脳神経科医のミクロネシア探訪記』を読了。今回も面白かった!

 太平洋西方ミクロネシア。そこのビンゲラップ島とポーンベイ島には先天的に色覚を持たない人々が数多く暮らしている。一方、グアム島とロタ島にはいまだ原因不明の風土病(筋萎縮性側索硬化症やパーキンソン病に似た症状を示す)が存在する。サックスはそうした島々を巡りながらこれらの病気について調査していく。

 珍しい病について詳しく語られる部分ももちろん読みごたえあるが、それだけには留まらない。太平洋の島々を巡る紀行文としても深いものがあるし、サックスの人々と自然と歴史への視線が素晴らしい(それと同時にアメリカと日本の軍隊が、美しい島々の自然とそこに暮らす人々の生活を破壊したことに怒りもおぼえる)。

 読む前に予想した通り、やっぱり南の島でのんびりしたくなってしまった。




 これを読んでいて思い出したことがひとつ。自分も一度だけ色覚を失ったことがある。

 小学生の時に走っていた勢いで梁に頭を強打して転倒。気絶するまでには至らなかったが、起き上がると目の前の世界は完全に「白黒」だった。マズイ!大変なことになってしまった!と焦った記憶がある。それでも数分もすると「色」が戻っていた。

 子供の時のことだから、当時はどうしてこのようなことが起こったのか全く理解できなかった。眼が白黒になるなんて…。しかし今ではある程度理由について考えることができる。眼が白黒になったのではなく、脳内で色を認識する部位が衝撃によって一時的に機能を停止したのだろうと。色のついていない白黒ワールドなど滅多に体験できるものではないと思うので、できればもう少し長い時間その世界に留まっていたかったと、後から振り返って時々思うこともある。

 ところで、やはり若い頃に「夢に色がついている」と人から聞いて驚いたことがある。それどころか周囲に訊ね回ると、色付きの夢を見ている人ばかり。対して自分の夢はいつも白黒。カラーの夢なんて生まれてから一度も見たことがない。自分は夢の中ではずっと「色のない世界」にいる。人によって夢に色がついていたりついていなかったりするというもの不思議なことだ。


 ♪

 『色のない島へ』が出たばかりだというのに、サックスの代表作『レナードの朝』の[新版]も出た。早速買ってきて、ページを捲っている。最新作『見てしまう人びと ー幻覚の脳科学』も単行本で刊行されたけれど、これは文庫化を待つか図書館で借りて読むかしようかな。






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by desertjazz | 2015-05-05 12:00 | 本 - Readings

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 5月1日に発売になったカズオ・イシグロの10年振りの長編小説『忘れられた巨人』を読了。

 これまでのどの長編でも全く新しいスタイルに挑戦し続けているところが、この作家の大きな魅力のひとつ。長編7作目になる今度の作品でもそれは同様。舞台は6世紀頃のブリテン島(現在のイギリス)で、鬼が出てくるは竜が出てくるはアーサー王について繰り返し語られるはで、SF/ファンタジー的な作品となっている。老夫婦が息子を訪ねる旅に出る一種のラブストーリーなのだが、もちろんカズオ・イシグロのこと、最初の方からカフカ的な雰囲気も漂って一筋縄では行かない。

 読みながら常に頭にあったのは、これは「記憶」についての物語なのではないだろうかということ。記憶に残ることと忘却してしまうことの幸/不幸について語ろうとしているのだろうかと考え続けた。人は自分の体験を選択的に記憶できない。なので、幸せな体験を忘れてしまう無念さもある一方で、忘れてしまっている方が幸せなことも多い。それを無理に蘇らせると、その結果は…。

(「記憶」の点では、プルースト『失われた時を求めて』から、ジュリアン・バーンズ『終わりの感覚』までもを連想しつつ読書。最近オリヴァー・サックスを立て続けに読み続けているから、なおさら「記憶」について考えることになったようだ。)

 随所に置かれた布石を結びつけていくことで、ラストシーンも容易に想像がついた。果たして登場人物たちが思い出したこととは? いや、そんな単純な話ではないだろう。どうも書込みが足りないというのか、肝心なことがあと少し語り尽くされていないというのか、これまでとは違ってややそんな印象も受ける。作者はもっと深いことを語ろうとしているに違いない(つい先ほど読み終えたばかりで、まだ感想が熟さない段階でもある)。

 とにかく今回も作風が大胆に変化。強いて挙げれば『わたしたちが孤児だったころ』に近い部分も少しだけあって、同様な緊張感を持って読める。けれど、この作品を再読するよりも過去の長編6作品をまた読み返したい気分だ。正直なところ短編集『夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』に続いて少し物足りない。(『わたしを離さないで』しか知らなくて、その世界を期待するとガッカリする方も多いかも知れない。)




 さて、この『忘れられた巨人』の出版に合わせて、カズオ・イシグロは全米をツアー中。そして6月には来日(帰国?)して講演会の開催も発表になった。もちろん自分も参加するつもり。さてカズオ・イシグロが何を語るかも楽しみだ。

 ・6/8(月)第19回ハヤカワ国際フォーラム 「カズオ・イシグロ講演会」




 カズオ・イシグロは自分が一番好きな小説家。毎作、発売日に買って読んでいるのは、カズオ・イシグロと村上春樹とアディーチェくらいだろうか。






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by desertjazz | 2015-05-04 16:00 | 本 - Readings

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