カテゴリ:本 - Readings( 214 )

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 アルフレッド・R. ウォーレス『マレー諸島 オランウータンと極楽鳥の土地』を巡る雑記


・『マレー諸島』は、新思索社からの単行本『マレー諸島―オランウータンと極楽鳥の国』で読み直すことにしようかとも思った。けれどもすでに絶版で安い古本も見つけられなかった。それで昔読んだ文庫で再読することに。しかし、新思索社版の訳者は新妻昭夫ではなかった(宮田彬 訳)。ならば同じ文庫本にして正解だった? 「新装版」という語に惑わされてしまったな。20年ほど前ほぼ同時にこの2冊が刊行されたことを今頃思い出した。

・『マレー諸島』を読んでウォーレス熱が高まり、その後に出た翻訳も続けざまに読んだのだった。『熱帯の自然』だとか、『アマゾン河探検記』だとか。アーノルド・C・ブラックマン『ダーウィンに消された男』や新妻昭夫『種の起原をもとめて ウォーレスの「マレー諸島」探検』なども出てすぐに読んだ。後者は『マレー諸島』の膨大な訳注を整理したような内容。もう一度読み返したくなったけれど、これは理由あって処分したのだった。

・ウォーレスに関して個人的関心の範囲のものはほぼ読み尽くしている。ただひとつ例外があって、 御茶の水書房から出た『アマゾン河・ネグロ河紀行』が気になっている。しかし、1万円以上する本なのでとてもじゃないが手が出ない。図書館にもないだろうな。

・『マレー諸島』の解題の冒頭に並べられている通り(下巻 P.535)、ウォーレスの『マレー諸島』とチャールズ・ダーウィンの『ビーグル号航海記』とH. W. ベイツの『アマゾン河の博物学者』は、生物学者が書いた3大旅行記と言ってもいいほどの名著だろう。自宅の書棚を漁ったら、ベイツがウォーレスとともにアマゾンを探検した時の記録を含む『アマゾン河の博物学者』の完訳版も出て来た。よくぞこんな重厚な本を読み切ったものだ。ミシェル・レリスの『幻のアフリカ』くらいの長さがある。いや、実はまだ読んでいなかったか?

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・ダーウィンの著書は『ビーグル号航海記』も『種の起源』も持っているが全く読んでいない。ウォーレスは夢中に読むのに、ダーウィンには気乗りしないのはどうしてなのだろう? 進化論の頂点に立つダーウィンに対して、その理論の礎となる決定的発見をしながらもダーウィンの後塵を拝しならが、それでいて謙虚さを失わなかったウォーレスに惹かれるからなのだろうか?(「ダーウィンに消された男」という表現はキツ過ぎではないかとも思うのだが。)


 こうした旅行記を手にしていると、もっと本を読んでおけばよかった、もっと旅ができたらよかったと考えてしまうなぁ(アマゾンにもまだ行ったことがない)。せめて『アマゾン河の博物学者』と『ビーグル号航海記』だけでも、この機会にじっくり読んでみようか。いや、その前に読みたい本が多すぎる。






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by desertjazz | 2015-03-22 21:00 | 本 - Readings

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 アルフレッド・R. ウォーレスの『マレー諸島 オランウータンと極楽鳥の土地』(新妻昭夫訳/ちくま学芸文庫)上下巻を読了。通読するのは1993年に出た時以来のはず。それから約22年振りに、半年近くかけて、詳細すぎるほどの訳注含めてじっくり精読・再読した。

 『マレー諸島』は、英国ウェールズ出身の博物学者ウォーレスによる、アマゾン旅行に続くマレー諸島の旅の記録とその間の考察を集大成したもの。移動距離も(現在のインドネシアのほぼ全域)期間も(1854〜1862年の約8年間で、ほぼウォーレスの30歳代に当る)長大な正しくロング・ジャーニー。

 この旅は、彼の「進化の自然選択説」と「動物地理学」を確立する基盤となり、またダーウィンに『種の起原』を書かせる決定打ともなった。その点で生物進化を学ぶ上で最重要文献のひとつと言ってよいだろう。実際、正確に時系列な旅日記にすることよりも、マレー諸島に関する諸々を体系的に記述することを優先しており、その上で旅の記録が再構築されている。

 しかし個人的には、今回も自然科学の書というより、まずは紀行書として読み存分に楽しんだ。22年振りともなるとさすがに大部分を忘れてしまっている。正確な位置を覚えていない地名も次々に出てくるので、その辺りは昔インドネシアで買った詳細な地図を手元に置いて絶えず捲りながら。

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(参照したのはドイツ Nelles Atlas 社の "Road Atlas" 初版/1992年。極楽鳥の宝庫アルー諸島だけでもこれだけ細かい。)


 自分は旅行記の類が大好きだ。特にアフリカやインドネシアのものは貪るように片端から読んでいる。中でもとりわけ好きなのは19世紀から20世紀初頭の旅の記録。そうした文章を愛するのは、そこに書かれているような旅はもう絶対に再現不可能だからなのだと思う。自然環境も人々の暮らし振りも旅のスタイルもすっかり変わってしまった。自分が実際に体験できないのなら、過去の旅の記録を読むことによって追体験しようと思うのだ。これは古(いにしえ)の旅へのノスタルジーではあるが、とても心地よい楽しみ。

(スタンレーもリビングストンもコンラッドもミシェル・レリスもアンドレ・ジイドも読むのは好きだけれど、レイモンド・オハンロンやパトリック・マーンハムなどの旅行記も好きです。)

 それでも、アルーやテルナテといった地名を目にする度に、インドネシアの島々をもっと訪れてみたいという気持ちが募る。どこもウォーレスの時代からは激変してしまって、自分の期待に応えるようなものはもう何もないに違いない。それを分かっていながらも、インドネシアへの旅心は消え去らない。

 特にヌサテンガラの島々にはとても興味があるので、せめて1ヶ月くらいかけてジャワかバリから東の方へ行けるところまで行ってみたいとずいぶん前から思い続けている。2010年にマルセイユ〜ヴェニス〜モロッコ各地を1ヶ月弱の間巡った時にも、別のプランとしてこのインドネシアの旅についても再検討した。インドネシアにはこれまで13回訪れたものの、結局いまだにバリ(12回)とジャワ(3回?)とスラウェシ(2回)しか行けていない。フローレス島に行こうとした時にはデンパサールからのフライトがずっと先まで満席で断念。そして、インドネシアには 2009年11月を最後にもう5年以上行っていない。


 もちろんウォーレスによる探求(それは自然や生き物に限らず人々の生態にまで及ぶ)も圧倒的に面白い。特にオランウータンやトリバネアゲハや極楽鳥に関する部分は読みごたえたっぷり。当時、欧米人にほとんど知られていなかった虫や鳥と出会って興奮する様子が生き生きと伝わってくる。

 ちょっと話は脱線するが、トリバネアゲハや極楽鳥を収集する件は、アフリカなどでのレコード探しを連想させた。ウォーレスはどの滞在先でも、最初は不完全な極楽鳥しか手に入れられずガッカリしていたのだが、ついには完全な個体を、さらには生きたものさえ入手する。これって例えばダカールでのレコ掘りとそっくりなのだ。見たことのないレコードの山に毎日遭遇し興奮したものの、チェックするとレア盤はどれも不完全なコンディション。しかし連日探し続けると、やがてはミント盤やシールド盤がザクザク見つかり出したのだった。

(コンディションが良くなくても現在数万円で取引されているレア盤も、シールド盤でまだかなり持っている。自分はまだギリギリ良い時期にアフリカでレコード探しをできたのだと思う。この話の続きは改めて別のテーマで書いてみたいと思っている。)



 気になる美麗な蝶や極楽鳥は随時ネット検索して画像も見ていった。こうした楽しみ方をできるのは 22年前からは大違い。しかし、スラウェシの蝶の森が今では観光化が進み過ぎて壊滅状態であることも知った。どうやら多くの種が絶滅してしまったらしい。何とも悲しい現実(できれば知りたくなかった)。

 興味深いのは、こうしたことも含めて、ウォーレスの主張が現代社会への警鐘にもなっていること。

「悲しむべきか、一方ではかくも精妙な生きものが、ひさしく希望のない野蛮を運命づけられている野生の荒々しい地域だけで生命をまっとうしてその魅力をふりまかねばならず、他方では文明人がかならずやこの遠隔地にも到達するにちがいなく、道徳と知性と自然科学の光でこの処女林の奥を照らすならば、かならずや生物的自然と非生物的自然とのあいだの微妙な均衡のとれた関係に混乱をもたらして、文明人にしか鑑賞し楽しむことのできない素晴らしい形態と美しさをもつこれらの生きもを追いやり、ついには絶滅させてしまうことだろう。このように考えたとき、すべての生きものとし生けるものは人間のために作られたのではない、と知るべきである。生きものたちの多くは文明人とはなんのかかわりもない。彼らの生存の輪廻(サイクル)は文明人のそれとは無関係にめぐり、人間の知性の発達が前進するごとに混乱がもたらされ、破壊される。」(下巻 P.215)

「いまや私たちは、少数者の富と知識と文化は文明を構成するものではないし、そのようなものが私たちを「完成された社会状態」に向けて前進させてくれはしないという事実を、はっきりと認識すべきである。今日の巨大な製造システム、膨れあがった商業、過密な都市、これらがかつて存在したよりもまちがいなく大きな無数の人間的な苦悩と罪を支え、また次々に生み出している。(…)この点からすれば、彼らは自分の部族とともに暮らす未開人より、はるかに悪い状態にあるといわねばならない。
 (…)私たちの文明のこの失敗がもっと広く認識されるようにならないかぎりーー(…)ーー、私たちが社会の全体として、すぐれた階級の未開人たちより、いかなる意味でも本当にまさる状態になることは、けっしてないだろう。」(下巻 P.440/441)



(長くなってきたので、続きは Part 2 で…)






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by desertjazz | 2015-03-20 22:00 | 本 - Readings

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 ガブリエル・ガルシア=マルケスの自伝『生きて、語り伝える』を読了。昨年暮れから少しずつ読み進めていた。想像を超える面白さで、このままどこまでも思い出話が終わらないで欲しいと願ったくらい。こんな読書体験などそうそうない。それをとうとう読み終えてしまった。

 コロンビアのみならずラテンアメリカを代表する作家ガルシア=マルケスは、若い頃から何と濃密な日々を過ごしていたことだろう。ある意味で恵まれた家系に生まれた一方で、経済的には苦難の連続。そうした暮らし振りが連綿と綴られる。その行間からは自分が生まれ育った土地への、家族への深い愛情が浮き上がってくる。

 彼の若き日々の破天荒振りを初めて知った。殺されかけるほどに危なげな女性遍歴、万引きによる読書、酒とタバコ。女性好き、音楽好き(巧みな絵描きでもあった)の背景もよく分かった。

 そして、驚くべきエピソードの連続。どれも話ができすぎで、しかもそうした逸話が多すぎる。もしも全部が作り話だと明かされたとしても信じてしまいそうなほど。数例を挙げてみたいとも思うが、それは野暮だろう。

 後半第5章以降はコロンビアの内戦も含めた政治情勢の話が厚くなり、かの国の歴史に疎い自分には掴みきれない下りも多くなる。しかし、ガルシア=マルケスがその歴史の証人であり、また歴史を幾分か動かした当事者でもあったことを知ることになる。彼のジャーナリズム作品もいくつか読んできたが、ノーベル賞作家がなぜそうした文章も書いてきたかの経緯もようやく詳しく知ることができた。

 ギリギリ綱渡りのような生き様、とても深い人間関係に、羨望の気持ちも膨らんでくる。できればこれは学生時代に読んでみたかった。もしそれができたなら、自分の生き方も違っていたかも知れない。これは是非とも若い人たちに読んで欲しい1冊だ。

 ただ惜しむらくは、彼の自伝がこの1冊目で終わってしまったこと。ガルシア=マルケスは昨年亡くなったので、2冊目の刊行はないだろう。それでも、この続きをどうしても読みたい。続編の断片でも草稿でも残されていないのだろうか?


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 トマス・ピンチョン全小説を読み終えたので、次はガブリエル・ガルシア=マルケスの全小説を読み切ることにしよう。まずは『短編集 枯葉』の再読から始めようと思う。


 



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by desertjazz | 2015-03-15 21:00 | 本 - Readings

■備忘録(個人メモ)


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△菅原和孝『狩り狩られる経験の現象学: ブッシュマンの感応と変身』

 今年 3/3 にまた気になる本が出た。

 ブッシュマンに関する本なので即買いしそうになったが、高すぎる。


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△松浦直毅『現代の「森の民」―中部アフリカ、バボンゴ・ピグミーの民族誌』

 昨年2月に刊行されたこちらもまだ買っていない。あまりに高くて手が出せない。


 ピグミーとブッシュマンについて読むことは、自分にとってひとつの趣味。しかしどちらの本も拾い読みした感じでは、専門家でない自分にとっては学術的過ぎる内容。よって購読するかどうかは保留中。

 こうした本よりももっと先に読みたい本が多い。これだけ長く生きているのに、『オイディプス』も『金枝篇』も『源氏物語』も『ファウスト』も『白鯨』も『ユリシーズ』も『複製技術時代の芸術』も『薔薇の名前』もまだ読んでいない/読み終えていないのだから。年内にはこうした本にも取りかかりたいなぁ。






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by desertjazz | 2015-03-09 15:00 | 本 - Readings

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 突然の朗報!

 私が今一番好きな作家のひとり(いやズバリ世界で一番好きな作家かもしれない)カズオ・イシグロの長編小説が本日 3/3 に発売! 

 とは言ってもまだ英語版のみ。タイトルは "The Buried Giant"。『わたしを離さないで』以来の長編小説とのことなので、これは世界中の文学ファンが待ち望んでいた作品だろう。

 実は数週間前に「カズオ・イシグロの新作、読みたいね。そろそろ書いて出してくれないだろうか」なんてことを、ちょうど話し合っていたのだった。それに応えてくれるようなグッド・ニュース。これは早く読みたいと思ったら、なんと来月下旬には『忘れられた巨人』というタイトルで日本版も刊行されるとのこと。それを記念して来日の予定もあるそうなので、ますます楽しみだ!

カズオ・イシグロ『わたしを離さないで』以来の長編小説『忘れられた巨人』、4月刊行

早川書房|カズオ・イシグロ新作『忘れられた巨人』4月下旬刊行!


 それにしても『わたしを離さないで』から 10年経つのか。ずいぶん待たされた。






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by desertjazz | 2015-03-03 18:00 | 本 - Readings

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 輪島裕介『踊る昭和歌謡―リズムからみる大衆音楽』を読了。

 懐かしい歌曲(主に70年代のもの)が並ぶ中に、前著『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』での演歌に対するのと同様、ほとんど誰もが疑問を持たずに信じ切っていた神話を打ち壊し、新たな視点を提示する面白さがある。途中度々挟まる私事は余計だけれど、それらも笑えて、やや硬い文章の中でアクセントになっている。

 私の保守的な頭に定説が染み込んでいるからなのか、昭和歌謡で踊った経験がないからなのか、個人的には無理ある推論に思える部分も随所にあった。多分、日本の音楽よりも「洋楽」を好んできたことも影響しているのだろう。

 例えば今からドドンパを聴き直したいとも思わないが、この本の中で指摘されている通り、音楽が根元で踊りと結びついていることは確か。なので、音楽と踊りの関係性を世界の音楽に拡張してより深く検証してみることにも意義があるのかも知れない、などとも思った。

 ただ、日本人の脳裏にすりこまれた「演歌」誕生のイメージを打破した分、前著の方がインパクトがあったな。


 (・・・たまには新書も読みます。)






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by desertjazz | 2015-02-25 18:00 | 本 - Readings

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 トマス・ピンチョンの『重力の虹』を読了。読んでいる間に強く感じ続けたのは、ピンチョンという人間がこの巨大な作品を生み出すために集約し、そして解き放った膨大なエネルギーだった。


 「ピンチョン全小説」もいよいよ最終作品。先に書いた通り、昨年末に『逆光』2冊(ピンチョン最長の作品)を2週間ほどで読み終え、続けて『ヴァインランド』に突入したものの思うように進まず、これ1冊に2週間も費やすことに。それでも勢いに乗ってそのまま『重力の虹』までゴールしてしまおうと思ったものの、これがさっぱり進まず。

 ピンチョンを1ヶ月で3冊も読んだ疲れが出たのだろうか。読書していて久し振りに怒りとイライラがピークに。いくら丁寧に読み進めても書いていることがさっぱり頭に入ってこないのだから。ここまでイライラしたのは、カズオイシグロの『充たされざる者』以来かも知れない。

 いや、これは『重力の虹』が彼の他の作品よりも数段難解度が高いからなのだろう(読み終えた今はそう思う)。第一部から全然進まないものだから、何度も途中で放り出したくなってしまった。

 それでも「第二部から読むと読みやすい」という訳者のことばをどこかで目にして、それで第二部に入るまでは頑張ってみることにしたのだった。結局第一部340ページを読み終えるのに実に2ヶ月もかかってしまった(その間他にも何冊もを同時に読んでいたからでもあるのだが)。

 それで結果どうだったかと言うと、確かに第二部〜第三部は(第一部より)分かりやすく、いくらかは楽に読み進む。最後の第四部で再び「何だこれ?」と意味不明な展開が待ち構えているのだけれど、もう最後は勢いでどんどん読めてしまう。休日が多かったことも幸いして、1日ほぼ100ページというペースで駆け抜けた。


 ピンチョンの作品には、歴史、地理(主にアメリカ、ヨーロッパ、アフリカ)、社会、政治、宗教、物理、化学、数学、航空力学、文学、音楽、映画、等々、常人には遠く及ばないレベルの多種多様な知識が組み込まれている。それらの情報の量と深度は想像を絶するまでのものなので(確かに常識はずれに「ものを知り過ぎている」)、彼の作品を完全に理解することは(書いている本人以外には)不可能だろう。正しくこの『重力の虹』こそ、その最たるものだ。しかし、予備知識を持たない文章内容には拘らなくても一向に構わない(し、そうするしかない)。

 内容が多岐に渡り、まるでいくつもの作品を重ね合わせたかのような構造も持ち合わせている分、自然とテキスト量も莫大になる。しかしそれでいてひとつひとつの文章の密度が尋常じゃない。もう信じられないくらいに濃い。濃すぎて辛い。比喩表現だけとっても、これでもか!というくらいに休みなく繰り出してくる。

 それでいて、これだけ書きまくっているのに、文章としては極めて不親切だ。ただでさえ馴染みない言葉が相次ぐというのに、場所や日時や話者を明示するような描写が大胆に省略されている。なので、どの場面での話なのか、文中どの箇所で場所と時間を話者が変わったのか迷うばかり。

 本作の登場人物は何と400人!? それが数百ページも間が空いて誰だったかすっかり忘れた頃に再登場することもしばしば。ひとりひとりをそんなに覚えていられるはずはない。今回特に参ったと思ったのは、ある主要人物が途中で別の名前になっていたこと(P.612)。後で読み直して、やっとそのことに気がついたのだった。そんな具合にさりげない一文が後で意味をなしてくるので、一行たりとも気を抜けないとも言える。が、それにも限界がある。

 途中で思ったのだが、ピンチョンは読者に理解してもらおうという考えなどハナから放棄しているのではないだろうか? ピンチョンはレーモン・ルセールにように大金持ちなので、道楽として自分のためにだけ書いているのではないかといった疑念さえ浮かんできた。

「解説」を読んでなるほどと思ったが、あまりに多くの内容を入れ籠み過ぎたがために収拾つかなくなって放り出した感もある。

 そうした特質を持っているが故に、この作品は容易な読解を拒否するかのようである一方で、神話的であり、長い詩を読んでいるようでもある。それが『重力の虹』が醸し出している魅力の一端ではないかと感じた。

 <かれら>とは?<ホワイト・ヴィジテーション>とは? そのような謎解きを楽しむ小説でもあった。ただ、今回もいくつかの謎は解消しなかったのだが。

 ピンチョンの長い小説は毎作そうなのだが、読み終えた瞬間に全体像や伝えたかったメッセージがほんわりと見えてくる(それは勝手な解釈なのかもしれないが、読書は自由なのでそれでいい)。それが読後の心地よさとなっている。それで、もう一度読み返したくなるだろうか?(「3回読めば理解できる」らしいのだが…。)

 改めて<かれら>とは?と問うと、第二次世界大戦の背後で経済原理に基づいて蠢いていたもの、ピンチョンが真に危惧したものが浮かび上がってくる。またそれは、今現在、日本で軍需産業、武器輸出をなりふり構わず拡大させようとする動きへの警告、予言としても響いてくる。だとすると、ピンチョンは理解されることを放棄しているのではなく、理解されることを求めているのだ。


 ・・・ただ、これほどまでのエログロの連発振りは辛かったな。理解不能。


  それにしても、30代半ばにしてこんなトンでもない作品を書き上げたってのは、やっぱり凄すぎる!




 思うに『重力の虹』の大きな魅力は百科事典並の情報の組合せにあるのだろう。それも平面的/ウェブ的というよりか、立体的に。

 レベルは違うものの、ピンチョン的に博学な小説として思い浮かぶのは、高野和明の『ジェノサイド』。アフリカを舞台にした小説はついつい買ってしまうので、この作品も出版されてすぐ一気に読んだ。最初の方はとても面白い。でも、著者自身の持つ知識や調べたことをプロット上都合良く並べただけなことに気がついて段々飽きてきてしまった。援用されている科学も非科学的だし。どうせ書くならば、伊藤計劃くらいにぶっ飛んだ切迫感も欲しかった。

 何が言いたいかというと、『ジェノサイド』は単線的だということ。情報が一直線に並んでいるだけで、深みに欠ける(そして、読む前にエンディングが分かってしまうというのも大きな欠点。昔、横山秀夫の『半落ち』のエンドに全く落ちなかったことを覚えているけれど、『ジェノサイド』の誰もが分かってしまうエンドには身体がずり落ちた)。

 そんな『ジェノサイド』が「このミス1位」なったことになるほどと思った。要するに「分かりやすい」作品ほど受けるし、最大公約数的な評価を得るということなのだろう(最近だと同じく「このミス1位」のピエール・ルメートルの複線的な『アレックス』にも似た傾向がある。友人のひとりも書いていたが、暇つぶしにしかならなかった)。それは例えば音楽についても同様だろう。賞やランキングの類は所詮は最大公約数的な評価になりがちなのだから仕方ない。なので、個人的にはグラミー賞などにも昔から全く興味がない。

 話が脱線してしまったが、『重力の虹』はプロットが単線的でない。全く反対で、その小説の中の化学描写と呼応するかのように、分子的な立体構造を持っている。そんな複雑を堪能できることがピンチョン小説に共通する大きな魅力となっていると思う。

 読書に分かりやすさを求めるのであれば、ピンチョンは真っ先に避けるべきだろう。反対に知識と情報の密林の中に入り込んでイメージを膨らませることを喜びとする読者なら、ピンチョンの作品群にも大いに惹かれることだろう。ただし万人向けとは思わないけれど…。




 これにて「トマス・ピンチョン全小説」を完読。

 トマス・ピンチョンの小説は歴史ものとポップなものとの振れ幅がある程度ある。それら2タイプに無理矢理分けてみたら(ホント無理矢理勝手だけれど)、ほぼ交互に書いていることに気がついた。これって、村上春樹が長編出したり短編集出したりを繰り返しているのに似ている??


・『V.』 V. (1963年):歴史小説
・『競売ナンバー49の叫び』 The Crying of Lot 49 (1966年):ポップ
・『重力の虹』 Gravity's Rainbow (1973年):歴史小説
・『スロー・ラーナー』 Slow Learner-Early Stories (1984年):短編集
・『ヴァインランド』 Vineland (1990年):ポップな歴史もの
・『メイスン&ディクスン』 Mason & Dixon (1997年):歴史小説
・『逆光』 Against the Day (2006年):ポップ(やや歴史的)
・『LAヴァイス』 Inherent Vice (2009年):ポップ


 ピンチョンを読んでみたいけれど長い作品を読み切る自信のない、そんな方にはまずポップな作品から入ることをお薦めしたい(どの作品とも、アメリカ歴史上の細かな事実や、ネイティブなアメリカ人でないと分からないような言い回しやジョークも多いのだが、ポップ作の方がそうした部分に頭を痛める負担が幾分か薄いのではないかと思う)。

 個人的感想として、

 ・一番読みやすかったのは『LAヴァイス』
 ・最高作を選ぶなら『重力の虹』
 ・一番好きなのは『メイスン&ディクスン』

 ・・・と思います。





(もうちょっとじっくり書いてみたい気分でもあるけれど、『重力の虹』巻末の「解説」が大変充実しているので、素人による長い感想は不要だろうし、読みたい本が増えるばかりなのでザックリと。今はガルシア=マルケス全集に戻っていて、これが面白くて溜まらない! 『逆光』と『ヴァインランド』も読後に感想をメモしたものの、殴り書き状態なのでさすがに公開不可。)






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by desertjazz | 2015-02-24 00:00 | 本 - Readings

John Collins "Highlife Time"

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 今年3月に興味深いハイライフのリイシューがいくつか控えている。そのタイミングに合わせて、ハイライフ関連の文献を読み直してみようという気になり、まずはジョン・コリンズの "Highlife Time" からじっくり読み始めた。

・John Collins "Highlife Time" (Anansesem Publications, 1994)


 ジョン・コリンズはガーナ在住のミュージシャン/音楽研究家で(白人)、かつては Bokoor Studio の経営も行っていた。フェラ・クティとも親交が厚く、一緒に映画制作に取り組んだこともあったほど。

 彼のハイライフ・レコード(大量のSPを含む)のコレクションは恐らく世界一。そして、自分の知る限りでは、この "Highlife Time" がハイライフという音楽について最も詳しい文献である。イントロダクションでは 'concert party'(ミンストレルなどに影響を受けてチャンプリン風に白黒に顔を塗った演者による出し物もあったという)をひとつの軸に、それがハイライフに与えた影響/歴史的関係について語られている。約300ページの本で、ここまで詳しく知る必要もあるかと迷うところなのだが、まあ頑張って読み通してみたい。

(残念ならがこの本はコピーしか持っていない。ガーナ国内でのみ出版されたらしく、アメリカなどのサイトを検索してもどうしても見つけられない。そこで10年以上昔に、ジョン・コリンズ本人にコンタクトを取って購入したい旨を伝えたものの時遅し、すでに入手不可ということだった。どうにかして手に入れたい書物ではあるのだが…。)


 ジョン・コリンズの著書のうち以下の2冊はどちらもアメリカで出版されたものなので、今でも割合容易に入手できる。

・John Collins "Musicmakers of West Africa" (Three Continents Press, 1985)
・John Collins "West African Pop Roots" (Temple University Press, 1992)

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 ジョン・コリンズに関しては、以下も改めて読んでおきたい。

・ジョン・コリンズ「西アフリカのポピュラー音楽 ハイライフ、パームワイン・ミュージックの歴史」(『季刊ノイズ 1』P.131〜15)・・・ハイライフに関してはこれで十分と言えるほどの基礎資料

・深沢美樹+中村とうよう「再考・パームワイン〜ハイライフの展開 ージョン・コリンズ提供の音資料を分析する」(『季刊ノイズ 8』P.109〜124)

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 ガーナのハイライフに関してはこんな本も買ったけれど、大量に掲載されたレコード・ジャケットを眺めただけで全然読めていない。

・Florent Mazzoleni + Kwesi Owusu "Ghana Highlife Music" (Le Castor Astral, 2012)

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(以上、ざっと個人メモも兼ねて。)






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by desertjazz | 2015-02-23 00:00 | 本 - Readings

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 高野秀行の新著、『謎の独立国家ソマリランド』の続編『恋するソマリア』を読了。旧ソマリアのソマリランドと南部ソマリアを2011〜2012年に再々訪問、再々々訪問した滞在記。

 以下、ざっくり雑感。

『西南シルクロードは密林に消える』や『謎の独立国家ソマリランド』ほどのレベルまでには届いていないが(これら2冊に比べたらやや軽い読み物風雰囲気)、今回もとにかく面白い。危険地帯への旅なのに。あり得ない成り行きの連続で、作り話かと思った場面すらあった(例えば終盤のハイライトは「あー、夢だったのか」という落ちかと思って読んだほど)。

・これほど真剣に「恋すれば」ここまで言葉を使いこなし、ここまで「秘境」の奥まで入り込めるのかと、著者の熱に唸らされた。笑いを誘うような語り口がいい。

・前著で初めて明かされたソマリアが自ら放つ光明にも、再び危機の迫りつつある現状を知る。

・なるほどと思ったのは、「三十年近く世界の各地を歩いてきた経験から、人間集団を形作る内面的な三大要素は「言語」「料理」「音楽(踊りを含む)」ではないかと思うようになってきた」(P.70)との指摘。このことには同意する。そして、自分の周囲の旅好きな友人たちも揃って、言語と料理と音楽に興味を持って異国を歩いている(さらに加えれば、文学、美術、工芸、建築などにも)。旅好きの視点は皆似ている。

・ソマリア料理のレシピがいくつか紹介されている。機会があれば食べてみたい。(最近パームオイルを使った味が恋しくなっているので、試しに作ってみようか?)

・有名な歌として、アブディナシル・マアーリンの「バッダ・アス(紅海)」が紹介されていた。 YouTude で探してみたのだが見つからない。今後はソマリアの昔と今の音楽のことをもっと取り上げて欲しい!

・北欧にソマリア移民の多いことを知った。そういえば一昨年オスロでソマリア人の大集団が行進しているのを遭遇して不思議な思いをしたのだった。


 等々まだあるが、取りあえずメモ。




 ところで、ソマリア音楽で思い出すのは、何と言ってもこれ。

 ・"Somali Songs of the New Era"

 ツイッターなどで再度取り上げたところ、結構聴かれたようだ。何度聴いても気持ちが盛り上がります。是非 CD でリイシューして欲しいし、同様な録音がまだ他にあるのなら聴いてみたい! 本当なら自らレコード発掘に行きたいくらいなのだが、それはさすがに不可能だろう。






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by desertjazz | 2015-02-15 01:00 | 本 - Readings

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 トマス・ピンチョン『重力の虹』(上・下)読了。これでピンチョン全小説12冊を遂に完読!

 昨年11月に、『逆光』1700ページを2週間で、続いて『ヴァインランド』600ページを2週間で読み終え、いよいよラストの『重力の虹』だ。と思ったら、第一部(340ページ)だけで2ヶ月もかかって、途中何度も放り出そうかと思った。それでも第二部以降はほぼ1日100ページのペースで乗り切れた(全1550ページ)。


(『重力の虹』はピンチョンの他の作品よりさらに数段難解。なので、さすがに感想はすぐには書けません…。続く。)


 ところで、昨年出た Thomas Pynchon "Bleeding Edge" と今年1月に出た Michel Houellebecq "Soumission" の邦訳化はいつになるかな? 早く読みたい!






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by desertjazz | 2015-02-11 22:00 | 本 - Readings

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