【回顧2015 - Part 2】


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 今年はこのカメラとレンズの組合せで飛び回った。

 ・Canon EOS 7D Mark II
 ・Canon EF-S17-55mm F2.8 IS USM
 ・Canon EF70-200mm F2.8L IS II USM

 APS-C サイズとしては、恐らく最も贅沢な組合せだろう。



 わざわざ日本からやってきたからなのか、知り合った音楽関係者たちが裏で口添えをして下さっているからなのか、例えばフランスの各音楽フェスでは自由に写真を撮らせてもらっている。ステージやバックステージの写真を撮るようになったのは、自分のサイトやブログでフェスを紹介する際、写真はないよりあった方がいいだろうと考えてのこと。

 5年ほど前にスキヤキに通い始めたころには、(失礼ながら)まともなステージ写真が全くネットに上がっていなかった。運営スタッフが忙しい合間にケータイで撮ったらしきものがわずかに見られる程度。ならば自分で撮影してリポートしようと思い立った。

 折角撮って披露するなら多少なりともまともな写真の方がいい。しかし、自分は写真に関しては全くの素人(・・・と断言するには誤謬があるだろうか。プロ仕様のビデオカメラに関しては一通りのことを勉強しているので)。なかなか思ったような画が撮れない。

 機材面で限界を感じたのは4月にパリに行ったときのこと。EF-S17-55mm は APS-C 最高のレンズ。なので、あとはどこまで被写体に近寄れるかが勝負だ。ところが、接近戦が許されないシチュエーションが続く。しかも暗い。またネットでの使用を考えると、今はもう動画の時代だとも感じる。メインで使っている EOS 50D に動画機能が備わっていないだけでなく、ずっと違和感(初期不良?)を感じでいたこともあって、スキヤキ前にボディとレンズを新たに購入することにした。

 まず迷ったのはフルサイズに移行するかどうか。心の内ではフルサイズが欲しくて仕方なかったのだが、APS-C 専用の EF-S17-55mm が使えないのは痛い。軽い方がいいし、予算も限られているので、最後にはキャッシュバック・キャンペーンに乗せられて?7D Mark II に決定。しかし、これはステージ撮るにはあまりにオーバースペック。連写毎秒10コマって、笑っちゃうくらいに速い。やはりこれは、鉄道、飛行機、動物を撮るのに特化したカメラなのだろう。

(後で分かったことだが、フルボディと APS-C とではボディに重量差はなく、画素数にも差がない。ということは望遠については後者に歩がある。なので、フルサイズ不要論さえ出ているのかも知れない。)

 EF-S17-55mm はワイド域のみなので、明るい望遠レンズの入手も必須。EF28-300mm F3.5-5.6L IS USMか、EF70-300mm F4-5.6L IS USMか、EF100-400mm F4.5-5.6L IS II USMかと迷ったが、人気で数ヶ月待ちだったり、何よりステージを撮るに暗そうだ。そこで思い切って Canon EF70-200mm F2.8L IS II USM に決めた。これもキャノンで一番人気のレンズなために量販店は全滅。何とか秋葉原で安いブツを見つけてゲット。このレンズを一度使ってみたかったし、キャンペーンで3万円のバックがあったし。結局今年一番高価な買い物になってしまった。このレンズ、確かにスゴイ。静かだし、多少暗くても瞬間でピントが合う。



 さて初めての本使用となった8月のスキヤキ。動画撮影の出番も望遠レンズの出番もほとんどなし。EOS で動画を撮るには無理がありすぎる。ズームもボディを1台しか持っていかなかったので、レンズ交換が面倒。それでもティガナ・サンタナの静寂ステージとクアトロ・ミニマルの暗闇ステージとでは威力を発揮してくれた。

 続く10月のパリとマルセイユ、迷った末に昔から持っているものも含めて望遠レンズは置いていった。CD買付けもあったし、フランスの後はイタリアに飛ぶ予定でもいたので、少しでも荷物を軽くして行きたかったから。もう一度ワイド1本で勝負することに決めた。

 しかし 55mm までというのは厳しい。あとちょっと寄りたいのに寄れない。動画も全く撮らず仕舞。

 それより何が厳しいかと言えば、頭3曲縛りだ。Fiesta des Suds は既に勝手知ったるもので、ステージ下手に5分前に集合し、そこでフォトブースに通じるゲートが開けられる。一応パスのチェックがあるのだが、一度もパスを見せなかった。それでも問題なし。そして3曲終わったところで全員退場させられる。

 最初の3曲までだと、アーティストたちもまだ探り状態だし、照明も退屈。なので良い写真など撮れっこない。機材やポジショニングやタイミング以前に限界がある。そんな中で(耳栓しながら)撮っているカメラマンたちはプロなんだな。(耳栓している)彼らと同じ写真を撮っても意味がないので、少しでもフェスの雰囲気を伝えられるものをと思ったものの、やっぱり頭3曲縛りがキツかった。



 スキヤキやマルセイユでの撮影を通じて感じたのは、このレンズの組合せだと 55-70mm という美味しい範囲が抜けていること。どうやらもう1本レンズが必要なようだ(良い接写レンズも欲しいのだが)。

 その一方で、もう一眼レフの時代ではないような感触も抱き始めている。ズーム域の広いレンズのついたミラーレスの方がメリットがありそう。けれども、被写体深度がどれだけ取れて、ボケをどれだけコントロールできるのかも分からない。



 1年間試行錯誤しながら1万枚くらい撮ったが、納得できる写真は1枚もなかった。やっぱり写真は難しい。フェスではカメラの電源切ってビール片手に踊っている方がずっと楽しかった。ブログをやっていなかったら、きっと写真なんて撮っていなかったかと思う。



 それでも、ちょっとだけ写真の楽しさを感じ始めてきたかな。どの会場でも「また会ったね」といった風に多数のカメラマンたちから挨拶されたし。



 子供の頃は本ばかり読んでいて、中学校に入ってもビートルズすら知らなかった自分が、今音楽について語っている。学生時代はレコード至上主義で、コンサートやライブには滅多に行かなかった自分が、フェス通いをしている。カメラには全く興味を持っていなかったのに、海外の巨大フェスでオフィシャル・カメラマンとしてステージを撮影している。考えてみると不思議なことばかり。










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by desertjazz | 2015-12-30 22:00 | 美 - Art/Museum

Movie "The Act of Killing"

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 話題の映画 "The Act of Killing" を渋谷の Image Forum で観て来た。日本公開3日目、平日初回にもかかわらず大入りで満席(-1)だった。開場ほどなくに着いたので、見やすい席で観られてひと安心。

http://aok-movie.com/

 1960年代にインドネシアで100万人単位の大虐殺がなされた。その実行者にそれを再現する映画を製作させ、その過程を映画化した、不思議な入れ子構造のドキュメンタリー。

 流れるインドネシアの景色を見て「しばらく行っていない、行きたいなぁ」とか、「主人公のコンゴって名前はかっこいいなぁ」とか、「コンゴ、ムチャおしゃれ! 同じ服を着て出て来ない! 相当モテたんだろうな」とか、「隣の爺さん、ガム噛むのをやっと止めたと思ったら、鼾かき始めたよ、参ったなあ」とか余計なことを思っているうちに話は進行。

 まず、インドネシアという国では、政治家と役人と軍人とヤクザもんとマスコミとが一体となっている構図が実に分かりやすい。何ら隠しだてせずに笑って語られるものだから、ウソじゃない?と思ってしまうほど。(でも、日本も今この姿を目指しているのだと思う。本質は変わりなく、どれだけそれが表面に出ているかの違いだけ。)

 ドキュメンタリーなのに、どこまでが真実なのか、どの部分がコンゴ(監督)の演出なのか、どこからが映画監督の演出なのか、次第に分からなくなってくる。非常にシリアスな話が展開していくのに、ふっとジョークなのかユーモアなのか分からない絵が度々挟まって、これは笑いどころなのかと迷う(マツコデラックスみたいな奴が脇だし)。

 最初は誰もが虐殺話を自慢たっぷりに、そして共産主義撲滅に一切疑問を持たずに語るのだが、それが次第に変容していく。クセなのかどうしても分析的に観てしまって、不自然なカットが気になるのだけれど、それでも数人に瞬間何かのスイッチが入ったところを捉えているのが、この映画の肝だと思う。そしてそれがストーリーを脚本あったかのような結末に至らせている。

 それしても、よくこんな映画が完成まで辿りついたものだ、空中分解しなかったのが不思議だと思う。(余談だが、エンドロールで Anonymous がこれだけ延々続く映画ってのも初めて観た。)

 観終えた後も、エンドシーンと冒頭のダンスシーンとの対比をリフレインしてしまう。確かに凄い映画だ。今年観た中では(と言っても本数少ないけれど)"Dallas Buyers Club" に次いで良かったな。




(Anonymous に関しては公式HPにこう書かれている。インドネシアの良心がこの映画を実現させたと言えるだろう。/ その意味では、チンピラたちに金をせがまれて、イヤイヤ差し出す商人たちの暗い視線がとても印象に残っている。)
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 この映画については何人かと感想をやりとりしているところ。その間に思いついたことを書き加えたくなるが、それを始めたら止まりそうにない。語り口がとても多い作品だと思う。





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by desertjazz | 2014-04-15 00:00 | 美 - Art/Museum

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(Venice, Italy Oct. 2012)


 「フィレンツェとベネチアとマドリッドにはいつか行こう」そう決意したのは、E・H・ゴンブリッチ『美術の物語』を読んだ昨年の春だった。そして読了直後の4月にもうマドリッドに飛んでいた。( Madrid Museum Tour (1)

 実はベネチアにももう行ってきてしまった。昨年10月にマルセイユの Fiesta des Suds を観に行っている合間、4泊5日でベネチアに滞在(フェレンツェも迷ったが、調べてみるとヴェネチアの方がずっと良さそうだったので、昨年はヴェネチアだけにした)。いつか観たい思っていた美術作品や建築のほぼ全てを一気に観てまわってきた。

(Twitter と Facebook には旅日記風にメモし続けていたが、ブログの方には3度目となったイタリア旅行についてまとめて書こうと思っているうちに1年が過ぎてしまった。)

 面白いことが起きたのは帰国してからのこと。12月に読み始めたプルーストの『失われた時を求めて』についてはほとんど予備知識を持っていなかったのだが、この作品の重要な舞台のひとつがヴェネチアであることに読み進むうちに知った。おかげで作品中でヴェネチアの情景が描写される度に、それがありありと頭の中に浮かぶ。数ヶ月前に実際に観て来たところばかりなのだから当然だ。


 昨日観て来た『ターナー展』、荒れ狂う海を描いた大作、後年を代表する光溢れる抽象的な作品も少なく、一番好きな『戦艦テメレール号』や『雨、蒸気、スピード』や『国会議事堂の火災』といった傑作も来ていないのだから、物足りなくなったのも仕方ない。そんな中で今回の展示でひとつの山場をなしていたのは、やはりヴェネチアの連作。そして、またしてもヴェネチアの情景を思い出すことになり、鑑賞を手助けしてくることになった。例えば、サン・ルカ教会やドゥカーレ宮殿の内部はどうなっているか、どこにどんな絵がかけられているかまで、今でもはっきりと憶えている。


 旅や美術鑑賞や読書など、趣味を多く持って、それらが偶然にも繋がっていくことはとても面白く、互いの楽しみを豊かにしあってくれる。ただ残念ながら、現在のヴェネチアはターナーが描いた美しさからはほど遠いのだが。


(東京都美術館にはしばらく前にも行ったなと思って記憶を辿ると、今年3月に『エル・グレコ展』を観に行ったときだった。これもマドリッド繋がりだった。)






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by desertjazz | 2013-11-23 14:00 | 美 - Art/Museum

Joseph Mallord William Turner (1)

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 昨日22日(金)の夜は、上野の東京都美術館で開催中のターナー展を観て来た。

 日中はかなり混んでいると思い、金曜日のみ20時まで開館している夜間に行くことに(調べて見ると来場者は1日あたり平均約4000人)。それでもかなりの人出だったが、まずまず落ち着いて観られた。日中や休日はどんな状況なのだろうか。

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 展示作品はほとんどがロンドンのテート・ギャラリー収蔵品だろうと思う。テートには9年前にロンドンに行ったときに、開館時刻から閉館までまる1日かけて観尽くしてきたので(もちろん代表作のいくつかを収蔵する国立美術館にも)、今回はパスしてもいいかなとも思った。それでも行ってみたら、懐かしい作品がある一方で、初めて観るものが多く(テートには2万点以上あるのだから当然か)久し振りのターナーを楽しめた。

 ただ全体的に物足りないという印象。習作や小品が多すぎて。今、日本でターナー展をやるにはこれが限界なのだろうか?

 ターナーは私が一番好きな画家。今回は図録はいらないかと思ったものの、結局買ってしまった。
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 ターナーを観に行く度に図録を買ってしまう(左下はテートが出しているもの)。

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 20数年前にフランスで出た水彩画集も持っている。この箱入り豪華版はとても高かった! こうした画集をゆっくり楽しむ時間ももたなくてはなぁ。






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by desertjazz | 2013-11-23 10:00 | 美 - Art/Museum

上野散策:春の芸術鑑賞

 昨日19日は春の陽気に誘われて上野〜末広町を散策。まだ3月だというのに気温が25度もあって暑いくらいだった。


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 上野公園は桜の花が開き始めており、平日にもかかわらず結構な人出だった。


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 東京都美術館で『エル・グレコ展』。結局会期終了間際になってやっと来られた。珍しいことにエル・ゴレコを観るのは最近1年間で3度目。よくこれだけ集めたものだ。確かに「無原罪のお宿り」と一連の肖像画と圧巻。マドリードで観た傑作群は来ていないみたい。


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 アーツ千代田3331へ移動。まず高橋士郎『自由芸術展 〜レイモン・ルーセルの実験室〜』へ。巨大なニギニギくんがお出迎え。


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 これがマッキントッシュの放熱板か。ホントいい音がしている。


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 トークイベントで語られていた通り、ほとんどの部材が廃材。分解すると車のトランクに収まってしまうコンパクトさだとも。


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 他のコーナーの『つくることが生きること 東京展』もひととおり観てきた。


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 これらは東日本大震災復興支援を目的とした展示。首都圏の大震災の際の仮設住宅に関して考えさせるものも。昨年観た「建築ビエンナーレ」でも、宮城県の沿岸の復興/住宅建築に関する大きな展示があった。こうしたものは世界的潮流になっている?




 青山を一巡りした後、最後は渋谷へ。


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 DIESEL 渋谷店の "DIESEL+EDUN PRESENTS STUDIO AFRICA" へ。これは U2 の BONO も関わっているプロジェクトで、ヨハネスブルグ(+ソウェト)、ダカール、サンルイなどで撮影された写真が展示されていた。ちょっと撮り方がわからない不思議な1枚も。在ベルギーのコンゴ人ラッパー Baloji のポートレイトもあった。


 TOWER、EL SUR、ヒカリエの食品街も探索(ヒカリエに関しては FB に)。一日、よく歩いた。






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by desertjazz | 2013-03-20 00:00 | 美 - Art/Museum

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 自由芸術展『レイモン・ルーセルの実験室』に関する追記。


 昨日催されたトークセッションを配信動画で視聴。高橋士郎の話がとにかく面白い。

USTREAM:高橋士郎「自由芸術展」 〜レイモン・ルーセルの実験室〜 トークセッション「レイモン・ルーセルをめぐって


 以下、印象に残ったことば(走り書きしたものなので、厳密な書き起こしではない。10分過ぎまでマイクがオフで、聞き取りにくい場面もあり)。


「ルーセルは、知っているが最後まで読んだ人が少ない一番の小説」(港千尋)

「現実を書いたレリスの『幻のアフリカ』と想像によるルーセルの『アフリカの印象』とでは、まるで真逆。反対にレリスが「アフリカの印象」を書いており、ルーセルが「幻のアフリカ」について書いている」(岡谷公二)

「形状記憶合金、ピエゾ素子、(血を吐いて文字を書くニワトリの)インクジェットなど、現代の最先端技術を明治時代の小説に書かれている」(高橋士郎)

「NASA はジュール・ベルヌの真似をしている」(高橋)

「金融こそ最高の芸術」(高橋)・・・ここから話が脱線するも、大資産家に生まれたルーセルの芸術論に戻っていく。

「大脳皮質なんてものが生まれたから、人は悩んだり、余計なことを考えたりする。大脳皮質を消費し疲れさせるために、宗教や芸術、そしてルーセルが必要になった」(高橋)

「あの小説を書くのはものすごいエネルギー」(高橋)「ルーセルは生きていて楽しいことは一度もなかったと語っている。現実の中では暮らせない彼のエネルギーが創作へ向かわせた」(岡谷)

「地球を壊しつつある人類の未来への選択は3つ。科学技術をつきつめるか、ターザン的生活に戻るか、オタク化するか。これらのバランスが重要。芸術はオタク。だから、そこにこれからの芸術の役割がある」(高橋)

「(空気膜造型について)コンピューターグラフィックは風船なんです」(高橋)

「人間が育ったのは '空気と重力' のおかげ。ルーセルの小説も '空気と重力' のリアリティー」(高橋)

「マッキントッシュの中には凄いものが入っている。マッキントッシュの新製品が出ると、いつバラせるかと思うとワクワクする。マッキントッシュの放熱板はいい音がする」(高橋)


 一番伝わってきたのは、現実を直視し、リアリティーを追求しながら創作活動に励んでいる高橋士郎の姿勢だった(原子力発電所に関する最後の方の発言も全く同感)。

 先日ここで「読んで役に立つことは皆無だし、読み終えて残るものも一切ない。」と書いたが、ルーセルの小説を単なる小説ではなく、「アート」として読むと、それは全く変わってくるとも思った。そこが彼の小説に惹かれる大きな理由なのだろう。


(今朝も4時半に起床して仕事だったので、昨晩はこのトークセッションもヒュー・マセケラのライブも断念。なので動画配信されたことに感謝。)




 追記:

 より詳しい部分書き起こしがあった。→ http://twitter.com/azmtwt





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 このトークセッション、ルーセルと親交のあったミシェル・レリスと彼の著作『幻のアフリカ』の紹介から話が始まった。ボラーニョの『2666』並に厚く重い本だけれど、改めてこれも再読したくなった。「今年読む本」のリストに入れようか?(写真は「完全版」と「文庫版」)






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by desertjazz | 2013-03-18 18:00 | 美 - Art/Museum

Arts in African Desert

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 最近はこうした書物の写真をよく眺めている。アフリカの古代壁画はサハラのものも南部の砂漠のものも素晴らしい。色のコントラスト、描線デザイン、描かれた人や動物たちが生み出す独特なリズム、どれもに現代アートに劣らない美しさと卓越したセンスを感じる。いつまで見つめていても本当に飽きることがない。(ゴンブリッジ『美術の物語』への繋がりについて考えたりもする。)

 今月も面白い本をいろいろ読めた。読書メモを綴っておきたいところなのだが、その前にマドリッド滞在記ですら書けないでいる。


(明日からまたまた遠出。今はここ数年間で最も忙しい状況。来月はまたしばらくネットから離脱するかもしれません。ちょっといいニュースも届けられそうなのですが、しばしお待ちください。)






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by desertjazz | 2012-05-31 23:30 | 美 - Art/Museum

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 日帰りで大阪〜名古屋往復。愛知県美術館で開催中の『生誕100年 ジャクソン・ポロック展』を観てきた。

 今週11日に放送された『日曜美術館 ジャクソン・ポロック』(18日に再放送予定)を観て少し満足できたものの、同時に今回の展覧会への期待が膨らんでしまった。今後のスケジュールを考えると、名古屋に行けるのは今日だけだし、2月からの東京展(東京国立近代美術館)に行けるという確証もない。そこで急遽新幹線で名古屋に向かうことにした。(昨夜の酒がまだ抜けておらず、その勢いもあったかな?)

 20数年振りの名古屋。会場に着いたのは昼前で、平日ということもあって、客はさほど多くない(意外に思ったのは8〜9割が女性客だったこと)。60点ほどを作品を2時間かけてじっくり鑑賞。どれも独り占めにして観ることが出来たので、まるでヨーロッパの美術館にでも来ているかのよう。やっぱり今日来てよかった。

 予想した通り絶頂期の作品(40年代後半〜50年のポウリングによる大作群)は少なかったが、それらの中では、時価評価200億円ということが話題にされている「インディアンレッドの地の壁画」(1950年、テヘラン現代美術館)と「ナンバー7, 1950」(1950年、ニューヨーク近代美術館)はやはり凄い。どれだけ見つめていても飽きることがない。

 初期の作品が見せる多様性も興味深かった(初めて知ったことも多い)けれど、オリジナルな表現に到達し完璧な傑作群を完成させた後に次に進もうとする苦悩/苦闘の深さが、晩年の作品からひしひしと感じられた点も印象強かった。

 ポロックは実物を見ると、作品に対するイメージが断然違ってくる。どの時期の作品も眼前の数々の曲線が動きを見せている。ポウリングされたインクもじっと止まることがない。とにかく間近で見ると、激しい動きを感じる。

 日本に所蔵されている作品がこれほど多いとは知らなかった。2月に行った大原美術館の「カット・アウト」も展示されていたが、同じ作品を同じ年に異なる美術館で見るとは思ってもいなかった。

 ターナーに次いで好きな画家であるポロック。昔、NYC の MoMA のポロックを観に行った時、ポロックのフロアだけ改装中で観られず愕然としたことがあった。なので、ポロックをこれだけまとめて観たのは初めてのこと。「インディアンレッドの地の壁画」と「ナンバー7, 1950」はまた観たい。来年の東京展にも行こうと思う。





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by desertjazz | 2011-12-15 20:00 | 美 - Art/Museum

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 快晴、さわやかな日曜日、吹田市千里万博公園の国立民族学博物館(みんぱく)へ。『特別展|千島・樺太・北海道 アイヌのくらし ードイツコレクションを中心にー』と関連イベント(研究公演)を観に出かける。


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 千里中央駅で降りて、長い道を太陽の塔を見ながら博物館へ向かう。みんぱくに来るのは12年振り(この時以来)。それにしても物凄い人出だ。自然文化園などが併設されており、オープンスペースでのイベントは家族連れで賑わっていた。


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 コレクションは結構充実していたと思う。ドイツに渡ったものなどは 19世紀に作られたとは思えぬほどに保存状態が良かった。個人的には、木製トレイや衣装、イクパスイのデザイン/造形美に魅入られた(展示品の中には、マレウレウのマユンさんが制作した作品もあるそう)。そうした意匠を見返すために図録も購入。これもしっかりした造りだった。

 14時からは「研究公演」へ。それが終わった後、主催者の方々をご紹介いただき、貴重な話を伺う。来週以降の関連イベントにも興味があるので、再度行くかも知れない。


(続く)





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by desertjazz | 2011-10-16 23:01 | 美 - Art/Museum

クジラとゾウ

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 今年はアート関連の番組が面白い。初回に Stuff Benda Bilili が登場した『たけしのアート・ビート』は毎度楽しく観ているし(杉本博司の回も良かった)、今週は『世界が私を待っている「前衛芸術家 草間彌生の疾走」』2時間を一気に観て、さらには数ヶ月前に録画したままだった『若冲ミラクルワールド』6時間も3晩かけてじっくり鑑賞した。

 今日からは大阪・堂島リバーフォーラムで『堂島リバービエンナーレ2011』が開催されるので、いつ行こうか思案しているところであり、11月から始まる『ジャクソン・ポロック展』も待ち遠しい。アート関連の番組やイベントが充実してきているのではなく、最近また自分にアートを楽しむ余裕が少しばかり生まれて来たのだろう。

 それにしても『若冲ミラクルワールド』は出色の番組だった。伊藤若冲の魅力をたっぷり堪能できたことばかりでなく(正にミラクル・ワンダーランド!)、観ていて関心が他の領域にまで勝手に繋がっていくことでも刺激的だった(ハイビジョンの10数倍の解像度を持つスーパーハイビジョンの新しい使い道が示されていたことにも感心)。例えば、

・まず、日本画と布や紙との関連性
・次に、京都・大阪の上方文化の面白さ(今月も谷崎潤一郎を読み続けているだけにひとしお)
・そして、クジラとゾウの対話に始まる音についての思索

 などなど。美術作品は単体で鑑賞するばかりでなく、関連する/無関係なような様々なことと合わせて多面的に見ていくことでも、知的好奇心が刺激されることを改めて感じた。諸々のうち3点目についてだけ簡単にメモしておこう。

 番組の最後に、最晩年の作品『象鯨図屏風』を紹介していたのだが、クジラとゾウが対置されたこの屏風絵を観て思い出したのは、ライアル・ワトソンが亡くなる直前に出した『エレファントム 象はなぜ遠い記憶を語るのか』の内容。この本の中では、南アに生まれ育ったワトソンの少年時代の体験があれこれ綴られており、その最後の方で、ブッシュマンに連れられて行った先で、巨大なクジラと雌ゾウが対話している情景を目撃した話が出てくる。これは人間には聞き取れない超低周波での交信だったという(ここまでの話、記憶で書いているので、やや不正確かも知れない)。

 伊藤若冲がどうしてこのような構図の絵を描いたのかまで番組では語られていなかったが(そうした研究がすでにあるのかもしれないが)、若冲がブッシュマンの観たような世界を知っていたとは考えにくい。たまたま大きな動物を対置させただけなのかも知れない。しかし、鋭い感性を持っていた若冲のことなので、2つの動物から何かを感じ取ったのかも知れないなんてことも想像してしまう。

 そしてその先で、また「音についての思索」が始まる。このところも、武満徹が田中優子に対して語った「遠音」(『江戸の音』の中で、日本人は遠くからの響きを好むことを指摘)のことについてずっと考え続けているのだが、それが谷崎潤一郎の『陰影礼賛』とも結びつき合っていく。さらには日本の食文化とも繋がっていく。自分はこうしたことを考えているときがとても楽しい。この話はまたいつか。




(追記)

 夜はまた『若冲ミラクルワールド』を第1回から観直し始めてしまった。

 このブログは明日からしばらく夏休みに入ります。出かけた先では、伊藤若冲の作品も観てきたいと思っています。






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by desertjazz | 2011-07-23 14:29 | 美 - Art/Museum

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