2009年 (4) : 「旅する」

 2009年には久しぶりにアフリカに行こうと思った。それも砂漠に。アフリカ南部(ナミビア、ボツワナ)かモロッコを1ヶ月ほど旅する計画だった。しかし、予期せぬことが続いて、代案も含めて全ての計画が頓挫。これが何をやってもうまく行かなかった2009年を象徴しているのかも知れない。現在は、全ての考えをリセットして、改め案を練ろうとしてる段階である。

 嬉しいこともあった。10月に台北滞在中、短い時間を利用して観光めいたことをする気になり、フェスの会場やホテルから離れたエリアまでタクシーで移動した。その日は雨で通りを行き交う足は少ない。ふと眼に留まったカフェに入ってみると、そこに Lo Cor de la Plana のメンバーのうちの3人がいて、リーダーの Manu Theron とも偶然に会話することとなった。

 そういえば、数年前にマルセイユのベルザンスを散策していた時のこと、CDショップのディスプレイを見つめていたら、後ろから誰かに肩を叩かれた。マルセイユにはほとんど知り合いがいるわけでもないので、驚いて振り向くと、そこには Manu が。「どうしてここに?」と尋ねると、「近所に住んでいるんだ」とのこと。地元の人間に対してそんな質問をした自分もまぬけだが、旅先でのこんなふとした出来事を嬉しく思う。

 そんなマルセイユでの嬉しいできごとが、台北でも再現されたわけだ。Manu とは何かの縁があるのかも知れない。

 そして、こんなささやかな出来事にこそ、いつも旅の楽しみを感じている。
[PR]
by desertjazz | 2009-12-30 01:37

 毎年恒例(?)の「ベストアルバム」、所有盤のデータベースを見ながら一応考えてみたけれど、「個人ベスト」に入れたいアルバムは2枚しか思いつかなかった。アフリカ音楽も新作、リイシューともに今年はほとんど買っていないので、10枚ずつ選ぶのも困難。なので、今年は「アルバムベスト」の発表は止めておきます。

 以下、他の方にはほとんど参考にならないであろう独り言、、、。



 2009年は聴いてワクワクする作品と全然出会わない年だった。こうなったのには、ほぼ1年を通して音楽を聴く余裕がなかった、ということが影響したのだと思う。入手枚数を数えてみると、昨年も数百枚増えているが、これでも例年の数分の1。日本で買った新録盤の枚数に至っては例年の10分の1程度だったし、海外でレコード店を巡る機会もほとんどなかった。「聴く時間がなかった」から「買わなかった」のであり、「買わなかった」から「出会わなかった」、とは言えるのかも知れない。しかし、自分自身の印象はこれとは逆で、「聴きたいものがない」から「買わなかった」と感じている。実際こうした状況がここ数年続いているのだが、それが決定的になったのが2009年だったと思う。実際、話題作を聴いても、ピンとこなかったり、自分の趣味でなかったりすることがとても多くなった。

(聴きたいものが見当たらないことについていろいろ考えた結果、その原因のいくつかが分かったのだが、取りあえずここでは触れないでおく。)

 ということで、新録盤の「ベスト10」を選ぶことは今年は無理。その代わりに、最初に聴いた時に「優れた作品だな」と感じたものを中心に無理矢理10枚思い出してみることにした。その結果は以下の通り。

(1) PERNETT / ARBOL
(2) QUANTIC AND HIS COMBO BARBARO / TRADITION IN TRANSITION
(3) K'NAAN / TROUBADOUR
(4) TINARIWEN / IMIDIWAN: COMPANIONS
(5) OUMOU SANGARE / SEYA
(6) CAETANO VELOSO / ZII E ZIE
(7) KHALED / LIBERTE
(8) SAM KARPIENIA / EXTATIC MALANCONI
(9) LARBI DIDA / MALKOUM
(10) The Kankobela of the Batonga Vol.1

 (1) : 独創的なクンビアで、個人的には今年最も面白かった作品。(2) : 様々なスタイルのサウンドを統合したラテンの好盤(ただし新しいことをやっている感はなかった)。(3) : 最初の印象は薄かったのだが、年末に聴き直して(これが2度目)ポップで贅沢なサウンドの楽しさに気がついたラップ作。(4) : 彼らの最高作であり、かつ今年最高のアフリカ音楽だと思う(2度しか聴いていないが)。 (5) : 近年のアフリカンポップを代表する素晴らしい作品(だが、眩しすぎてなかなか聴く気分になれなかった)。(6)〜(10) は正直言って数合わせに選んだもの。どうしても10枚に足らず、08年末の1枚も入れた。(8) はライブが素晴らしかったので、その余韻で聴いていた作品。言い換えるならば、2010年に時間ができたら、きちんと聴き返してみたいと考える10枚である(それが、無理矢理10枚リストアップしてみた理由でもある)。

 ジャンルを問わずに10枚選ぶこともできないのだから、アフリカの新作のベスト10を選ぶことも不可能。昨年はいよいよアフリカ音楽を聴いたり語ったりする意味を感じなくなった年だった。リイシューも同様の理由から、昨年に続いて断念。アフリカのリイシューをほとんど買わないのには、それらの多くが、既に所有している音源だったり、聴くほどの内容とは思えなかったりするから。

 近年気になっているのは、ロックでもジャズでも、'Out take' の収録をうたったり、あるいは 'Complete Set' と称したりして、「残りもの」で商売する傾向が強まっているように思えることだ(繰り返される Remaster や、無茶に思える Surround 化も含めてもいい)。またCD化の必要を感じないリイシューなども散見される(そして、そうした傾向はワールドミュージックでも進んでいるのではと思うことがある。このことは中途半端に書くと誤解を受けるかも知れないので、適当な機会に改めて綴ってみたい)。そうした発掘音源を聴くことに喜びを感じる人も多いのだろうが。だけれど、自分はそんな「残りもの」よりも、長年愛聴している音楽を聴くことの方に時間を使いたい。このような考えの強まったことが、「買わない」理由ともなっている。

(もちろん全てが「残りもの」とは思わない。また、手持ちのレコードばかり聴くというのも物足りなく、時々でも買わないと音楽を聴くトリガーがかからないことも事実。)

 個人的に嬉しかったリイシューを1枚だけ挙げると、バリのガムランの最初期録音集(全5枚の予定)の1枚目、"BALI 1928 GAMELAN GONG KEBYAR : BELALUAN - PANGKUNG - BUSUNGBIU" 。長年待ってやっと発売に至ったこれだけは、時々聴いていた。とても良かったので、友人にプレゼントしてしまったくらい(なので、早く買い直さなくては、、、)。



 余談。ベストアルバムは選びにくいが、ワーストなら簡単。ブログでは BASSEKOU KOUYATE & NGONI BA のアルバムと OAI STAR とを酷評(?)したけれど、別にダントツでワースト1位のアルバムがある。ピアノは素晴らしいのだが、ベースが全然ダメという作品。聴いていて具合が悪くなってくるほどだった(自分で買ったレコードを聴いて体調が悪くなるというのは、稀な体験)。とにかくベースの音色が気持ち悪い。そしてただただ手数が多い演奏は、単にガサツなだけで、ひたすら耳障り。音楽が文字通り「音を楽しむもの」なのならば、これほど楽しめない音はない。2度我慢して聴き通そうとしたけれど、それすらできず、あえなくCDはゴミ箱行きに。レコード店や雑誌などでは好評のようだったが、このアルバムを本気で褒めている人とはきっと話が合わないだろうな。何かまでは書かないけれど、これだけがっかりさせられたアルバムも珍しい。これを聴いて「こんな音楽が褒められるなら、もう新譜は買わなくていい」と思ったほどので、これも今年CDを買わなくなった一因だった。



 ライブの方は、もう何といっても台北で観た Lo Cor de la Plana が最高だった(だけれど、以前マルセイユで観たときの方が、状況のローカル性が強かった分だけ断然良かったのだが)。そして、2度観た Sam Karpienia。

 フランスでは、Amadou & Mariam、17 Hippies、Moussu T e lei Jovents、Novalima、Sayon Bamba、Houria Aichi、Kamel el Harrach、Yom、Les Bamtous de la Capitale、Kora Jazz Trio など、最近話題のアーティストをたくさん観てくることができた。Amadou & Mariam や Houria Aichi はもちろん良かったし、17 Hippies や Les Bamtous de la Capitale も結構楽しめた。また、王様然とした Yom に笑った一方(音楽的には趣味じゃない)、Novalima などは期待したほどではなかったかな。こうしたことをじっくりレポートする余裕がなかったことは残念だった。



 1年後には、今度こそ、また楽しく「ベスト10」選びのできるようになることに期待。

(※ 年明けに修正してアップ)
[PR]
by desertjazz | 2009-12-30 01:35

2009年 (2) : 「読む」

 今年最後の読書メモ。2009年に出版(再出版を含む)された本の中で印象に残った10
冊。

・パオロ・ジョルダーノ『素数たちの孤独』(早川書房)
・イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』(河出書房新社)
・J. M. G. ル・クレジオ『砂漠』(新装版)(河出書房新社)
・M. トゥルニエ『フライデーあるいは太平洋の冥界』
+ J. M. G. ル・クレジオ『黄金探索者』(河出書房新社)
・カズオ・イシグロ『夜想曲集 : 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』(早川書房)
・広瀬 隆『資本主義崩壊の首謀者たち』(集英社新書)
・宮台真司『日本の難点』(幻冬舎新書)
・佐々木俊尚『2011年新聞・テレビ消滅』(文春新書)
・辺見 庸『しのびよる破局』(大月書店)
・白戸圭一『ルポ資源大陸アフリカ 〜暴力が結ぶ貧困と繁栄〜』(東洋経済新報社)

 今年前半は読書する時間がほとんど皆無で、そうした中何を読めたのかもすでに憶えていない。なので、最近読んだ小説が中心のリストになってしまった。しかし切なくなる小説と気分が滅入る本ばかり読んでいるなぁ。



 かねてからノンフィクション、評論、紀行ものが好きで、音楽書も大量に読んでいたため、そうしたものを優先したいと思い、長年、基本的に小説を読むことを自ら禁じてきた。そうした姿勢に逆転現象が生じた年だった。

 しかし、ノンフィクションの分野では収穫が少なかった。これはじっくり書店巡りをする余裕がなかったからなのかもしれないし、近年のテーマである「生活のダウンサイジング」を意識しすぎてなるべく本を買わないようにしたせいかも知れない。いずれにしても見逃した本は少なくないはずで、来年はもう少し取りこぼしがなくなればいいかと考えている。そうした中、新聞記者が書いた『ルポ資源大陸アフリカ 〜暴力が結ぶ貧困と繁栄〜』は圧巻・渾身のルポだった。

 紀行ものでは、71年前に訳書が出た、岩波文庫のアンドレ・ジイドの『コンゴ紀行』と『続・コンゴ紀行』が復刻されたことが驚きだった。半ば薄れかけた旧字体の漢字とひらがなの活字を辿っていくことを今楽しんでいる最中である。

 読書の中心が小説の方に傾いたのには、ノンフィクションや紀行ものに気になるものが見当たらないならば、これまで読む機会のなかった名作を生きているうちに読んでおこうといく気になったことがある。それで、古今の名著とされる評論などとともに小説も久方ぶりに読み出したのだった(評論の方は、難解なものや大作ばかりに読み出してしまい、なかなか先に進まない)。しかし、そのことの決定打ともなったのは、「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集」に手を伸ばしたことだった。知らなかった傑作を教えてもらっている気分で、1冊読み終える頃には次は何を読もうかと思案している有様。例えば最も最近読み終えたチリのイサベル・アジェンデの『精霊たちの家』などは、G. ガルシア=マルケスの『百年の孤独』があったからこそ、それをテンプレートにして完成された作品には違いないが、決してそれに留まっていない紛うことなき傑作だ。最近読了/再読した『百年の孤独』『族長の秋』『コレラの時代の愛』を振り返って、『予告された殺人の記録』を除くと自分はラテンアメリカ文学をさほど好まないのだろうかと考えていたところだったのだが、どうもそうとは言い切れない気がしてきた。

 カズオ・イシグロの新作はリストにいれたものの、やや物足りない仕上がりだった。まあ、大好きな『わたしたちが孤児だったころ』や『日の名残り』、傑作『わたしを離さないで』に並ぶ作品を書き上げてくれるまでの箸休めなのだろう。デビュー作から読み続けている村上春樹の『1Q84』は個人的には期待外れだった。もちろん優れた作品なのだろうが、今執筆中とされる「BOOK 3」は買わない(日本文学や新たに書かれた小説をあまり読む機会がなかったのは残念だ)。


 そして、何と言っても、パオロ・ジョルダーノの『素数たちの孤独』。科学者が書いた鮮烈なる処女作。ダビンチを生んだ国の20代のマルチな才能に嫉妬さえ覚えるが、2作目にも期待を裏切られないよう、今から楽しみにしている(考えてみると、ル・クレジオの『砂漠』も20代の作品)。



 音楽を聴かなくなった(1週間にCD1枚聴くかどうかといった程度)せいもあって、音楽関連の文章を読む量も激減した(音楽のブログも一切読まないし、雑誌も全て止めてしまった。読まないので、定期的に送ってきて下さっていたものも遠慮させていただくことに)。今年買った/読んだ音楽書は、わずかに4冊。

・石田昌隆『オルタナティヴ・ミュージック』(ミュージックマガジン)
・岡田暁生『音楽の聴き方 〜聴く型と趣味を語る言葉〜』(中央公論新社)
・サカキマンゴー『親指ピアノ道場! アフリカの小さな楽器でひまつぶし』(ヤマハミュージックメディア)
・五十嵐 正『スプリングスティーンの歌うアメリカ』(音楽出版社)

 石田さんの本は以前書いた通り。今年転居したのだけれど、その結果、リスニング環境が格段に向上した(リビングルームを兼ねたオーディオスペースが約20帖確保できたのだが、何と言ってもじゅうたん張りからフローリングに変わった影響が大きい)。それが面白くてあれこれ試し聴きしたところ、90年代のヒップホップやラップの名作の音が物凄く良く鳴ることに驚かされた。石田さんの本にナビゲートされながら、そんなことをしていたのも記憶に新しい。あとの3冊は、興味深い内容ながらコンパクトな本なので、もっと本格的なものを読みたくなった。

 他に Youssou N'Dour 関連の本を2冊買ったのだが、仏語なので、まだ軽く拾い読みした程度に留まっている。

・ Michelle Lahana "YOUSSOU NDOUR - La Voix de la Medina"
・ Gerald Arnaud "YOUSSOU N'DOUR - Le Griot Planetaire"

 昨年(2008年)フランスで出版されたオクシタン・ミュージックの本、注文しないうちに品切れとなってしまったのは失敗だった(そういえば、最近 Salif Keita の伝記?も出た。せめて英訳版が出ないだろうか)。

 迷った末に買わなかった音楽書が2冊ある。

・星野秋男『ヨーロッパ・ジャズ黄金時代』(青土社)
・デイヴィッド トゥープ『音の海―エーテルトーク、アンビエント・サウンド、イマジナリー・ワールド』(水声社, 2008)

 共感半ば/違和感半ばする星野の著作は労作には違いないが、彼の文章を30年近い昔から読んできた身にとっては、そうした原稿をとりまとめたものにしか思えなかった。かつて熱心に読んだ記憶のある文章ばかりで、個々のプレイヤーに関する情報量が絶対的に不足していることも不満(まあ、網羅的に書かれた本なので、これが限界なのは十分理解できる)。もっと言えば、「…だ。」「…だ。」「…だ。」と連呼する文章が、眼で追っていても酷く耳触りで、立ち読みしているだけで辟易してしまった(こんなところにも、編集者の不在を感じる)。それでも、ヨーロッパ・ジャズはアメリカのジャズの傑作には敵わない、といった風に正直に書かれていることには好感を持った。『音の海』はこれを読んでも音/音楽に対する思索が深まらないような感覚を覚えたから。だけど、来年時間があれば読んでみたい気持ちは残っている。



 余談。

 頼み込まれた末に断り切れず、結果本音を明かさないままに書いた共著本が、今年絶版となったことに安堵。しかし、またまた依頼(命令)を断り切れずに書いた共著本(デジタルテクノロジーを駆使したドキュメンタリー制作に関する教科書のようなもの)が間もなく出版される予定。正直、あまり嬉しくないなぁ。



 追記。

 蔵書が再びペースを上げて増え続けてる。CDを買わなくなり、転居の度に小説もまとめて捨ててきたのに、これでは意味がない。本格的に生活のダウンサイジングを進めるためには、日本語版 Kindle の発売が待望される。旅行に出る度に、どの本を持っていくか、何冊持っているか、とても長い時間思案するのだが、Kindle があれば、そうした悩みも解消されるだろう。
[PR]
by desertjazz | 2009-12-30 01:31

2009年 (1)

 空疎な一年だった。

 今年はひたすら慌ただしいばかりで、何も残るものがない年だった。そんな2009年だったのだけれど、それでも簡単にでも振り返ってみる気になった。ただし、あくまでも個人メモといったレベルのまとめでしかないだろうから、お読みいただいても暇つぶしにもならないかも知れない。



 実は今年もブログはほぼ毎日のように綴っていた。しかし、これだけ空疎な日々を送っていると、有益な情報発信は難しく、誰かの役に立ったり楽しんでもらえたりする内容にはならない。読み返してすぐにそのことに気がつき、ブログは個人的な日記や思いついたことを書き留めるメモとして活用していた。なので、公開向けに書いてアップする機会は乏しくなってしまった。後でその理由は書くつもりだが、音楽情報も激減し、毎度チェックして下さった方々の期待に添えなかったことはお詫びするしかない。

(追記: 以前にも書いたことかも知れないが、他人のブログを読まないのに、自分がブログを書き公開することに、ある種の矛盾も感じた。)

 何の楽しみもない日々に苦しむ中、逃げ出すようにフランスと台湾とインドネシアに短期旅行できたことは救いだった。

 それでも最近になってようやく少しばかり余裕を持てるようになり、このごろは読書を楽しんでいる。そして、最近の読書メモくらいは公開してもいいかなという気になり、日記の一部を整理してアップしてみることにした。ただし、書評をする気も力もなく(そうしたことはたくさんの方々が行っているはず)、あくまでも個人メモの次元であることをお断りしておく。その上で若干でも近況報告的なものになっていればいいかな、とも思う。



 ということで(?)、「音楽」「音」「本」「食」「旅」などのテーマで、個人的に2009年を振り返ってみたい。

 まずは「本」の話から始めたいのだけれど、今年は公開したブログで何を書いて何を書かないでいたのか、そして何をアップ済みなのかも定かではない。これから書くことにも、話が飛んだ印象を拭えない部分もあるだろう。例えば、一昨日の記事の中で『素数たちの孤独』や "The White Tiger" のことについて触れているのも唐突なようにも思える。そこで、非公開だった夏頃の読書メモも手直ししてアップしておくことにした。

 さてどこまで書けるだろうか?
[PR]
by desertjazz | 2009-12-28 22:22

 読書メモ(5月〜8月の日記からの抜粋)。



More
[PR]
by desertjazz | 2009-12-27 23:59

Readings - Isabel Allende

d0010432_2238252.jpg
 『精霊たちの家』(イサベル・アジェンデ、河出書房新社)読了。長大な3代記は『百年の孤独』を連想させ、家主エステーバン・トゥルエバの苦悩と孤独感は『族長の秋』に通じ(あるいはパンゲマナンにも共通する権限を持った男の苦悩)、精霊たちが一家に寄り添い祖母クラーラに超自然的な魔力が備わっているところなどは、ガルシア=マルケスやボルヘスなどのラテンアメリカ文学の特徴のひとつを感じさせる。だが、この小説の面白いところは、序盤〜中盤〜終盤と異なる気分で読ませてしまうところだ。最初、魔術的、幻想的現象さえ現れる日常や『ルクス・ソロス』にさえ通ずる非現実的ドタバタを楽しませていたものが、次第に著者の冷静な社会観察の深まりが表面化していく。そして終盤に至って鋭い(チリ)体制批判を展開していく記述が心に刺さってくる。特に最後の数章の筆力が凄まじい。なので、異なる何冊かを読み替えていったかのような感覚も覚えるのだが、ラストの一文が冒頭に戻って繋がるという見事な円環構造。すごい小説だ。

・一見語り手は男(エステーバン・トゥルエバ)のようでありながら、実は主人公は女性である。これは著者が女性であるからなのかと思ったのだが、彼女の実体験(家族)をそのまま反映させたものらしい。

・子が生まれるとクラーラが親らとの同名を拒否する場面が何度か出てくる。これは同名が繰り返し重なる『百年の孤独』に対する軽いからかいかとも感じたのだが、きちんと意味をなしていることに後で気がつかされる。

・大変長大な小説ながら、すらすらと一気に読ませる力がある。この本も翻訳が優れているからなのだろうが、それ以上にこの作品が見事な傑作であるからなのだろう。
[PR]
by desertjazz | 2009-12-27 23:10

Readings

d0010432_22385259.jpg

12/20 (Sun)

 『歌の祭り』(J. M. G. ル・クレジオ)が進まない。関心の薄い中米が舞台のせいか(それよりも、この本が研究取りまとめ的な色彩が濃いからだとは思うが)。ラテンアメリカとの相性の悪さは文学にも通じているように思う。いったん諦めて『精霊たちの家』(イサベル・アジェンデ)を読む。
 かつて実際に旅したメキシコ、キューバ、ブラジルでも、強盗に遭ったり、病に倒れたりとトラブルの連続。帰国してから日本を代表する熱帯病の専門医の診察を受けた際、「人間では初めてみた症例です」などと言われたこともあったなぁ。

12/21 (Mon)

 Amazon に注文していたル・クレジオの4冊が届く。配達まで日数がかからないし、誰も手を触れていない奇麗な本が届けられる点も気分がいい。

12/25 (Fri)

 またまた体調不良。今週も読書が全然進まず、身体が酒を受け付けない。

12/26 (Sat)

 外の空気を吸えば幾分かは楽になるかと考え、ジュンク堂まで出かける。ちょうど出たばかりの『白い城』(オルハン・パムク、藤原書店)など3冊を購入。『白い城』を手にして最初に気がついたことは訳者が別の人物になっていること。恐らくこれは歓迎すべきことだろう。オルハン・パムクは『雪』『イスタンブール』『わたしの名は紅』と読んできたが、どれも和久井路子の訳が全然日本語になっていなくて、そのことに辟易し失望した。あとがきに、出版社が新しい訳者を探した経緯について短く書かれているが、多分これまでの和久井訳が相当不評だったのだろうと想像する。内容を拾い読みした限りでは普通に読みやすい日本語になっている。

 改めて言うまでもないが、外国語の文章の場合、それがどう翻訳されるかはとても重要なことだ。今年自分の周辺で話題となった本にアラヴィンド・アディガ Aravind Adiga の "The White Tiger" がある。その日本語訳の『グローバリズム出づる処の殺人者より』、タイトルのセンスの悪さはさておくとして、知人の編集のプロに言わせると「日本語訳がすばらしい」とのこと。この本、ブッカー賞を獲得したことも大きいだろうが、翻訳が優れていることも評判を高める一助となっているのかもしれない(ただし自分は、英語版の方がずっと安いし、平易な英語で書かれているとも思ったので原書で読んだ。なので、実際和訳がどうなのかは確認していない)。

 逆に、訳がこなれていなかったり、悪文だったりで、イライラさせられることも多い。『世界探険全史 〜道の発見者たち〜』(フェリペ・フェルナンデス・アルメスト、青土社)は上巻をかなり我慢して読み終えたものの、下巻に入った途端に止まってしまった。これも訳文が直訳すぎて文章が流れていかない一例なのではないかと思う。

 ジュンク堂ではこの夏に買った後、知人に譲ってしまった『素数たちの孤独』(パオロ・ジョルダーノ、早川書房)も買い直す。読む方が追いつかないペースで本を買い続けている。しかし、その分だけこれからの楽しみが増えている。
[PR]
by desertjazz | 2009-12-26 21:00

遠きインド。

d0010432_13453774.jpg
 "Abida Parveen / Treasures"



 この秋はフランス旅行なども模索した末にインド行きを決め、ムンバイ往復のチケットを予約した。しかし、キャンセル待ちとなってしまい、その状態が長く続いたこともあって、インド行きを断念。今年もインド出張の可能性があったし、依頼されていたインドの映画監督との共同作業も参加することができなくなった。昔インド出張を命じられた際にも印パ紛争が起こってインド入国ができなくなったこともあった。どうやら自分にとってインドは遠い国のようだ。

 そうしたわけで、10月に台湾に行くなど、今年は毎月のように遠出しているので、まあ無理してまた外遊することもないかと迷った。しかし、チャンスがあれば日本の音環境を離れたいという願望も強く、最終的にインドネシア行きに決定。実はそれには、JAL のマイレージを使ってしまおうと考えたせいもある。以前よりマイレージはなるべく欧州便やアフリカ便で使うようにしていたが、例えばパリ便は半年先までビジネスクラスが全然取れそうにない(仕事に復帰する前に疲れに旅の疲れを残したくないのと、帰りの荷物が多いのとで、帰国便は極力ビジネスクラスを押さえるようにしている。やっぱりフルフラットシートは楽だ)。私と同様に「使ってしまおう」と考えている人が多いからなのかも知れない。それでもデンパサール便のビジネスは割合取りやすかった。

 そのJAL 便の機内では観たい映画が何もなかったので、消去法で残ったインド人向けチャンネルで "Luck by Chance" を観る。そこで頭はインドに引き戻されることに。映画の出来自体は大したことがなかったのだが、助演女優?の Isha Sharvani に眼が釘づけ。わがままそうで小悪魔的な容姿に惹かれた。特に眼が魅力的だ(ちなみにこの映画、主役の2人よりも、脇役陣の方に魅力を感じる)。ちょっと調べてみると、彼女はダンサー出身のようだ。
 そしてこの映画の中でのハイライトは、'Baware' のダンスシーン(例えばここ)。コンセプト、音楽、ダンス、衣装、配色、カメラワーク、エディティング、これら全てが完璧で楽しい。特に感心したのは、ちょうど3分のところで Isha Sharvani が突然現れる瞬間。何度観ても余りに見事すぎて、正にマジカルだ。インド、恐るべし!



 写真は最近インド土産にもらった、パキスタンの Abida Parveen のCD(今年リリースされた4枚組BOX)とインドの布。
[PR]
by desertjazz | 2009-12-20 00:21

ねこになる?

d0010432_0324330.jpg
 友人宅の兄弟猫2匹。左がメスで、右がオス。



 「自然の音を思う存分浴びたい。」そう考えて、南海の島まで短期旅行(今回で10何回目になるのだろう?)。その願いが叶い、すでに帰国した今でも、心はかの地に置いてきたまま。なので、とうとう音楽を全く聴かない生活になってしまった。例外は、いろいろな方々から贈られる/送られて来るCDを時折聴くのと、先日招かれたライブだけ。現在は、音楽を必要としなくさせた、音に対する感性や考え方の変化を楽しんでいるところだ。

 心を南国に置いてきてしまうと、そこでの音を身体の内に響き返すだけで幸せになってしまい、書きかけの文章をまとめる力も失せてしまう。そうしたわけで、本ブログも今年はそろそろ終了。結局何も書かないうちに終わることになりそうだ(まあ、2年や3年くらい何も書かなくても構わないことだろう、と思い続けていたのだが)。



 朝からゆったり酒を楽しみ、あとは温々微睡んでいることが一番の幸せだった1年だった。今度の正月も、写真の猫のようにのんびり眠って過ごしたい。
[PR]
by desertjazz | 2009-12-20 00:00

Readings - J.M.G. Le Clezio

d0010432_1347690.jpg
 先週は体調が悪化し4日間寝込む(今年1月以来?酒を避けたほど)などして、1週間全然読書ができなかった。

12/17

 『世界の調律 〜サウンドスケープとはなにか〜』(R.マリー・シェーファー、平凡社)読了。サウンドスケープ方面の本よりも、例えばミニマル・ミュージックやアンビエント・ミュージックに関連する本などをもっと読む必要を感じる。

12/18

 明け方、『砂漠』(J. M. G. ル・クレジオ)読了。タイトルと世評だけに惹かれ、内容を全く知らぬに読んだ本。サハラ奥地の話かと思ったら、西サハラ〜モロッコからマルセイユへと話の舞台が移っていく(マルセイユとの関係は、個人的にはこれからも切れないのかも知れない)。とても密度の高い表現の連鎖にグイグイ引き込まれていく。文書から光景が浮かび上がり、瑞々しい音が聞こえてくる。とても映画的な小説だと思う。濃密な文体に打ち負かされるのが嫌で、また訳文に疑問も持ったために、少し急いで読んでしまったことを反省。じっくり再読したら印象が変わってくることだろう。

12/19

 『アフリカのひと 父の肖像』(J. M. G. ル・クレジオ)読了。今度の舞台はカメルーン西部とナイジェリア東南部。父ラウルの、そして著者の幼少時の体験は、両者にとってその後様々な苛烈な苦しみの元となったことは間違いないだろうが、それでもそれに羨望を抱く。ライアル・ワトソンの『エレファントム』に描かれた、少年たちの自立キャンプ体験やコイサンとの邂逅にも共通するロスト・ワールドの美しさと悲しさも感じる。追憶的なところには父の記憶を綴ったオルハン・パムクの作品も思い浮かべた。

 『歌の祭り』(J. M. G. ル・クレジオ)を読み始める。モーリシャス、アフリカ、中米、タイなどを歩き、そうした中からたくさんの著作を生み出していったル・クレジオに対する興味が止まない。未読作品をチェックし、ネットでオーダーする。
[PR]
by desertjazz | 2009-12-19 23:45

DJ
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31