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Best Books 2010

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 今年印象に残った10冊。

1. チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ『半分のぼった黄色い太陽』(河出書房新社)
2. リシャルト・カプシチンスキ『黒檀』(河出書房新社)
3. トマス・ピンチョン『メイスン&ディクスン』(新潮社)
4. オルハン・パムク『白い城』(藤原書店)
5. カーレド・ホッセイニ『君のためなら千回でも』(早川書房)
6. J.M. クッツェー『マイケル・K』(ちくま文庫)
7. セルジュ・ミッシェル+ミッシェル・ブーレ『アフリカを食い荒らす中国』(河出書房新社)
8. 伊藤計劃『虐殺器官』(ハヤカワ文庫)
9. 丸山淳子『変化を生きぬくブッシュマン』(世界思想社)
10. 加藤周一『日本文学史序説』(筑摩書房)


 読了したのはちょうど100冊。読みかけの本、途中で断念した本、一通り眼を通しただけの本も含めると、今年読んだのは150冊くらいだろうか。それらの中で圧巻だったのは、『半分のぼった黄色い太陽』、『黒檀』、『日本文学史序説』の3作。

 ナイジェリアのアディーチェは原書で読んだ作品の再読。東京での講演会のスピーチも良かったし、これからの作品も楽しみ。ポーランドのカプシチンスキの『黒檀』は内容も文章も素晴らしいアフリカ・ルポ。他の作品も読みたいと思って探したが、すべて絶版だった。残念。両者ともに、実際現場に立って、その状況に取り込まれているという感覚にさせられるほどの、切迫感に溢れていた。

 2作読んだピンチョンは、必要最小限のその一歩手前までしか書き尽くしていない分だけ悩まされるし、シリアスさとユーモアが同居したユニークなスタイルもどう読んだものか。だが、『スロー・ラーナー』を読んで、来年以降で残りの全小説も読もうと思った。

 トルコのパムク『白い城』は最後の数ページで突然の種明かし。全然落ちない『半落ち』の何倍も落ちる! ホッセイニ『君のためなら千回でも』は大ヒット作 "The Kite Runner" の邦訳。胸が苦しくなる上巻前半が全て(それ以降は蛇足)。

 クッツェーは「南アのカフカ」とも形容したくなる不条理さに引き込まれる。藤原章生(後述)の本で興味を持って読み始めたクッツェー、今は他の作品群に進んでいる。

 1月に集中して読んだ加藤周一の『日本文学史序説』を10位にしたのは、今年の作品ではないというだけのこと。この大作を取り組み終えて、今年は日本の名作をじっくり読もうと決めたのだった。


 しかし終わってみれば、昨年と同様に海外作品、それも小説を多く読んでいた。あと5冊新刊を中心に選んでみても、海外の小説ばかり並ぶ。昨年に続いてル・クレジオを読み続けているが、『物質的恍惚』など3冊ほどは歯が立たなくて中座中。
 
- トマス・ピンチョン『スロー・ラーナー』(新潮社)
- レイモンド・カーヴァー『ビギナーズ』(中央公論新社)
- ル・クレジオ『はじまりの時』(原書房)
- サンティアーゴ・パハーレス『螺旋』(ヴィレッジブックス)
- 伊藤計劃『ハーモニー』(早川書房)


 ノンフィクションや評論、科学書では面白い本を見つけられなかった。『アフリカを食い荒らす中国』だけが出色の内容。昨年絶賛した白戸圭一『ルポ資源大陸アフリカ―暴力が結ぶ貧困と繁栄』に匹敵するレベルだった。旧作につきランク外としたが、今年酒席を共にさせていただいた白戸氏の同僚、藤原章生の『絵はがきにされた少年』(集英社)と、小島剛一『トルコのもう一つの顔』(中央公論社)は確かに名作だと思った。

 音楽書は今年も耽読したものは少なかった。ひとつだけ挙げるならばダニエル・J. レヴィティン『音楽好きな脳―人はなぜ音楽に夢中になるのか』(白揚社)。子供の頃の音楽環境が貧弱だった分、いまだにハンディキャップを感じているだけに、神経科学からの論考には体験的に納得できる部分もあった。2009年に出た原雅明『音楽から解き放たれるために ──21世紀のサウンド・リサイクル』(フィルムアート社)も刺激的な一冊。


 リストを見て面白いのはアフリカに関わる本が多いこと。ピンチョンの2冊の舞台も一部はアフリカ。今年はピグミーとブッシュマンの本を集中的に読んだりもした。ますます関心が薄れてしまった「アフリカ音楽」とは対照的な結果なのだが、やはりアフリカから呼ばれているような気がする。

 読んだ冊数ほどには充実感はなかったものの、年間これだけ多くの本を読むのは、遅読な自分にとっては稀なこと。読めば読むほど、さらに読みたい本が増えていって、とても楽しい一年だった。





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by desertjazz | 2010-12-31 23:59 | 本 - Readings

Best Albums 2010

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 今年のベスト・アルバム10枚。

1. JOHN LEGEND & THE ROOTS / WAKE UP! (USA)
2. KANYE WEST / MY BEAUTIFUL DARK TWISTED FANTASY (USA)
3. SUFJAN STEVENS / THE AGE OF ADZ (USA)
4. SEU JORGE AND ALMAZ (BRAZIL)
5. 松田美緒 MIO MATSUDA / FLOR CRIOLLA (JAPAN)
6. MAREWREW (JAPAN)
7. GALACTIC / YA-KA-MAY (USA)
8. OKI DUB AINU BAND / SAKHALIN ROCK (JAPAN)
9. MOUSS & HAKIM / LIVE - VINGT D'HONNEUR (FRANCE / ARGERIA)
10. ERYKAH BADU / NEW AMERYKAH Part Two : RETURN OF THE ANKH (USA)


 やりたいことを徹底してやり尽くし、独自の世界観を打ち立てたアーティストの強みを感じた一年だった。特に上位4枚は強烈で、他者が太刀打ちできないようなレベル。楽曲としても、John Regend の 'Compared To What', 'Shine'、Kanye West の 'Runaway', 'Lost In The World'、Sufjan Stevens の 'Impossible Soul' などは貪るように聴き続けた。この三者、年末まで繰り返し聴き返しても甲乙付けがたく、実質同順位。

 今年一番聴いたのは、前半は K'naan の "Troubadour" (2009年作なので選外に)、そして後半は "Wake Up!" だった。世評は詳しく知らないし、同時代性を感じさせる傑作とも思わないが、内容の良さだけでなく個人的にはとても重要な作品になったこともあって、迷わずトップ。

 作品としての出来を純粋に評価すれば Kanye West がベストだったかも知れない。ダイナミックでエモーショナルなビートのストリームに興奮・感動。サウンド・クオリティーが極めて高く、後年まで語り継がれるだろう傑作。35分に及ぶ 'Runaway' のビデオ・クリップ(というより短編映画)も素晴らしく、すっかり頭に刷り込まれた映像が聴く度に蘇る。現代のメディア・フォーマットに相応しいアルバム・コンセプトが、これほど明瞭に伝わってくる作品には初めて出会った。

 Sufjan Stevesn は 'Impossible Soul' 一曲で23分半という長さにまず驚かされたが、これも一生もの。とりわけ13分くらいからの泣きメロ・ファンクが超耳タコ状態になってしまう素晴らしさ。他のトラック、そして同時期リリースされた EP 盤も含めて、期待を遥かに越えていた。

 南米に好盤/話題盤が多かった中、ずば抜けた出来だったのは Seu Jorge。このダークで怪しい世界にズブズブはまったらもう抜け出せない。どうしてこんなにカッコいいのだろう。松田美緒の "FLOR CRIOLLA" は Hugo Fattoruso とコンビネーションが最高で、とても深く美しい作品。聴く度に惚れ込んでいった。

 女性4人によるアイヌ・ポリフォニー Marewrew も今年ヘビー・ローテーションになった作品。最初これを1位にすることも考えたのだが、2009年リリースのミニ・アルバムなのでトップ候補からは外した。来年は是非、生声体験をしたい。

 トップ3の順位以外、さほど迷わず並べた10枚は、アメリカ5作、日本3作という意外?な結果。実際、これまでの活動を集大成した Mouss & Hakim のライブ作を除くと(しかもこのアルバム、まだ一度しか通して聴いていない)、アフリカやヨーロッパからはほとんど何も思い浮かばない。アメリカ勢/日本勢の充実振りに対して、他ジャンルの作品が入り込む余地はなかった。これはワールド・ミュージックが低調だったというよりも、自分が必要とする音楽にほとんど出会わなかったと言った方が正しいだろう。

 今年の入手盤は約300枚。ほとんど音楽を聴かなかった/聴けなかった2009年よりも増えているものの、それでも例年よりは少ない。買ったレコードは全て最後まで聴くようにしているのだが、途中まで聴いて止めてしまうことも多い一年だった。読書や料理、小旅行が楽しくて(基本的に読書/料理/旅行中には何も聴かない)、音楽を聴く時間がなかなか増えないでいる。しかし、やっと普通に音楽を楽しめるようになりつつあることが、自分にとっては嬉しい。




 リイシューも含めると、1位は "Alan Lomax in Haiti" になってしまうだろうか。リイシューやアフリカについては、気が向いたら別途発表するかも、ということで…。





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by desertjazz | 2010-12-31 23:58 | 音 - Music

Readings : 12月の読書

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 今月読了したのは9冊。

・Majemite Jaboro "The Ikoyi Prison Narratives: The Spiritualism and Political Philosophy of Fela Kuti"
・J・M・クッツェー『恥辱』
・リシャルト・カプシチンスキ『黒檀』
・内田 樹『もういちど 村上春樹にご用心』
・ダニエル・J・レヴィティン『「歌」を語る 神経科学から見た音楽・脳・思考・文化』
・レヴィ=ストロース『ブラジルへの郷愁』
・マビヌオリ・カヨデ・イドウ『フェラ・クティ 戦うアフロ・ビートの伝説』読了(再読)
・トマス・ピンチョン『スロー・ラーナー』
・大里俊晴『マイナー音楽のために 大里俊晴著作集』

 フェラ・クティに関する2冊と、示唆するところが多くイメージの膨らむ7冊。今月は充実していた。

 偶然にも今年はこれでちょうど100冊。来年は少し読み方を変えてみようかとも考えている。





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by desertjazz | 2010-12-31 23:57 | 本 - Readings

Dubai / Maroc 2010 (25)

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(Place Djemaa el Fna, Marrakech, Maroc)


 念願かなって初めて訪れたモロッコについての旅行記/雑記録、ひとまず完結。おつきあい下さった方々に感謝します。




 これまでに経験した旅をその充実度から量って、濃いものと薄いものとに分けると、今回のモロッコ旅行はかなり薄い部類に含まれるだろう。特別な目的も滞在中の大発見もなく、ただただのんびり。マグレブ域は未体験ゾーンだったので、一度はその地を踏んだという「アリバイ作り」のために出かけたようなものだった。

 それでも、ブログで多少ディスク紹介などをしてみようかと思い立ち、12月1日から1日1本何となく書き始めてみた。最初は書くことを思いつかなかったり、着地点が見出せなかったりしたものの、飲みながら気ままに書いているうちに、自然と毎夜24時までには一応形にはなった。やはり酒の魔力は凄い。

 このペースで記憶メモしていくと、いつまでも続きそうなので、最近はどう終わらせようかと考えていた。気がついた人はいないと思うが、今回の連記、25時間間隔での更新という体裁にしている(実際には毎晩0時にアップしていたのだが)。つまりは1日の1時に始まって、23日23時、そして24日は0時とひとまわり。なので、24本でひと区切りするのが良いタイミングかと考えた次第。年越しするのも嫌だったので、一安心できた。



 今回の旅のハイライトはジェマア・エル・フナ広場 Place Djemaa el Fna を実体験したことだった。音楽のローカル性やコミュニティー・ミュージックのありようについて、興味深い観察ができたと思っている。また、あれだけ巨大な空間に渦巻き拡散する、混沌とした音群の中を彷徨うことも面白い体験だった。その独特なサウンド・スケープに興奮し、3次元アンビエント・ノイズに酔ったのだ。ここ数年間の個人的テーマに結びつくモデルばかりだったと思う。

 買ってきたCDもようやく一通り聴き終えようとしている。アラブアンダルース系のアルバムがなかなか良くて、最近繰り返し聴いている。また、今回の入手盤の中で最も興味深かったものは、調べてみたものの、まだアーティスト名も分からないでいる。

 結局これらについては全く書くことができなかった。別に勿体ぶって出し惜しみしている訳ではない。だが、過去を振り返っても、そのときそのときで一番惹かれたものや心を支配したものについては、意外とサイトやブログではきちんと取り上げていない。旅での素晴らしい体験については、ほとんど何も書けていないように思う。音楽に限っても、例えば5年前のナイジェリア旅行で聴いて興奮した作品たちは未紹介だし、3年前?にワシントンで Bruce Springsteen を観たときも具体的な感想は書かなかった。よっぽど珍しいレコードを手に入れても、ブログで披露することはせずにいる。

 どうしてなのか考えてみた。それは、文章化によるイメージや価値の固定化を避けてきたのだと思う。自分の文章力で書いてみても、不正確な状態でイメージが定着してしまうのを恐れたのだろう。興奮や感動をもたらした対象は、自分の中で謎の部分が大きくて、簡単には説明・表現できない、と言い換えられるかも知れない。

(勿論、よく分かっていないのでまだ書けないという一面はある。フナ広場についても、これまで書かれたであろう多くの文章ほどのものを書く自信が自分にはない。)

 忘れないようにブログやツィッターにメモすることもあり得るだろう。だが、それらはすでに、旅の途中で手帳やノートに書き込み済みだし、メモしていなくても絶対忘れようがない。ならば、謎は謎として残し、無理に綴り出してイメージを固定化させてしまわない。少しづつ調べながら長い時間をかけて自身の中で熟成させていった方が、意味があるし、楽しいことだと思う。

 自分にとって貴重な体験や作品は、何でもブログで紹介してしまうのではなく、友人らと美味しい酒を酌み交わしながら語り合うときにこそ相応しいものもある。最近、そのように感じている。




(余談 1)

 『M/D マイルス・デューイ・デイヴィスIII世研究』(菊地成孔+大谷能生、エスクアイア マガジン ジャパン)には、マイルスの最高傑作 "Kind of Blue" に関する論述だけがすっぽり抜けている。これは著者(菊地)流の芸かと思ったのだが、敢えて書かないという理由があったのかも知れない。たとえそうだとしても、自分のそれとは異なるのだろうが。


(余談 2)

 トマス・ピンチョンの短編集『スロー・ラーナー』を読んでいる。今日読んだその中の作品『ロウ・ランド』の一節。

海の話を聞くのは問題ないが、自分から海の話をしてはならない。なぜならきみと真の虚偽の真実とは、不思議な予測不能性の深みへ、ずっと前に放りだされているのだから。そう、きみは受け身でいるかぎりは、真実が成り立つ範囲を見きわめることができる、が、自分から働きかけた場合、世の中のきまりを破ったことにはならないにせよ、視野をかき乱してしまう。ちょうど素粒子の動きを観察すると、観察という行為によって結果がーーデータや確率値がーー動いてしまうのと同じである。(P.093)

 量子力学の不確定性原理のアナロジーに基づくこの文章、シンクロニシティーとまで言う気はないが、書くことによってイメージを「かき乱してしまう」のを恐れる、自分の今の気分に相応しい。






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by desertjazz | 2010-12-25 19:00 | 旅 - Abroad

Dubai / Maroc 2010 (24)

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11/25 (Thu)

 夜、フナ広場から南に下った先にあるレストラン Le Tanjia までやっと辿り着いたと思ったら、開店までまだ1時間あるという。仕方なく周辺の店を散策。すると、スパイス屋の男が声をかけてくる。薦められたのは、スパイス・ミックス。店ごとに配合が違うらしく、別の店では「35種混ぜている」と説明された。注文した分だけ電動ミルで挽いてくれる仕組みで、挽きたてだとなかなかいい香り。騙されたと思って、試しに 100g(約800円分)だけ買ってみた。


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 買ったのは右のもの。1kg DH800 と書かれている。


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 帰宅してから、このスパイス・ミックスが大活躍中。バリ島の友人Nが会う度にプレゼントしてくれるバリ塩、北海道の農家からの貰い物のニンニクや野菜、それに良質なオリーブオイルを使って、タジンを作ってみた。すると、味がうまくまとまっている。スパイスが新鮮な分だけ、香りも良くて、マラケシュで食べたタジンよりも美味しく感じられる。少なくとも、自分で作った方が好みの味になるのだろう。これほど手間のかからない料理もないため、癖になって連日メインの食材を変えながら、味を楽しんでいる。




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 マラケシュには、こんな食材を売っている店も並んでいた。持ち帰れないので買わなかったが、眺めているだけでも楽しい。




11/26 (Fri)

 マラケシュ滞在中は、周囲に合わせてビールを我慢し、山のふもとなので魚も食べられなかった。なので、カサブランカに移動するなり、昼間から両方とも解禁。ホテル(Novotel、築1年でピカピカだった)の真向かいにある Le Dauphin へ。

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 輸入ものビールより高い、カサブランカ・ビール。マラケシュにいるときから気になっていたのだけれど、確かに独特なうま味があった。また飲みたい(…結局、翌日空港でもこれを飲んでいた)。


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 セットメニューの魚のフライ。とても新鮮で、さすがは評判の店だ。頭も骨も全部平らげてしまった。

 午後4時に店を出た途端、雨が降り出して、その後の外出は諦める。スークがすぐそばだったのだけれど。夜は素直に Novotel のレストランで夕食。このホテル、接客態度は悪いし、部屋は見た目が良くても使い勝手をことごとく無視した酷い作り(他のホテルの評価を読むと、まだここの方がまし。これがカサブランカのメンタリティーなのか?)。それでも、最後の夕食が雰囲気良いものになったので(デザイン重視の内装はともかく、変色を繰り返すライトも、DJ もちと頑張り過ぎかと思うのだが)、久し振りのイタリアンを楽しめた。

 
 明日、日本へ。またモロッコに来られるといいな…。





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by desertjazz | 2010-12-24 00:00 | 旅 - Abroad

Dubai / Maroc 2010 (23)

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 モロッコで楽しみにしていたことのひとつは、やはり食事。本場のタジンやクスクスを食べてみたかった。しかし、残念ながら期待には若干届かず。

 タジンは毎日のように食べたが、一般的にこってりした仕上がりのものが多い印象。肉からのエキスが染み出して、濃厚なソースになっている。しかし自分はもっとすっきりしたタジンの方が好きだ。逆にクスクスの方はややあっさりし過ぎで、肉や野菜のソースと、クスクス(料理全体ではなく黄色いセモリナのこと)とが別の器で供される、マルセイユなどで食べたものの方が好み。

 どこのレストランでも、タジンとクスクスとブロシェット(串焼き)くらいしか選択肢がないし、高級レストランのコース料理もどこもパターン化している。ずいぶんバリエーションに乏しいと思ったのだが、これは痩せた土地に暮らす庶民がつましい食事をしていることの反映なのだろう。日々違った食事に慣れてしまって、ついつい贅沢言うのは、日本人的だなと反省させられた。






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by desertjazz | 2010-12-23 23:00 | 旅 - Abroad

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 マラケシュ後半の3夜(11/23〜11/26)投宿したリヤド Riad Magellan は、気持ちよいところだった。古い住居を改装して、1階と2階それぞれに3室設けた、計6室のみという造り。さほど広くはないのだが、それでいて各階と屋上に寛げる共有スペースがきちんと確保されている。フランス人オーナーを筆頭に、皆フレンドリーで、どのような相談でも親身になってベストの解答を引き出して下さることに大満足。ドライブに出る朝には、食事の時間を早めてもくれたことにも感謝。

 日本を出発するまで数週間の段階でまだ2部屋残っていて、選んだのは Green Room。2階の奥にあり、最もプライバシーと静穏を保てるためか、一番高い部屋だった。それでも DH 900、約9000円。値段もリーズナブルで、さすがは tripadviser でも高評価なのに納得する。

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 朝食も美味しかった。

 部屋の扉にカギがないのが最初驚きだった。リヤドの入口は常に閉められていて、ノックすると開けてもらえる。外部の人間が入ってこられないのだから、カギは必要ないわけだ。



 ここ何年かホテル探しで信頼を置いているのは tripadviser だ。今回も "Rough Guide"、"Lonely Planet"、『地球の歩き方』の3冊を事前にチェックはした。しかし、ホテルとレストランに関しては、『歩き方』は全く役に立たない。また、 "Rough Guide" も "Lonely Planet" もホテルに関しては情報が古いと思った。推薦されているのは、言ってみれば「老舗」。かつてはベストだったのかも知れないが、今はピークを過ぎて、後発のホテルに追い抜かれてしまっている感がする。こうした特徴は、今回のモロッコに限らず、これまで訪れたほぼ全ての国々に共通して言えることだと思う。

 ついでに書くと、自分は "Rough Guide" 派。国によっては "Lonely Planet" の方が優れていることもあるが、情報の鮮度・量・信頼性の点で "Rough Guide" が勝っていると思う。少なくとも、"Rough Guide" の地図なしでは、マラケシュのスークは正確に歩き回れなかった。

 Riad Magellan を見つけられたのも、tripadviser のおかげ。1位から順に公式サイトや評価をチェックして行って、最初に納得できたのがここ。700を超えるリヤドの中で常時ベスト10に入っていて、予約する前には6位だった。また、ドバイでも、最後に泊まったカサブランカでも、tripadviser で探して、安くて奇麗なホテルに宿泊できた。



 Riad Magellan は、フナ広場から北に200mほどで、買い物や散策するにも抜群のロケーションだった。だが、重大な欠点がひとつ。それはディナータイムに BGM を流すこと。それも、ジャズ・スタンダードの超有名演奏ばかりを集めたコンピレーションで、その同じ1枚のCDを毎晩聴かされる。ここのディナーには興味があったものの、この BGM から逃れたくて結局パスした。この空間には音楽なんて全く不要だと思うのだが、欧米人はこんなムードに騙されてしまうのか? 白人のやることが時々分からなくなる。

 2階で読書していても耳障り。普段なら好きな演奏なのだが。仕方なく iTunes を起動して、Nitin Sawhney をうっすら再生して、外から忍び込んでくる音楽をフィルタリング。旅行中は基本的に全く音楽を聴かないのだけれど、よっぽどの時には Nitin Sawhney を聴くことが最近多い。Mac / iPod に入れているのは、"Human"、"Philtre"、"Prophesy" の3枚。Cheb Mami をフィーチャーした 'Moonrise' も好みの1曲だ。

 少し耐えているうちに、辺は静まる。22時頃だろうか。モルトウイスキーをグラスに注ぎ、文庫本を持って、部屋を抜け出す。外のソファーに横になって読書の続き。スークの真ん中にいるのに、本当に静かだ。近くのフナ広場の音も届かない。

 熱帯や砂漠では、虫たちの発する細やかなノイズに包まれることが、最高の快感だ。それに惹かれて、自分は旅を繰り返しているのかも知れない。けれども、他の土地では、こんな静謐さをこそ愛する。音楽も何もいらない。ただただ、この時間がずっと続いてほしいと願う。

 泊り番をする老人が、屋上への扉を閉じ、灯りをひとつひとつ消してゆく。最後に「ここを消してくれよ」と身振りで示して、それから去ってゆく。

 そろそろ眠りにつこうか。

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by desertjazz | 2010-12-22 22:00 | 旅 - Abroad

Dubai / Maroc 2010 (21)

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 マラケシュに滞在している間考え続けていたのは、スークの静かさ/静けさのことだった。音空間としては、反対に賑やかな夕刻以降のフナ広場が断然面白くて、四方田犬彦のエッセイに偽りはなかったと思う(なかなか、その本題に辿り着けないでいるのだが)。それでも、一番印象に残っているのは「静けさ」の方で、帰国してからもそのことについて考え続けている。

 スークや市場と聞いて咄嗟に思い浮かぶのは、雰囲気の明るさと尋常でない賑やかさである。大音量で流れる音楽、熱心な売り子の声々、集う人々の声高らかな会話。とりわけアジアやアフリカの各地では、電気店やレコード屋から溢れ出す音楽が喧しい。しかしマラケシュのスークでは、行き交うバイクの音にしばしば耳を塞ぐ思いをするものの、それでも実に静かな空間だと感じ入る。

 フナ広場から北へ延々広がるこのスークのエリアには、CDショップや電気店が全くない(らしい)ことが幸いしているのかも知れない。いやそれどころか、カフェですら BGM を流さない。音の足し算しか考えない日本とは対照的に、音の引き算がきちんと出来ている。この静穏感を支えているのは、恐らく人々の穏やかさだと思う。売り手にもおよそ熱さというものが一切認められず、声を高めて話す人はほとんどいない。適切にコントロールされたサウンドスケープを培ってきた歴史を感じさせられる。

 マラケシュにわずか数日間過ごしただけでも体感されるのは、ここが、アラブ、ブラック・アフリカ、ヨーロッパのそれぞれの風土や文化が交わった上で成り立っているということ。より細かく挙げるならば、ベルベルもトゥアレグもユダヤも混じりあっていることが了解される。

 モロッコのヨーロッパ的性質を感じたことはすでに書いた。スークの静けさも、ヨーロッパの流儀や気品のようなものが、一部浸透して生まれたものなのかも知れない。だが、それだけではない。アラブ人の気質、アフリカ人の心持ちなども染み渡って保たれている、静けさなのではないだろうか。

 一般にアフリカ人は気性が荒いと捉えられがちかも知れない。実際、レゴスやキンシャサの人々に、強烈なアグレッシブさを感じたこともあった。しかし、それとて一部で、世界のどこででも様々な性格な人々が集って暮らす。ダカールでもバマコでもキンシャサでもアジスアベバでも、ちょっと強気に出ると途端にしゅんとしてしまう大男たちに多く出会った。たとえ見た目が少々怖くても、自分と同じようなメンタリティーを持った人ばかりなのだ。

 結局のところ、マラケシュの静けさを生んだものが何なのか、それがどの程度独特なものなのかは、ただ考えただけでは分からない。しかし、サウンドスケープについて、あるいは音と人間との関係性について思索する上で、ひとつささやかな材料を得たように思う。

 何より、醜い日本のサウンドスケープからしばし逃れられたのは、とても幸せなことだ。マラケシュに来る前には相当タフな環境を覚悟していただけに、半ば肩すかしを喰らった気分になった。けれども、その誤解が解けて、心を許した音空間は、実に心地よいものだった。



11/23 (Tue)

 マラケシュ滞在の後半(11/23〜11/26 の3泊)は、スークのど真ん中にあるリヤド Riad Magellan に宿を変えた。連絡すると、23日の午前に Maison Arabe まで迎えに来てくれるという。スーク中心部は自動車の入れない小路ばかり。チェックアウトを済ませ、さて、どうするのかと思って待っていると、やって来たのは人力リヤカー。なるほどと、膝を打つ。

 リヤカーに荷物を載せ出発。メインの通りのひとつムアッシン Mouassine の中程で、突然小さな門をくぐる。これまで何度もここの前を往復したのに、その存在には気がつかなかった。

 マラケシュのスークはとうとう最後まで全ての道を把握しきれなかった。それくらい迷う。向かっている方角を失う。自分が一体どこにいるのか、ときどき分からなくなる。それなのに、さらにこうした袋小路が数知れず存在する。面白い。フェズの迷宮もいつか訪ねてみたくなる。

 小門をくぐり抜けた先には、パステルカラーの壁に挟まれた細い通りがジグザグに続く。リヤドへのこの道は、ガイドブックの地図や Google Map などで調べても出てこなかった。これでは見つけられない訳だ。途中、家屋や梁の下を何度もくぐり抜け、まるで地下道を歩んでいるような錯覚が生まれる。いや、実際に地底レベルを進んでいるのだろうか?

 メキシコ、グアナファトの懐かしい記憶が突然蘇ってきた。メキシコシティーから高速バスで北に走って辿り着いた、高原のその街の構造は実にミステリアスだった。急傾斜の道と立体交差があちこちにあって、二階建て構造になっているのだ。下階を歩いているつもりが、気がつくと上階にいて、またその逆も繰り返す。次第に訳が分からなくなってくる、不思議さ。言葉ではうまく説明できないのだが、もしかすると外国人が新宿駅周辺を彷徨ったら、これと似た感覚になるのかも知れない。

 小路を進むに従って、どんどん音が消えて行く。なんという静けさなのだろう。ここを通る行為が、まるで静けさの終点に辿り着くための儀式のように思えてきたのだった。

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by desertjazz | 2010-12-21 21:00 | 旅 - Abroad

Dubai / Maroc 2010 (20)

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11/24 (Wed) : One Day Drive - Part 3

 そろそろ正午。高度2000mオーヴァーの「ハイウェイ・ドライブ」を終えて、車は坂を下って行く。しばらく走ると、美しい渓流が見えてきた。数10km続くそのウリカ谷 Vallée de l'Ourika を、今度は上流へと遡って行くと、集落が片寄せ合うような小村セティ・ファティマ Setti Fathma に辿り着いた。狭い路上にはマラケシュからのタクシーや観光バスがずらっと並ぶ。「週末はごった返す」と、ガイドブックには書かれていたが、ここはマラケシュの人々が憩う行楽地なのだろう。

 セティ・ファティマの住人である若い男性ガイドに DH100(約1000円)払って、険しい崖を登ってみる。ガイドなしでは分かりにくい場所にある、5つ連なる滝の眺めがここの売りらしいのだが、滝など日本人にとっては何も珍しくない。記念写真を撮る人々の群がりを横目に、そろそろ戻ろうかと思っていたら、まだ先があるという。それもハシゴを使って登っていく、さらに危険そうな崖。ガイドの「さあ、行こう」という声に促され、ハシゴ屋(こんな商売には初めて出くわした!)に DH10 払って、気が進まぬままよじ登る。結構タフな道行きだったので、一瞬一眼レフのレンズを岩にぶつけてしまい、表面に傷がつく。プロテクター用のフィルターを付けていたおかげで助かった。

 誰もここまで来ないじゃないかという不平を抑えて登り続けると、やがて案外良い眺めが広がり始めた。左右に深い谷が連なり、朝通り過ぎたオートアトラスの峰まで見渡せる。そして中央にはセティ・ファティマの集落。その周囲には土産物屋やタジン屋も数多くあって、ここの500人ほどの住民は観光を糧に暮らしている様子が伝わってきた。

 眺望が最も良さそうな地点で小休止。軽やかで濁りのない空気をもう一度胸に溜込んで、喉を振るわせながら思い切り吐き出してみる。きれいに響き渡る山びこを久し振りに耳にした。

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 海外旅行では土産物を容易には見つけにくいと、先に書いた。それを悟ってから心がけていることがある。ひとつは、無理して買わないこと。そしてもうひとつは、石や砂を持って帰ること。

 我が家のリビングルームには、タイ・ピーピー島のビーチの砂、インドネシア・バリ島のクタ・ビーチの砂といった、特段珍しくもないものから、ボツワナ・カラハリ砂漠の砂、エチオピア・アファール砂漠の砂と岩、リフトバレーの砂といったものまでが飾ってある。

 時々それらを手に取って愛でているのだが、そうしていると、辛かった記憶(文字通り、何度か死にそうな思いをした)でも懐かしく思い出され、生きて帰れたことに感謝する気持ちになる。そういった意味では、どれも自分にとって一生の宝物である。

 今度の旅の途中でも、ウリカ谷の川沿いの石(赤)と、セティ・ファティマの崖の瓦礫(灰)を拾って帰り、スークで買った器に入れて飾ってみた。こうしておくと、旅の記憶のひとつひとつをずっと忘れずにいられるように思う。





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by desertjazz | 2010-12-20 20:00 | 旅 - Abroad

Dubai / Maroc 2010 (19)

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11/24 (Wed) : One Day Drive - Part 2

 地図を見ても、アスニからウリカ谷までの車道は記されていない。しかし事前に受けた説明では「ある」という。たとえそうだとしても、結構なガタガタ道が予想される。

 恐らくアスニから後は、また平坦な土地まで降りて来て、それからウリカ谷を目指すことになるだろうと考えていた。だが、アスニを抜けて、レンジローバーはそのまま南東方向に走る。ならば、このままあと15kmほど進めばイムリルに辿り着くはずだ。しかしどうもそうではないらしく、進路は徐々に東に転じていき、一度近づきつつあった雪を頂いた山々は視界から遠ざかっていく。イムリルまで辿り着けないことを心残りに思う。

 いつ悪路が始まるかと待っていたのだが、全くその気配がない。良く整備された道がどこまでも続く。舗装されていなくても、日本の山道よりも平坦な路面で、これならば普通車でも走れるくらいだ。ジンバブウェでビクトリア滝 Victoria Falls からワンゲ国立公園 Hwange まで走った時に、その道の美しさから、かつてイギリスがふるった力について考えたことなども思い出しながら、やはりここはヨーロッパだと考える。

 マラケシュの美しい駅舎でも、スークの静けさが浮かぶ様からも、モロッコの中のヨーロッパ的なものを感じた。そして、地図に明示されていないような山道の行き届いた整備具合からも、周辺のアフリカの国々とは少し趣きを異にするヨーロッパ性を感じる。

 ドライバーの話によると、この道は標高2000mほどの高地を走っているらしい。確かに北を見晴るかすと、かなり下方にマラケシュの街がうっすら見えて、今いる土地の高さが感じられる。

 貧しげな集落が見えたところで車を降りて、あたりの空気を胸にたっぷりと吸い込む。この情景と空気の味が懐かしい。例えば、エチオピアの4000mを越える峠の記憶。いや、それより似たものを感じるのは、中国甘粛(かんしゅく)省の黄土高原の絶望的に何もない、正に黄土色一色の景色の方だ。

 澄み渡った青空、極端に乏しい樹々。風はそよとも吹かず。家屋は少なくて、道行く人影もまれ。昼最中では一羽の鳥も虫すらも鳴かない。まるであらゆる音が大地に吸い取られてしまったかのようだ。遠くで囁く声が耳元まで明瞭に届く不思議さ。聞こえるのは、かすかな耳鳴りと、耳のそばで脈打つ血管の音だけという、日頃とは異質な世界。

 ひとしずくの音が粉となって消えてゆき、体重がふわっと軽くなるような、こんな透明な音空間の感触が好きだ。

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by desertjazz | 2010-12-19 19:00 | 旅 - Abroad

DJ