Favorite Discs 2013

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 早いもので2013年の2月も今日でおしまい。読書量を増やそうとし(基本的に本を読んでいる最中には何も聴かない)、円安ユーロ高が進み、そして今年の旅行資金を捻出したいという考えもあって、CDを買うペースは昨年までよりもさらに落ちている。

 数少ない入手盤の中で最近気に入っているのは次の4枚。

・ SILVIA PEREZ CRUZ / 11 DE NOVEMBRE
・ SILVIA PEREZ CRUZ & JAVIER COLINA TRIO / EN LA IMAGINACION
・ JEW AMORNRAT / SAO KEN FHAI
・ UPIT SARIMANAH / POP SUNDA

 順にスペイン(バルセロナ)、タイ、インドネシア(スンダ)の女性歌手で、すべてエル・スールが発掘した独占入荷盤?

 中でも気持ちよく聴いているのはシルビア・ペレス・クルースの2枚。アコースティックギター/ジャズトリオ+αをバックにした清涼感ある軽やかな歌が魅力。フラメンコ、フィーリン、ジャズ、ボサノバなどの要素が解け合った雰囲気がいい。曲によってはもっと普通にさらっと歌ってくれた方がより自分の好みだったかも。そこまで求めるのは贅沢が過ぎるかな?




 追記:

 ジウ・アモンラット JEW AMORNRAT の紹介コメントがアップされた。






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by desertjazz | 2013-02-28 00:00 | 音 - Music

Spring / Summer Festivals

 今年の春/夏の海外フェスの情報が次々に入ってきているのでチェック中。


BABEL MED MUSIC (France, Marseille) 3/21 - 3/23

 Rokia Traoré の参加も決まった。と言ってもライブパフォーマンスをする予定はなく、別の理由でマルセイユに招かれたそう(理由はまだ書いてはいけないのかな?)。現在のマリ情勢と4月にリリースする新作に関するトークセッションのようなものを開くことにもなっているそう。

 Babel は今日がプレス・カンファレンス。「おいで!」と呼ばれたけれど、残念ながら行っている余裕なんてなし。


FESTIVAL MAWAZINE RYTHMES DU MONDE (Morocco, Rabat) 5/24 - 6/1

 Cheb Mami の参加がさきほど発表になった。他もアラブ/マグレブ系を中心にかなりいい顔ぶれ。モロッコの音楽に関して新しい情報も掴めたので、こうしたフェスのことを知ると、今年もモロッコに行きたくなる。


WOMAD (UK) 7/25 - 7/29?

 ヘッドライナーは Gilberto Gil と Rokia Traoré と、こちらもつい先ほど発表された。この2人にはもちろん興味があるけれど、その他は物足りない印象。

 それより WOMAD の公式サイトがわかりにくい。開催日すらどこに書かれているのかわからないのだから。


(今年はどれにも行けないけれど、来年以降のためにメモしておく。)




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 こうして見ると、やっぱり今年は Rokia Traoré の年になるのかなぁ。

 Rokia は新作 "Beautiful Africa" からのクリップ第2弾 'Mélancolie' も昨日から公開されている。これもカッコいいね!

Rokia Traoré - Mélancolie [Clip Officiel / Official Video]





 追記:

 FUJI ROCK のラインナップ(第1次?)も発表になって、BASSEKOU KOUYATE & NGONI BA や BJORK も含まれている。フジには一度も行っていないこともあって、ちょっと気になる。






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by desertjazz | 2013-02-27 23:00 | 音 - Festivals

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 映像人類学者・分藤大翼の『アフリカ、森の民の音楽と食事』展の会場に並べられていた本の中で気になった1冊、『インタラクションの境界と接続 ―サル・人・会話研究から―』(昭和堂、2010年)をネットオーダーしたら早速届いた。ピグミーやブッシュマンい関する書物は和書・洋書を問わず割とマメにチェックして集めているつもりだけれど、このタイトルでは気がつかなかった。

 まずは以下の4章から目を通してみることにしよう。

 ・相互行為のポリフォニー―バカ・ピグミーの音楽実践(分藤大翼)
 ・「Co-act」と「切断」―バカ・ピグミーとボンガンドにおける行為接続(木村大治)
 ・バカ・ピグミーの歌と踊り―演技技法の分析に向けて(都留泰作)
 ・相互行為を支えるプラグマティックな制約―セントラル・カラハリ・サン(高田明)




 分藤大翼さんが制作された作品『Wo a bele』、その中でもとりわけ、ある男が手作りのギターを爪弾くシーンを見て思い出したことがある。それはカラハリ砂漠で過ごしていたある日、ひとりの老人が親指ピアノを弾き語っていた情景だった。


 野禽たちの悲しげな声とそれらがたてる土ぼこり、はぜる熾き火から舞い上がる煙、見知らぬ虫たちの奏でる細やかなさざめき。そこに交わる大地が放つ独特な熱と香り。空気の粘り着くような濃密さを皮膚が感じ取る。様々な音が漂っているのに、音という音がことごとく吸われて消えてゆくかのよう。騒々しいのに静かという不思議な感覚。

 どこまでも真っ直ぐな地平線に太陽が沈み、満天の星が煌めく宵を待つばかりの頃、古老が自らで組み立てたのであろう垢くれた親指ピアノをひとり爪弾いている。馴染みない侘しげなマイナーコード風な音。その音律の動きと響きに妖艶味と言葉にならないようなかすかな不安定感のようなものを覚える。

 カラハリの乾いた空気に流れるその音にただただ耳をまかせる。次第に心の動きがすっと沈み込んでいく。何もすることがない。何かをしようと考える必要がない。このまま音が消え去り、そして時間までもが止まってしまいそう予感すらする。寂しさばかりの世界なのだけれど、なぜだか幸せな感情が満ちてくる。

 音に満ちた静寂という矛盾した言葉が自然と浮かぶ。ここからどこへも帰らず、ここで生命が終わってしまっても構わない。そんな安堵すら覚えたのだった。




 森と砂漠とでは相違するところが多い。しかし、人工物をぬぐい去り、そこに身を預けることで何かを思い出すこと、身体が喜ぶことは、ほとんど共通しているのではないだろうか。いつのまにか忘れ去ってしまった大切な感覚のようなものが蘇ってくる。森と砂漠は自分の心身を浄化してくれる空間なのだと思う。

 ピグミーの森を実体験することは恐らく夢で終わるだろうし、ブッシュマンが暮らすカラハリ砂漠をもう一度訪れることも難しい。けれども、森と砂漠は地球のあちらこちらに広がっている。しかもそれぞれが個性的な味を持っている。その空間に身を預ければ、身体に快感が蘇り、心に入ったひびを埋め、忘れかけた生体/動物本能を取り戻させてくれることだろう。

 ピグミー本を読んで森での疑似体験をするのも楽しいが、本ばかり読んでいないで、そろそろまた実際に森にも行ってみようと思う。






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by desertjazz | 2013-02-27 00:00

Reunion の妖精 Yaelle Trules

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 インド洋の島国レユニオン発のCDの中で特に好きな一枚は Vollard Combo の "Sega Tremblad"(2000年)。ブックレットから察するに、現地で公演されたレユニオンの音楽セガをベースにしたミュージカルのサントラなのかと思う。カリビアンにも似た陽気さに溢れた歌と音楽で、パリ、あるいは南国でレビューを楽しんでいる気分にさせてくれる。レユニオンに飛んで、カクテルでも飲みながらこんなレビューを観ることができたなら楽しいだろうなぁ、と想像が膨らんでいく。

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 → Vollard Combo のサイト があった。やはり現地で行われているレビューショーのようだ。Vollard Combo というユニットもパーマネントな活動をしているのかもしれない。後でじっくり読んでみよう!


 このCDに惹かれるもうひとつの理由はシンガー(兼アクター?)の Yaelle Trules に惚れてしまったこと。彼女の顔と声がとにかく好き。ツンとせり上がった鼻がとてもキュート。まるで妖精が目の前に舞い降りたかのよう。

 彼女は今どうしているのかと思って昨年調べてみたら、現在も音楽活動を継続しており、2009年には "Salon de T" というソロアルバムもリリースしていた。このCD、簡単には手に入らないので、試しに iTunes で検索。すると、やっぱりあった。ので即 DL 購入。Yaelle Trules 嬢の可憐で軽やかな歌声を久し振りに楽しんでいるところです。

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(CDはもう品切れかと思って諦めていたら、渋谷エル・スールに問い合わせたところ、まだ入手可能とのこと。だったらCDで欲しいな。さすがエル・スール!)

 Yaelle Trules の FB もあった。"Sega Tremblad" から13年経った今でも可愛いなぁ。

 → http://www.facebook.com/yaelle.trules






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by desertjazz | 2013-02-25 00:00 | 音 - Music

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 2010年に京都大学学術出版会から出た『森棲みの生態誌 アフリカ熱帯林の人・自然・歴史 I 』と『森棲みの社会誌 アフリカ熱帯林の人・自然・歴史 II 』は、近年日本におけるアフリカ熱帯林研究の集大成であり、ピグミーに関する文献としても圧巻の内容。ここ数年間に出たアフリカ関連書籍の中でも最高レベルの2冊だ。最初の「ワイルドヤム・クエッション」という概念からもうワクワクしっぱなしだった。

 なのにまだ読み終わらない。

 一文一文丹念に読み込んでいるために時間がかかってしかたがないこともある。昨年は引越作業と転居に伴う雑務と3度の海外旅行などにたっぷり時間を費やすこととなり、ついに1ページも読めなかった。そうしたことより、長年避けていた小説読書を解禁した途端読みふける毎日が続いていることが、なにより影響している。

 これじゃあいけない。なんとか今年中に読み切る!(…と、弱気に、宣言。)


 ロベルト・ボラーニョの『2666』はとても読み終える自信がなかったので、「読書メモ:今年読む本(4)」に挙げて自分を追いつめたのだった。『音楽の学校 (schola) 』の「アフリカの伝統音楽」について書いていて思い出した『森棲みの生態誌』と『森棲みの社会誌』の2冊も同じように自分にプレッシャーをかけないと読み終えられそうにないのかも?

 クロード シモン『農耕詩』も読み始めたし、ダニー・ラフェリエール『ニグロと疲れないでセックスする方法』、『ランボー全詩集』新訳版、ジャック・アタリ『ノイズ―― 音楽/貨幣/雑音』新装版などなど、他にもいろいろ読んでいるのだけれど、なかなか進まない。何冊かはさじを投げてしまいそう。。。




 今年の目標は「長い小説をたくさん読むこと」。そして「森に行くこと」。今年はいくつかの森に行って、森の音を楽しみ、森の音を録音してきたいと思っている。そのために現在、日本と世界の森のいくつか(5カ所ほど)について下調べし、それぞれの関係者と打ち合わせを進めている。全部を実現させることは困難だけれど、1カ所でも2カ所でもまずは訪ねてみたい(と、ここでも自分にプレッシャーをかけてみる)。


 今年の目標や計画は他にもあるけれど、それらはまだ秘密…。






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by desertjazz | 2013-02-24 19:00 | 本 - Readings

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 馬喰町ART+EATで開催されている『アフリカ、森の民の音楽と食事』展の第3夜「あかるい森」に行ってきた。カメルーン東部、バカ・ピグミーたちが暮らす森をフィールド研究されている映像人類学者・分藤大翼(信州大学)によるイベント。今夜は 2005年に制作した作品『Wo a bele』(30min)を観た後、管啓次郎(詩人、比較文学者)と対談するといった内容。

 会場に展示されている写真も映像作品もクローズアップとデフォーカスを多用。カメラの限界を意識しているのかもしれないが、それ以前に分藤さんはこうした表現が気に入っているように感じた。EOS 60D でここまで撮れるのかとも(考えてみると自分の写真は Mac 上でしか見ていないので、大判に引き延ばしてみる必要ありだな)。

 写真を見て頭に浮かんだのは、ピグミーと結婚した白人 Louis Sarno のこと。ピグミーの顔は写真を通して見ても愛くるしく、彼の気持ちがわからないでもない。

(『Wo a bele』に対して、あるシーンへの質問が最も多かったそう。何故? これほど解りやすいものはないかとも思ったのだが。そんなことよりも、人類各所の死生観や撮影論/モラルについてもう一度考えささせられた。)


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 会が始まると同時に配られたアフリカンプレート。これが美味かった! カメルーンで5年ほど生活したという日本人女性の手料理で、フーフー(ウガリ)もスープも牛肉も本格的な味でありながら、日本人向けにまろやかな味付けにされていた。これは何度でも食べたいけれど、このスペースにまた来れば希望は叶えられるのだろうか。

 メインの対談、分藤大翼 x 管啓次郎 は、管さんの質問に分藤さんが答える形で進行。この分藤さんの話がとても良かった。的確で聞きやすく、面白くて(笑いをとるという意味ではなく)分かりやすい。語る内容が深く、日頃から考え、語り慣れているらしいことが伝わってきた。

 記憶に残ったことば(正確な引用ではない)。

・「1950年代に定住化政策が施されたが上手くいかない面もあり、一部森に戻った人々もいた」(1990年代のボツワナの対ブッシュマン政策を思い起こさせる。)

・「バカには『肉が食べたい』というフレーズがある」「ゾウが捕れたときは『食べ放題』。仲間たちとの分け方を考える必要がない」(キリンを見て「美味そう」と言うブッシュマンを思い出す。)

・「魚獲りのときに水をかき出す音は、動作を皆で合わせて、音楽的になる」

・バカの弾き語りについて「彼のギターは自分で木を切り倒すことから始まる。弦は釣りに使うワイヤーやラジオの中の銅線をほどいて太さを調整して縒り直したもの。演奏法も自己流」「バカの人たちも今はラジオを聴いているので、そうした影響もある」(紹介された演奏は明らかにコンゴ風の音楽だった。)

・「懸念しているのは中国産バイクが入ってきていること。以前は数10キロでも100キロ以上の距離でも歩いて親族のいることろまで行っていたのに、中国産のバイクが輸入されるようになってからは、『バイクに乗せてもらう金がないから』という理由で行かない人が増えている」

・「精霊が来て儀式を行っていても『疲れているから』という理由で参加しない人もいる。とても当たり前の話」

・「撮影したビデオは彼らに見せる。写真は静止画(止まっている)ので不自然。動いている動画(ビデオ)の方が自然なので彼らに受けとめられ易いのではないだろうか」

 ・・・と書き出すと切りがない。理路整然と分かりやすく面白く(笑いを取るという意味ではない)語りかけるトークイベントに接したのは実に久し振り。遠く離れたピグミーと日本人とがどう理解しあえるか、森の生活を知ることがどのように生かされうるのかについて真剣に考えていることが伝わってくるものだった。


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 会場では分藤さんの文献のコレクションも並べられていた。ピグミーに関する洋書(画集/写真集)で個人的に気に入っているのはこの2冊なのだけれど、ここでも "Mbuti Design" が紹介されていた。ピグミーに関する文献で持っていないものはどれも気になったので、これから注文することにしよう。

 この記事、分藤さんが録音した CD『夜明けの森 Dawn in the rainforest 』を聴きながら書いている。熱帯の森の音は本当に気持ちがいい。これまで何度も書いてきたので、しつこいようなのだが。ザイール(コンゴ)の森、ナイジェリアのデルタの森、スラウェシやバリの森、そんな濃密な森の空間での実体験/記憶を蘇らせる。この森の音にずっと包まれていたい、この音に包まれたまま生を終えたい、そのように自然と思う。


 1999年にスタートさせた自分のウェブサイトに Forest Beat / Desert Jazz と名前を付けた。Forest Beat はピグミーの音を、Desert Jazz はブッシュマンの音を意味している。ピグミーとブッシュマンには心底惚れ込んでいる。ピグミーとブッシュマンの音楽とその音環境は、自分にとって一生のテーマなのかもしれない。



(取り急ぎのメモ。酒が回ってきたので、あとで書き加えます。→ 2/24 若干修正&追記)






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by desertjazz | 2013-02-23 00:00 | 音 - Africa

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 ロベルト・ボラーニョの小説『2666』を読破。その雑感メモ。


・ボラーニョの遺作『2666』は日本語版でも二段組 850ページを超える大長編。それも改行が少なくプルーストを思わせる長文も多い。読み終えられる自信はなかったが、最初から惹き付けられ、先が気になって読み続けることに。複数の物語が重なっていくため、普通の小説10冊分くらいはありそうな中味だった。

・全体は5部構成。それぞれを別の本として出版することがボラーニョの遺言として残された。しかし実際には分割して世に出ることは避けられた。第1部〜第4部はぞれぞれ異なった話。ただし互いの間に薄い接点を見出せるものもある。

・各部それぞれ、謎のドイツ人小説家アルチンボルディを研究する4人による追跡話と彼らの間の恋愛譚だったり、メキシコ北部の街で延々繰り返される殺人事件の記録だったり。最初普通の小説を読んでいる気分だったものが、ミステリーや、幻想小説や、ドキュメンタリーへと様々に変化する。時にガルシア=マルケスのような、ボルヘスのような、プルーストのような作品とも言えるだろうか?

・4部までのうち小説作品として一応完結しているのは第1部のみ。それも最大の謎が解き明かされないまま、次の話へと移っていく。2部以降も新たな謎が増えていくが、明快な答えにまでは辿り着かない。

・第4部はとにかく長い。この話はいったいどこに行き着くのだろうと不安にもなる。それでもカズオ・イシグロ『充たされざる者』を2度読んで鍛えられているので、どうにか乗り切れた。ここでも事件は解決しない。いまだ未解決の実話に基づいており、また事件の社会背景を描くことが主目的なので、そうしなかったという解釈もある。その一方で、犯人は暗示されていると取ることも可能だと思う。

・いよいよ第5部。「アルチンボルディの部」と謎解きが予告されているのだが…。4部までの4つの話がここで一点に収斂し、棚上げになっていた謎が全て解き明かされるのだろう。そう思って読み始めると、またしても全く新しい話が始まる(と感じられる)。非現実的な描写から戦記へと移っていくこの5部の前半が最もキツかった。

・第5部の後半、互いにほとんど独立した5つの話はそのまま並列関係を保ったまま読者に何かを印象づけて終わるのか、あるいは寄り添って行って最後にひとつの太い話へと完結するのか、はたまた全く予想外の結末が待っているのか。ここでは明かさないが、それは読み手の期待を裏切らないものだろう。

・ただし大満足とまでは言い切れない。各部ともこれで終わりなのかという物足りなさが解消しきれない。各部のモードがかなり異なっているので、本当に全体構造を明確に意識して書かれた長編なのかといった疑問も浮かんだ。著者が自身の死期を悟って、かねてから構想していた5つのプロットを力技で結びつけたのか、もっと長くなるはずだった話を自身の「死」を文字通りデッドラインにして書き終えたものなのか、などとも想像してしまう。

・作家の最大の関心は本。様々な本が人生を導き、生き方を学ばせ、人と人とを結びつけていく。それでいながら、本との巡りあいが人にとってのターニングポイントを生み出していくところの描写が物足りない。すぐにセックスに至るところも安易。これも「時間がない」ためか。

・何を物語り伝えようとしているのか、読了直後の今は理解しきれない。一度読んだだけでは、謎解きのヒントも、作品に込めたメッセージも、そのいくつかを読み落としていると感じる。そして小説の終わり方。ここから頭の中で新たに円環が回り始め、話を想像させる。これほど長い作品なのに、早くも2周目に入りたくさせられる、なんとも困った小説だ。


 最近も様々な小説を読み続けている。優れた小説を読むことは、まるでジャズの良質なフリーインプロビゼーションを聴くときの感覚に近いものがある。自由に感じ取り、自由に解釈可能なこの『2666』もそんな作品だった。






(読書日記)
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by desertjazz | 2013-02-19 23:59 | 本 - Readings

 旅と洗濯の話の続き。

 旅行中洗濯をせずに済ます方法がもうひとつある。それは旅先で衣類を買うという作戦だ。ずいぶん昔のことになるけれど、国よってはTシャツ1枚数十円で買えたところもあったかと思う。20〜30年前の中国では下着や靴下が驚くほど安くて、ホテルのラウンドリー料金よりもずっと安かった。「これならラウンドリーに出すより、新品を買った方がいいね」と語り合った記憶がある(結局こうした手段をとったことはないけれど)。

 もちろん洗濯できるときにはしている。海外を含めていろいろなところを旅行したけれど、洗濯を終える度に昔から同じ疑問が浮かぶ。洗濯物を部屋の中に干しずらいのはどうしてなのだろう? バスルームで洗い終えて、さて干そうとすると、それを吊るす場所もなければ、ロープを張れるような突起もない。

 高級ホテルやビジネスホテルだったら、お金を払ってラウンドリーサービスを使って下さい、ということなんだと思う。けれど、長期滞在者やバックパッカーが多く泊まるような宿でも、部屋の中に洗濯物を吊るせるような工夫が案外ない。

(ビジネスホテルにはバスタブの上に張るロープを仕込ませているところも多いけれど、これってちょっとでも重いものをかけると弛んでしまって、全然役をなさない。コイン式の洗濯機と乾燥機も時々見かけるが、個人的には乾燥機は電気の無駄使いだと思って避けている。そういえば、アメリカはどこも乾燥機が当たり前で、天日干しはしないそうだ・・・って話が脱線していくか?)

 結局、ライトスタンドにかけたり、ハンガーに吊るしてワードローブの中で乾かしたりと、悪戦苦闘。時にはホテルなんかと屋上に一緒に干してもらったりしたこともあった。思い切って窓の外に吊るしたりなどすると、予想取り即座にフロントから「止めてください」とお叱りを受けることになる。

 どうやらホテルで洗濯するなんてこと、ホテル側から見たら邪道なのかな。・・そんな風に思っていたら、先日泊まったホテルで発見した。なんとバスタブの上に洗濯ポールがあるじゃないか! バスルームの中だと果たしてどれだけ乾くか疑問ではあるけれど、これは利用者側の視点に立ったサービスではある。

 最近はこうしたホテルも増えているのだろうか。できることなら室内にも干せる工夫を加えて欲しい。いや現在のホテルはどんどん便利になっていて、ただ単に自分が気がつかないでいただけなのかもしれないのだけれど…。


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Fukushima, Japan 2013




 長い小説を読んでいる途中の頭休めに『サラダ好きのライオン 村上ラヂオ3』を読んでみたら、旅のことなどあれこれ思い出されたのだった。






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by desertjazz | 2013-02-13 00:00 | 本 - Readings

Rokia Traoré - 'Mélancolie'

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 先ほど Rokia Traoré のシングル 'Mélancolie' が仏 iTunes で販売開始となった。

Rokia Traoré - 'Mélancolie'

 断片試聴。これまではアコギでもエレキでもそれほど違いがないようなサウンドだったが、やはり今回はエッジのあるエレキギターを際立たせたヒリヒリするサウンドのアルバムに仕上がっているのだろうか・・・と推測。






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by desertjazz | 2013-02-12 06:30 | 音 - Africa

 村上春樹のエッセイ集『サラダ好きのライオン』を読んで、著者と一緒のことを考えていると気がついた例をもうひとつ。

「こういうのがあれば世の中はもう少し便利になるのにな、と常日頃考えているのに、なかなか商品化・実現化されないものがある。
 たとえば小音量のクラクション。」(「いわゆる新宿駅装置」P.102)


 村上は「前の歩行者に「車が行きますよ」と軽く注意したい」ときの「ささやかモード」があれば便利だろうというのだ。

 私もこれと同じことをずいぶん昔から考えていた。歩いているとき、いきなりクラクションを鳴らされると、ビックリしてしまうし、正直気分もよくない。それがもし「ホワン」といった感じの優しい音だったら、そんな驚きや気分も和らげられるのではないだろうか。

 この「ソフト・クラクション」ないしは「ソフト・モード」、絶対登場するはず。そう思いながら何年経っても実現しない。こうなったら直接自動車会社に売り込んで、ついでに特許も取って儲けてやろうと何度思ったことか。

 だけど、村上春樹も考えたくらいだから(?)、同じアイデアを思いついたに人が他にも大勢いるに違いない。ましてやエンジン音のしない、あるいはハイブリッド型の電気自動車が増えている時代だ。後方から近づく車に気がつきにくい分、ソフト・モードの需要はますます高まるはず。ケータイ画面に夢中になって歩いている人に対しても効果があるだろう。

 それが何故商品化されないのか。やっぱり柔らかい音だとクラクションの機能としては中途半端すぎるのかもしれない。ヘッドホンで耳を塞いで歩いている人に対しては、どんな音で注意してみても無意味だし。


 思い出すのは昨年秋のモロッコ旅行のこと。フェズやマラケシュのメディナ(旧市街)の主な路地は日中、人やロバや手押し車などでごった返す。狭い通りに人々が密集し、まるで渋谷センター街レベルの密度になる。ところがこんなところを歩いていても、日本の都会の通りとは違って不思議とストレスを感じない。その要因のひとつは、誰もが正面に顔を向けていて、周囲を伺いながら歩いているため、自然と身をかわすことが出来ているからだと気づいた。


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Fez, Morocco 2012

(・・・現代人の一部は生き物としても生存本能を捨てているなと改めて思う。この話を始めると長くなりそう。なのでまた別の機会に。)


 コミュニケーションの問題を工業技術的な方法だけで解決するには、恐らく限界があるのだろう。特別なクラクションなど必要としない、普通のコミュニケーションが当たり前にやりとりされる世の中を取り戻す、きっとそれが最も望ましいことなのだと思う。


(つづく)






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by desertjazz | 2013-02-12 00:00 | 本 - Readings

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