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 8/18〜8/25の間、7泊8日で北海道〜富山を小旅行。北海道では札幌で開催中の SAPPORO INTERNATIONAL ART FESTIVAL 2014 を、郊外のモエレ沼公演や札幌芸術の森美術館を中心に巡ろうと考えたのだが、毎日雨がちだったので、迷った末に取り止め。結局のんびり読書して過ごしていた。

 その旅の前半に読み終えたのはアンドレ・ジイドの『コンゴ紀行』と『続コンゴ紀行』。フランスの小説家が56歳の時にかねてからの願望を実現させたアフリカ旅行の日記。最初 1938/39年に岩波から出たものを5年前に復刻させた文庫版である。

 ジイドが旅したのは 1925年7月から翌年5月までで、個人の旅行としては随分早い時期のものだろう。「コンゴ紀行」とあるが、当時のフランス領赤道アフリカ地方を巡ったもので、1冊目はブラザビルからコンゴ川やウバンギ川を北上し、現在のチャドに至る。2冊目はチャドから現在のカメルーンを西に進んで大西洋まで戻ってくる。最近「コンゴ旅行記」を書き始め、間もなくコンゴから Jupiter & Okwess International が来日する。なので、自分の中でコンゴへの気分が高まって読み始めたのだが、現在のコンゴ民主共和国はほとんど登場しない。(残念ながら地図がほとんどないので、これを読むだけでは著者がどこを歩いているのかさっぱり分からない。なので、ミシュランの地図を参照しながらの読書となった。)

 小説家による文章ということもあってか情景描写がとても美しい。今では失われた景色も多いのかもしれないが、かつて滞在したコンゴ(ザイール)の地方の川の夕暮れなども懐かしく思い出させる文章だった。搾取され苦労を強いられる現地民たちへの温かい視線や積極的支援もいい。

 先に読み終えたミシェル・レリスの『幻のアフリカ』でもそうだったのだが、時おり挟まれる音楽のシーンにも惹かれる。録音は残されていないだろうが、せめてその時の写真や映像をネットで見ることは出来ないだろうか。

「(…)だが思っても見て頂きたい。百人もの人間の口で喚き立てるこの節を。その中誰一人として正確な音を出しているものはないのである。沢山の小さな線の間から識別しようと試みる主要な線のようなものである。その効果はすばらしい。そして複音性な、調和音の豊かな印象を与える。同じ要求が彼等の小さな「ピアノ」の金属の爪に真珠をはめさせるのである。はっきりした音への嫌悪、はっきりした音を掻き乱しその輪郭をぼかそうという欲求。」(『続コンゴ紀行』P.38)


 ここでの「ピアノ」は親指ピアノであり、「真珠」はビリビリ音を生み出すサワリ構造の一部なのだろう(ただし、著者のこの推測は正しくはないのだが)。

 この引用では全て現代語に改めた。しかし、元々は漢字は旧字体で、旧かなづかいである。それに加えて、ポイントの小さな活字による古い印刷をそのまま復刻したものだから活字が潰れてしまって、とても読みにくく、旧字を解読するのに時間がかかる。なので買った直後には途中で放り出してしまったのだった(108ページまでで諦めた)。けれども、今回は旧字体と旧かなづかいの生み出す不思議なリズムが次第に心地よくなって、途中からすらすらと読めるようになり、とうとう最後まで辞書を使うこともなかった。本来の日本語を読んでいる快感のようなものも感じたのだった。


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by desertjazz | 2014-08-31 16:00 | 本 - Readings

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 SUKIYAKI 2014、今年のスペシャル・ユニット(ボンゲジウエ+マチュメ+チャン+サカキマンゴー+廣瀬拓音)はメチャ楽しいです!

 SUKIYAKI TOKYO 出演は今週28日(木)。また笑いに行こう!





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by desertjazz | 2014-08-25 16:00 | 音 - Festivals

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 Jupiter & Okwess International のライブがとにかく凄かった。1曲目でもうガツンとやられてしまい、カメラの電源を落としてほとんど踊っていた。これまでに観た中で最高のライブのひとつだったかも知れない。

 詳しいことは後日。ネタバレ?になるので、SUKIYAKI TOKYO が終わってからの方がいい? いや見逃したらきっと後悔します!

 SUKIYAKI TOKYO 出演は今週28日(木)。また踊りに行こう!





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by desertjazz | 2014-08-24 02:00 | 音 - Festivals

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 いよいよ始まりました! Jupiter & Okwess International 最高 !!!

 Twitter と Facebook に少しだけアップして今夜は終了。詳細は後日。(ホテルに戻ったのが25時だったので。明日以降もあるので、そろそろ寝ます。)





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by desertjazz | 2014-08-23 02:58 | 音 - Festivals

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 フィールドワークが調査対象に対して多かれ少なかれ何らかの影響を与えることは不可避である。それまで知られていなかった「未開民族」が発見されたとき、情報の乏しい少数民族の研究を進めようとするとき、他者に対して閉ざされてきた珍しい風習があるとき、それらはそのまま「保存」すべきなのか。何らかの接触をしない限りは、それらについて何も分からないままで留まる。果たして他者はどこまでのアプローチが許されるのか。今でも時々アマゾンの奥地で外界との交流を全く持たない少数民族の存在が明らかになり、調査すべきかすべきでないかが議論となる。そのような例に顕著なように、これは民族学者や文化人類学者、さらには探検家、ドキュメンタリー制作者にとって難しい問題であり続けている。

 それと同時に多くの民族は、周辺民族との交流、あるいは近年において旅行者たちと出会うことによって、生活様式が変化してきた。また混血も進んだ。その結果、20世紀後半には純粋なピグミーやブッシュマンでさえどんどんいなくなっていった。恐らく現在では、彼らのうちに獣の皮や樹皮で作った布をまとって生活している者はいないだろう(観光客相手に見せ物を演じている例を除いて)。その観点からは、いつかはタイミングを捉えて実地研究に進むべきなのかも知れない。

 1931〜1933年にかけて仏人マルセル・グリオールを団長としてアフリカ大陸を踏査した「ダカール=ジブチ、アフリカ横断調査団」にしても、すでに欧州の植民支配下におかれた土地が多かったとは言え、現地の人々に与えた(悪)影響は少なくなかった。とりわけ、長年奉られてきた物ものを奪う様は羞悪。夜こっそり祠に忍び込んで盗んだり、摸倣画を取り替えたり。当時の倫理では許されたのかも知れないが、正に略奪と言う他ない。その様子が当事者のひとりであるミシェル・レリスによって書き残されたのは、これはこれでひとつの貴重な資料なのかも知れないが。

 そのレリス、ドゴンなど西アフリカ各地では、宗教儀式等の詳細について現地の人々に語らせようとするが、毎度得られるのは異なる回答ばかりで、らちがあかない。エチオピア(アビシニア)でも憑依儀式を何度も実際に行わせて観察するのだが、それらは正確なものでなかったり、肝心な部分を省略されたりしたことが、その都度後で明らかになる。

 物理学の有名な原理に「ハイゼンベルクの不確定性原理」がある。ごく簡単に言ってしまうと、観測者が存在することによって、物の正確な位置とその運動の仕方を同時に正確に知ることは不可能だというもの。レリスが現地の風習に近づけば近づくほど、彼らは上手く逃げていって、肝心のところまでは明らかにならない様子は、まるで「不確定性原理」みたいだなと笑ってしまった。

 そのレリス、エチオピアのタナ湖の北、ゴンダールで長期滞在して調査する間に、ひとりの女性に恋心を抱く。仕舞には、肉体関係を持たなかったことを後悔して毎日のように書き続けるのだが、この辺は確かに「公式記録」を大きく逸脱した部分で、『幻のアフリカ』を風変わりな旅行記にしているとも思う。そしてそうしたレリスに感情に基づいた行動がゴンダールの人々や社会に与えた影響も無ではなかったことだろう。

 思い出すのは、アメリカ人(白人)のルイ・サルノ Louis Sarno のことである。1954年にニュージャージーに生まれた彼は 1985年以降、中央アフリカ共和国の密林に暮らすバヤカ・ピグミー Bayaka Pygmy を研究し、その音楽を録音して、CD や CDブックを発表してきた。中でも 1995年に出した CDブックは見事な出来映えで、録音そのものも近年のピグミー録音の中でも特に優れていると思う。

Louis Sarno "Bayaka - The Extraordinary Music Of The Babenzélé Pygmies" (Ellipsis Arts... CD3490, 1995)

 正にピグミーに恋してしまったルイ・サルノ、ピグミーの中での暮らしについて自身の著作の中で詳しく綴っている。

Louis Sarno "Song From The Forest - My Life Among The Ba-Benjellé Pygmies" (A Penguin Book, 1993)

 この本、彼のCDブックや録音ほどには面白くはない。それでも読み進めると、やがて彼はひとりのピグミー女性を愛してしまう。ここまでは、ミシェル・レリスと一緒。ところが最後に驚きの結末が待っている。なんと2人は結婚してしまうのだ。

 正直これを読んだ時には衝撃を受けた。ピグミーのような貴重な民族はあくまで調査対象であって、そっとしておくべきではないのか。ましてや白人と混血するなんて。このままではピグミーと白人との間で子供が生まれてしまい、血統が維持できない…と。しかし、これは視野の狭い偏った見方であることにすぐに気がついた。ただし、ひとりのフィールドワーカーの愛情の注ぎ方としてとても深いものを感じる一方で、果たしてこれが正しい行為だったのかどうかまでは、私には判断がつかない。

 ルイ・サルノは現在もピグミーの森に住んでいるという。




 余談1)

 時々、雑誌やテレビで紹介されることだが、マリ、ニジェール川大湾曲部の断崖に住むドゴンは、ある星団に関する伝説を持つ。その星団は現代の望遠鏡を使って初めて発見できたもので、ドゴンたちが肉眼で見つけられたはずはない。それをもって、これをドゴンの謎として語られることがある。しかし、これは現代になってからやってきたフランス人(多分)によってドゴンに後づけされた知識で、単に彼らがそれを従来からある口承伝説に組み入れたに過ぎないとする見方が有力である。これなども、外来者による伝統の改変の一例だろう。


 余談2)

 "Song From The Forest" は2冊持っています。欲しい人いますか?




 マルセル・グリオールの『青い狐 ドゴンの宇宙哲学』と『水の神 ドゴン族の神話的世界』も引っ張り出してきた。じっくり読みたいな。それにしても重い本ばかり。

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by desertjazz | 2014-08-18 00:00 | 本 - Readings

Michelin - Maps of Africa

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 私がミシュランと聞いて連想するのは、その中心商品であるタイヤでもなく、世界のレストランの格付け本でもない。

 私にとってのミシュランは、断然、地図! アフリカにはだいたい1年おきに出かけて行ったが、その都度一番重要な旅のツールとなったのが、ミシュランのアフリカ地図だった。別にこれほど詳細な地図など必要なかったのかも知れないが、今自分がいる位置と周辺環境を正確に知ることができ、そしてこの地図を眺めていると今旅しているのだという気分も自然と高まる。

 旅に出かけられず日本に長く留まっているときにも、この地図を取り出して拡げることがしばしば。大判の地図一杯を埋め尽くす町の名前や川を見つめていると、いつかそれらをひとつひとつ訪れてみたいという感情がふつふつと湧いてくる。ホント、ミシュランの地図を眺めているだけで楽しくてしかたない。

 ここ数日も、#955 の中のコンゴを見てはジュピテルが暮らすキンシャサのことを思い出したり、#954 のエチオピアでミシェル・レリスの旅を辿りながら、自分が歩いたルートと重ね合わせたりしたり。これまでに体験した旅行ルートをミシュランの地図で再確認すると、案外思い違いしていた部分があることに気がついたりもする。そして、次はどこに行こうかと、想像力が逞しくなっていく。

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 ところで、ミシェル・ウェルベックの新作『地図と領土』は、主人公がミシュランの地図にある処理・加工を施したアート作品によって現代美術の大家となることから話が展開していく。確かにミシュランの地図は芸術作品並みに美しい。そして手にした者に想像力を喚起する。『地図と領土』は現時点で今年読んだ中で最も面白かった小説だったと思っている。それには、自分のミシュランに対するそんな心理も働いているのだろうか。




 余談

 拙フェイスブック(とブログ)には時おりミシュランで星付けされた店が登場するが、これはたまたま。たいていの店は、味や雰囲気が気に入って通っていただけのこと。近所にあって値段も手頃なので(一般的な居酒屋で飲むのと大差ない)、晩飯作るのが億劫なときには、サンダルひっかけて出かけたような店が多かった。例外は大阪の実験的3星 Fuuiya 1935 くらいかな。それがいつの間にかミシュランの赤本に掲載されて、おかげで予約を取りにくくなった店もあるくらい。正直迷惑な話だ。海外でごちそうに与ったレストランも、後でネット検索してミシュランで星付きであることを知った店ばかり。もちろんミシュランの本は持っていないし、参考にしたこともない。







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by desertjazz | 2014-08-17 00:00 | 旅 - Abroad

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 おーーっ! Hill Street Blues の Complete Box が出たー!

 TVドラマは全く観ない自分だけれど、今から30年ほど昔には、日本でも深夜に放送されていた『ヒルストリート・ブルース』を毎週楽しみにしていた。アメリカのある警察署を舞台にしたこのドラマを観ることで、正義、義務、仕事、犯罪、友情、愛、ユーモア、裏切り、ウソ、家族、マネー、名誉、汚職、出世欲、裏社会、組織、そしてアメリカ…、ありとあらゆることについて学んだ。人間が生きることの力と苦しみ、なにより人間が秘めた醜さについて教わったように思う。当時録画したビデオは今でも捨てずに持っている。

 アメリカはもとより、日本でも「名作」「傑作」との誉れ高いこの作品、First Season (17 Episodes) と Second Season (18 Episodes) までは DVD 化されたものの、そこで止まってしまった。なので Third Season 以降の発売は難しいのかと思っていた。ところが今年の春、DVD 34枚セットの完全版が出た。(Amazon のリビューによると「その名作も、最初の2シーズン分のリリース後、DVD発売は止まったまま。このまま残りを見られないのかと思っていたら、Shout Factoryがその権利を手に入れて一挙に完全版のリリースという快挙をやってくれた。」とのこと。)

 時々、その DVD を観てるのだけれど、とにかくキャスティングが素晴らしい!(テーマ曲も最高の美しさ!) 中でも Bruce Weitz の人間味溢れる姿に心が釘付けになる。嫌なヤツもたくさん出て来るのだけれど、そこに人間の弱さや哀しみが滲み出ていて憎み切れない。初回から Miami Steve みたいなチンピラが出て来て、まるで Bruce Springsteen の歌を聴いているような気分にもなる。

 残念なのは、今回の完全版には英語字幕がつかないこと。従来の DVD は言語(英語/仏語/西語)を切り替えられ、字幕(英語/西語)も選択できたので、英語字幕を追って観ることができた。でも、DVD 34枚で 125ドルなら、英語学習の教材として買ってしまおうかな。

 うーん、やっぱり日本語字幕の完全版が出て欲しい。




 主役の Furillo もそのパートナーの Davenport も大好きだったけれど、IMDb を見ると、Bruce Weitz が演じた Mick Belker が準主役だったんだな。なるほど。





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by desertjazz | 2014-08-16 01:00

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 ミシェル・レリスの『幻のアフリカ』を読了。単行本(河出書房新社、1995年)も持っているが、新書版(平凡社、2010年)で再読。全部で1065ページのこの分厚い本(解説部だけで70ページもある)、今日は蒸し暑い中、ダラダラ汗を流しながら(まるで熱帯にいるような気分)、ギンギンに冷えたビールと白ワインを飲みつつ、残り160ページを一気に読み終えた。

 1930年代初頭にセネガルからエチオピアまで横断したフランス人民族学者集団の公式記録であり、またレリスの私的で極めて特異な日記でもあるこの本、その余りの長さから、再び放り出したくもなった。けれども、読み終えてみると、書いておきたいことが次々浮かんでくる。

・なぜ2部構成にしたのか。ドゴンの仮面とアビシニアの憑依(ザール)との対照性。
・20世紀初頭の欧州のフィールド・ワーカーたちの横暴さ。
・東南アジアで奉られてきた古布の消失との類似性。
・ルーモン・ルーセルとの関係。
・文化人類学の不可避的欠点。ハイゼンベルクの不確定性原理を強烈に連想させるもの。
・その中で悩むレリス。ピグミー研究者、ルイ・サルノを思い出させるもの。
・彼らの収集とアフリカにおけるレコード探しとの類似点と相違点。
・旅行記のこの。地図のこと。(そして、ミシェル・ウェルベック)

 等々。


 追々この本のことを反芻しながら、ゆっくり書いてみることにしよう。




 先月は、詩を捨ててエチオピアに旅だったアルチュール・ランボーの『ランボー全詩集』(河出文庫/鈴木創士による新訳)を読み終えた。その後は岡倉登志 編『エチオピアを知るための50章』(明石書店)なども読んでいる。そして『幻のアフリカ』第2部の舞台はエチオピア。なんだかエチオピアが呼んでいるような気もする。

 そうそう、今年10月に東京ーアジスの直行便が就航開始するのだった。これを上手く利用できないだろうか?




 この旅行記は、フランスを旅立ってから1年10ヶ月、1933年2月16日の朝、マルセイユ港に帰ってくる直前で終わっている(その最後の短い一文が感動的)。時は正に Moussu T たちがテーマにしている時代。彼らの新作 "Operette" をまた早く聴きたくなってしまった。(→ 8/20 に発売延期となった模様。)





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by desertjazz | 2014-08-15 00:00 | 本 - Readings

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 マッシリア・サウンド・システムと並ぶオクシタンの雄、トゥールーズのゼブダ Zebda も 8月25日に新作 "Comme des Cherokees" をリリースする予定。

 けれども、このアルバムを買うかどうか迷っている。それと言うのも、先行シングル "Les Petits Pas" の PV を観て、彼らが何をやりたいのか分からなくなってしまったから。歌詞は分からず、アルバム全体の中味も掴めていないので、まだ判断すべきではないのだろうけれど。

 ・ YouTube | Zebda - Les Petits Pas


 一昨年の秋、マルセイユでゼブダのライブを9年振りに観て、メンバーたちとも会ってきた。そのライブは確かに良かったし、会場はとても盛り上がった。けれども、ステージをいくら見続けても気分が高揚することはなく、反対に醒めていったのだった。それは9年前にアングレームで観たステージと何も変わらないものだったからだろう。政治的なメッセージを投げつけ続けた彼らは、先のフランス大統領選挙に際しても特段動きを見せなかった。もしかすると、今、ゼブダは迷っているのかも知れない。


(ここ10年間である意味最も期待外れだったライブは、ワシントンで観たブルース・スプリングスティーンとマルセイユのゼブダだった。それでも、どちらのライブもまた観たいと思っている。)




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(Marseille, France, 2012/10/20)




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by desertjazz | 2014-08-14 00:00 | 音 - Music

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 今日はムッスー・テ&レイ・ジューヴェン Moussu T e Lei Jovents の新作 "Opérette" の日本盤の発売日。早速買って帰ってレビューを書こうと、勇んでレコ店に行ったものの、あれ?まだ入っていない。発売延期か?

 配給元のキングインターナショナルの HP を見直すと「発売予定時期:8月13日」と書かれている。「時期」ね…。もう何日かの辛抱になるのかな?

 それまでは、これを観て我慢することにしよう。

 ・ YouTube | DANS MA PETITE CALANQUE / MOUSSU T E LEI JOVENTS




 今年の10月にはマッシリア・サウンド・システムの結成30周年アルバムがリリースされる予定(南仏でバカンスしてきた友人によると、そのアルバムはほぼ完成したみたい)。これも楽しみ!

 ところで、ワイスター Oai Star の新作は全然日本に入って来る気配がないね。フランスに行って買ってくるしかないかな?





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by desertjazz | 2014-08-13 22:00 | 音 - Music

DJ