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アフリカの記憶 012

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 Zimbabwe / Bulawayo 1995

 アルジェリア南部サハラ砂漠ただ中のタッシリ・ナジェール Tassili n'Ajjer や、ボツワナ北西部ナミビア国境に近いツォディロ・ヒル Tsodilo Hill には、いつか行きたいと昔から思い続けている。それは、アフリカの岩絵(古代壁画)に深い関心を持っているから。是非とも直に見てみたいものだ。

 ブラワヨでもキャンプ場にテントを張って滞在。その間、周辺のスポットを廻る日帰りツアーに参加。セシル・ローズの墓を訪ねた後、暗い穴に案内される。そこには古代ブッシュマンが描いたとされる絵が残っていた。幾万年の歴史に想いを馳せる・・・とまでは正直行かない。規模が小さくて、物足りないのだ。ツォディロで過ごす日を夢見る。


*タッシリ・ナジェールとツォディロ・ヒルについては、思い出す度に行く方法について調べている。憧れる旅先はまだ残っていた。なので、「アフリカの記憶 000 - My Lost Africa - 」での書き方は正確でなかったかも知れない。

*今年は、ディセプション・ヴァレー(セントラル・カラハリ)、オカバンゴ・デルタ、ツォディロ・ヒル、それからハンシ経由で、ナミビアへ入り、南アを巡る、長めの旅を計画していた。しかし、当面は先送りに。体力面も考慮すると、おそらくもう無理だろう。







# by desertjazz | 2020-05-25 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 011

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 Zimbabwe - Zambia / Victoria Falls 1995

 世界各地を渡り歩いて数々の絶景を目にして来たが、ヴィクトリア・フォールズも特に印象に残っているひとつだ。滞在したのが特別水量の多い4月末だったので、なおさらである。

 ハラレからのフライトが滝に近づき、大地に刻まれた深い間隙から高く舞い上がる膨大な水煙を見た時の驚き。崖の突端から垂直に110m見下ろした絶景(岩が水で濡れてツルツルだったので、一歩足を踏み外せば真っ逆さまに落ちる)。滝に面して伸びる遊歩道をレインウエアを着て歩いても、水浸しになったこと。傘をさして歩いている人も、水着姿で水に打たれるカップルもいた。場所によっては水煙に完全に包まれて、滝が全く見えず、轟音が響くだけ。2km離れたキャンプ・サイトにいてもその轟音が地響きのように唸り続け、その音を子守唄にテントの中で休んだのだった。

 巨大な滝は、国境にかかる橋からも、あるいはザンビア側からも眺めることができる。しかし、わざわざ崖下まで降りて見上げる人は少ないだろう。ザンビア側に渡ると、そこから約100m下まで容易に歩いて降りられる。滝壺からつづら折りになった先なので、落ちる滝そのものはよく見えないが、舞い上がる水煙は漂い流れてくる。この先、深く切り立った渓谷の中をインド洋へと向かうザンベジの流れも、また見事な景観だった。


*滝の写真はたくさん撮った。しかし1枚を選びきれない。その迫力や雄大さは、実際に目にし体感しないと十分には分からないだろう。

*橋の中央からはバンジージャンプを楽しむツーリストたちの様子も。100ドル払って100mの Free Fall だったか? 自分はたとえ金をもらっても、やりたいとは思わないが、、、。

*かつてないほどの渇水に見舞われ、絶えず膨大な水量を誇っていたヴィクトリア・フォールズの流れが、昨年末から年明けにかけて途絶えたと報じられた。その写真を見た時にはとても信じられなかった。







# by desertjazz | 2020-05-24 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 010

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 Zimbabwe - Zambia / Victoria Falls 1995

 アフリカ南部を流れる大河ザンベジ川、その途中、ジンバブウェとザンビアの国境域に世界有数の大瀑布ヴィクトリア・フォールズ(ヴィクトリア滝)がある。その巨大な滝はジンバブウェ側からの眺めの方が知られているが、ザンビアから望むことも可能だ。

 ヴィクトリア・フォールズの町にあるキャンプ・サイトから 2km、国境をまたぐように川に掛けられた橋を渡った先がザンビア。日本人がジンバブウェに入国する際、ビザは不要だが、ザンビアに入る時には必要。ただし、日帰りでこの橋を往復するだけならば、事前にビザを取得する必要はない。橋を渡り終えた先のイミグレでスタンプを押してもらえば、それで OK。

 私がイミグレを通過する時、その前に荷物を抱えた女性グループがいた。彼女たちは皆、一辺 60cmほどの(もっと大きかったか?)紙を広げて、そこに入国/出国スタンプを押してもらっていた。その紙を覗き見ると、スタンプが何十も、いや百を超えそうな数だけ押されていて、ほとんど余白がなかった。

 彼女たちは、毎日多くの荷物を背負って2つの国を往復し、商いを続けていたようだ。これも立派な貿易だ。女性たちが持っていた紙切れは、そのためのパスポートだったのだろう。


*途中、ワンゲ Hwange やチョベ Chobe でのキャンプを含めると、結局1週間ヴィクトリア・フォールズ周辺に滞在した。この写真、橋の奥にはその滝がうっすらと見える。(写真、左がジンバブウェ、右がザンビア)







# by desertjazz | 2020-05-23 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 009

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 Zimbabwe / Harare - Bulawayo 1995

 ボツワナのカラハリ砂漠でキャンプ生活した1年半後、再びアフリカ南部へ。最初の目的地はジンバブウェ。独立15周年の記念日 4月18日に何か大きいイベントがあるだろうと考えて旅程を組もうとしたのだが、うまく行かず。首都ハラレに到着したのは、その記念日より10日ほど後だった。

 空港から市内の宿までタクシーで直行。ドライバーは、この国を走っている車の90パーセントは日本車だと話す。その背後からサイレンを鳴らす一団が近づいてきて、全ての車が一斉に道を空けた。その途端、暴走軍団が脇を通り抜けていった。「何だ?」と尋ねると「大統領だ」 ムガベ大統領御一行がどこかから帰国したようだ。

 安宿にチェックイン。すると Thomas Mapfumo のコンサートのチラシが貼ってあるではないか。日付を確認すると、なんと今夜だ。かなり迷ったが、土地に対する感覚がまだない。着いた初日なので無理はしないことにする。2年前のメキシコシティー、入国した日の夕方に出歩いて凶器?を持った2人組に襲われた記憶がまだ鮮明だったので(その時負った顔の傷は今でも残っている)。

 ヴィクトリア・フォールズ、ワンゲ国立公園、ボツワナのチョベ国立公園などを巡った後、ジンバブウェ第2の都市(ンデベレ人の中心)ブラワヨへ。ここでも Thomas Mapfumo のコンサートのチラシを見つける。だが、こちらも日程が合わず。

 結局今に至るまで、Thomas Mapfumo のライブを体験したことがない。彼の地元でのステージを見られるチャンスなど滅多にない。やはりハラレ初日のライブへ行っておくべきだったのだろうか?








# by desertjazz | 2020-05-22 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 008

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 Botswana / Kalahari 1993

 Night in Kalahari - 4

 夜、「ゲムスボックのダンス」が始まった。

 女たちが呪術的なコラースを繰り返す。 
 ピグミーのポリフォニーのようであり、
 アイヌのウポポのようであり。
 そして力強いハンドクラップを響かせる。

 男たちは激しく土を踏みつける。
 唸り声をあげながら、
 輪をなして回り踊る。
 細かな砂煙が舞い上がる。

 強烈なトランス・ダンスだった。


*病人を治癒する目的で始まったヒーリング・ダンスを目撃。それは、実に強烈な体験だった。ブッシュマンのトランス・ダンスは朝まで続くこともあった。今でも時々、その録音を聴いて追体験している。

*残念ながら、カラハリ滞在中、夜に撮影した写真はとても少ない。トランス・ダンスも大人数で盛り上がった時は記録できなかった。







# by desertjazz | 2020-05-21 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 007

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 Botswana / Kalahari 1993

 Night in Kalahari - 3

 狩猟採集民は早寝早起きなのだろうと思っていた。
 夜暗くなったら何もすることはない。
 さっさと寝てしまうのだろう。
 ところが違っていた。

 深夜、星空を眺めながら、焚き火で暖を取っていると、
 ブッシュマンたちが懐中電灯を借りに来る。
 何のためかと尋ねると、「ウサギを獲る」と答える。
 懐中電灯の光で目くらましするのだと言う。

 暗闇の中で電灯の明かりがチラチラと動く。
 しばらくして成果を見せに戻ってきた。
 彼らの手には4羽のウサギ。
 見事なものだ。






# by desertjazz | 2020-05-20 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 006

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 Botswana / Kalahari 1993

 Night in Kalahari - 2

 やって来るまでは、完全なる砂漠だと思っていた。
 しかし、砂の間から潅木や緑が生えている。
 砂で覆われた大地は根菜や野生スイカも育む。
 ここは、一面砂だらけの死んだ土地ではなかった。

 日が沈むと、あたりから不思議な音が鳴り始める。
 小さなスプリングが弾むような音で大地が覆われる。
 四方八方で生き物たちが鳴き交わしているのだろう。
 ただし、その正体は誰に尋ねても分からないという。

 どっぷり暮れた頃、謎の物音が強まるのを待って歩みだす。
 マイクと録音機とヘッドホン、
 そして懐中電灯を手にして。
 戻る方向を見失わないことを一番に考えながら。

 テントから100mほど進んだ。
 ここならキャンプの物音がほぼ届かない。
 ヘッドホンを耳にして、録音ボタンを押す。
 幾千、幾万の生き物たちのさざめきが聴こえる。

 真っ暗闇の中、ヘッドホンで耳を塞いでいると、
 背後に何かの気配を感じる。
 今にもライオンに肩を叩かれるような奇妙で恐ろしい感覚。
 何度も振り返るが、そこには何者もいない。


*後日聞き取り調査をすると、音の正体は「カカ」という虫だという証言を得られた。カカの発音は [!ka!ka] が近い。[!] はブッシュマン(や南ア)に特徴的なクリック音(舌打ち音)の一つ。

*砂漠に滞在中「最近も、夜の空気が気持ち良いからと言って、テントを出て外で寝ていたドイツ人がライオンに食べられた」と聞いた。ここはライオンやハイエナなどの肉食野生動物が暮らす土地だ。しかし、人間の出す物音が聞こえるところには野生動物は寄ってこないとも教わった。少なくともテントの中で寝ていれば安全らしい。そう聞いていたので、ライオンに襲われる可能性は低いと考えた。怖かったが、それでも、不思議な音に浸り録音する喜びが恐怖に勝った。







# by desertjazz | 2020-05-19 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 005

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 Botswana / Kalahari 1993

 Night in Kalahari - 1

 最初の驚きは月の明るさだった。
 夜中でも本が読めるほどの輝き。
 これは日本でも特段珍しいことではないだろう。
 東京に住んでいると、月明かりを意識することが少ないだけで。

 カラハリ砂漠まで連れてきてくれた学者と語らう。
 「流れ星を見たことがほとんどないんです。」
 「ここにいればいくらでも見られますよ。ほら。」
 その瞬間、目の前を眩い光芒が素早く通り過ぎた。

 星空をじっと見上げていると次々光が流れる。
 またひとつ光が走る。
 「あれも流れ星ですか?」
 「いや、あれは人工衛星です。」

 カラハリ砂漠の真っ只中から眺める夜空は本当に明るい。
 天の川も信じがたいほどくっきりと見える。
 周囲360度、真っ直ぐな地平線に囲まれる。
 その上に、満天の星が輝く。

 まるでプラネタリウムの中にいるようだ。
 いや、違う。
 反対だった。
 プラネタリウムこそが、この夜空を模しているのだった。


*カラハリ砂漠の中央でブッシュマンたちと過ごした3週間は、驚きの連続だった。この体験については書き尽くせない。カラハリに関しては随時書き加えたいと考えている。(カラハリでの砂漠体験が強烈だったから、その後も世界中の砂漠を巡り続けているのかもしれない。)







# by desertjazz | 2020-05-18 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 004

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 Botswana / Kalahari 1993

 ハボローネから走ること3日、集落に辿り着く。
 待っていたのは猛烈な匂い。
 汗と脂が溶け合ったような慣れない匂い。
 砂漠の灼熱の中で生きるブッシュマンたちの体臭。

 しかし、数日そこで過ごす間に匂いが消えた。
 全く何も匂いを感じない。
 色覚の次に失ったのは嗅覚だった。
 自分の体臭も彼らと同化したのだろう。


*朝コップ一杯の水で顔を洗い歯を磨く日々。日中の気温が40度を超える暑さで(なのに朝は氷点下にもなる)、1日水を4リットルは飲む。その分、持ってきた水は節制に努めた。3週間の滞在中、水浴びしたのはわずかに2回。頭も体も洗わなかったため、ブッシュマンたちと同じような匂いになったのだろうか。(スタッフ5人+αで、使用した水の総量は 2000リットル。毎日一人最低5リットル必要だった。人は水なしでは生きていけない。)

*写真は色々お世話になったブッシュマンたちのうちの3人。カラハリでは個性豊かな多くの人々と出会った。その一人一人についても、なるべく書き残しておきたい。それにしても、おしゃれな3人だ。







# by desertjazz | 2020-05-17 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 003

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 Botswana / Kalahari 1993

 セントラル・カラハリ動物保護区の西の入口から、
 その中央部で狩猟採集生活をするブッシュマンの集落を目指す。
 砂が深くて柔らかく、4WD車でも時速15kmが限度。
 その道行、50kmも続く直線道路に目が喜ぶ。

 ここから半径100km圏内には誰もいない。
 「こんなところで車が故障したらどうします?」
 「3日に一度くらいブッシュマンが通りますよ。」
 そんなものかと思い、開き直る。

 人々は何を楽しんでいるのだろう。
 どこで戦争が起きているのだろう。
 ここにいると、今世界がどうなっているのかわからない。
 静かな絶景を目にして、全てのことが気にならなくなる。


*デビアス・ダイヤモンドで有名なボツワナ共和国。西部の街ハンシ Ghanzi から Central Kalahari Game Reserve の真っ只中で狩猟採集生活を営むブッシュマンの村へと移動した時の記憶。食料を持っていないことよりも、持参した水が少ないことの方が恐怖だった。(この写真はどうしても色補正に限界がある。)







# by desertjazz | 2020-05-16 00:00 | 旅 - Abroad