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◇マイケル・スピッツァー『音楽の人類史 発展と伝播の8億年の物語』読了。

 昨年の晩秋に翻訳書が出た時、気になりつつも見送った。表紙の印象から、クラシックを中心とする西洋音楽の歴史を綴っているのだろうと推測し、それは自分の興味の対象外だと思ったからだ。しかし図書館でこの本が目に留まり改めてページを開いてみると、冒頭からヌスラット・ファテ・アリ・ハーンが登場する。これは考えていたものとはちょっと違うかもしれないと思い、ひとまず読んでみることにした(実際その通りだったので、この本は表紙に選ばれた絵で損をしているかもしれない)。

 とは言え、相当なテキスト量。時間をかけてじっくり精読していては全体を捉えられないと考え、ひとまず軽く通読することにした。それで7日間で本文 533ページを一気に読み終えた。

 この本は、いずれも4章からなる3部構成(全12章)で、それぞれが、幾分短めの時間軸、やや長めの時間軸、そして長大な時間軸といったように、異なるタイムスケールで音楽の歴史を3度にわたって辿っていく。1回目は人間の一生程度の時間で、2回目は世界史の中に位置付けながら、そして3回目はもっとも広範囲にわたる時系列で (著者はこのように3つの時系列に分けたように書いているが、実際はそれほどはっきりと分かれているわけではなく、それぞれにおけるのテーマが交錯し合う)。特に3回目は、20億年前の細胞の振動から話を始め、音楽の未来予想に至る実に長大なもの。まるで劉慈欣『三体』か、リサ・ランドールあるいはミチオ・カクの宇宙論かというくらいにスケールの大きな議論になる。

 とにかく各章とも実に膨大な知識を織り合わせて、音楽がどのように生まれ、どのように進化してきたかを紐解いていくのだが、これがまさに博覧強記。クラシックは勿論、世界各地の民族音楽から、ジャズ、ビートルズ、J-POP や K-POP までを俯瞰。参照されるのは、脳科学、生物学、古代史、植民史、病理、神話、文学、等々と挙げていくとキリがない。よくもこれだけのことを知っているものだと感心させられる。

 そのためどのパートも単体として読んでも興味深い。ただし突然話は飛ぶし、普通なら削除されるような余談も多いのだけれど、著者はとにかくあらゆることを書き込みたい性格なのだろう。そうした細部も著作を面白くしているが、一方でやはり冗長さを招いているとも思う。そんなことを感じながら読み進めると、忘れた頃に以前取り上げた内容が新たなテーマとウェブのように結びついていく。

 ギリシャの音楽、ローマの音楽が、後年の西洋音楽に繋がっていくあたりも、先日読み終えた加藤文元『数学の世界史』を連想させて興味深かった。例えば、遅れていた西洋の音楽がイスラムやインドの音楽を取り入れることで発展したのは、数学の歴史と全く一緒。その一方で、音楽も数学も独自の路線を進んでいた中国とは(影響を受けながらも)やや距離を置いていた。そうしたことは、昔は数学と音楽(さらには天文学)も同じ学問だったことを思い出させる。

 個人的に大きく興味を持ったのは、洞窟に関する記述だ。洞窟壁画は音の響きの良いところに描かれているとする研究があるが、洞窟が音楽を育んだのだとすれば、洞窟への興味がますます膨らむ。

(*)洞窟に関して付け加えると、昨年秋に出た五十嵐ジャンヌ『洞窟壁画考』もとても読み応えがあった。フランスやスペインの洞窟壁画を紹介しながら、「何を描いたか」「どうやって描いたか」「なぜ描いたか」「いつ描いたか」「どこに残っているのか」「誰が描いたのか」という6つの疑問に答えていく。取り上げる対象が地域的にも時代的にも広範なため、巻頭に地図と年表があれば理解を助けただろうと思うのだが(余談になるが、文法的に怪しい日本語が延々続くのには、始めのうち戸惑った)。
 それと、著者本人も書いているが、残念ながら洞窟の音響や演奏されただろう音楽に関しては全く触れられていない。このあたりに関しては、次作に期待しつつ、デヴィッド・ルイス=ウィリアムズ『洞窟のなかの心』や土取利行『洞窟壁画の音 旧石器時代・音楽の源流をゆく』を読み直した方が良さそうだ。

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 もうひとつ『音楽の人類史 発展と伝播の8億年の物語』で見逃せない指摘は、かつて音楽は歌い演奏するものであったのが、大半の人にとって聴くだけのものになってしまったという指摘だ。そうしたように、本来音楽は自ら歌い奏でるものだったのが聴くものへと変化したという音楽史の一面については、デヴィッド・バーン『音楽のはたらき』でも同様な立ち位置を感じた。

(*)デヴィッド・バーン『音楽のはたらき』は自伝的要素もあるが、それより音楽史や録音史についての概説や探求が興味深かった。例えば水増し感の強かったテリー・バロウズ『THE ART OF SOUND』より100倍中味が濃い。引用文献には既読のものが多く(彼は読書家であり良い意味でインテリなんだな)、頷きながら楽しんだ。一方で、ビジネスのパートはやや長すぎ。それらを踏まえて、「音楽のはたらき」は何かということを突き詰めていく。そこにバーンの真摯さを感じた。全編を通して皮肉を交えたポジティブな論調がいい。

 マイケル・スピッツァーはそのように膨大な知識を駆使してロジックを丹念に積み上げ、音楽誕生の進化の謎に迫っていく。ところが、辿り着いた最後の最後のまとめは正直チンプンカンプンだった。あれこれ語りすぎてまとめきれなかったのか、音楽の進化は決して一つだけの流れではないからなのか。音楽がなぜ、そしてどのように生まれたかに関しては謎が多く、それは決して解き明かされることはないだろう。その現実に対して、著者の想像や情感が空回りしてしまった印象を受けた。




◇『フロンティア ヒトはなぜ歌うのか』視聴

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『音楽の人類史』を読み終えた直後、続いて、NHK-BS の番組『フロンティア ヒトはなぜ歌うのか』(2024年5月7日、初回放送)をネット配信で(2度)観た(拙宅では BS が映らないこともあって、テレビ番組は全く観なくなったが、さすがにこの番組は観逃せないと思ったので、ネット配信されたのは幸いだった)。


「なぜ歌うのか」という問いは、「なぜ音楽が生まれたのか」ということを言い換えたようなもので、両者の意味するところはほぼ等しい。正しく表裏一体の問題と言えるだろう。その証拠に『音楽の人類史』とこの番組とで同じ研究がいくつか取り上げられている。例えばビート予測(スノーボールも登場)や、クロススピーシズ(種間比較)Cross Spiecies /クロスカルチャー Cross Culture という観点に基づくものなどだ。こうした研究は音楽進化を探求する上で特に重要であり、またこのような主要な研究は限られているとも言えるのかもしれない。

(*)「ビート予想」はビート(リズム)を把握した上で、次のビートが来るタイミングを予想する能力。これを持つのはホモサピエンス(ヒト)にほぼ限られているが、その稀な例外として登場するのがスノーボールと名付けられたオウムだ(ただしスノーボールがビート予想できるということに対して否定的見解もある)。

「昔の音楽は化石として残っていないので」(インタビューを受けた学者の言葉)、番組では、クロスカルチャーという視点から 20万年前の DNA を持ち続けていると言われるアフリカの狩猟採集民バカの集落を訪ねる。バカはムブティ、エフェ、アカと並ぶ4大ピグミーのひとつで、主にカメルーン東南部の森に暮らしている(そのバカのンビンベ村に誘うのは、京都大学の矢内原佑史さん。彼の著書『カメルーンにおけるヒップホップ・カルチャーの民族誌』もとても良かった)。

 個人的にはこのバカ・ピグミーの現地取材が一番の見どころだった。深い森の光景、生き生きとしたバカの人々、川の水を叩いて豊かで豪快なリズムを生み出すウォータードラム。そうした全ての映像にワクワクしっぱなしになった。

 そうした中でも、バカのコーラスをマルチトラック録音しての分析はとても興味深い。その結果分かったことは、一人一人が異なるフレーズを歌い、また異なるリズムで多拍子を打っているということ。彼らのコーラスをこれほどまでにしっかり録音し解析までなされたことは、これまでになかったのではないだろうか。

(*)録音・撮影は、7人の女性一人一人に小型カメラ(GoPro?)とマイクを向け、Sound Device の 8ch デジタルレコーダー 788T 2台をスレーブさせて(Time Code Link させて)録音する本格的なセッティングだった。ただし、西洋の音階とは異なる音高で歌っているはずのピグミーのコーラスを楽譜に落とし込み、それを基に完全4度の音階差でコーラスするところが多いとする指摘には、幾分疑問を感じた(実際その通り、あるいは近似値として当たっているのだろうけれど)。

 そしていよいよ「なぜ歌うのか」という主題に挑んでいくのだが、その答えは「集団の絆」を感じるからというものだった。「なぜ歌うのか」という問いに対する答えは、簡単に言ってしまうと、まず気持ち良いから/快感を感じるからなのだと思うのだが、そのことを番組中のマルチトラック録音が実証していたのではないだろうか。そしてそのことがあった上で(ドーパミンを生み出した先に)「集団の絆」という感覚が生まれるのだろう。映像を観た学者が「(彼らの歌は)いろいろな機能をはたしている」と指摘する通り、「集団の絆」は一つの可能性であり、「なぜ歌うのか」という問いへの答えを一言に集約することは難しいのではないだろうか。

 スティーヴン・ミズン『歌うネアンデルタール 音楽と言語から見るヒトの進化』(ミズンの学説は『音楽の人類史』でも引用されている)、ジョーゼフ・ジョルダーニア『人間はなぜ歌うのか?』、ウィリアム・ベンゾン『音楽する脳』、ダニエル・J・レヴィティン『音楽好きな脳 人はなぜ音楽に夢中になるのか』『「歌」を語る 神経科学から見た音楽・脳・思考・文化』などを読んでも、音楽が生まれた仕組みについてスッキリ理解することはできなかった。それはやはり「化石」が残されていないために、正確な答えに辿り着けないからなのだろう。それだけに、『音楽の人類史』のような研究を読み、『ヒトはなぜ歌うのか』のような番組を観て、それらでの結論を一つの可能性として受け止めながら、より想像力をたくましくさせることに意味と楽しみがあるように思う。

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(覚え書き)
1.ピグミーたちは 20万年前の DNA を保ち続けているのかもしれないが、勿論それだけの長年間、彼らの音楽が変化しなかったということではない。例えば番組 31分台の「リカノ」などはチャーチ・コーラス風に聞こえたので、近年キリストの布教から影響を受けたものではないかと思った。
2.ピグミーのフィールド録音を行ったシムハ・アロム Simha Arom(1930年ドイツ生まれ)の著作を探してみると、番組中でも映っていた "African Polyphony and Polyrhythm: Musical Structure and Methodology" などがあったが、どれも高い!




 それにしても、ピグミーの音楽とブッシュマン(サン)の音楽は本当によく似ている。今回、番組を観て改めてそう思った。両者の音楽の共通点は、番組でも取り上げられたポリフォニー・コーラスで顕著だ。まず、それらは女性だけで行われるパフォーマンスである。コーラスがヨーデル風の歌である。そして、コーラスも手拍子も各人それぞれ異なっている。

 ピグミーもブッシュマンも共にアフリカの狩猟採集民ではあるが、遠い昔から全く異なる環境の中で、別々の暮らしをしてきた。そのような両者が、これほど高度でありかつ類似した音楽を持っているのはなぜなのだろう? その理由を紐解いた研究を読んだことがないだけに、ますます興味が膨らむ。

 以前、同じくカメルーンのバカ・ピグミーを研究されている分藤大翼さんの講演を聞いた時、「歌が若者に受け継がれておらず、消えつつあるものも多い」と語っていた。その一方で、今回の番組では母親が娘に歌を伝えるという微笑ましいシーンが挟まれていた。カメルーンの森は開発が進んで森が小さくなり、そこに暮らすピグミーたちの心も変化も激しいと聞く。そのような時代による変化は避け難いのだろう。それでも、このようにピグミーの歌や音楽がまだまだ受け継がれているのなら、もっともっと知りたいものだ。







# by desertjazz | 2024-05-13 19:00 | 本 - Readings

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 ホスィン・スラウイ Houcine Slaoui のSPがまた1枚届いたので、ひとまず盤起こし。

 ホスィン・スラウイの私家版CDをリリースしたのは、彼の70回目の命日に当たる 2021年4月16日だったので、それから3年が経った。


 このCD、当初は友人・知人たちに配るだけだったのだが、ミュージック・マガジン社の知人にもお送りしたら、『ミュージック・マガジン』と『レコード・コレクターズ』の誌上でレビューしていただくことに。しかも結構大枠で取り上げていただき、MM誌では10点満点。さらに RC誌では深沢美樹さんがワールドミュージックの年間ベストの1枚に選んで下さって、驚いてしまった。

 その後も様々な方々から好評を頂戴すると同時に、「リマスターの音がいい」という感想も多くいただいた。「SPとは思えない音」でリリースできたのは、リマスタリングの結果というより、コンディションの良い盤を入手できたことが大きかったと思う。

 これまでネットで探し回って手に入れたのは、モロッコ、フランス、イスラエル、ポーランド、オーストラリアの売り手から出品されたもの。それらの多くは非常に綺麗な盤だった。これらはフランスでプレスされた後、様々な経緯で遠い国に渡ったものの、おそらく名も知らないミュージシャンのレコードだったので、ほとんど(あるいは全く)聴かずに忘れられていたのではないだろうか。 

 そのため、CD化する際には、リマスタリングも iXotope でノイズリダクション(プチプチノイズとかすかなハムの除去)し、数トラックに若干フィルターをかけただけで、イコライザーも曲中でのレベル補正もしていない。もちろんコンプなんか使っていない(盤面をクリーニングしてから盤起こしをやり直そうと考えていたのに、面倒なので仮に作ったファイルでそのまま作業をしてしまったことを思い出した。音質的にはそれで十分だったのかもしれない)。





 さて今回モロッコから届いた盤は、一番SPで聴きたかった曲を収録しているものなのだが、かなり傷が多く、大きなヒビも入っている。そのためA面はノイズと針飛びがひどい。それでもどうにか再生できたし、ヒビ割れはより重要なB面へはあまり悪影響していなかったので、少しばかりほっとした。まあ、できるだけのマスタリングはしてみよう。

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 ホスィン・スラウイのリイシューに関しては、「2枚目を出しましょう」「ヴァイナルは出さないの?」などと声をかけていただいている。自分自身も次を考えたくて、SPを見つければ大枚叩いて買い続けている。そのおかげで、新たな録音を発見したり、先のCDに収録したのより状態の良いものを手に入れたりできた。しかし、CDをもう1枚作るには、まだ曲が足りない。ならば新たなトラックは YouTube などにアップしようかと思案したりしている(アメリカとフランスの研究者のおかげで、大半の録音に関して、その録音日とスタジオが特定できたので、そうした情報も公開したいのだが)。

 実はホスィン・スラウイの他にも、いくつかの作品制作に取り組み続けているものの、私は根っからの不精者である上に、締切がないのでなかなかやる気が起こらない。そのためいずれの制作も途中で止まってしまっている。人間、不思議なもので、「締切」がないと本当にやる気が生まれない。ついつい面倒になってしまって、義務でもないので無理して作らなくてもいいんだよな、と弱気にもなってしまう。それでも、貴重な録音は世に残しておきたいという気持ちは持ち続けているのだけれど。




 それにしても、今回のSPが手元に届くまでにはひと苦労した。

 Discogs で見つけて即入金したものの、2ヶ月待っても届かない。これはおかしいと思って調べてみたら、まだ発送されていなかった。それで売り手に幾度か問い合わせしたが、それでも返答はなし。仕方なく最後の手段として先方のアカウントを停止したら(下図の通り、Discogs では4日以内に返事をしないと、買い手が売り手のアカウントを停止することができる)、やっと返事が来た。

「送料20ユーロのはずが、40ユーロで、、、」とか意味不明なことを書いてきたから、送料が高いことで嫌になって放置したのだろうか。送られてきた Tracking Number も無効だったので、これはもう諦めるしかないか・・・と思っていたところだった。それが昨日やっと厳重丁寧に梱包された箱が届いたのだった。入金から3ヶ月近く。さすがに疲れた。。。

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 そんなことより、スラウィのSPがほとんど見つからないことが一番悩ましい。ネットには滅多に出品されず、1年に1枚入手できればいい方だ。もしかしたら、もうこれ以上、世の中に出てくることはないのかもしれない。それでも彼の全録音を聴きたいと願い続けているので、これからもまめに探し続けることにしよう。







# by desertjazz | 2024-05-06 18:00 | 音 - Africa

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 マイケル・ヴィール Michael E. Veal の新著 "Living Space - John Coltrane, Miles Davis, and Free Jazz, from Analog to Digital" (Wesleyan, 2024) が先ほど届いた。刊行が早まったらしく、当初の予定より前倒しで手にできて嬉しい。

 マイケルはイェール大学 Yale University の音楽教授。彼の著作は"Fela: The Life And Times Of An African Musical Icon" (2000)、"Dub: Soundscapes and Shattered Songs in Jamaican Reggae (Music / Culture) (2007)、"Tony Allen: An Autobiography of the Master Drummer of Afrobeat" (2013、Tony Allen との共著) に次ぐ4冊目。これらのうち "Dub" は日本版『ダブ論』も出版され、さらに昨年「改訳決定版」も出た。評判が良かったのだろう。



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 早速その新著のページをめくっているところなのだが、タイトル通り、中心に取り上げられているのはジョン・コルトレーンのよう。長いコルトレーンの章の中の 111ページには、なんとこんな私家版アルバム2枚の写真も掲載されている(こうしたレコードも勿論?昔から持っているが、最近は全然聴いていない)。一体どんなことが書かれているのだろう。 フェラ・クティに関する詳細な研究書 "Fela" などは英語の不得手な自分にとってはかなり難解だったのだけれど、頑張って読んでみることにしよう。

"John Coltrane" (Ozone 21、Rec. 1963)
"John Coltrane" (J For Jazz JFJ800, Rec. 1965)

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 ご存じの通りマイケルはミュージシャンとしても活動しており、自身のアフロビート・ジャズ・バンド Aqua Ife を率いてニューヨークなどで時々ライブも行っている(いつか生で聴きたい!)。

 アルバムはこれまで4作制作しており、いずれも私の愛聴盤。中でも最初の1枚 "Afro-Kirlian Eclipse" は、コルトレーンのカバー "Sun Ship" もウエイン・ショーターのカバー "Super Nova" も素晴らしくて、史上最高のアフロビート・ジャズだと思っているのだけに、正式リリースされなかったことが残念で仕方ない(この CD-R はマイケル・ヴィール本人から頂いたもの。しかしどういった経緯だったのか全く思い出せない)。

Micheal Veal & Aqua Ife "Afro-Kirlian Eclipse"
Micheal Veal & Aqua Ife "Vol. 1" (2010)
Micheal Veal's Armillary Sphere "Anyscape" (2013)
Micheal Veal & Aqua Ife "Volume 2" (2017)

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# by desertjazz | 2024-05-04 19:00 | 本 - Readings

読書メモ:加藤文元『数学の世界史』_d0010432_19451523.jpg


 加藤文元『数学の世界史』を読了(この著者は『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』を読んで知ったのだが、この本も刺激的だった)。大部分が以前から知っていることあり、また同じ内容の繰り返しも多いので、割とさらっと読めた(それでも、最終盤の第15章で取り上げられる集合論〜多様体〜圏論にかけては全く知識を持っていないため理解を超えていたが)。

 四大文明の中で萌芽したそれぞれの数学が、時代が進むに従ってどのような花を開かせていったかを、具体的な設問を例示しながら丁寧に解説していく。数学がいかに歴史そのものとリンクしていて、さらには地域性を持って進化したかが分かりやすく描かれており、そうした過程が実に興味深い。ただ、古代ギリシャの論証数学が「運動」を否定していた(物が動くことを認めない)という意味はよく分からなかった(それがその後の長年間、ギリシャなどで数学の進化を妨げる一方で、別の形での前進をもたらすことにもなったようなのだが)。

 それにしても、一体どの様にしてこのような解法を思いついたのかと嘆息することの連続。しかしそれらも突発的な思いつきではなかったのだろう。個人的には若い頃にニュートンの微分積分の発明(この本では「発見」となっている)を知った時に知的に興奮したものだが、それにも古くからの伏線があり段階を踏んで生まれたことだと認識した。

 簡潔に書くと、「数字の数学」と「図形の数学」の間での揺れ動きが繰り返され、両者が背中合わせの概念であることから、2つが一体化することで近代の数学が完成し、さらに実体イメージの湧かない抽象的空間概念とでもいうべき論理に突き進んでいく。そんな長いストーリーを振り返ってワクワクさせられた。

 読み通して思うことは、社会や国の発展には数学(に限らず学術全般)の進化が不可欠であったということ。古来より為政者が計算術や測量などに必要な学術を振興した国ほど強くなっていったのは当然だろう。その点、今の日本は国として教育に力を入れていない(教育の無償化をせず、奨学金制度も貧弱で、大学予算もどんんどん削減する)。これでは国力は衰えるばかりだし、実際それが今加速している。政府や大企業が目先の利益しか追わないという姿勢は、取り返しのできない自滅行為だと思う。

 さて次は、ボケ防止を目的に、山本義隆『磁力と重力の発見』に戻って続きを読もうか。それとも最近復刻して話題の(超難解な)ヨハン・ルードヴィッヒ・ノイマン『量子力学の数学的基礎 新装版』に挑戦しようか。学生時代に量子力学を学んでいたので、今読んでどれだけ理解できるかにも興味がある。






# by desertjazz | 2024-04-24 19:00 | 本 - Readings

読書メモ:安岡宏和『アンチ・ドムス 熱帯雨林のマルチスピーシーズ歴史生態学』_d0010432_16483521.jpg



 安岡宏和『アンチ・ドムス 熱帯雨林のマルチスピーシーズ歴史生態学』(京都大学学術出版会、2024)読了。これは同じ著者による『バカ・ピグミーの生態人類学 アフリカ熱帯雨林の狩猟採集生活の再検討』(京都大学アフリカ地域研究資料センター、2011)の増補改訂版ということで、今年2月の出版を心待ちにしていた。

 必要を感じて、このところ手元にあるブッシュマンに関する文献を全て読み直しているのだが、視点を変えて改めて読むと重大な見落としにも相次いで気がついてなかなか興味深い。それでも、ブッシュマンについてばかり読んでいても飽きてきたので、気分転換に『アンチ・ドムス』を読み始めた。しかし研究成果と緻密な思考結果について詳細に綴られ、また脚注もポイントの小さな文字でびっしり書かれているので(全460ページ)、さすがに疲れて読むペースが上がらず、読み終えるのに結構時間がかかってしまった。


 安岡は序章で(1)狩猟採集民はずっと狩猟採集民だったのか、(2)そもそも狩猟採集民とはどのような人々なのか、という2つの設問を提示する。これはいわゆる「ワイルドヤム・クエッション」を受けてのことなのだろう。その上で、自身や同僚たちによるカメルーンの森とそこに暮らすバカ・ピグミーに関するフィールドワークをもとに、ドムス(ドメスティケーションからの造語)、ドムス化、基軸ドムス化、共生成、双主体モデル、マルチスピーシーズ歴史生態学、等の概念を提唱しながら、設問への回答を導き出していく。

 狩猟採集民に関する研究が始まった頃には、彼らは純然たる野生の自然の中で、それら(のみ)を利用して生きてきた人々と捉えられてきた。
 しかし、狩猟採集民の暮らす熱帯には手付かずの大自然など存在し得ず、人々と自然(動植物)との相互作用の結果、森もそこに生きる生物たちも影響を受けてきた(里山がそうであるように、熱帯の森も人間の手が加わることによって荒廃を避け豊かになりうる一面もあることは、近年しばしば指摘されることだ)。
 また、狩猟採集民にしても、ある程度の農耕を行う者もおり、その度合いは絶えず変化してきた。つまり、狩猟採集に頼る割合は変化し続けたはずだろうから、古代からずっと狩猟採集のみに頼っているように見える民族でも、農耕生活から狩猟採集生活に戻った可能性もあるということだ。

 安岡はこうした諸々について論理展開していくのだが、言われてみれば当たり前と感じることばかり。私は研究者ではないので、簡単なことを小難しく語られているようにも感じてしまう。厳密に論理展開するとこうなるのか(完全には理解できていない)、著者の主張は結構批判も受けそうに思える一方で、自分の中で腑に落ちる部分が多いのだから、彼のロジックは正しく、私もそれについて概ね納得しているということか、などと考えるに止まった。いや、最初のフィールド調査から森のキャンプに帯同する幸運に恵まれ、GPSや特殊な撮影機材などを駆使した規模の大きな調査に関心し、その後の精緻な論理展開に苦しみながらも頷きつつ進み、大いに刺激を受け楽しませていただいた。

(序盤に設問設定する段階や最終盤で、ジェームズ・C・スコット『反穀物の人類史 国家誕生のディープヒストリー』が参照され、過去の読書がこのように結びつくのかという面白さもあった。)

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 ピグミーとブッシュマン、同じく狩猟採集民と呼ばれながらも、一方は「森の民」、もう一方は「砂漠の民」。それなのに共通点の多いことは実に興味深い。狩猟採集生活が時代や地域によって揺れ動いてきたことも共通している(そもそも「ワイルドヤム・クエッション」は、ブッシュマンに関する「カラハリ・ディベート」のピグミー版といえるものだったし。ピグミーには、主要なムブティ、エフェ、アカ、バカを含めて18の民族、ブッシュマンも大別して3語族、細かく分けるとやはり10を超える民族がいて、それぞれが、また極論すれば個人レベルで異なる生活をしているのだが、ピグミーもブッシュマンも一括りにして語ることに限界がある点にも留意すべきだろう)。

 特に興味深いことは近年の動向である。例えばボツワナのブッシュマンは 1997年以降、動物保護区の外での定住が強いられているのだが、カメルーンのバカも自然保護の名のもとで森での狩猟が制限されて(実質的にできなくなって)きているという。そこでボツワナでもカメルーンでも、自然保護派と人権擁護派の対立が深まり、着地点を見出せなくなっている。
 『アクション別フィールドワーク入門』(世界思想社、2008)を読むと、ブッシュマン研究の丸山淳子とバカ・ピグミー研究の服部志帆の2人が、どちらも両陣営の間で板挟みになっている様子が吐露されている。

 現代、森や砂漠で暮らしてきた人々にとっての問題が解決しにくくなるのにともなって、彼らを研究対象とする学者たちにとっての問題も大きくなり続けている。ボツワナでもカメルーンでも(さらにはコンゴでも)狩猟採集民をフィールド研究するには限界があるのだろう。一時期そう考えるようになり、物によっては調査が制約されたらしく読んでいて苦しくなる研究書もあった。ところがそうとも言えないようだ。

 例えば丸山淳子の『変化を生きぬくブッシュマン 開発政策と先住民運動のはざまで』(世界思想社、2011)は、野生生物が息づく砂漠を追いやられ 1000人を超える大集落で生活するブッシュマンに関する研究であり、なんとも地道なテーマかと思いながら読んだのだが。それがブッシュマンたちが新たな形の狩猟採集を生み出していく姿が生き生きと描かれていて、実に痛快な読み物だった。この著者の大逆転劇にワクワクしながら読み終えた(その後も丸山の文章を探して読んでいるが、どれもが面白い)。

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 今回読んだ安岡にしても、狩猟採集民研究に対する制約が多くなる中で、新たな研究手法を提示した点でも秀でた論考なのではないだろうか。


 カメルーンに関する研究書の中では、矢内原佑史『カメルーンにおけるヒップホップ・カルチャーの民族誌』も興味深いものだった。バカ・ピグミーに関しては『森棲みの生態誌 アフリカ熱帯林の人・自然・歴史』(京都大学学術出版会、2010)という大著2冊もある。カメルーンのピグミーについてもっと掘りだげてみたくなったので、服部志帆『森と人の共存への挑戦 カメルーンの熱帯雨林保護と狩猟採集民の生活・文化の両立に関する研究』(京都大学アフリカ地域研究資料センター、2012)も取り寄せた。次はこれを読もう。
(服部の名前は、ボニー・ヒューレット『アフリカの森の女たち 文化・進化・発達の人類学』(春風社、2020)の翻訳と挟まるコラムで知ったのだが、この本は構成が散漫でやや残念な1冊だった)。

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# by desertjazz | 2024-04-20 17:00 | 本 - Readings

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