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アフリカの記憶 083

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 Senegal / Dakar - Mali / Bamako 1999

 5/12 (Wed) DHL から戻り、11:40 にホテルをチェックアウト。時間潰しする間に、ユッスー・ンドゥールに関する本を見つけたので3冊購入。今回は過度な期待などせずに、初めての西アフリカをのんびり過ごすつもりで来たのだが、ユッスーとフェミのライブを観て、レコードを大量に集められただけでも大収穫。しかし、美味しいものはあまり食べられなかったし、ゆっくり散策する時間もなくなってしまった。詐欺に遭ったせいで、自分をコントロールし切れなくなったことも反省点。

 それにしても、セネガル6泊は短すぎた。こんなことならセネガルだけにしておけば良かったのか? けれども、簡単には来られない西アフリカ、マリを少しでも歩いてみたいし、できれば Rail Band のライブを観てもみたい。(そしていつか、ジェンネやドゴンの村へも!)


 夕方、Air Afrique RK 730 便でマリのバマコへ。このフライトはバマコの後も、アビジャン経由でジョハネスバーグまで結ばれていて、このままずっと先まで乗っていたい気になる(ジョハネスバーグが懐かしい)。当初はダカールーバマコ間を鉄道で移動しようかと考えていた。しかし、暑くて不快という噂だったし、何より日程が短かったので諦めることにした。18:58 にダカールを離陸、20:23 バマコ着。やっぱり飛行機の方が早いし楽だ。

 思いっ切り態度の悪い(アフリカらしい)イミグレを抜けて、タクシーで市街へ。真っ暗闇の中、道路の両側に並ぶ立木の白いペイントが印象的だ。これはガードレールがわりになっていて、同じものを中国各地でも目にしたことを思い出す。そして、市街区の手前でニジェール川を越える。

 21:30 予約を入れておいたホテル Grand Hotel にチェックイン。24:00 に就寝。


 バマコには4泊したが、完全に空振りだった。日誌には何も綴られていないし、手帳のメモを読み返しても、意味不明な記述ばかりだ。

 バマコで最も記憶に残っているのは、土埃とドブの匂い。駅前の中心エリアでさえ土肌がむき出しになっており、風が吹くと土埃が舞い上がる。通りを走るドブの掘は、数十年昔の日本の風景を見ているかのよう。加えて、停電はするし、断水はするし。ここは首都というより、ただの田舎だ(だが、それが悪いとも言い切れない)。

 Grand Hotel のそばにあるその鉄道駅も閑散としている(写真)。さらに南に進むと、バマコ唯一の高層建築にしてかつて最高級ホテルだった建物がそびえているのだが、燻んだ壁色のせいもあってか、それもまるで廃墟かと思ってしまう有様。西へと連なる土産物屋も寂しげだ。もっと西の高級ホテルのエリアに行けば、少しは様相が違っていたのかもしれないのだけれど。とにかく、茶色い土色の世界、それがバマコでの「記憶」だ。






# by desertjazz | 2020-08-04 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 082



 Senegal / Dakar 1999

 5/11 (Tue) 旅はまだ続く。なので、この大量のレコードをどうすればいいのか。ホテルのフロントに相談すると、専門の運送会社を紹介されるだけで、これではどうしようもない。ホテルの近くに DHL を見つけたので、歩いてすぐの近距離ながらタクシーにレコードを乗せて行ってみる。相談して勧められたのは JUMBO BOX。定額 CFA 227000(約5万円)で 25kg まで送れるとのこと。大量の荷物を抱えて旅を続けることなど無理ので、痛い出費だが、ここから発送することを即決。

 ところが、かなり身軽になってひと安心・・・とはならなかった。

 今日も次々、中古レコードの山々と出会うことに。メモによると、一人目から LP 16枚、7インチ 3枚、二人目から LP 77枚、7インチ 28枚、3人目からは LP 12枚、7インチ 34枚買っている。結局ホテルに戻ってからも、また深夜までレコードの整理とパッキング作業。


5/12 (Wed) 再び DHL へ。30kg 以上あったが、安くなるよう 28kg と見積もってくれた。代金は CFA 277000。受付の女性はとても感じがよく、電卓付きのファイルやボールペンなどの DHL アイテムのプレゼントも。

 セネガル滞在の最後は、日が沈むまで蚊に刺されながら(マラリアを心配しつつ)、埃まみれになってレコードをめくり続けた。それがダカールで最も鮮烈な記憶かも知れない。足を運ぶ度に見たことのないレコードがどっさり。とにかくレコードが大量にありすぎて、とてもじゃないが目を通し切れないのだ。土地的にカーボ・ヴェルデのレコードもたくさんあったが、時間がなくて全てパス。

 思いがけず「宝庫」を発掘したダカールの旅。セネガルでレコードを漁るには、おそらくギリギリ最後のタイミングだったのではないだろうか。3日間で約400枚、トータル 70kgくらい集めたが、持ち金が足りなくて(銀行で両替するのには時間がかかるし、CD機で1日に引き出せる上限額も低すぎ)、見送ったレコードも多数。

 短いダカール滞在だったが、多くの協力者や売り手たちに助けられた。特に出会えて幸運だったのは、Ibou Ba、Alain Sow、Mor Sylla、Serigne M'baye Dieng の各氏。時間ないのに、彼らにもインタビューして面白い話を引き出しているだった(日誌を読み返すとすっかり忘れてしまっていることばかりで、とても興味深い内容も含まれていている)。






# by desertjazz | 2020-08-03 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 081

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 Senegal / Dakar 1999

 5/10 (Mon) ユッスー・ンドゥールたちによる強烈・圧巻・至極なライブをクラブ・チョサンで観て、その高揚感と満足感に浸りながらホテルに戻り、朝5時に就寝。しかし8時は目が覚めてしまう(昔も今も、旅行中は毎晩3時間くらいしか寝ない/眠れない)。

 1泊でもいいからサン=ルイに滞在したいと思っていたのだが、それどころではなく、セネガル終盤の2日間は怒涛の展開となった。ゴレ島でゆったり過ごした中1日おいて、レコード探しを再開。そしてついに、素晴らしいコレクター氏と出会うことができた。

 一昨日訪ねた路上の売り手に再び会いに行く。どうせ同じレコードばかりだろうと舐めていたら、ブツが入れ替わっている。しかも彼の自宅に行こうという話にまでなる。疑心悪鬼でついて行ったら、ビックリ !!! 一体何千枚あるんだ!

 セネガル、ガンビア、ギニアについては、基本アイテムの大半が揃っている。ナイジェリア、コンゴ、ケニアなども珍しいレコードがたっぷり。「一番好きなラテンは売らない」と言うので、敬意を表して一切見なかった(Baobab や OK Jazz の何枚かも絶対売らないと言う)。ラテンの山とは別の場所にあった Sexteto Habanero のダカール盤や Arsenio Rodriguez の Bang 盤などは、ただみたいな値段で譲ってくれたのだが。結局、彼からは、アフリカとアラブを中心に LP 100枚、10インチ 10枚、7インチ 80枚買わせていただいた。






# by desertjazz | 2020-08-02 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 080

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 Senegal / Dakar 1999

「セネガルを旅する」そう人に話すと、「アフリカに行っても、もうレコードは見つからないよ」と誰もが言う。ところが、実際行ってみたら、、、。


 5/7 (Fri) 早速、サンダガ市場 Marche Sandaga の界隈でカセットを探してみると、すぐに見つかった。Baaba Maal、Lemzo Diamono、Alioune Mbaye Nder、Kine Lam、Aby Ndour、Coumba Gawlo、Fatou Guewel Kara などの見たことのなかった作品など、まずは 13本購入。1本 CFA 2500 の言い値を 1500まで値切る。


 5/8 (Sat) 再びカセット探し。30本買って、ようやく1本 CFA 1000 まで下がる。ダメ元で「古いレコードが欲しい」と、尋ね歩いてみた。しかし、そもそも「レコード」の意味が通じない。「こんな丸いやつだ」と両手の指で輪を作って見せても、差し出されるのは CD ばかり。'Record' と言っても 'Vinyl' でもダメ。'Disque' と繰り返してやっと通じた。

 やはりレコードはないのかと思いながらも粘っていたら、ある店の奥の棚に LPレコードを発見。オーケストラ・バオバブの初めて見るレコードだ。それもかなりの美品(これは今だに売られているのを見たことがない、 結構レアな貴重盤)。こうなると後の展開は早い。男たちが次々とどこからかレコードを探してきて「買ってくれ」と言って寄ってくる。しかし、残念ながらつまらない欧米ポップばかり。

 またしばらくあちこちの路地を歩き回ると、道端でレコードを売っている男がいた。見せてもらうと、アフリカ音楽もちらほら混じっている。欲しい盤は少ないし、コンディションも良くない。だが、とにかく探せばアフリカ盤が出てきそうな雰囲気は漂ってきた。

 そうこうするうちに、今度はカセット売りの自宅に連れられる。なるほど、こういった場所のストックを発掘できれば収穫がありそうだ。

 時間がなくてじっくり交渉できず、値段が下がらないので、特に欲しいものだけ選ぶ。この日はカセット 30本の他に、出会った5人の売り手から LP 25枚、CD 1枚を購入。今夜のフェミ・クティのライブを優先させるため、本日のレコード探しはほどほどで切り上げた。






# by desertjazz | 2020-08-01 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 079

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 Senegal / Dakar - Île de Gorée 1999

 突然カメラが故障した。
 フィルムが取り出せない。
 湿気のせいだろうか?
 EOS は肝心な時に動かなくなる。






# by desertjazz | 2020-07-31 00:00 | 旅 - Abroad

R.I.P. Balla Sidibé

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 昨夜に Facebook と Twitter で先にお伝えした通り、セネガルのオーケストラ・バオバブの創設メンバーにしてリード・ヴォーカリスト/パーカッション・プレイヤーの一人である、バラ・シディベが世を去られた。昨日29日の朝4時に、ダカールの Thiaroye(半島の一番くびれた辺り、Pikine より少し東側)で亡くなられたそう。第一報が届いて以降、続報が入って来ないので、詳しいことは不明。前日終日リハーサルを行なった後、急な病気に他界したという情報もある。

 今日は 2003年にフランス西部のアングレームでオーケストラ・バオバブを取材&インタビューした時の写真のネガをスキャン。この写真はその中の1枚だ。バラの微笑みがとてもいい。

 常時5人ほどのヴォーカリストを擁したバオバブ、そうした面々の中でもバラの逞しく野太い声が大好きだった。あの歌声をもう聴けないなんて、悲しすぎる。

 1970年に結成されたオーケストラ・バオバブは、今年が50周年のアニヴァーサリー・イヤー。しかし、かつての中心メンバーが相次いで他界したり脱退したり。リード・ギターのバルテレミ・アティッソは祖国トーゴに帰り、昨年バンドの顔でもあったサックスのイッサ・シソッコも亡くなってしまった。新しいメンバーを加えてバンドは存続しているものの、かつてのバオバブらしいサウンドはもう感じられない。ひとつの時代が過ぎ去ったことを感じる。

 素晴らしい音楽を届けてくれたバラさんに感謝。インタビューで 1970年代のバオバブについて色々訊けたのも最高の思い出です。ありがとうございました。そして、どうぞ安らかに。


##


 昔、アフリカでフィルム撮影した写真を(ネガからスキャンし修正・補正して)毎晩0時に1枚公開している「アフリカの記憶」はいよいよセネガル編へ。オーケストラ・バオバブについてもあれこれ書く予定でいます。





# by desertjazz | 2020-07-30 23:00 | 音 - Africa

アフリカの記憶 078



 Senegal / Dakar - Île de Gorée 1999

 現在は博物館の「奴隷の家」を探訪。
 歴史の説明を受け、暗がりに進む。
 そこから「扉」の先の海を望む。
 大西洋からの照り返しが眩しい。

 快晴で穏やかな日曜日。
 今夜は夢に見たユッスーのライブ。
 体調を整えるべく、ゆっくり過ごす。
 そのひと時は嵐の前の静けさだった?






# by desertjazz | 2020-07-30 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 077

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 Senegal / Dakar - Île de Gorée 1999

 5月9日、ダカール4日目。
 セネガルで訪れたかったのは、
 チョサン、サン=ルイ、サンダガ市場、
 そして、ダカール沖に浮かぶゴレ島。

 午前は市内のミュージアムを見学。
 それから連絡船に乗ってゴレ島へ。
 ダカールの港からもすぐ間近。
 そこは長閑な南国の島だった。






# by desertjazz | 2020-07-29 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 076



 Senegal / Dakar 1999

 フェミ・クティのアフロ・ビートをたっぷり堪能。
 許可を得たので、大胆かつ自由に動き回って撮影。
 気がつけば 100カット以上撮っていた。
 もっと良いカメラとレンズを持っていればなぁ

 偶然にもこの日は "Shoki Shoki" 日本盤の発売日。
 そのことに何か宿命めいたものを感じた。
 このライブを観たことが刺激となり、
 帰国後、アフリカ音楽の HP を開設したのだった。






# by desertjazz | 2020-07-28 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 075



 Senegal / Dakar 1999

 5/8 (Sat) マルシェ・サンダガ Marche Sandaga まで出かけて、その周辺でレコード探し(その顛末については後日)。16時、Le Centre Culturel Francais de Dakar へ。フェミ・クティのチケットは簡単に買えた(CFA 6000 = 約1200円)。そのまま会場内に入り、ステージを設営中の若者たちと語らう。PA スタッフもライトマンたちも、皆とても親切(帰国後、一人に礼状を送ると、すぐに丁寧な返信が届いたのにはびっくり)。

 折角なのでフェミのステージ写真を撮影できないかと思いつき、舞台監督を探して相談。すると、「そこのホテルにいるから、直接頼め」と言われる。それで言われた通り、Ganale Hotel の指定された部屋に行ってみたら、本当に目の前にフェミ本人が現れた。恐る恐る「日本から来たファンです。写真を撮らせてもらえますか?」と尋ねると、ぶっきらぼうに「いいよ」と一言。こんな簡単でいいの?? 日本では考えられないことだ。会場に戻り、最前列中央の席をリザーブし、開演を待つ。

 フェミは激しく動き回ってダイナミックなパフォーマンスを披露。フェラの2曲 "Lady"、"Shakara" も含む2時間をたっぷり楽しませてもらった。ステージ映えするハンサムなガイで、笑うとフェラにそっくり。その父譲りのアジテーションもあり、途中白人の一人とちょっとした口論になって、雰囲気が険悪になったりも。ステージは 23:30 に終了。

 週末なので(ユッスーのチョサン出演は通常、金曜日と土曜日の深夜)、念のためにチョサンに電話するも応答なし。やっぱりユッスーは今外遊中らしい。


 5/9 (Sun) 朝、ホテルのフロントの男が、「ほら」と新聞を差し出す。何かと思って覗き見たら、そこには今夜チョサンで行われるユッスー・ンドゥールのライブの広告が。何という幸運だろう! フロントマンにも「ユッスーが観たい」と一声かけておいて正解だった。

 23時にチョサンへ。入場料は CFA 2500(500円ほど)。すでにガードマンたちが立ち並んでおり、実に物々しい。一眼レフもすぐに没収される。写真を撮らせて欲しいと頼んでみたが、「取材は1週間前に申請してください」とだけ言われ、交渉の余地などまるでなし。フェミのライブとのこの違いは何なんだ(なので、この夜の写真はなし。今ならコンパクトなデジカメかスマートフォンで簡単に撮れるのだが)。クラブの内部は相当に広く、時代遅れの高級キャバレーのような佇まいだ。

 24時に前座が始まり、25時から Super Etoile de Dakar によるインスト、そして26時前にようやくユッスー御大が登場し、朝4時に終了。メモによると、1:56 〜 4:05 の2時間強のステージで、演奏したのは全部で11曲。ギター、キーボード、パーカション群の細かなビートが重なり合うインプロビゼーションは凄まじいの一言。この夜に浴びたサウンドは、自分が生涯に観たあらゆるライブの中でもベストのものだった。これを体験できただけでも、ダカールに来た価値があった。

 意外だと感じたのは、ユッスーとオーディエンスとのやりとりが一切なかったことだ。MC は全くなし。ライブを終えてしばらくの間、ステージの上でバンドメンバーたちと雑談していたが、彼に話かけるファンもいない。なので、自分もユッスーに声をかけることが憚られた。そして、ステージに横付けして待っていた車に乗ると、瞬く間に走り去って行った。その間、ほんの数分のことだった。






# by desertjazz | 2020-07-27 00:00 | 旅 - Abroad