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アフリカの記憶 093

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 Senegal / Dakar 2002

- 8 -

 2/21 (Thu) ダカール8日目。Fass、Pikine、Grand Dakar といった市場を巡る。Fass でお邪魔したのは Assane Guaye さんや Henri Louis Houmenou さんの店。今日も大収穫。ガイドたちも頑張ってくれたので、昼飯をご馳走し、さらにボーナスを渡すと嬉しそうな顔をしてくれた。(ガイドによっては、約束を守らなくて時間を無駄にされるし、嘘はつくし、ただ調子が良いだけで何もしない奴もいたのが)。

 昼はチェブゼン。ようやくありつけた本場の味を楽しむ。

 今夜はライブがなく、時間があったので Le Dragon で夕食(ワインを飲み過ぎ)。24:30 に就寝。






# by desertjazz | 2020-08-14 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 092

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 Senegal / Dakar 2002

- 7 -

 2/20 (Wed) ダカール7日目。中央郵便局で手紙を送った帰り道、その2ブロック先に STUDIO 2000 を見つけた。かなり立派な建物で、電源車など4台が横付けされている。中では何をやっているのだろうかと、ちょっと気になった。

 ダカールですることもそろそろ打ち止めかも知れない、そう思いながら散歩へ出た。ところが、カセット売りに冷やかし半分でブツを見せてもらうと、欲しい K7 がたっぷりで、結局 27本購入。それから再び Alan Sow 氏のところへ連れられる。「今度も同じものばかりだろう、もういいよ」と心の中で呟いていたら、Starband などが新たにゾロゾロ出て来て目を疑う。ラテン 15枚も含めて 33枚お買い上げ。だけど、彼の売値は高い。ガイド(通訳)に一体いくら払っているのだろうか。彼らがやりとりしているメモを一瞬目にして、キックバックの額がなんとなく掴めた(詳細は書かない)。

 その後は、西海岸を北へ上りファス Fass へ、さらにはタクシーで1時間走った先のピキン Pikine(Yoff よりもずっと先、半島が最もくびれた辺り)に案内され、マルシェのオヤジたちと商談をいくつか。欲しいレコードは少なかったが、それとは別に大きな収穫があった。

 ピキンからの帰り道、チョサンに灯りが点っているので、何かあるのかと尋ねると、今夜はヴィヴィアン Viviane のライブだという。22時にホテルに戻り、今日入手したユッスー・ンドゥールの初録音のコピーを聴きながら、レコードの整理を進め、それから再び出かける準備。

 24:00 チョサンに到着。入場料 CFA 2500。店の連中にはすっかり顔を覚えられている。25:35 にやっと前座が始まり、ヴィヴィアンが登場したのは 26:10。バンドが演奏するンバラは最高。だが彼女の声は、当時はまだかなりスカスカで肉感の足りないものだった。それでも人気は絶大。物足りなく感じたので、ライブの途中だったが、27:40 にタクシーを捉まえてホテルに帰り、28:00 ベッドに落ちる。


(写真は、多分ピキンにある店先でのショット。)





# by desertjazz | 2020-08-13 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 091

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 Senegal / Dakar 2002

- 6 -

 2/19 (Tue) ダカール6日目。当初の予定では、昨日か今日からサン=ルイに行くつもりでいたのだが、旅の前半があまりにも濃密すぎて、それどころではなく、すっかり予定が狂ってしまった。これから短期間(最大でも2泊?)出かけて行っても、疲れるだけで終わりそう。CD や K7 の買い足しやレコードの発送作業もある。何より少しゆっくり過ごしたい気分だ。

 そんなわけで、今日もダカールに留まっている。まずは問屋で K7 61本、サンダガで CD 63枚をまとめ買い。それから DHL へ。今回も持ち切れないレコードを JUMBO BOX で日本まで送ることにした。しかし前回とは勝手が違って、いくら交渉してもサービスが全然ない。箱にぴったり 25kgしか入れられず。料金は3年前と変わらず、CFA 227000。

 夕方、ダニエル・ソラノ劇場の広告を見ると Ballets of Senegal が、24日の21時から公演を行うとのこと。その深夜には Alioune Kasse や Abass Abass らが集うパーティーもある。しかしその前にダカールを離れるので観られない。残念だが仕方ない。


(写真は潰れた飲み屋で撮った1枚。こうした場所にも案内されて、ひたすらレコードを漁った。)






# by desertjazz | 2020-08-12 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 090

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 Senegal / Dakar 2002

- 5 -

 2/18 (Mon) ダカール5日目。8時に目覚め、10時にようやくベッドから抜け出した。

 サンダガ方面に歩いて行くと、知った顔と次々出会う。99年にお世話になったオヤジ2人とも再会。そして、Starband、Baobab などの未入手盤をザクザク発掘。

 夕方、サンダガ市場の手前にあるレコード店(マーケットの小さな店とは違って立派な店構え)に飛び込んだら、巨大な倉庫に案内された。シリフォン盤のデッドストックやアラブ関連(全て美品)をまとめ買い。数千枚ある中、たった1枚だけシングル盤が落ちていたのだが、なんとそれは Baobab (唯一)のシングル。これが今日一番の収穫だった。

 今日は LP 39枚、7インチ 6枚を購入。そのために、ホテルとの間を幾度も往復することに。

 夜は Le Dragon で食事。極上のもてなしを受け、ようやく美味しい料理をゆっくりいただくことができたのだった。






# by desertjazz | 2020-08-11 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 089

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 Senegal / Dakar 2002

- 4 -

 2/17 (Sun) ダカール4日目。12:00 起床、シャワーを浴びた後、しばらくしてから再びベッドへ。結局 15:00 頃まで休む。ともかく今日は静養日だ。自室でレコードの仕分けなどをして過ごす。

 今回聞いた話によると、超絶熱烈なコレクター Cさん(NYC の精神科医)が、3年前に私がダカールに来た後にも2度ばかりやってきて、アフリカとラテンのレコードを買い漁ったそう(ある一人からは 250枚も買ったらしい)。前回お世話になった A氏は「アラブ盤は欧州のコレクターの何人かから譲って欲しいと言われている」と語っていた(何故か私には全部売ってくれたが)。欧米からこうしたコレクターやバイヤーたちが相次いでやってくるため、彼らの言い値がなかなか下がらないのだろう。そういえば、コンディションの悪いレコードを「日本ではもっとキレイなレコードがもっと安く手に入る」と言って適正価格に下げようとしたら(実際それでもまだ高い)「これはダメージあるくらい古いから(骨董品のように)価値があるんだ」と主張されて、思わず失笑してしまったこともあった。

 その A氏とも一昨日 15日に再会したのだが、前回は「絶対売らない」と言っていたレコードも黙って差し出して来た。他のレコードも「君は特別だ」と言って安くしてくれる。3年前に撮った彼の写真を日本から送ったり、前回は結構高く買ったりした効果だろうか?

 深夜 25時過ぎにチョサンへ。とうとうユッスー3連チャン。昨夜に比べると客はぐっと減った。明日(もう今日だ)は月曜日なので、仕事だという人が多いからだろうか。25:35 にスタート。インスト2曲、ウゼンのヴォーカルで3曲、それからユッスーが出て来て 10曲。Samadome、Dunya、Birima など。腕時計に目をやる仕草が印象的。2000年に NYC で観た Le Grand Bal と同様、ババカルの活躍が目立つ。その分、ユッスーは歌いっぱなしにならず助かっているようだ。実際初日には疲れが見受けられたし、妖艶な女性たちのポールダンス風の動きをステージ袖でニコニコ顔で見ていた時間も長かった。28:17 終演。

 それにしても、3年前に観たライブ・サウンドからの変わりようはどうしたものだろう。あの時は、大編成のバンド全員が細かなビートを自在に叩き紡ぎ出し、それが重層化して空間全体を息苦しいまでに埋め尽くす様が圧巻だった。約2時間、一瞬の無駄も緩みもなく進み、無心で音に集中させられた。それが今回は一転してリラックス・ムード。1999年ダカール、2000年ニューヨーク、2002年ダカールと続けてライブに足を運んだことは、もしかすると彼らのライブ・サウンドの重要な変遷を目撃した結果となったのかもしれない。

 3年前に比べると確かに物足りなさは否めないが、アフリカ最高のバンドが繰り出すサウンドにハッとする瞬間も多かった。なので、ダカールのチョサンで3晩続けてユッスーたちのライブを観ることができたというのは、何という幸せか! 何よりファン冥利に尽きる。


(写真はサンダガ界隈に並ぶカセット店。)






# by desertjazz | 2020-08-10 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 088

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 Senegal / Dakar 2002

- 3 -

 2/16 (Sat) ダカール3日目。明け方 4:40 にクラブ・チョサンからホテルに戻り、しばらく読書してから眠りについた。それから起きて日中は、銀行に行ったり、レコードを整理したり、この Nina より条件の良いホテルはないかと、次回の旅のためにリサーチして歩いたりした程度。夜、レコードがひと山届くものの、食指の動くものは少ない。

 深夜、チョサン2夜目。レパートリーなどは前夜とほぼ一緒だったが、今日の方が皆張り切っていた。笑いを誘う、あるいはユーモラスな遊び心あるパフォーマンスを見せたり、ゲストの参加があったり(昨夜はラップ・トリオ、今夜は Fatou)、さらには終盤女性たちによるセクシーなダンス大会になるなど、3年前の緊張感溢れるストイックなサウンドからは大きく後退した印象。いや、真剣にいい音楽を聞かせようというよりも、地元の人々に週末の楽しみを提供しているという感が強かった。実際今夜は身動きできないほどの超満員で、セネガリーズたちのユッスーへの支持は今も熱く厚い。28:25 終演。






# by desertjazz | 2020-08-09 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 087



 Senegal / Dakar 2002

- 2 -

 2/15 (Fri) 「自分はなんとついていることか! そう思わずにいられないダカール着からの24時間だった。」(日誌より)

 3年前にフェミ・クティのライブを観た Le Centre Culturel Francais de Dakar (CCF) にまず足を運ぶと、スタッフが私のことを憶えていてくれて、自分の家に遊びに来いと誘われる。来たばかりでスケジュールがまだはっきりしないこともあって、ひとまず遠慮したけれど。残念ながら CCF でのイベントはしばらくなく、2/9 にクンバ・ガウロのアニヴァーサリー・ライブが行われたことを知る。それならもう少し早く来るべきだったか?

 ユッスー・ンドゥールは 2/10 まで、マリ、ロンドン、パリで公演を行っていて、その後どうしているかは分からず。再結成したバオバブも、ユッスーのプロデュースで新作を制作中なので、ライブはそれが完成してからだろう。今回は来るタイミングが悪かったかもしれない。ラッキーなことは2度も繰り返すはずはないと自身に言い聞かせた。いやいや、結果的にはこの日程が大幸運をもたらしたのだった!

 じっくり情報を集めてから動き出せばいいとは分かっていても、我慢ができず、自然と足がマルシェ・サンダガ Marche Sandaga へ向かう。宿泊ホテル Nina のある中心街からも近いし。すると次々声をかけられるではないか。ブツを拝見すると、貴重なカセットや珍しいレコードがザクザク出て来る。Guelewar の LP なんて100枚くらい?見つけたほど。

 さすがに3年前ほどレアなレコードが出て来ることはないだろうと考えていた。それでも今回は本格的にレコードを蒐集するために、チラシをプリントして持って来たのだが、その必要はなかったかも知れない。「99年にレコードをたくさん買って行った人でしょ」と話しかけて来る若者もいて、ダカール最初の朝の時点で、黙っていてもホテルに次々とレコードが運ばれて来るシステムまで確立してしまった。おかげで今回も、この後、寛げる時間がほとんどなくなってしまうのだったが。探索1日目にして、LP 95枚、シングル 11枚、K7 32本、CD 3枚、ビデオ 4本も買っていた。そのために、銀行まで走ること4回。いくら CFA に換金しても、すぐに消えていく。

 そして、奇跡?はまた起きた。夕方、書店で地元の新聞の全てに目を通したものの、ライブ情報はなし。今週末は諦めるか。そう思いながら歩いていたら、鬱陶しい客引きの声をかわそうと、視線を逸らしたその先の新聞に目が止まった。そこにはユッスーのライブの告知が。それも今夜から 3 Nights だ !! ユッスーはまるで私を歓迎するかのように、セネガルに帰って来ていた。

 23:30 チョサンへ。タクシー代は CFA 1300、入場料 CFA 3000。3年前よりも少し値上がりしている。会場に着くと、ガードのボスらしき大男が「帰って来たか」と話かけてくる。3年ぶりのダカール、何故かみんな私のことを憶えていてくれた。そのことが本当に嬉しい。

 Youssou N'Dour et Le Super Etoile de Dakar のライブは、2000年11月に NYC で4時間に及ぶ Le Grand Bal のステージを観て以来。ギターのジミー Jimmy が終始ニコニコ笑顔でとても楽しそう。そして、ババカル Babacar もユッスーも、同じく笑みが絶えない。ユッスーは地元で歌う時が一番楽しそうだ。彼は年中世界を飛び回っているが、地元に戻るとまた大歓迎される。本当に幸せなミュージシャンだと思う。その姿を間近で見ることのできた自分もまた、幸せものだ。

 3年前に同じチョサンで観たライブは、ストイックなまでに強烈なインストルメンタル・インプロビゼーションが印象的だった。対して今年は、かなり打ち砕けたもので、またセクシーな雰囲気を醸し出してもいた。ポールダンスまがいの踊りが続き、ユッスーもニコニコ顔。24:45 - 25:45 前座、それからウゼン Ouzin が登場、続いてユッスーが出て来て、28:10 に終演という流れだった。


(写真はサンダガ市場の一角、デパートがある交差点を挟んだあたりだったのではないだろうか。)






# by desertjazz | 2020-08-08 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 086

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 Senegal / Dakar 2002
 
 - 1 -

 2002年、再びセネガルへ。前回 1999年の旅では、5/5 - 5/19 という2週間の日程で、パリ、ダカール、バマコに滞在したが、ダカールでは連日慌ただしかった一方、バマコでは収穫がまるでなかった。今回はその反省を踏まえ、2/13 - 2/28 という2週間の旅程のうちダカールで 10泊とした。今度こそ、その間にサン=ルイにも行こうと思って。この短い日数では、セネガルだけにするのが賢明だ。とにかくアフリカは日本から遠い。


 2/13 (Wed) 成田ーパリ。日誌には「気乗りしない旅の始まり」と書かれている。その心に追い討ちをかけるかのように、パリは強い雨だった。


 2/14 (Thu) パリ18区のシャトールージュで K7(ミュージック・カセット)を5本買ってから CDG へ。今回もダカールまで AF のフライト。しかし出発が遅れ、機内で2時間も待たされることに。3年前に乗った Air Afrique が倒産したため、パリーダカール便は AF の独占状態に近いようだ。「機内でも空港でもうっとしい奴が多くて、早くもウンザリ」(と日誌にある)。

 18:20 にやっと飛び立ち、ダカールに着陸したのは 22:45。今回もタクシーで Hotel Nina に直行し、24:10 にチェックイン。近所を歩くとライブをやっている店があったので、そこに入ってビールで喉を潤す。25:20 就寝。


(写真はダカールのストリートで出会った明るい子供達。セネガルではほとんど写真を撮っていないので、この「セネガル編」、写真と文章はあまりリンクしない。)






# by desertjazz | 2020-08-07 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 085

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 Mali / Bamako 1999

 ダカールでの大成果の勢いに乗ってバマコでもレコードを探したが、収穫はほとんどなし。レコード8枚、カセット 32本しか買えなかった。博物館で Mali Koikan 盤のデッドストックをまとめ買いできたことくらいが収穫か。

 その名の通り鉄道駅に隣接し、レイル・バンド(ラーユ・バンド)Rail Band がプレイする Hotel Buffet de la Gare に行ってみたが、ガランとしたオープン・ステージがあるだけ。従業員らしき人にライブがあるか尋ねてみるも「今夜はやらないよ。いつかは知らないけれど、とにかく今日はやらない」。散々思案して折角週末に合わせて来たのに、全くライブがなかったのは想定外。(しかしこの4年後、フランスのアングレームで Super Rail Band の素晴らしいライブを観ることができたんだよな!)

 もう一つ痛かったのは、ロビ・トラオレ Lobi Traore の店が開いていなかったこと。現在改装中で営業していないと言われた。うーん、無念!

 最後の手段、諦めて(わずかながら期待して)ホテルのライブ・バンドを観に行く。しかし、リズム感は全くなく、ヴォーカルも音痴。アフリカのミュージシャンも色々いることを学んだ。

 夕方に散歩していたら、女性たちが広場に集まっている。足を高く振り上げ、土埃を舞い上げて、快活にダンスしている。その姿を目にして、やっとアフリカに来ていることを感じたのだった。

 もしかしたら、マリに来るのが遅すぎたのかも知れない。そんな思いが頭の中をよぎった記憶がある。


 5/16 (Sun) 19:50 にバマコを飛び立つ。21:30 にモーリタニアのヌアクショットで給油。機窓から眺めた空港の光が懐かしい。(振り返ってみると、アフリカの風景が見たくて、アフリカ往復のフライトはほとんどすべて窓側にしていたんじゃないだろうか? 基本的には通路側に座る今も、ビジネスクラスが取れた時は窓側最後方が自分の指定席だ)。

 この後パリでは(今は毎年行っているが、この時はまだ3回目だった)、往路に続いて、またホテルで笑えるトラブルが勃発。まあ、それはいいか。






# by desertjazz | 2020-08-06 00:00 | 旅 - Abroad

アフリカの記憶 084

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 Mali / Bamako 1999

 バマコの鉄道駅。
 Chemin de fer de Dakar au Niger
 「ダカールからニジェールへの鉄道」
 鉄道での旅には、昔から心惹かれる。






# by desertjazz | 2020-08-05 00:00 | 旅 - Abroad