Sound

 自分にとって本当に必要な音楽以外は、もう聴かなくていいのではないか。そう考えた始めたのは2年くらい前のことだろうか。自分に残された時間のことを思うと、音楽との関わりをどんどん減らしていく方が賢明であると思い至った。あと5年生きるのだろうか、10年生きるのだろうか、そう考えたとき、音楽とは別のいろいろなことに関心が向かっていくのは必然のことだった。ある意味ですでに余生の過ごし方を真剣に考え始めているのだと思う。そして、自分が最も必要とする音楽、耳を傾けて心が充実する音楽は何かと考えた末残ったのは、Frank Zappa、Bruce Springsteen、Randy Newman、そして Youssou N'Dour の4人だった(残念なことに、The Band も Franco も残らなかった)。
 実際昨年は Springsteen と Randy Newman ばかり聴いていたように覚えているし、昨年もっとも繰り返し聴いた作品は Youssou の "The Lion" だった。それに対して Zappa ですらほとんど聴く時間がなく、いよいよ聴く音楽を厳選する必要を感じたのだった(考えてみると Fela Kuti のアルバムですら何年も聴いていないのではないだろうか)。
 こうなったのには、あまりに繁忙な日々が続いたことと、さまざまな理由から気持ちの余裕が失われてしまったことも大きい。それと同時に、やはり音楽以外のことへの関心がどんどん深まっていったことが大きな理由と言えるだろう。

 しかしそうしたことよりも、自分の音楽に対する姿勢がどんどん変化していったことが強く影響しているのではないとも思う。ゼロ年代後半をちょっと早めに振り返ると、自分の関心の中心は ワールド・ミュージック → ローカル・ミュージック → コミュニティー・ミュージック → パーソナル・ミュージック へと変遷していった(個々の概念を定義づけずにこれだけ書いても意味が伝わらないであろうから、改めて詳述したいと思う)。そして今は、自分の音楽観のようなものがもっと違った次元への進んでしまっている(と書くと、いよいよ意味不詳であろう)。端的に書いてしまうと、人間と音楽/音そのものとの関わり方へと、自分の関心が移っている。そうした思索がとても面白くて、ひとつひとつの音楽作品が良いだとか良くないだとか、好きだとか嫌いだとか、いちいちコメントすることが自分にとって無駄な作業にしか思えなくなってしまってもいる(そうなったのには、もっと沢山の理由が折り重なってのことなのだけれど・・・後述願望)。

 とにかく今は音に関して思索することを楽しんでいる。結果として、音楽を聴く時間が絶対的に減っているが、音楽との関わり方は以前よりも充実していることを実感できている。
 それと対称的に、元来「消費型の音楽受容」を自身の中で望ましくないとする立場だったので、音楽を生み出すことの切実な/あるいは真摯な意味を受け止められない音楽(とは言いたくない音)に対しては、評価がますます厳しくなってしまってもいる。音楽について何かを書こうとしても否定的にならざろう得ないことが多くなってしまい、そうしたことに自分自身嫌気が指して、サイトやブログをなかなか更新できなくなってしまっているようにも感じている。
(もっと違った方向性で書こうとしたのだけれど、結局は毎度のごとく、ブログを再開できないことの言い訳になってしまいそうだ。)



 話は最初に戻って、、、Youssou N'Dour こと。

 これまで誰も気がつかなかったり取り上げなかったりした作品をいろいろ紹介してきたつもりなのだが、そうしたものはまだまだある。別に隠し持っているつもりもないのだが、そうした行為にいよいよ理由を感じられなくなってしまっている(極めて簡単に書いてしまうと、そうした行為は自分に予想外の負担を強いるだけで、自分の音楽生活を豊かにはしてくれない。また、エル・アンカのCDで、別のいくつかのことも教えられた・・・これも後述願望)。しかし、なかなか肝心なことを書き始められなくて、このところ否定的なトーンになりがちだ。それでは良くないと思うので、近年自分をワクワクさせてくれるアイテムをひとつ取り上げてみたい。

 今年はいよいよ Youssou ですら聴く時間がない(もしかすると Springsteen ばかり聴いているような気もする)のだけれど、時折彼の映像作品を観ては興奮している。その極め付きは、Bercy 以前の 1999年の "Grand Bal"。以前は PAL のビデオ2巻セットで出ていたものが、確か3年か4年ほど前に DVD化された。映像も音声も劣悪と言ってしまいたくなる質なのだけれど、内容が凄まじく素晴らしい。もちろんこれは自分にとっての絶対評価なのだろうが。だけれど、2000年頃が彼のライブ・パフォーマンスのピークだったのではないかと思わせられる。例えば/特に、'Medina'、'Alalou Mboolo'、'Djino' になどにおける、細分化されたビートが重層化してもたらされるテンションの高さやスピード感! ここにはンバラの理想像がはっきりと刻み込まれている。そして当時ダカールとニューヨークで実体験した Youssou N'Dour & Le Super Etoile de Dakar のパフォーマンスがさらに凄まじかったことを連想させられる。恐らく彼らのライブ・パフォーマンスのピークはこの頃だったのではないだろうか(これは、実体験がないと共感できない可能性がある点では、記録が残されていないながらも、晩年がひとつのピークだったとする Fela Kuti に対する評価と共通すると思う)。

 今痛切に思うのは、この頃のライブ映像がもっと他にはないだろうかということ。もちろんそのオーディンスはセネガル同胞であってほしい(その前提として、これまで何度も書いてきたことだが、セネガルやパリやNYCでのセネガル・コミュニティー向けのライブ・パフォーマンスはそれ以外のものとは絶対的に異なっている)。

 Youssou は今年の10月1日に50歳になる。今後彼が2000年頃を超えるステージ・パフォーマンスを披露することはあるのだろうか。数えてみると彼の映像作品は50タイトルを超えた。生誕50年を機にこれらをじっくり観返してみたいとも思うのだけれど、1999年/2000年の "Grand Bal" に勝るものはそうないように思う。

 肝心なタイトルを書き忘れるところだった。"LE GRAND BAL DE YOUSSOU NDOUR A PARIS EVRY" と題されたDVD。バルベス界隈を探し回ればまだストックが見つかるかと思う。

 本当にこの頃の Youssou のバンドのライブ・パフォーマンスは凄まじかった。Youssou の声の艶やステージ・パフォーマンス以上に、Habib Faye を中心核としたバンドが放つビートが3次元空間方向に飽和し臨界点に達したサウンドが、それから10年経とうとしている今でも私の記憶から離れない。とりわけダカールのチョサンで初めて観たパフォーマンス、特にインプロビゼーションの密度が筆舌的レベルだったこと。記憶ではインターバルなしの2時間(2AM〜4AM)で演奏したのはたったの8曲だったのだから。その卒倒しそうなほどにワクワクする記憶が "A PARIS EVRY" を観る度に蘇る。
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by desertjazz | 2009-09-08 23:25

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