2010年 11月 08日
Seni Tejuoso "Easy Motion Tourist"

Seni Tejuoso "Easy Motion Tourist" (Jazzhole JAHO11CD, 2010)
"Easy Motion Tourist" のライナーノーツを読んで、オラセニ・テジュオソ Olaseni Tejuoso について簡単に整理。
1929年4月2日、レゴス州 Ebute Metta 生まれ。彼がドラム (Europan parade drum) と出会ったのは8歳(1937年)の時で、Funmilayo Ransome-Kuti(Fela Kuit の母)が設立した小学校でのことだった。その後、アベオクタに越し今度は Fela の父の学校で学ぶ。
1948年卒業と同時にレゴスに戻り職に就く、1953年にその会社が倒産。定職を諦め、Julius Oredola Araba のと音楽活動を始める。しばらくして2人の音楽はナイジェリア放送協会 NBC の DJ Steve Rhodes の目に留まった。それが Fatai Rolling Dollar との出会いにも繋がったようだ。
彼らは The Rhythm Blues Band と名乗る (*1) 。ハイライフやパームワイン・ミュージックを演奏するバンドだった。バーなどで演奏する一方、結婚式や葬式などにも呼ばれたという。J. Araba が 'Easy Motion Tourist' を書いたのもこの時代。
Fatai との活動を続け、1965年までに 'Won Kere Si Number' (*2) , 'Teje Baby' などを録音。70年代の遅くに引退。
このライナー、1937年はジュジュのオリジネイター Tunde King 最大のライバル Ayinde Bakare が最初のバンドを結成した年だった… と始まるなど、ちょっとしたジュジュの変遷発展物語となっていて、なかなか興味深い。
本作 "Easy Motion Tourist" の制作は2001年に始まり9年がかりのものだったという。Olaseni は歌に専念し、ドラム/パーカッションには様々なゲストが参加している。またギターは Sina Ayinde Bakare が担当。パームワイン・ミュージックとジュジュをベースに、アフロキューバンなどの要素をミックス('El Manicero' をカバー)。ホーンズが加わって気持ちよいハイライフも聞かせる。
決して絶賛に値するような作品ではない(なので、万人向けでもない)が、自分はこれくらいリラックスした緩い音楽も好きだ。肩肘張らずに気軽に聴けるので、今の自分の気分にはとても合っていると思う。
(*1) ジュジュの重要アルバム "Juju Roots: 1930s-1950s" (Rounder, 1985) は、J.O.Araba and His Rhythm Blues 名義の 'Iyawo Ma Pa Mi' (1957) を収録している。この曲は今回の "Easy Motion Tourist" で再演されている。
(*2) Fatai Rolling Dollar の復帰第2作目(スタジオ録音盤)のタイトル・ナンバー。
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