◆ 異郷を読み歩く

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 今年の読書一冊目は、ポーランドの女流作家オルガ・トカルチュクの長編小説『昼の家、夜の家』。ポーランドとチェコの国境地帯にある小さな町を舞台とする111のエピソードが延々と連なる。わたしとRとマルタを中心とする歳時記、キリスト化する聖女クマーニスの伝説、女性化を願う修道士パリハリス、ナイフを崇める宗教団、そして数々のキノコ料理のレシピ。著者が目指した通り、町の成り立ちや、土地の風景、住人の日常など関するアーカイブであり、池澤夏樹が『白鯨』に関して語ったような「データベース型小説」となっている(『世界文学を読み解く』)。別の話が次々と立上がるので、新たな本を読み始めたときのペースを掴めない感覚がいつまでも続く。核となるいくつかの話は続きものになっており、全く無関係であるような挿話も互いに寄り添っていって、ギリギリすれ違ったり、かすかに接点を生み出していったりする。しかし、5つの物語が最後ひとつへと収斂していくバルガス=リョサ『緑の家』のような絵巻物ではない。
 「昼の家」と「夜の家」は人間のふたつの面を比喩的に描写したもので、かなり観念的で、形而上的で、ときに相矛盾する。それだけに、一文一文の咀嚼を求められる。対ドイツとの戦後状況が随所で直接影響しており、自死・殺害される神話も多く、暗く冷たい印象がある。しかし、個々のエピソードが共鳴し始める中から、郷土に対する深い好奇心と愛情が浮き上がってくる。

 昨日はもう一冊『須賀敦子 全集 第1巻』も読了した。昨年の正月に買った本ながら、個人的なイタリアでの思い出話に最初興味が膨らまず、空き時間に少しずつ読んでいたため、結局丸一年かかってしまった。
 こちらも暗い話が多い。人生の晩年に向かうに従って、堕ちていく、壊れていく、失っていく人物ばかり。しかし人はそうしたことを受け止め耐えながら生きるしかない。そうしたこととと、著者のノスタルジックで暖かい筆致に共感するファンが多いのだろう。最後には暖かい気分に至り、最初から読み返すこととなった。



 年末にアップしたふたつの「個人ベスト10」を読み直すと、読書も音楽も世評の高い作品や話題作ばかりのようだ。相変わらず雑誌やネット上の「ベスト」の類いはまだ一切見ていないのだが、他とかぶっているものが多いのかもしれない。特に Kanye West の新作はアメリカでも日本でも絶賛されているという話が伝わってくる。奇をてらうことやレアな作品を選ぶことは避け、純粋に内容で選んでいったのだが、その分個性に乏しいリストになったことだろう。昨年は一年間アウトプットには拘らず、のんびりすることが目標だったので、コメントも最後まで個人メモの繰り返しで済ませた。

 ここ数年、特に情報収集はぜず、書店やレコード店に出向いて、その時に興味をおぼえたものを買ってみるということが多い。それで話題作中心の読書と音楽受容になったのだろう。質の高い作品を集中的に鑑賞できたことは結果としてよかったが、少し物足りないという印象も残る。だが、今年はもっと制限的な楽しみ方になるかも知れない。昨日の二冊を読んで改めて感じたのは、若い時期を過ぎると誰もが「耐える」「我慢する」ことが生きる上での主題になっていくということ。個人的にも昨年も様々なことが起こり、じっくり趣味にふける気分にはなりきれなかった。消耗し切らずに、いかに過ごすか。どうしたら生活を少しでも活性化させられるのだろうか。そのようなことを考え始めると本や音楽に集中できない。

 近年は旅への興味も動機も薄れていた。しかし昨年はどこか遠い土地を訪ねることを渇望し、どうすればそれが実現できるか考えている時間が増えていた。そうなると本やレコードからはまた離れてしまうことにもなったのだが、自分を活性化させるひとつの契機は旅が担ってくれるのかもしれない。思い返せば、先日モロッコ滞在した(行っただけで、とても旅とは言えない)のは、再び旅に出かけるための一種のリハビリだった。

 ただし、本当に旅と言いうるもの実現させるのは、実際にはとても難しい。





by desertjazz | 2011-01-04 23:00 | 本 - Readings

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