2011年 02月 05日
◆ 一番好きな小説家について書かれた本邦初の本

平井杏子『カズオ・イシグロ 境界のない世界』(水声社)読了。
カズオ・イシグロに関する日本で最初の研究書が先月末に出版された。彼の長編小説 全7冊を再読してから読むことにしようかとも思ったが、結局一気に読んでしまった。以下、雑感とメモ。
・もちろん書かれているのは、ひとつの「読み方」なのだろうけれど、「そういうことだったのか」と了解できた解説が多く、再読がいよいよ楽しみになってきた。
・カズオ・イシグロの魅力のひとつは、「時空の歪みの表現だ」と語り合うことがある。それが最大に発揮されたのが第4作『充たされざる者』であり、『わたしたちが孤児だったころ』も後半ほどそうした表現の面白さを感じる。平井はそのような「時空の歪み」は初期作からすでに現れていることを指摘している。最初の2作『遠い山なみの光』と『浮世の画家』は、最初どう読めばよいのか分からなかった。日本、そして長崎が舞台であるものだから、リアリズム小説と受け取ってしまったから迷ったのであり、『充たされざる者』に共通した時間的空間的矛盾を認めた上で読めば良かったことを平井の論述で呑み込めた。舞台に必然性と厳密さを置いていないことはイシグロ本人も認めているようだ。
・この「時空の歪み」から連想するのは、ダリやピカソの絵画。抽象美術を楽しむ感覚でよめば楽しめる。思い返すと、具象画が好きだったのが次第に抽象画好きに変わり、ジャズの好みも徐々にアブストラクトなものに移っていったのと同様、小説の好みも抽象性の強い作品に変化しているのかも知れない。もうひとりの代表は村上春樹。だが、村上よりもイシグロの方に断然惹かれる。その理由についていろいろ考える(文体の違い、空疎さの大きさ、等々)。
・カズオ・イシグロは毎度全く違ったスタイルに挑戦していることに偉大さを感じていたのだが、それと同時に、それぞれの作品に通じ合う/響き合うものがあることと、それを読み解く面白さを教えられた。
・原書での表現の比較を基に論じている箇所が興味深かった。各作品に共通するワードから読み取れることがたくさんあるという。再読は原書ですべきかとも考えて、『わたしを離さないで Never Let Me Go』から少しずつ読んでいるのだが、いつまでも時間がかかってしまいそうだ。
・その『わたしを離さないで』、どうやら冒頭のページで大きな思い違いをしていたようだ。
・巻末の書誌が19ページもある。これほど(作品と)研究のある作家だとは認識していなかった。いくつかの短編などは日本語で読めることを知ったのは収穫。探してみよう。
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・「カズオ・イシグロ」で検索して見つかったページ
1)『わたしを離さないで』 そして村上春樹のこと
読みたいと思っていた大野和基による『文学界』でのインタビューがネットに上がっていたのは、ありがたい。
2) 『わたしを離さないで』原作者カズオ・イシグロが10年ぶりに来日!
先月末にたまたまテレビで大相撲中継を観ていたら(千秋楽だったか?)、土俵のすぐ脇にカズオ・イシグロに良く似た男が映っていた。来日していることすら知らなかったので、これを読んで「まさか!」と驚いてしまった。
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(※ 取りあえずアップ。読みながら感じたことを順次追記中。)
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