2011年 02月 24日
◆ 素晴らしい現代的な探検書
角幡唯介『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』(集英社)読了。
中国チベット東部、インドに隣接する山岳地帯にあり、長年幻とされ続けたツアンポー渓谷。世界最大でもあるその渓谷の探検史を詳述し、自らも未踏ルートを単独行した記録。現代における探検のありようと、その可能性を伝える(つまりは、今でも「探検」はギリギリなし得ることを知る)。それを下支えするのは、著者の二度にわたる探検に、19世紀末に遡る探検史や、近年の遭難事故のドキュメントなどを随所に織り込んだ構成の素晴らしさだ。
筆力も申し分なし。一気に読み進む中、緊迫した山場では、普段使っていない背中や腹の筋肉がこわばり、思わず息が乱れてしまうような緊張感に突き動かされることもしばしば。丹念な文献調査や関係者への取材が感じ取れる一方で、時折示すほのかなユーモアにも好感を受ける。
秘境にまで普及している携帯電話に迷惑を被ったり、探検競争の場にすら事実を無理矢理歪曲する愚かな中華人のメンツが現れる部分には、現在性も感じた。現地人との関わりで、不快な思いをしたり窮地に追い込まれたりを繰り返しながらも、それ以上に印象的だったのは、行く先々での人々との交流の暖かさ。特にエンディングではそうした気分に包まれた。
探検の歴史を振り返っても、困難ばかりの自身の探検の中でも、感動的なシーンが繰り返させる。それでも著者は、過度な興奮を抑え、感傷的にもならず、常に冷静に状況を見つめ、冒険の意味について深く思索している。そして辿り着いた答えは見事なものだ。ひとつのテーマを探求し続けている人生の素晴らしさに満ちている。
現代的探検書の傑作とさえ言ってしまいたい。それほどまで久し振りに読書の醍醐味に浸った。個人的には今年の「ベストワン」になるかも知れない。
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著者略歴を読むと「1976年北海道芦別市生まれ」とある。当時、自分も芦別に住んでいた。もしかしたら学校の後輩なのかも知れない。
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昨年11月に放送されていたのをたまたま観た『天空の一本道』はツアンポーで取材していることを、著者のブログを読んで今知った。
・ ライター、探検家角幡唯介のブログ - ホトケの顔も三度まで
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