2011年 03月 28日
◆ Kaushiki Chakrabarty (4)

"Pure" (Sense World Music 047, UK, 2004)
とても怖い音楽である。じっと聴いていると、ここではないどこかに連れ去られてしまいそうな気になってくる。恐らくそれは桃源郷ではなく、きっと想像しようもない異界だろう。だから近づいてはいけない。すぐに離れなければ、危ない世界に引きずり込まれてしまう。だけど、そう分かっていながらそれができない。恐ろしいもの、目にしてはいけないものがあると知ると、どうしても覗き見てしまうときのように。
カウシキ(コウシキ)の3作目 "Pure" は私にとってそんな作品だ。
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2003年8月30日にロンドン、ホーンチャーチの Queen's Theatre でライブ録音されたもので、インド音楽を専門とするイギリスの新興レーベル Sense から翌年04年にリリースされたアルバムである。
伴奏者は次の通り。ハルモニウムは Pandit Ajoy Chakrabarty(カウシキの父)と Sri Chiranjib Chakrabarty、タブラは Yogesh Samsi、タンプーラは Ranjana Ghatak。
"A Journey Begins" と "Swar Sadhna" では時々眠りを誘うような穏やかな時間の流れを感じた。それに対してこの作品には、そのような緩やかな空気感のようなものが薄れている。そう感じさせるのは、前の2作をダウンロードでしか聴いていないから、あるいはロンドン録音の効果があるのかも知れない。選ばれた曲(ラーガ)の違いにもよるのだろう。しかしそれ以上に、カウシキの歌声が深化しているように聴こえる。
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トラック (1)〜(3) は Raga Madhuvanti に基づくノンストップ・メドレー(と言っていいのだろうか?)の45分間。この Madhuvanti は割と新しいラーガだそうで、生まれてからせいぜい50年ほどだと書かれていた。
Alap で喉ならしした後、(2) Khayal 'Shyam bhaee, Ghanashyam nahi aye more dware' に移る。これは父 Ajoy Chakrabarty の作品。もう冒頭から妖艶でミステリアスな歌声が響き渡る。とりわけ終盤の8分間ほどは聴いていて卒倒しそうになるほどだ。どうしてこんなフレーズを紡ぎ出せるのだろう。特に猛スピードで歌い上げられるハイトーンの微妙かつ細やかな節回しは圧巻。人間業とは思えない。
じわじわ盛り上がって行き、しばらくピークが続いたところで、(3) Khayal 'Kahe maan karo sakhiri ab' に転じる。ビートが増えてテンポが上がったため、それまでの緊張がずっと維持されたまま最後まで一気に歌い上げられる。
タブラの引き締まった撥音、打ち込み音のように正確なビートにも舌を巻く。この Yogesh Samsi のタブラの、ハルモニウムやカウシキの歌との全く隙のないインタープレイもまた、演奏全体の質を大いに高めているのではないだろうか。タブラのトーンが前作 "Swar Sadhna" の音と似ていると思ってクレジットを確認すると、やはり同じプレイヤーだった。他のタブラ奏者との違いを素人耳でも聴き取れるので、彼はそれだけ優れたプレイヤーなのだろう。
それにしてもカウシキの歌が素晴らしい。テクニックが完璧であるとか、声質が美しいとか、音域がとてつもなく広いだとか、心が洗われるだとか、感動的だとか、、、そのような次元を超えている。暴力的なまでの美しさにひれ伏すとでも表現すれば良いのだろうか。自分の喉を締められて息が苦しく意識が薄れていくのに、それが抗えぬほどの快感にすり替わっていくような思いがする。
こうした声は、最高潮時のヌスラット・ファテ・アリ・ハーン Nusrad Fateh Ali Khan やアリム・カシモフ(ガスモフ)Alim Qasimov、サリフ・ケイタ Salif Keita などを思い起こさせる。本当に怖い歌だ。
(4) Thumri in Raga Misra Mand 'Morey Saiyan Benardi' in Keherva を聴いて幾分か身体が弛緩し、ようやく呼吸を取り戻す。
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これまでは "Kaushiki" (2007年) こそが彼女の最高作だと考えていた。だが今回繰り返し聴き直してみて考えが改まった。前作まではまだ筋力が足りなくて歌おうとする意思に身体がついていっていない。近年の録音は逆に贅肉がついてしまって、歌に瞬発力が少しずつ欠けている。私にはそう聴こえる。この録音時に、楽器としてのカウシキの身体がベストにチューンングされていたのではないだろうか。タブラ、ハルモニウムとのコンビネーションも理想的。"Pure" が彼女の最高傑作だと思う。
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◆ Kaushiki Chakrabarty (1)
◆ Kaushiki Chakrabarty (2)
◆ Kaushiki Chakrabarty (3)
◆ Discography of Kaushiki Chakrabarty Desikan
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