戦場から戻って

 被災地を実際に観たいという願いがようやく叶った。特に、津波被害の大きかった石巻と、原発事故の被害を被っている南相馬とを、同時に訪問できたのは貴重な体験になったと思う。大事件/大事故が起こる度にいつも日本にいなかったので、震災から2ヶ月経ってやっとという思いも抱く。

 しかし、この目で観て感じたことを書こうとすると、それは簡単ではない。現場で考えたことがあまりに多く、ここに何か書くとしてもそれは「副次的」作業であり、そして何より言葉では伝えきれないものをたくさん感じたからだ。これまで被災地の写真や映像を数多く目にしてきたが、やはり実際に現場に立つと見えてくる世界が違う。写真やビデオだけでは捉えきれない現実があることを思い知った。

 したがって、無理に体験を綴ることや撮ってきた写真を披露することは、自己矛盾した行為なのかも知れない。なるべくなら直接顔を合わせて語り合う、そうした時間をまず増やしたいと考えている。




 それでも幾つかの断片だけでも書き出しておこう。会話を交わす前に忘れてしまわないように。


・現場は現実感すら薄れて行く異様な世界だった。それでも、現実感の希薄な情景を見つめることによって、報道などからはなかなか持てないでいた「現実感」をやっと少し持てたような気がした。

・長い棒を手にした男たちが歩き回っている。遺体捜索はまだまだ終わっていない。

・延々と広がる平地(ひらち)や瓦礫の山を見ていて、戦後の廃墟の白黒写真が色づけされたような感覚をいだく。まるで爆撃後のような光景で、ここは「戦場」かと呟く。

・福島第一原発まで 20km の検問(このゲートの先は立ち入り禁止)で、戦場感がピークに。しばらく滞在した間にも、全身白い防護服をまとった人間を積んだ車が数百台通り抜けていった。まさしく戦争を闘っているとしか表現しようがない。

・そのゲートから北に目を転じると、ぐんにゃり曲がった高架鉄塔がまるでSF映画の一場面のような姿を見せ、その周囲には瓦礫の大地が広がり、さらにその先には白い波頭が見える。ここからの距離は何キロもあるのにも関わらず、視界が突き抜けてしまっているという違和感。こうした現場が南北にずっと連なっていると聞かされる。

・多くの人々が指摘する通り、映像が伝えられないもののひとつは「臭い」だ。被災地は独特な臭い、強烈な臭いが立ちこめていた。

・人間の感覚とは不思議なもので、原発事故以降ずっと鼻にまとわりつくガス臭のようなものに悩まされていた。放射能には臭いがなく、関西にはまだそれほど放射線物質が飛来していないのにも関わらず。それが、現場に立った途端霧散した。まるでより強烈な臭いに中和されたかのように。

 
 まだまだあるが(余りに悲観的すぎて書くことが憚られるものも多い)、ここではこれくらいにしておこう。

 最後の項目の補足になるが、もし機会があるなら誰もが一度現場を観てみた方がいいと思う。もちろん現地の人々の邪魔や迷惑にならないという前提でだが。





 原発事故が発生してから2ヶ月以上経過する今も、誰もが関連情報を追い、発言し、行動している。その間、本来できたはずの活動を休んだり諦めたりしている人が多いはずだ。その時間的/経済的/文化的/精神的損失も計り知れないと思う。

 それでも、それらが新しい社会を生み出すための犠牲・代償になるのであれば、悲観ばかりするものでもないはずだ。だが、現状は全く違った方向に進んでいる。相変わらず老い先短い輩どもが、保身/対面保持のために、事実を歪曲し、未来をさらに破壊しようとしている。

 これまで原子力を信じて研究してきた学者、電力行政を司ってきた役人と政治家、利権を得て来た企業。原子力のデメリットをいったん認めてしまうと、彼らの地位は崩れ去ってしまい、これまでの自分が全否定されることになる。それを回避したい心理はわかるが、問題はそんな次元を遥かに超えてしまっている。

 事態は数えきれないだけの人命に関わり、また判断を誤ればそれは未来永劫まで(万年単位で)影響が及ぶ。だからこそ、徹底的にロジカルに考えなくてはならない。にも関わらず、全くそうなっていないことが歯がゆい。


 史上最悪の原発事故を起こし、その後も満足な対応・処置ができていない(福島以外でも相変わらず失態が繰り返されている)。空に海に大地に毎日大量の放射線を垂れ流し続けている。日本は原発をコントロールする能力のないことが世界に対してはっきり示された。日本は原発を持つ資格がないのである。このままでは「日本外し」が加速してもしかたがない。


 周囲では、一時期のユーモアが薄れ、ある種の慣れや諦めも感じられるようになってきた。どんなに危険なことにでも、それに慣れ、感覚が麻痺してしまうことを恐れている。


 批判だけするのは簡単なこと。何をすべきか、前向きにもっと考えるべきなのだろう。





by desertjazz | 2011-05-24 00:00

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