2011年 07月 23日
クジラとゾウ

今年はアート関連の番組が面白い。初回に Stuff Benda Bilili が登場した『たけしのアート・ビート』は毎度楽しく観ているし(杉本博司の回も良かった)、今週は『世界が私を待っている「前衛芸術家 草間彌生の疾走」』2時間を一気に観て、さらには数ヶ月前に録画したままだった『若冲ミラクルワールド』6時間も3晩かけてじっくり鑑賞した。
今日からは大阪・堂島リバーフォーラムで『堂島リバービエンナーレ2011』が開催されるので、いつ行こうか思案しているところであり、11月から始まる『ジャクソン・ポロック展』も待ち遠しい。アート関連の番組やイベントが充実してきているのではなく、最近また自分にアートを楽しむ余裕が少しばかり生まれて来たのだろう。
それにしても『若冲ミラクルワールド』は出色の番組だった。伊藤若冲の魅力をたっぷり堪能できたことばかりでなく(正にミラクル・ワンダーランド!)、観ていて関心が他の領域にまで勝手に繋がっていくことでも刺激的だった(ハイビジョンの10数倍の解像度を持つスーパーハイビジョンの新しい使い道が示されていたことにも感心)。例えば、
・まず、日本画と布や紙との関連性
・次に、京都・大阪の上方文化の面白さ(今月も谷崎潤一郎を読み続けているだけにひとしお)
・そして、クジラとゾウの対話に始まる音についての思索
などなど。美術作品は単体で鑑賞するばかりでなく、関連する/無関係なような様々なことと合わせて多面的に見ていくことでも、知的好奇心が刺激されることを改めて感じた。諸々のうち3点目についてだけ簡単にメモしておこう。
番組の最後に、最晩年の作品『象鯨図屏風』を紹介していたのだが、クジラとゾウが対置されたこの屏風絵を観て思い出したのは、ライアル・ワトソンが亡くなる直前に出した『エレファントム 象はなぜ遠い記憶を語るのか』の内容。この本の中では、南アに生まれ育ったワトソンの少年時代の体験があれこれ綴られており、その最後の方で、ブッシュマンに連れられて行った先で、巨大なクジラと雌ゾウが対話している情景を目撃した話が出てくる。これは人間には聞き取れない超低周波での交信だったという(ここまでの話、記憶で書いているので、やや不正確かも知れない)。
伊藤若冲がどうしてこのような構図の絵を描いたのかまで番組では語られていなかったが(そうした研究がすでにあるのかもしれないが)、若冲がブッシュマンの観たような世界を知っていたとは考えにくい。たまたま大きな動物を対置させただけなのかも知れない。しかし、鋭い感性を持っていた若冲のことなので、2つの動物から何かを感じ取ったのかも知れないなんてことも想像してしまう。
そしてその先で、また「音についての思索」が始まる。このところも、武満徹が田中優子に対して語った「遠音」(『江戸の音』の中で、日本人は遠くからの響きを好むことを指摘)のことについてずっと考え続けているのだが、それが谷崎潤一郎の『陰影礼賛』とも結びつき合っていく。さらには日本の食文化とも繋がっていく。自分はこうしたことを考えているときがとても楽しい。この話はまたいつか。
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(追記)
夜はまた『若冲ミラクルワールド』を第1回から観直し始めてしまった。
このブログは明日からしばらく夏休みに入ります。出かけた先では、伊藤若冲の作品も観てきたいと思っています。
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