読書メモ:トマス・ピンチョン、ジョナサン・サフラン・フォア

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 夕方、ジュンク堂で新刊のチェック。トマス・ピンチョン『ヴァインランド』、今福龍太『薄墨色の文法 物質言語の修辞学』の2冊を購入。

(今日の ROVO+System 7 のライブ(京都・ 京大西部講堂)は週明けから上京する予定なので、体調など諸事情を鑑みて断念。後悔しそうだけれど、全部は無理なのでしかたがない。誘いのあった AfroTokyo - Senegal - Super Deluxe に行けなかったことも無念。)

 新潮社の「トマス・ピンチョン全小説」はこれで9冊目(6作目)。毎度発売と同時に買い続けている。その大きな理由は、装丁がたいへん美しいからで、自然と奇麗な状態の本を持っていたくなる。カバーの絵は毎回魅力的だし、本体もとても上品な造り。こうした書物が書棚に並んでいるだけで生活が潤ってくる気分だ。

 本は、言うまでもなく読む楽しみが一番なのだけれど、読み始める前や読み終えた後に、カバーを眺めて、あるいは帯やカバーを外して本体を愛でるひとときも楽しい。先日読み終えたサルバドール・プラセンシア『紙の民』は、カバーと帯に幾つか工夫が施されていることを、「解体」して初めて気がついたりもした。

 それにしてもピンチョン、面白い。もちろん大部分がチンプンカンプンなんだけれど、彼の脳内ワールドの広さには圧倒されるし、どこまでまじめなのか分からなくなるユーモアにも笑わされる。今月上旬に『V.』と『競売ナンバー49の叫び』を読み終えたのだけれど、小説を読んでいて吹き出し、それがしばらく止まらなくなったのは久し振りのことだった。20代で書いた『V.』と50代で書いた『M&D』とでは31年の隔たりがあるのに、まるで一緒な印象だったのには凄いの一言しか出てこなかったな。

 本心ではもっと買いたいし、もっと読みたいと思うのだけれど、そうさせる本ほど自分にとって難解なものが多いので、なるべくガマンするようにしている。今福龍太は『クレオール主義』も最近また読み始めたのだけれど、やっぱり冴えない自分の頭にはすんなり入ってこない(ピンチョンは読み始めてしばらくすると波に乗ってどんどん進んでしまう。じっくり読んでも全て理解できる作家ではないので、その波にまかせて読んでいるのだけれど…)。



 夜、ジョナサン・サフラン・フォア『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』読了。9.11/WTCビルで父を亡くした9歳の少年(主人公)ら登場人物たちの彷徨い悩む姿に、3.11 後の日本人の心情が反映しているといった書評もあって話題になっているらしい。読んでいて感じたのはサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』みたいだなということ(そう思ったら、解説にも同様なことが書かれていた)。それと、サルバドール・プラセンシアよりもこっちの方が「紙の民」たちなんじゃないかなんてことも思った。実験性に富んだ本なので、『紙の民』と同様、英語版も時々参照しながら読んでみた。500ページ近くあるけれど、2晩で読み終えられる程度の軽さ(内容は重いけれど)だったので、今度は英語版にもトライしてみようかな?(詳しい読後感はまた時間ができた時に…。)





by desertjazz | 2011-10-29 23:00 | 本 - Readings

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