読書メモ:カズオ・イシグロ『夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』

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 カズオ・イシグロの『夜想曲集:音楽と夕暮れをめぐる五つの物語』読了(2年振りに再読)。デビュー後7冊目にして初の短編集で、音楽と音楽家にまつわる作品5本が収められている。「ぜひ五篇を一つのものとして味わってほしい」とイシグロ本人が語っている通り、これらの作品は互いに響き合っている。

 続けて来た再読作業、最後はゆったり楽しもうかと思い、時々ビリー・ホリデイなどを聴きながら読み進めたのだが、古い音楽をいろいろ聴いてみようかという気にさせる作品だ。実在/架空の固有名詞が頻繁に登場するせいもあるだろうか。読んでいてイシグロのジャズ好き、クラシック好きが伝わってくる(そういえば前作『わたしを離さないで』は「わたしを離さないで Never Let Me Go」という曲がキーだった)。村上春樹との対談が音楽談義になることにも納得させられる(『1Q84』の冒頭、タクシーのカーラジオから流れたヤナーチェクも一瞬出てくる)。

 主旋律となっているのは、男女間、夫婦間の衝突や寄り添いの様々。短編とあって、これらには従来のイシグロ作品ほどの重さはない。登場人物の多くが微妙にズレた感覚の持ち主だったり(過大評価したり、その逆だったりするあたり、過去の誰かを連想させもする)、変なユーモアが飛び出したり(「メグ・ライアンのチェス」なんていうストレートなジョークも)、美しい/歪んだ情景描写がなされたりするところが、いかにもイシグロらしい。

 けれども、各々の感覚のズレが招く混乱や、ドジさ加減から伝わってくるのは、等身大の人間が日常の中で醸し出す哀しみやおかしみといったもの。その点ではレイモンド・カーヴァーを読んでいるときの気分に近かった。

 面白く美しい作品ばかりだし、新しいことに挑んでいるのだということも分かる。けれども、イシグロ作品に対しては、もうこのレベルでは満足できない。近いうちにまたあっと驚かせるような作品を届けてくれることを期待大にして待つことにしよう。


 これで村上春樹の全長編の再読(『1Q84』は除く)に続いて、カズオ・イシグロの全著作の再読が終了。その読書メモを書き始めたのが 11/8 の日記 だったので、ほぼ1ヶ月で読み終えたことになる。(かつて予告?した通り)他のほとんどのことをストップさせてしまったからか、思いのほか早く終えてしまって、これでは勿体なかったと思うほど。

 哀しい話や寂しい話が多いので、「楽しかった」と形容すると矛盾してしまうのだけれど、この1ヶ月間カズオ・イシグロを読んでいる間は、気持ちがとても充実していた。心に残った瘡蓋をつつかれるようでありながら、そっと優しくいたわり、暖めてくれるかのよう。生き方に揺らぎが生じ始めているところに微修正を施してくれるような感覚がずっと続いていた。

 さて、次はどうするか? 『1Q84』はまだ再読する気にはならないし、『わたしを離さないで』の原書 "Never Let Me Go" もさっぱり進まない。いずれにしても読書は少しペースダウンさせよう。これでカズオ・イシグロの再読を始めてから中断してしまっていることのいくつかを再開できる?





by desertjazz | 2011-12-03 22:00 | 本 - Readings

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