読書メモ:グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツ『シャンタラム』

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 いやぁ、久し振りに夢中になって小説を読んだ。

 グレゴリー・デイヴィッド・ロバーツの『シャンタラム』が面白いという話が、年頭あちこちから聞こえてきた。その評判が気になり、さして内容は調べず書評類も読まないでページをめくり始めたら、グイグイ惹き込まれて、上・中・下3巻を実質一週間で一気に読み通してしまった。

 銀行強盗の罪で収監されたオーストラリアの男が刑務所を脱獄し、インドのボンベイ(ムンバイ)に逃れる。そのボンベイの街中やスラムで、訪れた田舎の村で、大物マフィアのもとで、様々なひとびとと出会い、運命的で稀な体験を重ねるというストーリー(これから読む人のために、具体的なことは一切書かないでおく)。

 登場人物がとても多く、各人がまるで網目のような複雑な関係性で繋がっている。そしてその多くが謎を隠しもっている。それらの謎はひとつずつ明かされていくのだけれど、その度に新たな謎が生まれる。また謎解きが繰り返され、それらは想像した通りだったり、意外なものだったり、あるいは仄めかしで止まったり。謎がすべて解き明かされるものか、次第に分からなくなってくる。だから自然と読む速度が上がっていくうちに、頭の中で推理・思考・考察することが刺激的になり興奮してくる。

 これだけの長編でありながら、ひとりひとりの人物の登場のし方やキャラクター付け、個々のエピソードの配し方が実に鮮やかだ。さり気ない挿話だと思ったものが後で重要な意味を帯びてくるし、安心したところで完全に裏切られるような驚きの展開も至るところに潜んでいる。上・中・下巻でストーリーのテンションというかフェイズといったものが大きくシフトするし、ある箇所で一気にリセットがかかる展開には息を呑むほどだ(そのポイントはツイートしたが、ここには書かない)。ここれは小説のプロットが完成した後に書き上げられたからなのだろう。

 あくまでも犯罪者を描いたフィクションなのだが、その多くの部分は著者の実体験に基づいているらしい。そのことから、著者のインドでの体験が反映されたかのような名言が全巻にわたって散りばめられている。個人的にも憶えのあるような気に入った表現(どうしてこれほどの文字表現ができるのだろう?)に出会う度にページを折っていき、気がつくと3冊の本はドッグイヤーだらけになってしまった。

 そのあたり読者によっては説教臭く感じられるかもしれない。中盤で度々繰り返される「善・悪」の問答も納得できなかった(一方で『カラマーゾフの兄弟』の「大審問官」を連想して、もしドストエフスキーが『ゴッドファーザー』を書いたらこうなる?なんて妄想も)。巻が下るごとに筆が弱まっていくような印象もあり(特にハイライトになってもおかしくなさそうな第四部の後半が物足りなかった)。それでも上巻の一文一文が実に良くて、この一冊目を読むだけでも価値がある。

 全部で2000ページ近い大著(文庫版のみ)で、しかも改行少なくページが活字で埋まっている。それでいながら、結末を早く知りたくて(それと同時に終わってほしくないとも思うのだが)読み始めるともう止まらない。解説(養老孟司)でも「一週間たらずでとうとう読み終えてしまった」と書かれているが、実際そうした読み方しかあり得ないだろうと言い切りたいくらい。なので、登場人物の多さも話の複雑さも、読み進む上で全く障害とはならない。

 この上ないほどに優れた運命論であり、様々な人生哲学が詰め込まれており、人間の素晴らしさとインドの魅力について縦横に語った見事な作品だ。人間の運命が、ささやかな判断(決断にまでも届かない)によってどう決定されるかについて描かれており、そのことに現実感がある。最上級のハードボイルド小説であり、琴線が震えるラブストーリーでもある。これまでに読んだ中で最高に面白い小説のひとつだった。




(備忘録)

・インドとムンバイ、パキスタン、アフガニスタンなどについて多く知ることができた。
・民族問題や政治情勢について詳細に知り尽くしている。
・一部フィクションかと疑問に思って調べたことも事実だった。
・都市ビルの印象しかなかったムンバイの多彩な情景が美しく浮かんでくる。
・インド人ってこんなに素敵なんだ!(ホント?)
・ムンバイに行きたい、と誰もが感じるだろう作品。
・音楽やボリウッドの取り込み方が巧みで、それらの魅力も伝わってくる。
・どこまで実体験に即しているのか? スラムなどの描写はどの程度リアルか?
・映画化が決まったが遅れているらしい。この内容は1本では無理だし、連作にしないと勿体ない。
・同著者のノンフィクションを読んでみたいが出さない方がいい?
・彼が2作目の小説を書くことは恐らく不可能だろう。
・もう一度最初から読んで楽しみたい、というのが今の気分。

・読みながら比較対照した本が昨年読んだ中に2冊。それらの評価・評判は高いが、書いたら批判的なものになる。

 ほかにも何か思いついたんだったような…。





by desertjazz | 2012-01-31 20:00 | 本 - Readings

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