2012年 05月 19日
読書メモ:Thomas Pynchon "INHERENT VICE"
トマス・ピンチョンの最新作『LAヴァイス Inherent Vice 』(2009年)を読み終えた。フゥ〜、面白かった。
前評判通りピンチョンとしては「分かりやすい」し、実際読み始めると割とサクサク前に進む。けれど、どこまで理解できたかについては全く自信がない。
軽妙にやり取りされる会話だとか、ちょっとしたユーモアだとか、音楽、映画、テレビ番組などからの引用だとかいった、ひとつひとつのパーツがまず楽しい。もちろん日本人にとってはどこで笑ったらいいのか分からないスタンダップコメディーを見ている気分になるシーンも多いのだけれど。
本作は探偵小説なのだが、途中段階ではなかなか全体像が掴めないし、話の結末がどこに向かっていくのかも分からないし、作品を通じて伝えたいことがあるのかどうかも定かではない。
そうなる理由のひとつは登場人物が多いこと。しかも様々な人物たちが忘れかけた頃に相次いで再登場する。エピソードの数々も同様で、さり気ない挿話かと思ったものがずっと後で大きな/小さな意味を持ってきたりする(具体例を挙げていくと切りがないが、分かりやすい例で言えば、火災報知器を繋いだ電話だとか)。こうした傾向には、まるで記憶力ゲームを試されているかのような面白味もあり。これらが織りなす複雑さによって、読んでいるうちにまるで大きな網目を辿っているような感覚にさせられるのは、『メイスン&ディクスン』を読んだ時と同様だった。そして読み終えた後、作品のもつメッセージがじんわりと浮かび始めたような気にもなってきた。ディテールの積み重ねに計算があったということなのか? この読後感はこれからも徐々に膨らんでいくのだろうか。
舞台は1970年のLAということで、当時の音楽やらテレビ番組やらがテンコ盛り状態で散りばめられている。ビーチボーイズ、ドアーズ、ジェファーソン・エアプレーンはもちろん、フランク・ザッパ、カントリー・ジョー&ザ・フィッシュ、ブルー・チアー、チーチ&チョン、さらには数々のジャズ・プレイヤーからギリシャのレンベーティカまで。思わず懐かしくなることしばしば(ミスター・スポックの決まり台詞にも毎度頷く)。アメリカンのポップカルチャーを知っていればいるほど楽しめる小説だと思う(なので全く知らないと、一緒に笑えないスタンダップコメディーの連続ともなる)。
反対の言い方をすれば、アメリカでの生活体験がないと理解し尽くすことが困難な作品なのではないだろうか。特に60〜70年代をどれだけ実体験しているかに読解が左右されそうだ。そうした特質はジャック・ケルアックの『路上』を読んでも感じたこと。同じアメリカ文学でも、スコット・フッツジェラルドやレイモンド・カーヴァーの小説からは、人が共通してもつ哀しみのようなものが伝わってきて日本人でも十分共感できるが、ピンチョンやケルアックの方は、ハイウェイを暴走したり、ドラッグでラリったり、ホームコメディーを浴びるほど見たりといった感覚(実体験までいかなくても)が、かなり求められるのだろうかとも思った(これ、あくまで純文学音痴の個人的感想)。
それにしても何という構成力なのだろう。他の小説の何十倍もネタが詰まっていて、何十倍も複雑。ピンチョンの頭の中は一体どうなっているんだ??
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(東京に4泊5日滞在して一旦帰宅。自宅に戻った合間に『LAヴァイス』を一気に読了。そして明日からは長崎界隈にしばらく滞在予定。カズオ・イシグロの生まれ故郷であるこの街を訪れるのは20何年かぶりなので、ちょっと楽しみだ。)
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