2015年 12月 31日
BEST BOOKS 2015
1. バオ・ニン『戦争の悲しみ』(ベトナム)
2. ガブリエル・ガルシア=マルケス『生きて、語り伝える』(コロンビア)
3. ブルース・チャトウィン『ウイダーの副王』(イギリス)
4. オルハン・パムク『わたしの名は赤』新訳版(トルコ)
5. カール・オーヴェ・クナウスゴール『わが闘争 父の死』(ノルウェー)
6. カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』(イギリス)
7. トマス・ピンチョン『重力の虹』(アメリカ)
8. L・ヴァン・デル・ポスト『ある国にて 南アフリカ物語』(南ア/イギリス)
9. ミシェル・ウエルベック『服従』(フランス)
10. 田中真知『たまたまザイール、またコンゴ』(日本)
毎年書いている通り、1年で100冊完読することをひとつの目標(ノルマあるいは目処と言ってもいい?)としている。しかし今年は100冊にはほど遠かった。例年と同様に薄い新書や文庫は読まず、長編大作に没頭した影響が大きい。海外の新旧の小説を読みふけっていたのが 2015年の傾向で、その分ノンフィクションや研究書の類は減った。大作読み切るのに精力削がれて、難解な小説や評論に挑む度に挫折を繰り返すことにも(そうした本も含めれば100冊以上になるがカウントには含めず)。
それと同時に、読書する時間の確保がますます難しくなってきてもいる。今年は「どこかへ旅したいなぁ」とばかり呟いていたのだが、振り返ってみると、サンフランシスコ2週間、パリ1週間、中央アルプス2週間、北陸1週間、再び欧州(フランス、イタリア)2週間と、それなりに旅に出ていたので、なおさらだ。
こうした具合なので、読むことに追われて読書メモは次第に書けなくなってしまっている。それでもいろいろ感想を綴っておきたいことが頭の中に残っている10冊。順位にさほど意味はないが、とにかく最初の2冊が圧巻だった。
まず1位に選んだバオ・ニン。今年はベトナム戦争終結40周年、それを記念するくらいの気分で、数年前に買っておいた『戦争の悲しみ』を読み始めたのだった。ところが、ベトナムにこんな凄い小説があったとは! アジアの小説を読んでここまで圧倒されたのは、インドネシアのプラムディヤ・アナンタトゥール『人間の大地』全4部6冊を読んで以来のことかも知れない。
終わりまで綴られず肝心な部分を前に中断される戦中の事件や惨劇、まるでノンフィクションかのような生々しい戦争描写、ベトナム戦争で心が破壊された男の記憶の断片が散り散りになっているだけかと思いきや、それらや次第に結びついて話の極点に向かって巻き上がっていく。戦争によって蹂躙された若い男女の悲劇でありながら、思い通りにいかずに老いるということの普遍性さえ感じさせる。中盤までは漠然と書かれた印象であったのだが、実は周到に計算されていたに違いない。全くなんという構成力なのだろう。どこにも救いなどないのに、読み終えた後には不思議な感動が残る。
もしかすると、まるで日本も世界も自滅へと突っ走るかのように戦争を求める時代感覚が、自分をこの作品に向かわせたのかもしれない。4年前、福島第一原発事故に石牟礼道子の『苦海浄土』を貪り読んだときのことも思い出した。
2位のガブリエル・ガルシア=マルケスの自伝は彼の代表作にも匹敵する面白さ。彼の自伝が少年期〜青年期(ヨーロッパに渡る前)を描いた1巻目だけで終わってしまったことが何とも悔やまれる。今年はガルシア=マルケスの全小説を初期短編集から順に読み直し続けたり、ロベルト・ボラーニョのコレクションを発売になった順に読んだりもしていた。ガルシア=マルケスは残り数冊なので、来年読了できそう。ボラーニョは『2666』へ至る道程を辿るように、順調に既刊書を読み終えている。ガルシア=マルケス、ボラーニョ以外にも、今年はなぜか南米関連が多かった。マシャード・ジ・アシス『ドン・カズムッホ』やブルース・チャトウィン『パタゴニア』等々(ダーウィン『ビーグル号航海記』やメルヴィル『白鯨』も読了)。またこれまで知らなかった南米の小説家の作品も相次いで邦訳が進められ気になりつつも、さすがにそこまでは手が出せなかった。
3位ブルース・チャトウィン『ウイダーの副王』を読んで、ブラジルとダオメー(現ベナン)との間にこんな奇譚があったことを初めて知った。どこまで事実でどこまで創作なのか。チャトウィンも立て続けに読んで、『黒ヶ丘の上で』を除いて全作読了。各作品とも舞台が全く異なる面白さを感じた中で、個人的には『ウイダーの副王』が一番だった。昔『ソングライン』を読んだ時にはさっぱり楽しめなかったのだが、今年はオーストラリアのアボリジニの歌に関する仕事を引き受けてしまったので、『ソングライン』も読み直す必要がありそうだ。
新装版でようやく再読した4位、パムクの『わたしの名は赤』には驚いた。彼の著作の中では特に好みではなかったのに、これほどに凄い小説だったのか! もしかすると最高傑作かも。藤原書店版で読んだ時とは印象が異なり(それより話の筋をすっかり忘れている)、犯人明かさずに終わる推理小説的なところがひとつの魅力と思っていたのだが、全く記憶違いしていた。バオ・ニンと同様、構成力の大勝利。数多くの登場人物?が語り継ぐスタイルに導かれて、先が気になる。死人や犬や絵まで語り始めて、そんなはずないだろうという疑問も、作品最後の一文で解消。お見事! パムクの他の作品群ももう一度読み直したくなった。
世界的大ベスト・セラーとなったカール・オーヴェ・クナウスゴールの『わが闘争』もいよいよ翻訳がスタート。その初巻『父の死』は、前半はタラタラ進むが、後半一気にギアが入り思索的になってからに力を感じる。傑作なのか過大評価されすぎているのかはまだはっきりしない。6巻全部で4000ページ以上になると思うのだが、年1冊くらいのペースで構わないので順調に翻訳が進んで欲しい。(来年は夏頃に出そうなアディーチェの『アメリカーナ』の邦訳も楽しみだ。)
ナイジェリアのアディーチェらと並んで世界で最も好きな現役作家、カズオ・イシグロの新作『忘れられた巨人』は、前作『短編集』に続いて、こちらの期待感に届かない印象。パムクの『無垢の博物館』を読んだ時の肩すかし感のようなものがある。だけど、一作ごとに全く異なる異なる小説を完成させ、しかも独特な世界観を見せる点はさすが。多分自分の読み込みが足りないのだろう。しっかり再読しないとまだ判断できないな。
トマス・ピンチョンは7位に入れた超大作『重力の虹』(長過ぎることもあるが、「最高傑作」との声もあるので、後回しにしていた)で遂に全小説を読み終え、これには達成感を抱く。でも、やっぱりピンチョン、よく分からん!
L・ヴァン・デル・ポストは古のブッシュマン(サン)を追い求める『カラハリの失われた世界』や『奥地への旅』が知られているが、黒人少年との心温まる交流(悲劇には終わるが)を描いたこうした作品があったとは。今年『ウイダーの副王』と『ある国にて』の翻訳を出したみすず書房に感謝。
『地図と領土』が面白かったウエルベックも片っ端から読んでいる。確かに『プラットホーム』(これは好きになれない)も『服従』もある意味で時代とのシンクロを感じさせるが、果たして「予見書」なのかどうか? 巷でも多く語られているので、ここではパス。
残る1冊、全部海外ものでも構わないか、あるいは1冊くらい日本人の作品を入れるとすれば又吉の『火花』か、などと思案した末、田中真知さんの『たまたまザイール、またコンゴ』に決定。22年の間をおいて行われた2つのザイール河(コンゴ川)下り。どちらも流域に暮らす人々との交流がとてもいい。思わず自分も川下りをしたくなる?1冊。真知さんは、人に読ませる文章を書くのが本当に巧いなぁ。
リストを見直すと、何故だか南米とアフリカにまた呼ばれているような気がする。と思っていた矢先、南米旅行とアフリカ旅行のお誘いが! さて 2016年はどうなる? またまた旅で忙しくなる気配がしてきているのだけれど、来年も100冊目指しながら読書を楽しもう!
(2016.01.02 09:00 全面的に書き直し)
(2016.01.02 13:40 加筆)
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