The Idan Raichel Project in Japan 2015


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 なんて柔らかく暖かくて繊細な調べなのだろう。今回イダン・ライヒェル・プロジェクトの日本公演を聴いてとりわけ印象に残ったのはイダンが紡ぎ出すピアノの音の美しさだった。

 全国8都市を巡ったイダン・ライヒェル・プロジェクト The Idan Raichel Project(IRP)の日本ツアー、その最後の2公演を観てきた。

 2015年12月14日(月) 横浜・神奈川県民ホール
 2015年12月15日(火) 東京・中野サンプラザ

 両公演とも会場がコンサートホールだったため、これまでに観た IRP のライブよりもずっと腰を落ち着けて、個々の音と音の構造をじっくり確認しながら聴くことができた。

 まず舞台下手からイダンが登場しソロで1曲。ピアノの一音目からもう耳が虜になってしまった。イダンは俯き目を閉じてプレイ。よくみると小声で何かを呟きながら演奏している。自己の世界に入り込んむことで、珠玉の美しさを持ったメロディーを完成させる作業に没入しているかのよう。

 2曲目はピアノ弾き語り。イダンの歌声はいつ聴いてもいい。もの悲しい曲調に呼応するかのように、会場が瞬く間に静まりかえっていった。今度の日本公演はイダンの歌を存分に聴けたこともよかった。

 3曲目でドラム奏者とベース奏者(ヴァイオリンとアコースティック・ギターも兼務)が登場。さらにカマンチェ奏者(ベースも兼務)が加わる。時おり短めの MC を挟みつつトリオ〜カルテットでの演奏が続く。来年1月にリリース予定のイダン・ライヒェルのソロ・アルバム収録曲も交えながら進行。どの曲も短く、もう少し聴きたいと思ったところで終わってしまう。このあたりまでは IRP のライブというよりも、「演奏会」といった雰囲気だ。ステージのスクリーンには歌詞の抄訳や MC の内容が映し出され、イダンのことを知らずに来た聴衆に対しては親切な工夫だったと思う。

 7曲ほど終えたところで笛のマエストロ、エヤル・セラが登場。超絶パフォーマンスを披露。一気に美味しい所を持っていった感じなのだが、彼のパフォーマンスは昨年よりも控え目。(それだけエヤルが凄過ぎるということなのだろうか?)"Im Telech" などの2曲でバンド全体で長尺演奏を展開。イダンのリリカルなピアノと他のプレイヤーたちとの間のインタープレイをたっぷり楽しめた。ホント、イダンのピアノには一段と磨きがかかっている印象を受ける。

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(例えば4日前に公開された "UNITED PIANOS | World's first 22 hands piano piece" を観ても、イダンが重要な役割を担っているなど、ピアニストとして注目され続けていることに納得が行く。)

 ここまで聴いて、それぞれの曲が独特かつこの上もなく美しいメロディーを持っていることや(哀感や寂寥感の究極点)、イスラエルはもとより、エチオピアなどの周辺国、モロッコ、東欧、等々、さらには欧米ポップまでもを巧みに取り込んだ、汎地中海/汎ワールド的なミクスチャー・ミュージックになっていことを再確認。ただ今回は高域の音に寄り過ぎで音量が控え目なこともあって、軽い音に聴こえたことはやや不満。もっと重低音を強調しても良かったのではないだろうか?

 そろそろ2部構成の第1部が終わるのかと思ったところで、女性ヴォーカルが登場。今回はひとりだけ。いつもと違って2人じゃないのはちょっと残念。そして最後に男性ヴォーカルが加わってメンバー7人が揃う。ここで突然ハンドクラップとスタンディングも求めてきて、何とも強引だなぁと思いつつも、いつもの IRP ライブの楽しいダンス・パーティーへとなだれ込んでいった。(ヴォーカルの3人は IRP 結成以来不変の布陣のようだ。)



 ここまで約1時間20分演奏を披露したところで、15分間の小休止。これは主催が民音であるため、年配のお客さんが多いことへの配慮なのだろうか、それとも民音にとって譲れない公演スタイルなのだうか。

 第2部はのっけからイダンのくだけた調子のMCでスタート。ストイックなインプロヴィゼーションが続いた前半からは雰囲気が一転。"Mi'ma'amakim (Out Of The Depths)" や "Bo'ee (Come With Me)" といった傑作ヒット曲を連発してダンス・パーティーが再開("Bo'ee" はアレンジを変えて披露)。自らカメラを持って撮影したり、カメラマンをステージに上げたり、ピアノ演奏とダンスを往復したりと、イダン本人も気持ちを開放して楽しんでいる様子だった。

 ただひとつ残念だったのは、この後にやったアンコール1曲目のこと。日本語の歌を歌ったのだが、事情を知らないイダンのファンたちを困惑させたりしていた。(まあ、この件に関しては多くは語らないでおこう。)


☆☆

 自分がイダン・ライヒェルの音楽と出会ったのはいつのことだっただろう。そう思い、改めて調べてみた。

 12年前にイスラエルに1ヶ月近く滞在した。この間、2003年10月27日にテルアビブの Tower Records で彼のデビュー・アルバム "The Idan Raichel Project" (2002) を買っている。これが全ての始まり。2006年1月29日にはパリ、エトワールの Virgin Megastore でセカンド・アルバム "Out Of The Depths" (2005) 購入。今でもファーストこそがイダンの最高傑作だと思っているし、セカンドもそれに匹敵する作品だ。そのいずれもをリリースほどなくして聴けたのは大きな幸運だった。

 イスラエルからとんでもないアーティストが現れた! そう感じ取って、2006年10月23日にパリ18区の Divan Du Monde で行われた世界デビューお披露目ライブに駆けつけた。その直前には彼への単独インタビューにも成功。この頃が一番熱心にイダンの音楽を聴いていたかも知れない。

 ファースト・アルバムは今でも素晴らしいと思い続けている。もちろんファーストとセカンドからベスト・トラックを集めた初のインターナショナル盤 "The Idan Raichel Project" を聴くだけでも、彼の素晴らしさは十分に知ることができる。

 でも彼独特な世界観はイスラエル盤を聴いてこそ伝わってくるし、そこにはその後の作品にはない不思議な統一感がある。だから昔 El Sur Records にイスラエル盤を入れるように勧めたりもしたのだった。その一方で、個性的なメロディー、独特なミクスチャー感覚、そして宅録的な実験性から、当時はそれほど一般向けの音楽とは思えず、ちょっと自分に自信を持てないでもいたのだった。

 ところが、今回の日本公演は聴衆の大半が彼の音楽を初めて聴くのにも関わらず、前半では全ての耳を釘付けにし、後半では熱狂的に踊らせたのだから、大したものである。イダンの楽曲が元々それだけの普遍性を持っていたということだし、彼自身も経験を積んで大きく成長してきたということなのだろう(休憩時間と終演後のCDの売れ方も尋常じゃなかった。CD物販であんな人だかりを目にしたのは初めて。「久し振りにCDかったわ」なんて声も聞こえてきた)。

 イダン・ライヒェルというミュージシャンは、恐らく自分が考えたいたよりもずっと大きな存在だったのだろう。



 全く夢のようなことだが、昨年と今年、IRP のステージを日本で4回も観ることが出来た。それでもまだ物足りない。大きな不満というか、最も違和感を覚えたことは、ヒット曲のサビ部分でも大合唱が起こらないことだ。

 その点、いまでも懐かしく思い出すのは、2006年に初めて観たライブである。パリ在住のユダヤ人たちが集まってチケット完売札止めとなった中、大盛り上がり。今回は素晴らしい音環境の中でイダンのピアノをたっぷり味わえたけれど、次回は踊れる箱かオープンスペースで、キーボードやアコーディオンもプレイするイダンの弾ける姿を楽しみたい。ならば、今度観たいのはアメリカかどこかのユダヤ人コミュニティーを相手にしたライブか、テルアビブあたりでのステージだろうか。

 今年の日本公演で、イダン・ライヒェルが現在世界を代表する偉大なコンポーザー/ソングライターの一人であり、卓越したピアニストであり、心に響く歌い手であり、超一流のサウンド・クリエイターであると改めて実感した。そんなミュージシャンと巡り会えたことにもう一度感謝!

 これからイダンはどこへ向かっていくのだろう。まずは完成したと伝えられる新作を聴くことが楽しみだ。そして彼のライブをまた楽しみたい。2006年にパリで初めて会い、2007年に米ワシントンのストリートでばったり再会。昨年と今年は日本でも会えた。きっとまた世界のどこかで彼の音楽に触れる機会もあることだろう。そのとき彼はさらに大きくなった姿を見せてくれるに違いない。


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(写真は 2014年に Billboard 東京と 2006年 パリ Divan Du Monde で撮影したもの。横浜も中野も撮影禁止だったので。その分、音楽を聴くことに集中できたのは良かった。)










by desertjazz | 2015-12-16 17:00 | 音 - Music
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