クロ・ペルガグの美しくも不思議な世界 〜カナダの若き鬼才が紡ぎ出す芸術〜(3)

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Klo Pelgag "L'archimie des Monstres" (Release Date : 2013.09.24)


 この作品と出会って、私はクロ・ペルガグにすっかりハマってしまった。独特な美しさを持ったメロディー、聴く人の心を癒すような優しい歌声/エキセントリックに感情を発露するような叫び、多彩なサウンドを混ぜ合わせた絶妙なアレンジと起伏豊かなオーケストレーション、それら全てが好きだ。アルバムの発表からそろそろ4年になろうとしているのに、今でも愛聴し続けている。

 アルバムを手にした誰もの目をまず捉えるのは、赤い岩に腰掛ける怪物の姿だろう。なんだか秋田のナマハゲのような見た目ではないか。だから私はこのアルバムを『ナマハゲ』盤と勝手に呼んでいる。でも怪物と言っても、なんとも可愛らしい顔だ。

 このジャケットをデザインしたのはステイシー・ロジッチ Stacy Rozich。フリート・フォクシーズ Fleet Foxes の PV "The Shrine / An Argument" のキャラクター・デザインなどで知られる画家である。クロ・ペルガグがステイシーの絵を気に入って採用に至ったらしい。

 怪物と向かい合う一人の女性(少女か?)。彼女もお面を支え持っている。ちょうどお面を外したバリのような様子だ。彼女はクロを描いたものなのだろうか。そして『怪物たちの錬金術』とは何を意味するのだろう?

 今回、クロ・ペルガグの作品(ゲスト参加曲も含めて)の全てを繰り返し聴き直している。その間、それぞれの歌詞を日本語に訳しつつ読んでみた。まず気がつくのは、体に障害を抱えた人や心に病を持った人物ばかりが登場すること。身体の一部が失われていたり(そう妄想しているだけの人も)、白血病だったり、不眠症だったり。病名を特定できないケースでも精神の病み方は相当に重症だ。こうした歌詞についての傾向は再三指摘されている通り。

 そのことと表裏をなしているのだろう、彼女の詩には「死」のイメージが絶えずつきまとう。また、夜や星(さらには冬)を歌ったり、想起させたりするフレーズが多い。

 そして実際歌詞を読み込むことで、もうひとつ気がついたことがある。それは、「私 Je... , あなた(の)vous... 」といった関係性で歌われるパターンがとても多いことだ。「私は xxx した。あなたは xxx した。(あなたに/を xxx した。)」というフレーズ展開がかなり定式化しているように思われる。

 恐らくクロ・ペルガグは、自分以外の人間に対して強い関心を持っているのではないだろうか。不十分ながらも歌詞の意味を頭に置きながら聴き始めると、彼女が他者との深い結びつきを求める声、他者との魂の交感を切望している叫びが聞こえてくるかのようになった。

 つまりは、こういうことだ。クロ自身も含めて人間誰しもが不完全な存在である。身体に耐え難い障害を負っていたり、心のバランスを失っていたりする。だから、例えば皮を纏って他の存在に変身したくなったりもする。クロはそうした人の弱さに正面から向き合い、いたわりの心を持っている、そして魂を共振させることで支え合いたいと思っている(と書くと陳腐な助け合い精神に聞こえそうで嫌なのだが)。だからあのような歌詞が書け、それを歌うステージ上でも充実感のある笑顔を見せるのだろう。アルバム・タイトルの謎を解く鍵もそのあたりにありそうだ。

 などなどと考えている最中に、アオラ・コーポレーションから『怪物たちの錬金術』国内盤の歌詞対訳が転送されてきた(翻訳担当は粕谷雄一氏)。「なんだ、これなら無理して自分で訳さなくてもよかったじゃないか」などと独り言ちつつ、拝読してみると、、、クロの歌の意味する世界がますます分からなくなってしまった。

 けれど、意味が理解できなくてもクロ・ペルガグの音楽は最高だ。レコードで聴いてもライブで接しても、自分の心は心底満たされる。もうそれだけで十分。彼女の歌をどう解釈しどう理解するかは、聴き手それぞれの自由だろう。ここまで書いてきたことは当たっていないかもしれないが(全くの的外れとは思いたくないけれど)、それならそれでも構わない。

 フランス語に堪能な方々によると「フランス語としては分かるが、その意味の深いところまでは捉えがたい」とのこと。「歌詞内容にまでは深入りしない方がいい」といった忠告も数人から受けた。

 何れにしても、彼女の歌は、単にシュールだとか不条理だとかナンセンスだとかいった形容だけでは適当ではない。かつて自分も、歌詞とサウンドの関係がアンバランス/不整合だとか、優しく扱わないと壊れてしまいそうな繊細な音楽を自己破壊しているとかいった感想を持った。

 しかしその解釈は全く正反対だったと考えを改めつつある。重い傷を負った/治癒し難い病気に苦しむ/心に深い病を持った、そんな弱者たちとの一体化を、クロは求めている。だからこそそこから生まれる、一見不条理で不思議なクロの歌世界。それは慈愛があってのシュールさなのではないだろうか? 無慈悲と捉えられることさえあるが、あるインタビューで本人が語ったように、彼女の歌は誰かに向けたラブソングのようにも聴こえ始めている。

 ただ、本当の意味をクロ本人に問うても決して答えてくれないだろう。クロ・ペルガグの音楽には解釈の自由さが残っていた方がいいのかも知れない。



 通常盤/初期盤CD(11トラック)、曲追加盤/後発盤CD(13トラック)、LP盤(13トラック)、デラックス盤CD "Edition de luxe"(16トラック)の4種/3ヴァージョンがある。本日7月16日に発売される国内盤、邦題『怪物たちの錬金術』で、通常盤に準じた仕様のようだ。

 (一時は不可能と諦めかけられた)歌詞全訳がついているので、これから購入する方には国内盤がオススメ。それが気に入ったら、デラックス・エディションも手に入れて欲しい。追加曲はどれもが捨てがたいし、クロ本人が気に入ったアーティスト16名に依頼して、それぞれの歌をイメージして描いてもらった作品がブックレットに収まっていて、これがまたいい。アート全般に造詣の深いクロらしいアイテムになっている。なので、熱心なクロのファンなら皆さん、とうに入手済みかな?


 以下、収録トラックの簡単な紹介。

(★ : 13トラック盤とデラックス盤に収録、☆ : デラックス盤のみに収録)


(1) Le dermatologue 皮膚科のお医者さん

 幾分重苦しいムードの曲でアルバムは始まる。こんな不協和音を頭に持ってくるのは、挑戦なのか自信なのか、それとも主題のプレゼンなのか? 歌詞も「あなたの皮膚で私を覆わせて」「私をあなたで変装させて」と自己否定/自己からの逃避を求めるかのような内容。トロンボーンやクラリネット?、オーボエ?、ストリングスの細やかなアレンジが施されている。

(2) La Fièvre Des Fleurs 花々の熱

 この曲を聴いた瞬間、一発でクロ・ペルガグが気に入ってしまった。これをライブで聴きたくてパリまで飛んでいったほど。前曲から一転、楽しく弾けるような曲調がいい。しかし、こんな歌詞だったとは! 白血病の彼女(友人だろうか?)が、化学療法を受けるためにそれまでの病院を去る話(か?) 死の気配さえも漂っている。ほぼクロのエレピ弾き語りの曲。コーラスもクロひとりで重ねているようだ。PV(広島カープ・ヴァージョン)のコルセット姿も印象的。

(3) Les Corbeaux カラスたち

 とにかくメロディーもアレンジも素晴らしい。わずか3分半弱の間にメロディーもムードも演奏もどんどん激しく変化していく様が見事。最初は暗く、時に軽やかに、時にダイナミックに高みへと上り詰め、クロも力強く叫ぶ。月、睡眠薬、怪物たちが歌われる、夜のイメージの強い曲。

(4) Comme Des Rames 櫂のように

 "EP" 収録曲の再演。若干テンポを早め、ストリングの音に繊細さが増した印象。でも、最初のヴァージョンもいいな。

(5) Tunnel トンネル

 トンネルからの出口を見出せないまま、血の苦しみ、死の苦しみをストレートに絶叫し続けるような歌。声の力強さが一番の魅力。しかし、楽しさや喜びが微かながら次第に漂い浮かんでくるような不気味な不思議さもある。

(6) Le Silence Épouvantail 脅しの沈黙

 これもクロのピアノ弾き語りに近い曲。「棺にするには小さすぎる脅しの木」とは? 静かな悲しみに満ちたピアノの調べと可憐な歌にただただ聴き入るのみ。

(7) Le soleil incontinent ★

 (抑えの効かない?)太陽のことを歌いながら、悲しみが深まっていくような雰囲気に包まれる。ギター/アレンジ担当の Sylvain Deschamps と二人で作りあけげた曲。ヴォーカルはクロのダブル・トラック。古典的手法だが、効果的だ。

(8) Rayon X エックス線

 暗いムードを断ち切るかのように、早口言葉っぽい歌い回しで始まる。スピード感溢れる爽快なメロディーが最高で、これはクロの代表曲と言っていいだろう。後半テンポが落ちて、10名ほどによる怪しげなコーラス(+インタールード)が重なり、まるで別の曲を繋いだかのようだ。

(9) Nicaragua ニカラグア

 これもメロディーがとても美しく、歌い口は切ない。途中から加わるリコーダー3本の音も心地良さも大きな魅力だ。しかしなぜにニカラグア?

(10) Taxidermie 剥製術

 ハルモニウム、ピアノ、鉄琴(かな?)などの折り重なり合いが美しい。獣の皮を剥ぐと「あなた」だったり、「私を剥製にして」だとかして、皮膚をテーマにしているのは冒頭曲のリフレインかのようだ。このヴォーカルもダブル・トラック。

(11) Les mariages d'oiseaux 鳥たちの結婚

 憂と悲しみに満ちたような歌声と、楽器群のアンサンブルが絶品。ピアノはなぜか兄のマチューが弾いている。

(12) Le tronc トランク ★

 「足を折ったので足はありません。家に火を放ったので家はありません。髪はありません。目は見えません。、、、」この喪失感はなんなのだろう。そして終盤に向かって明るくなっていく、ほのかな怪しさ。この曲でもクロは歌だけに集中している。

(13) Pégase 天馬 ☆

 パリのシンガー、トマ・フェルセン Thomas Fersen の曲のカバー。クロのヴァージョンも楽しげで大好き!

(14) Maladies de cœur ☆

 "EP" 収録曲の再演。La Fièvre Des Fleurs などと並ぶクロの書いた名曲のひとつだと思う。

(15) Tremblements ☆

 "EP" 収録曲の再演。先のヴァージョンはアコースティック・ギターのバッキングだったが、今回はクロのエレキギターを楽しめる。

(16) La neige tombe sans se faire mal 痛みをおぼえず雪は降る

 クロによる全くのピアノ弾き語り。アルバムの幕を閉じるのに相応しい、美しく優しい調べのナンバーだ。



 兄マチューら仲間たちの力添えもあったにせよ、こんな作品を23歳にして完成させるとは。クロ自身が今後これを超えられるのかと思わせるほどの快作(傑作という褒め言葉は、これからの成長に期待して残しておこう)。

 このデビュー・アルバムは、カナダ、フランスなど各国で大絶賛された。そしてその後のツアーも公演を重ねるごとに内容を深めて行ったと伝え聞く。自分も一度だけだがパリで観ることができ、アフターパーティーにも招かれてクロとたっぷり話しをできたことはとても幸せだった。(コンサート・リポート → パリ滞在記2015 (14) )

 驚きの連続だった『怪物たちの錬金術』ツアー、その最大のサプライズは最終公演で行った断髪式だろう。なんとクロはステージ上で長い髪をバッサリ切り落とし、スキンヘッドにしてしまった。そこには病に苦しむ弱者への暖かい気持ちが込められていたのだと、後日で知ることに。やはり他者を思いやる視線と共感こそが、クロ・ペルガグのアーティスト活動の基盤にあるのだと確信したのだった。(この話、続く。)




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(クロちゃんに会った時、発売になったばかりのデラックス盤にサインをいただいた。読むと「日本に行って刺身を食べたい」と書いているような気がするなぁ?)







by desertjazz | 2017-07-16 00:00 | Sound - Music

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