Springsteen On Broadway - Part 1


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2018年2月

 ニューヨークのブロードウェイでブルース・スプリングスティーンのソロステージ Springsteen On Broadway を観てから2週間が過ぎた。しかし、未だに放心状態が続いている。かつてこれほどの音楽体験はあっただろうか。今、これを超えるライブなど想像もつかない。自分はこれから一体何を聴いて生きて行けばいいのだろう。

 これまで40数年間音楽を聴いてきたが、今後、自分の音楽遍歴は「Broadway前」と「Broadway後」に二分されることだろう。今回ニューヨークで観たブルース・スプリングティーンのパフォーマンスは、想像と期待を遥かに超えるものだった。ステージに登場して「DNA, your natural ability, ... 」と放った第一声 、"Growin' Up" をつまびきながら穏やかに語った姿、"Born in the U.S.A." と "Land of Hope and Dreams" で魅せた壮絶なギタープレイ、暖かい日差しを一緒に浴びている気分になった柔らかな語り、醜い対立を避け絆を深めようというメッセージ、アメリカと自分とあなたのヒストリーを知りたいという言葉とそこに込められた意味、"Born To Run" のラストでギターのボディを叩く光景。それら 2時間15分間の全ての瞬間を、自分は生涯忘れることはないだろう。


2017年9月7日

「あーーーっ !? 届いてる !! 」 夜、自宅で大好物のアイリッシュ・ウイスキーを口に運びほろ酔い気分で寛いでいたところに、パートナーの叫び声が響く。何かと思いきや、、、Springsteen On Broadway のチケットを購入するのに必要なコードがメールで送られて来ているというのだ。

 まさか !?

 Springsteen On Broadway のチケットは、金さえ出せば買えるとか、タイミング良く販売サイトにアクセスすれば手に入れられるとかいうものではないのが厄介だ。スタジアム・ライブの度に数万人を集めるブルース・スプリングスティーンがキャパ939席(929席、960席、975席など、他の数字の記事もあり、正確な座席数は未確認)のステージに立つと言うのだから、そもそもチケットの絶対数が少ない。

 そこで特別なシステムが組まれた。アメリカの Ticketmaster に事前登録し、(1)ブルース・スプリングスティーンのファンであること、(2)転売する可能性がないこと、この二点を認定された少数にだけチケット購入の権利が与えられ、それに必要なコードが携帯メールに送られて来るシステムらしい。なので、熱心な日本のファンの間では「日本人がチケットを買うのはほぼ不可能」と囁かれてさえいる(この記事を書いている時点でも、日本からチケットを買えたのはわずかに数名?)。

 そんなプレミアチケットをスプリングスティーンの特別なファンでもない自分があっさり買えてしまうのか? 今目の前で起こっていることが俄かには信じがたい。

 昨年夏に Springsteen On Broadway が発表になった時点では全くの他人事だった。何より最高で850ドルという価格設定に呆れてしまった。何がワーキングクラス・ヒーローだ。こんな値段じゃ、彼が歌のテーマとする本当の労働者階級は簡単には買えっこないだろう。

 それでも興味本位で Ticketmaster に登録だけしてみた。昔からクジ運が酷く悪いので、全く期待せずに。しかも、「当選」しても、コードは携帯電話に送られて来るとのこと。自分はケータイを持っていないので、パートナーの番号を借りて登録。

 当初は11月まで39日間組まれていた Springsteen On Broadway。計算するとチケットはトータルでも36000枚程度。待ちかねた結果は見事に空振り。当然だ。ところが会期が翌年2月まで延長され、その分の発表が今日だった。そんなこともすっかり忘れていた。

 パートナーがメールに気がついたのは何と販売開始の1時間半前。突然のことで、さてどうする? ところが酒が進んでいて、とてもじゃないがまともな判断がつかない。だけど、日本人が買えたという話はこれまで一切聞かない。これは宝くじに当選したようなもの(過去 Ticketmaster を利用したのは、2000年のユッスー・ンドゥール、2007年と2016年のスプリングスティーンの3度だけなので、自分が選定されたことが不思議だ)。折角当たったのなら、万難を排してニューヨークにいく行くしかない。そう決意した。

 酒のために冴えない頭で迷ったのは、どの日を選ぶかということ。年末年始は仕事が入って身動きできない可能性が大。そこで、ステージングが固まっているだろうと推測して、最終週にした。恐らく良い席は取れないだろうと思い、さすがに最終日はパスしたが。

 日本時間の22時ジャストに販売開始。早速 1/30 のシートにトライ。即完売かもと恐れていたが、「チケットなし」の表示にはならない。もしかしてチケットが取れた ?? ここで一安心してしまい、数秒遅れたのが命取りになりかけた。先に進まなければ意味がない。BEST AVAILABLE の表示をクリック。よし、あっさりシートを確保できたぞ。買う席を選んで迷っているうちに良い席がどんどんなくなっていくことを恐れて、示された席をそのまま選ぶ。まあ4列目なら大満足じゃないか(なぜか1〜3列目は数席を除いて表示もされない、なので実質最前列だ)。スプリングスティーンを間近で座って聴けることなんてこれが最初で最後だろうと思い、一番高いチケットを買うべく腹をくくる。

 ところが、さて決済しようとすると、、、、、買えない。あれこれ試みるが先に進まない。何をやっても全くダメ。ひたすら焦る。シートはキープできているのにー!

 ここで、2年前サンフランシスコ滞在中にオークランド公演のチケットを決済しようとした時にも、同様なことがあったのを思い出した。その時はクレジットカードを別のに替えて決済できたのだった。そこで今回も同じ手段を試みると、問題解決! カウントダウン・タイマーを見ると、Time Out まで残り2分。どっと冷や汗をかいた。

 Springsteen On Broadway のチケット、一人が買えるのは2枚まで。パートナーに一緒に行かないかと尋ねると「行かない」という。2枚買っても譲る相手はいないから、1枚のみにした。念のためにチケットを PDF 化までできたところで一安心し、また飲み直す。しばらくしてから、ふと思った。待てよ? 一人2枚までと言うことは、もう1枚別の日も買えるのかも? 試してみたら翌日 1/31も6列目の良い席が残っていた。自分は英語が苦手なので、一度観ただけでは聞き取れないだろうと理由を作って、もう1枚買ってしまった。11月からは2週間フランスに音楽取材に行くので、これから半年は節制生活だ。

 Springsteen On Broadway は自伝 "Born To Run" の内容に沿った構成になると噂されていた。そこで、ニューヨークに飛ぶまでの4ヶ月間は、"Born To Run" の日本語版を繰り返し読み、英語版でも読み直し、さらにはスプリングスティーン本人が朗読した Audio Book を聴いて耳慣らしする日々が続いたのだった。


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2018年1月27日

 2000年の秋以来、18年振りのニューヨーク(一昨年2016年にブラジル往復した際、JFKトランジットだったので、久しぶりという感覚はない)。12時にブロードウェイにある Pearl Hotel にチェックイン。まずは公演会場の Walter Kerr Theatre の場所をチェック。会場周辺のホテルの中で、価格がリーズナブルで評判の良いところを適当に選んだだけなのに、そのシアターは通りを挟んだほぼ真向かいだった。これは幸先が良い。入口周辺には年配の男女10人ほどが集まり語らっている。こんな早くからブルースがやって来るのを待っているのだろうか? まさか?(そのまさかだったことを後で知る。)

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 18時過ぎに再び様子を見に行く。なにせホテルから歩いて1分なので。日本語を話すガードマンの Freddy さんちょっと立ち話をすると、「もうすぐ来るよ。見てったら?」と言う。待つこと10分、18時40分にブルースを乗せた車が到着。ファンからのサインの求めに応じたり(Springsteen On Broarway のポスターにもらっている人も数名)、ご婦人たちにキスしたり。記念にその様子をビデオに撮る。


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 思い返すと、今日ここに来るまでの4ヶ月が本当に長かった。9月にチケットを買って以降、心配の尽きることがなかった。何かの理由で公演が中止や延期にはならないだろうか? 実際過去に「前科」が何度もある。2003年にフランスのアングレームで開催されるフェスまでオーケストラ・バオバブを観に行った時には、ステージに組まれた照明のフレームが崩れてコンサートは中止に。2006年に訪れたマルセイユのフェスでは、バックステージでシェブ・マミを待っていたら、何と!彼が逮捕されたと連絡が来た。(彼はそれ以来フランスの地を踏んでいない。)ブルースが病気をしないだろうか(少し前には奥さんのパティがインフルエンザに罹ったばかり)、大きな怪我をしないだろうか、彼の身内に不幸が起こらないだろうか。何より一番の心配は自分が病気をすることだった。周辺ではインフルエンザが流行っていたので、感染しないことに気を配る毎日。とにかく如何なるトラブルも避けることに神経を消耗した。

 長いと感じたもうひとつの理由は、Springsteen On Broadway に関する情報を一切シャットアウトしようとしたから。スプリングスティーン側が情報の漏洩を避けているのだから、自分としても予備知識なしで公演を迎えたい。そこで関連情報は一切見ないと決めた。記事は読まない。写真も見ない。それでも完全に遮断することはさすがに無理だった。セットリストにすら目を閉ざしていたのだが、瞬間一部が目に入ってしまった。クソ、何てこった!

 とにかく不安だったので、ニューヨークに用事ができてどうしても行かなくてはならなくなったとだけ伝えて、休みを取った。そして、周囲の誰にも理由を隠し続けてアメリカに飛んで来たのだった。

 それにしても、どうして最終週を選んだのだろう。自分を呪いたくなったほどだ。


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2018年1月29日

 公演を明日に控えた日、ワールド・トレード・センター WTC 跡地へ。長年の課題であり、今回の旅の目的の一つでもあることを、今日ようやく果たせた。

 もう何度も語っていて、しつこいのは分かっているが、もう一度。

 前回ニューヨークに来たのは2000年。6月に音楽ドキュメンタリーの制作のために滞在、11月にはユッスー・ンドゥールのライブ The Great African Ball を観るためにもう一度来ている。翌年2001年には別の音楽ドキュメンタリーの取材で、インドネシアのスラバヤ→ジャカルタ→成田→ニューヨーク→ブラジルのサンパウロ→サルバドール(バイーア)という大移動を予定していた。その NYC/JFK トランジットは当初 9月11日の予定だった。

 実際は4日ほど撮影に遅れが生じて、その日はまだスラバヤにいた。夜、撮影中に、ブラジルのコーディネーターから電話。「大変ですよ! ニューヨークのビルに飛行機が突っ込んで、ビル11本が崩れました。ニューヨークの空港が閉鎖されたので、ブラジルには来られないですよ」(ビル11本と伝えてくるあたり、テロ直後でまだ情報が錯綜していた)。

 その時はスラバヤにいた全員「なに言ってんだ?」と半ば呆れていたのだが、ホテルに戻ってテレビをつけた途端、凍りついた。WTC の2本のビルが崩落する映像が繰り返し放映されている。本当だったのか。いや、世間から遅れて実際に目にした映像が想像を超えていた。

 その映像を観て思ったのは、自分にも事件に遭遇する「可能性」が微かにあった、ということだった。2000年にニューヨークに滞在中、WTC の最上に登り、500m下を見下ろして鳥になったような気分が今でもありありと蘇る。自分が WTC にいた瞬間に飛行機が突っ込んで来た「可能性」はゼロではなかっただろう。テロは人ごとではないという恐怖が湧いて来たのだった。

(2001.9.11 の際には、JFK は閉鎖されたので、チケットをジャカルタ→アムステルダム→サンパウロに変更して、ブラジルに飛んだ。)

 WTC のほぼ直下にはアフリカ音楽のレーベル/レコード店として知られる Sterns の NY店があった。この店にはとてもお世話になった。なので後で連絡すると、店は被害を被ったものの、気の良いセネガル人の店員は無事だと確認が取れて安堵。しかし 9.11 を境に店が再び開くことはなかった(と記憶している)。

 WTC とはそんな奇縁があり、いつかまた訪れようと決め、ずっとその機会を待っていた。実際 WTC の跡地にやって来ても、何か発見がある、あるいは新たな考えがすぐに得られる、などとは全く思っていない。それでも現場の跡を見ておきたかった。WTC にもう一度来ない限り、自分の中で何らかの区切り(決着?)がつかないと感じていたのだ。

 曇天でとても冷え込んだ今日、North Pool と South Pool という WTC 跡に穿かれた2つの巨大な空洞と、そこに流れ落ちる水を見つめ、周囲に刻まれた犠牲者たちの名前をひとつひとつ読んでいく。象徴的なデザインだと思いながらも、特別な感情は湧いて来ない。

 Pool と Pool の間には Museum が建てられ、土産物屋も出ている。涙するご婦人をひとりだけ見かけたが、Pool を背景に笑顔で記念写真に収まる人が多い。どうしてそんな気持ちになれるのか自分は理解できないのだが、まあそんなものなのかも知れない。「観光化」が進んでいるというのは聞いていた通りだった。自分の中でも「風化」が進んでいるのかもしれない。

 17年かかったけれど、とにかく来られて良かった。今日のところはそれだけ。何かが心に浮かんでくるのはこれからなのだろう。

 ワシントンでもオークランドでもシドニーでも聴いた "Rising"。ブルースは明日もきっと歌うだろう。ニューヨークでブルースを聴く前に、どうしても WTC を訪れておきたかった。


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2018年1月30日

 夕方 Walter Kerr Theatre 前の様子を見に行く。今日も冷えて、今夜の気温は氷点下8度の予想。それでも、入出口付近には熱心なファンが集まっている。寒空の下、ブルースと言葉を交わしたりサインをもらったりするために待つまでの元気もないので、一旦ホテルに戻る。

 19時10分、まだ早いと思いながらも落ち着かなくて、会場の雰囲気をゆったり味わいたいし、物販も見ておこうと思って、開演50分前に会場へ。セキュリティーゲートがかなり厳重。カメラや録音機、飲料のチェックというより、銃器類の持ち込みを防止するのが目的らしい(それにしても、28日に観たミュージカル『ハミルトン』ではボディチェックすらなかったのとは大違いだ)。ガードや劇場スタッフたちからかけられる "Please enjoy the show" という言葉が嬉しい。

 シアターの中に入り、まずはステージを見に行く。真っ黒で、何らセットも飾るものもない。左右の隅に機材トランクが数個ずつ積まれているのみ。中央には1本のマイクスタンド。上手には YAMAHA のピアノ。Steinway & Sons でもないし、グランドピアノでもない。そしてセンターと上手それぞれの脇に水の入ったグラスが置かれている。たったそれだけ。チケット代 850ドルにしては何ともそっけない。

 案内の女性に促されて自分の席を確認。そして、、、心臓が止まりそうになった。何だよ、この席は! まっすぐ視線の先にピアノ椅子が垂直の位置に置かれている。その間に遮るものは何もない。まるで手の届きそうな距離だ。BEST AVAILABLE は本当だった。

 その後は物販をチェックし(40ドルするポスターやTシャツが飛ぶように売れて行く)、2階席と3階席からの眺めがどんな様子かも確認。狭い場内で空きスペースを見つけてしばらくまったりした後、開演10分前に席につく。

 さあ、いよいよ待ちに待った瞬間だ!



(続く)







by desertjazz | 2018-02-25 23:01 | 音 - Music

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