Springsteen On Broadway - Part 2b(短縮版)

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(※ 公演を観たリポート本編を書き出したら、優に10000字超え。原稿用紙30〜40枚分。記憶を呼び覚まし、ネット記事や自伝も参照しつつ、ステージを再構成してみた。かなり詳細に書いたので、明かしすぎだろうかと思い、それを編集してこの短縮版を作成。「完全版」は 6/30 に Springsteen On Broadway 全公演を終わった後で公開するか、ネットでは非公開のままにしようかと考えている。)


2018年1月30日

 夕方 Walter Kerr Theatre 前の様子を見に行く。今日も冷えて、今夜の気温は氷点下8度の予想。それでも、入出口付近には熱心なファンが集まっている。寒空の下、ブルースと言葉を交わしたりサインをもらったりするために待つまでの元気もないので、一旦ホテルに戻る。


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 19時10分、まだ早いと思いながらも落ち着かなくて、会場の雰囲気をゆったり味わいたいし、物販も見ておこうと思い、開演50分前に会場へ。セキュリティーゲートがかなり厳重。カメラや録音機、飲料のチェックというより、銃器類の持ち込みを防止するのが目的らしい(それにしても、28日に観たミュージカル『ハミルトン』ではボディチェックすらなかったのとは大違いだ)。ガードや劇場スタッフたちからかけられる "Please enjoy the show" という言葉が嬉しい。

 Springsteen On Broadway は、カメラや録音機の持ち込みは禁止。なので、ほとんど手ぶらで出かけた(この記事の写真の多くはカメラをホテルに置きに戻る前に撮ったもの)。持って行ったのは、財布とチケットと咳止め用ののど飴くらい。スマートフォンも持っていないので、以下、場内の写真も録音も勿論ビデオもなし。オフィシャルの写真が公開されているので、わざわざ撮る必要などないだろう。


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(これは 1/27 の様子)

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 シアターの中に入り、まずはステージを見に行く。真っ黒で、何らセットも飾るものもない。左右の隅に機材トランクが数個ずつ積まれているのみ。中央には1本のマイクスタンド。上手には YAMAHA のピアノ。Steinway & Sons でもないし、グランドピアノでもない。そしてセンターと上手それぞれの脇に水の入ったグラスが置かれている。たったそれだけ。チケット代 850ドルにしては何ともそっけない。

 案内の女性に促されて自分の席を確認。そして、、、心臓が止まりそうになった。何だよ、この席は! まっすぐ視線の先にピアノ椅子が垂直の位置に置かれている。その間に遮るものは何もない。まるで手の届きそうな距離だ。BEST AVAILABLE は本当だった。

 その後は物販をチェックし(40ドルするポスターやTシャツが飛ぶように売れて行く)、2階席と3階席からの眺めがどんな様子かも確認。狭い場内で空きスペースを見つけてしばらくまったりした後、開演10分前に席につく。

 さあ、いよいよ待ちに待った瞬間だ!




20時05分

場内が暗転し、短いアナウンスが流れる。

Good evening, Ladies and Gentlemen.
Welcome to Walter Kerr Theatre and Springsteen on Broadway.
The performance is about to begin.


#1 : Growin' Up

今夜の主役ブルース・スプリングティーンが下手から登場。
黒のTシャツ、黒のジーンズ姿。
おなじみの Takamine のエレアコ・ギターを手にして。
それを迎える大歓声。

ステージ中央に立つブルース。
精悍な顔つき。穏やかな眼差し。凛々しい立ち姿。
研ぎ澄まされた空気感を醸し出す、その存在感に圧倒される。
照明の効果だろうか、顔の彫りと鋭い表情がくっきりと浮かび上がっている。
ここまでかっこよかったか、これほどハンサムな男だったか。
そう心の内で呟く。
このステージで必要なのはブルース・スプリングスティーンという男ひとりだけ。
いかなるセットも必要なかったことに、ようやく気がつく。

DNA ... , your natural ability, study of craft, development of and devotion to an aesthetic philosophy ... balls.
Naked desire for... fame? ... love? ... admiration? ... attention? ... women? ... sex? ... a buck?

冒頭いきなり、balls(キンタマ?)で1発目の笑い。
下ネタで笑いを取りつつ、名声や愛やセックスへの剥き出しの情熱など、80000人の熱狂的オーディエンス(80,000 screaming rock 'n' roll fans)と face to face で向き合うのに必要なものを並べていく。
一言ずつ明瞭に、噛みしめるように、ゆったりと語る。
なので、英語のヒアリングが大の苦手な自分でも案外聞き取れる。
(ほぼ自伝 "Born To Run" の文章そのままなのだから、当たり前か?)

そして、若い頃の思い出を披露しながら、今日語る目的を明らかにしていく。

I come from a boardwalk town where almost everything is tinged with fraud.
So am I.

「俺はボードウォークタウンの出で、そこはほとんど全てが詐欺にあって囚われたようなものだった。俺もそうだ。」
(この部分、自伝日本語版では「何もかもが少しばかりインチキで染まった」と訳されていた。)

In 1972, I was a any race-car-driving rebel,
I was a guitar player on the streets of Asbury Park ...

「俺はまだありふれたアーティストだった。」

But I had 4 clean aces.

「俺には若さがあった。ハードコアなバーバンド経験があった。素晴らしいバンド仲間がいた。そして、俺は Magic Trick を持っていた。」

I'm here tonight to provide proof of life ...

(ここまで "Born To Run" の Foreword 参照。)

この言葉を受けて、"Grown' Up" の聴き馴染んだイントロのアルペジオを紡ぎ出す。

中間部の語りで、

I have never held an honest job in my entire life.
I've never have any hard labor.
I've never worked nine to five.
I've never work five days a week ....
Until right now.

「正規に働いたこともないし、週5日働いたこともない、、、。今までは。」( Until right now と言って爆笑を誘ったのは、今ブロードウェイで週5日ステージに立っていることを指したのだろう。)

何ら全く個人的体験を持たないうちに曲を書き始めた話。

子供時代は、クリスマスや誕生日やバケーションといった特別な日を除くと、ブラックホールだった。

black hole of
homework, church, school,
homework, church, school,
homework, church, school,
green beans,
green beans,
green beans,
green beans,

(ブルースは豆が嫌いだったのか?)

そんなブルースが1957年、新しい世界を知る。
「7歳のガキに革命が襲った。」(絶叫)

want more life,
more love,
more sex,
more ... ,
more ... ,
more ... ,
most of all more rock 'n' roll.

自伝で多用され Audio Book で耳に馴染んだ言葉を連ねる表現を、今夜もしばしば聴くことになる。
最後の more rock 'n' roll でグッと来てしまった。

再びギターをつま弾きながら、母とギターにまつわる逸話。
(親父によると fucking guitar 。ギターを構えたポージングも受けを誘う。)
ギターを手に入れたが、2週間で断念。
ジャーーン!と、荒っぽいストローク。
7歳だったのでネックを握れなかった。
笑いに次ぐ笑い。

「俺は新しいヒーローについて学んだ。
 俺は彼と同じ2本の腕と2本の足と2つの目を持っていた。
 でも、、、。」

そのようなことを語りながら、再び "Growin' Up" の歌に戻る。

Bye Bye New Jersey !!

ラストコールまで13分以上。

今日ステージに立つ意味を明示し、幼少時の音楽とギターとの出会いについて語る。
笑い話を連発し、オーディンスを一気に引き込む、見事な導入部だ。
(分かりやすい話をゆっくりと話してくれたので助かった。)
ここまででもう気持ちよくて感動的で、すっかり感慨に耽ってしまった。

(この調子で綴って行くと取り留めなくなる。これ以降はなるべく簡潔にしよう。)


#2 : My Home Town

ブルースは上手のピアノへと移動。
最初は立って、それからピアノ椅子に腰掛け、客席を向いて語る。
正に自分の真正面にブルースがいる。
1階中央エリア4列目一番右のここは、確かにベストの席だ。
同じ最右ながら、3列目でも5列目でもわずかに角度がずれる。
まるでブルースが自分に語りかけてくるような気分に自然となる。

Everybody has a love hate relationship with the hometown.

ホームタウンとの関係を語るブルース。
幼い頃はここから逃げ出したかった。

I'm a Mr. Born To Run.
I'm a Mr. Thunder Road.
I was born to go.

New jersey ..... ,
It's death trap.
It's suicide rap.

"Born To Run" の歌詞の一節を織り込んだここで、当然大受け!

「俺はこの街から出て行く。決して戻らない。」

Go.
Go.
Go.
Go .....
I left ten minutes from home town.

大爆笑の連続。

ピアノでシンプルなコードのリフレインをつま弾きながら語り出す。
ムードが一気に変わる。
子供の頃に住んでいた家。
そばに立っていた木。
暖かい日差し。
両親のこと、祖母のこと。

I really grew up surrounded by guards, neighbors and my relatives. 

なぜかここで笑う人もいるのだが、自分はじんわり来てしまった。
そしてこの一節が重要な伏線であり、ステージの終盤に至って、大きな意味を持っていることに気づかされる。

家のそばにあった教会。
結婚式、葬式、墓場。
妹のこと、スプリングティーン家のこと。

Heartbreaking town, Freehold, New Jersey.

この言葉を受けて、自身のホームタウンについて歌い始める。


#3 : My Father's House

ステージ中央に戻り、父について語る。
父がついた仕事の名前を一つ一つ順に挙げていく。
それがとても多い。

親父が通っていたバー。
そこに迎えに行かされた時のこと。
自伝 "Born To Run" で読み親しんだ逸話が、笑いを織り込みながら、たっぷり時間をかけて語られる。

ギターとハモニカで弾き語り。

特に印象深かったのは2つの言葉。

I was looking for the voice, ... , to tell the story and sing my song.
I chose my father's voice.

As was a child, I can't understand my father's pressure.

若い頃、自分が歌うに際して、親父の声を選んだこと。
ガキだった自分には、キッチンテーブルに伏せて動かない親父が抱えているプレッシャーを理解できなかったこと。
対立の多かった父について暖かく語る。


#4 : The Wish

再びピアノに移動し、今度は母について語る。

「母については全く違う話になる。
 母は父とはまるで対照的だった。
 母は明るくてハッピーで、、、。
 母は病気とは無縁で、不満を漏らすこともなかった。」

「学校が嫌いだった。ロックスターがそうであるように。ジミ・ヘンドリックスが学校好きだと思うかい?」なんて小話を挟みつつ。

母のオフィスを訪ねた時のこと。
ヒールの響き。(ここでまた自伝を思い出す)
母への賛辞が続く。

そしてピアノの弾き語り。

この曲は聴き覚えがなく、曲名すら浮かんで来なかった。
(ホテルに戻ってからネットでトラックリストを見つけ出し、アルバム "Tracks" の収録曲だとようやく知る。)
最初の方の Japanese Guitar というフレーズが耳に残る。
(今夜は曲ごとにギターを持ち替えていたが、全て Takamine だった。ピアノも Yamaha。Japanese ばかりだ。オフィシャルの写真で見慣れた、ボディをデコレートしたギターを見られなかったのはちょっと残念。)


 ここまで4曲のシークエンス、個人的な思い出話とそれを受けた歌の内容とがしっかり結びついていて、素晴らしい流れを生み出している。なので、歌われる曲の歌詞をしっかり読み込んでおくべきだったのかも知れない。

 語りでこれでもかというくらい笑わせておいて、話の後半からそれを引き継いだ歌にかけてはしんみりさせる。語る時のブルースは想い出に浸るような表情で、それに聞き入るうちに自分も夢見心地なる。最高のストーリー・テラーだ。

 ときおり視線を遠くにやり、頭の中で言葉を探るような表情になる(これはもちろん演技)。おそらくプロンプターを確認してもいるのだろう。実は1階席と2階席の境目、つまり2階席の手すりの前、それとピアノの上にモニターが設置され、セリフがスクロールして表示される。2時間15分という長い独演なので、こうした準備もしておいたに違いない。ただし、実際ブルースがそれらに頼っている様子はなかった。

 自分にとってはここまでの約45分間が特に印象に残った。この後、次第に語りは短く、テンポが早くなって行く。語りについて行くのが難しくなった部分も多い。


#5 : Thunder Road

19歳の時、深夜に良い気分で歩いていたら、ポリスに止められた話。
(外出禁止令?)
両親がカリフォルニアに越した話。
妹の妊娠と結婚の話から、カウボーイハットとロデオの話で笑いを誘う。

家族はいなくなり、金もなく、未来などなかった。
それでも、自由を感じていたようだ?

短い語りの後に、ギター弾き語り。
昨年の 2/9 シドニー2日目、アンコールを終えた後、アコギを抱えて再登場し、 "Thunder Road" を弾き語ったシーンを思い出す。


#6 : The Promised Land

20歳、様々なステージで演奏する機会を得た。
(この列挙が最高! アホみたいなステージにも立っていて痛烈! 自伝にはここまで書かれていなかったかも?)

23歳、ラジオから流れる音楽を聞きながらフラストレーションを抱いていた。
「俺だってこいつらくらいに上手いのに。なぜ俺じゃないんだ。」

Answer ....

その答えといい、ブルースのおどけた「ジャージー・ダンス」といい、場内大受けだった。

「1971年に Next Big Thing を探しに、誰がニュージャージーに来るっていうんだ?」

「一度だけ本当のチャンスがあった。俺のガールフレンドがクラブにある男(業界の実力者?)を連れて来た。小さなステージだったけれど、全力で、マジソンスクエアガーデンに立っているかのようにプレイした。夜9時から深夜3時まで5セット、プレイした。」

「『君たちはまだ契約を取っていない最高のバンドだ。』そう言った彼は、俺のガールフレンドと寝て、去って行った。」

場内大爆笑。
笑いが収まらない。
どうしてこんな面白い笑い話ができるのだろう。

その後、ブルースはニュージャージーを離れることに決めた。
ティンカー・ウエストたちとカリフォルニアへ。
サンフランシスコでのコンテストに向けて。
3日かけて西海岸へ。
72時間のドライブの話。
ティンカーの犬の話。
運転免許の話。

途中、砂漠で見た風景の美しさ。
(美しい眺めが本当に記憶に残っているようだ。)

ほぼ自伝に沿った内容の話が語られる。

演奏の後半、オフマイクで歌うのだが、ブルースがすぐ目の前なので肉声がしっかり届く。


#7 : Born In The U.S.A.

1980年、再び大陸横断旅行。
小さな街の書店で見つけたペーパーバック。
"Born on the fourth of July"(『7月4日に生まれて』)
その著者と偶然出会う。
ベトナム戦争のこと。
戦争で死んだかつてのバンド仲間たちのこと。

(さすがに笑いは一切挟まず、シリアスに語る。)

1969年、マッド・ドッグ、ヴィニ・ロペスと3人で兵役を逃れた話。

I do sometimes wonder,
who went in my place?
Somebody did.

「俺の代わりに誰が行ったのだろう?」

自伝の中でもとりわけ印象的だった、この問いかけるフレーズが痛切に心に響く。
( "Born To Run" の ’Chapter 15 "Earth" P.103 参照。)

12弦ギターをボトルネックを使ってブルージーにワイルドに弾き語る。
とにかく音がでかい!
演奏に限って言えば、この曲がハイライトのひとつ目。
ブルースの怒りさえ感じる壮絶なプレイだった。
とにかく凄かった。


#8 : Tenth Avenue Freeze-Out

ピアノへ移動。
ほぼ初めからピアノを弾きながら語る。
一気に明るい調子に。
この切り替えも見事だ。

1 + 1 = 3

one plus one は two じゃない。
one plus one は three だよ。
("Born To Run" の Chapter 33 "The E Street Band" 参照。)

陽気に歌い語り呼びかけ、オーディンスも巻き込んで行く。
バンド仲間たちの名前を歌い込む。
そして、クラレンスの思い出をたっぷり語る。

So losing him is like losing a rain.

See you next time round, Big Man!

ブルースがクラレンスを本当に好きだったことが改めて伝わる。
(Chapter 73 "Losing the Rain" 参照。)

終始暖かく和やかな雰囲気で、普段のライブと同様の盛り上がりになった。


#9 : Tougher Than The Rest

She is the queen of my heart.
She always shine on me.

Stone Pony でパティの歌を初めて聞いた時の思い出。
その一節目は、

♪ I know something about love
Oh, Oh !

( Oh, Oh は「この娘、なかなかだな」ってニュアンスを含んだ呟き。)

ここでパティを呼び込み曲へ。
ブルースのピアノ弾き語りに、パティがコーラスをつける。


#10 : Brilliant Disguise

Trust をキーワードにした話。
妻パティを褒め感謝することばが続く。
(パティはしばらく前にインフルエンザに罹り、数日休んだと伝えられたが、もうすっかり元気な様子。彼女が休んだ間は "Long Time Comin' " が演奏されたらしい。)

二人仲睦まじくギター2本で演奏。


二人による2曲の間、自分ものんびり聴いて耳休め。
(正直なところ、あまり面白みを感じなかった。)

この演奏の後、パティは退場。


#11 : Long Walk Home

終盤のここからはシリアスなトーンに。

「昔俺は俺のロックショーに来る人たちのことは信じちゃいなかった。」という言葉から始めて、アメリカの時代状況について話を進める。

「相互理解のためには音楽もちょっとした役には立つ。ちょっとだけだけれどね。」

「アメリカのあちこちに行ったけれど、しばらくの間目にすることのなかったような酷い状況が蘇っている。」

マーティン・ルーサー・キングも引き合いに出しながら、それではいけないと静かに訴える。
(小声で呟くように感傷的に語るので、正確なところまでは聞き取れず。)

Come too far, work too hard, to allow that to happen.

ここで大きな拍手。アメリカ人たちが互いに共感し合えることなのだろう。
「俺たちはここまでやってきた。懸命に頑張ってきた。対立よりも融和と前進を。」
そんなメッセージを感じる語りだった。
(それは今の日本の状況にも、基本的にそのまま当てはまるはず。)

話は2分ほどで割と短くまとめて、ギター弾きならが曲へ。


#12 : The Rising

意外にも前置きは一切なく、"Long Walk Home" から "The Rising" へと移る。
いや、この曲について、9.11 について、アメリカの聴衆に何かを語る必要など最早ないのだろう。
あるいは "Long Walk Home" の前段で語り切ってしまったのかも知れない。

昨日 WTC の跡地を訪れたのは、ニューヨークでこの曲を聴く心構えを用意しておきたかったから。
スタジアム・ライブとはまた異なったトーン。
2000年に WTC の上から眺めた青空の美しさが頭の中で蘇る。


#13 : Dancing in the Dark

最初からフィナーレを予感させるような調子の語り。

「俺は典型的なアメリカ人だ。
 アメリカの全てのストーリーを知りたい。
 自分自身のストーリーを知りたい。
 そして、あなたのストーリーを知りたい。
 俺は自分自身について知りたい。
 どこから来たのか。
 どこへ行くのか。
 俺の家族のヒストリーを知りたい。」

互いのヒストリーを共有し合う。
それが、自身と他者との関係性、みんなの家族血族との関係性に繋がる。

This is what I presented to you my long and noisy play.
As my magic trick.
I want, I want, I want to ROCK very your soul. (SHOUT!)

ステージの最初で「俺は Magic Trick を持っている」という言葉を思い出す。

ヒストリーを知り、それを語り合う。
みんなも俺のライフを豊かにしてくれている。
そう吐露する。
これこそが、ブロードウェイで語る意味であり、ブルースが一番伝えたかったことなのだろう。

I've done that, and I hope I've been a good traveling companion for them.

ここで大喝采 !!

母とダンシングシューズ!
緊張感ある話の後に、ちょっとした一言で一気にムードを変えて "Dancing in the Dark" に持っていく構成は本当に上手い。

途中 I need your reaction と左手で手招きして観客を煽る。


#14 : Land of Hope and Dreams

前曲 "Dancing in the Dark" と直つなぎ。
メドレーというより2つの曲が一体となっていた。
それにしても凄まじいギタープレイだった。
ギター1本でこんな音楽を創造できるというのは驚きでしかない。
ギターのストロークとブルースの叫びとがひとかたまりとなって襲ってくる。
ただただ圧巻、鳥肌が立つくらいに。
この数分間こそ、"Born in the U.S.A." を超える今夜のハイライトだった。
その証拠に、演奏が終わった瞬間、一斉にスタンディング・オベーションが起こった。
(翌日 31日にはスタンディング・オベーションにはならなかった。音もやや小さく感じた。)
そして、拍手がなかなか鳴り止まない。
この1曲を生で聴けただけでも、今夜ここに来た価値があったと思えるほどだった。

これで場内の誰もが興奮したのだろう、あちこちでスマートフォンでの撮影が始まった。
まあ、その気持ちは分からないでもない。
しかし、撮影を止めなさいと警告するライトが飛び交い、少々落ち着いて観られなくなったのは残念だった。


#15 : Born To Run

「11月のある夕方、子供の頃に住んでいた場所を訪れた。ストリートは空っぽで、すっかり静かになっていた。近くにあった教会はなくなっていて、(そこで行われるはずの)葬式も結婚式もない。思い出の木も切り倒されてなくなっていた。」(ここで、場内から嘆きのため息。)

眼を閉じ、胸に手を当て、「何かが終わったことを感じる。でも、フィーリングやソウルは残っている。昔見た景色、明るい日差しは失われずに胸の中に止まっている。」

そして、亡き家族や、親類、友人たちを次々に挙げていく。
「俺は多くの ghosts や guards に守られている。」

(多分、"Born To Run" の Chapter 73、P.504 の 'On a November evening during... ' 以降の文章そのままの朗読だったと思う。)

こうして話は、最初の方で語った幼少時代、多くの家族親類たちに守られていたこと、砂漠で目にした美しい光景へと戻っていく。
見事に円環を描くストーリーだ。

そして歌うのは "Born To Run"。
やっぱり最後はこの曲か。

穏やかにバラード風に弾き語る。
思いのほか短いパフォーマンスで、感動に浸る間もないほど。
エンディングでギターのボディを叩いてリズムを取るところで、ステージの照明が落ちる。


22時20分 

至福の時間が過ぎた。


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 事偽りなく、至福の2時間15分だった。まずは無事に観終えられたことにひと安心。そして、事前情報を避けた分だけ、想定していなかったことや想像を超えることが多く、純粋な心持ちで楽しめた。本当にここに来て良かったと思った。

 Springsteen On Broadway を実際に観るまで消え去らなかった不安は、果たして自分の英語力でブルースの語りをどこまで理解できるのかということ。レパートリーの演奏が短く、ほとんど語りばかりだったら、全くついていけなくなるのではないか? そんな危惧を抱いていた。しかし、曲演奏は全体の4割程度あり、語りの間もギターやピアノを爪弾くことがしばしば。なので、多少分からない部分があっても、音を楽しみ続けられる。2時間強、英語のヒアリングに集中する必要はなく、思っていたほどは疲れなかった。何より、ブルースがゆったり明瞭に語ってくれたことに救われた。

 ブルースが自伝を出版し、それに続いて自伝に基づくブロードウェイ公演を行うと知った時、彼は回顧的になっている、人生の集大成に向かっているかも知れない、そのように思った。また、披露すべきレパートリーが多すぎるために3時間プレイしても4時間プレイしても語る時間が取れない。そこで、語りたかったことを伝えるステージを模索した結果が、On Broadway なのだろうかと考えたのだ。

 しかし、今回彼のステージを見て、そうした推測は思い違いだと知らされた。ブルース・スプリングスティーンは新たな表現方法を探し求めている。

 振り返ってみると、ブルースは自身が語る意味を明瞭に示していたと思う。
「俺はアメリカ全体のヒストリーを知りたい。自分のヒストリーを知りたい。みんなのヒストリーを知りたい。」
「人にはそれぞれのヒストリーがあって、それらを分かち合うことで、互いを理解し合い、家族、親族、仲間たちとの絆が深まる。」
「みんなのヒストリーを聞かせてもらうことが、俺のためになる。だから、今日俺は自分のヒストリーを語った。」
 そんな内容のメッセージを受け取った。

(メッセージを正確に伝えたかったがために、アドリブを封印し、プロンブターを使用するという、彼らしからぬステージングを選んだのか?)

 だからこそ、若い頃の思い出話が中心になったのだろうと思う。1970年代中盤以降の成功譚については誰もが知っている。そんな話をわざわざ持ち出す意味はない。(また、対立を深め合うよりも、アメリカの自然や普通の景色の美しさを思い起こす方が重要だと伝える意図も感じた。)

 彼のストーリーが回顧的であったのには、単に思い出を懐かしんでいる以上の意味があると思う。結局人間は原点に戻って行くのだと思う。大抵人は故郷を懐かしみ、いつか帰りたいと願う。ブルースの場合は嫌っていた故郷から離れることができず、今は反対に愛着を持っている。生まれ育った環境を振り返ることで、自分の生き方を再確認するのが人間という存在なのだろうか。

(個人的なことになるが、自分が12歳まで住んでいた北海道の山中の田舎町を、2年前に約40年振りに訪れてみた。それは自分にとってとても意味のあることだった。そんなことも思い出させられた。)

 このような感想はあくまで自分勝手なもの。実際ブルースが何を考えていたかは分からない。なるべく情報は持たずに観たかったので、事前に関連記事を読むことは一切しなかった。それが今でも続いている。ネットの記事等で公演での実際の「語り」を探した程度で、彼のインタビュー記事すらひとつも読んでいない(On Broadway が始まって以降のインタビューはあるのだろうか?)。

 自分が受け止めた内容、耳に刻んだフレーズが、どれだけ正しいか自信がない(なので聞き間違いや記憶違いが多いだろう点は、どうかご容赦を)。聞き取れなかった言葉、理解できなかった話も多い。なぜ笑いが起こるのか分からなかったところも多かった。それでも、はっきり伝わってくるメッセージは多かった。正確に全てを聞き取れなくても、どんな話をしているのか大体わかった。それには自伝を繰り返し読んでおいたこと、さらに Audio Book を聞いて耳慣らしをしておいた効力が出た。

 そう、これを書いていて気がついたのだが、ステージでは随所で自伝 "Born To Run" 中の文章がほぼそのまま語られた。もしかしたら大部分が著書からの引用だったのかも知れない。そうだとしても、大部の本の内容を2時間強にまとめ、関連する曲を挟んでいくことで、自伝とはまるで別の作品が構成されているようにさえ感じられるのが不思議だ。

 そして何より、ブルースの声そのものの気持ちよさ、語りの心地よさが、理解の及ばないところを補い上回った。たとえ歌詞が分からなくとも、音楽が人を感動させるように。笑い話の方が言葉として頭に残りやすかったので、それらを中心とした語りの紹介になったが(結果としてなるべく本筋は隠すよう配慮したつもり)、本音を吐露するような言葉にとても温かさがあって、今でも心に残っている。笑いの絶えない時間だったが、英語ネイティブな人たちにとっても、ハートウォーミングな話やシリアスな話題の方が記憶に残ったのではないだろうか。

(もちろんブルースの語ったことを正確に全て知りたい。そう思ってトランスクリプト/書き起こしをネットで探してみたのだが、当然ながらそんなものは見つからなかった。プロンプターを使っていたのだから、彼の語りの全文をいつか公開してもらえないだろうか。より望ましいのは映像作品としてリリースすること。この素晴らしい Springsteen On Broadway を映像記録として残すプランはないのだろうか? 正直、ビデオで観ても、現場で体験した感動にはとても及ばないとは思うのだが。それでも、ビデオででも構わないから、全てのファンに観て欲しいステージだったし、多くのファンが観たいステージに違いない。)

 語りの素晴らしさにも増して感動したのは、"Born in the U.S.A." と "Land of Hope and Dreams" でのギターと歌(とりわけギター!)だった。特に "Land of Hope and Dreams" のギターこそ、最大のハイライトだったと思う。この1曲だけでも 850ドルの価値があったと言いたくなるほどだ。

 いや 850ドルというチケット・プライスはやっぱり高い。それでも、このステージを観てしまった今は、「観た」か「観ていない」かでしか、自分の中で価値の線引きをできなくなってしまっている。正にプライスレスな体験だった。

(もう一度観ることができないかと思って転売サイトを調べると、結構な数のチケットが売られている。どうやら転売は防ぎ切れなかったようだ。しかしチケットの価格は、一番安い3階後方の75ドルの席でも定価の約20倍、1000ドル以上の値がついている。1階中央エリアは3000ドル台。最終日6月30日の1列目に至っては7000ドル以上だ。狂ってる。)

 2016年、アメリカ・オークランド、2017年、オーストラリア・シドニー、2018年、アメリカ・ニューヨーク。3年連続でブルース・スプリングスティーンを観てその真摯な姿に触れたことにより、彼の音楽を聴いて楽しいとか、気持ちいいとかいった次元を通り過ぎてしまった。ブルースは心底信頼し尊敬できる男だと確信した。自分にとってはそのことが重要だ。

 ブルース・スプリングスティーンは、シンガーとしても、ギタリストとしても、ソングライターとしても、サウンド・クリエイターとしても、そしてストーリー・テラーとしても、とてつもない高みに達している。今ブルースは表現者としての極点にいると思う。

 そんなブルース・スプリングスティーンと同時代に生き、彼の肉声を目の前で受け止める機会を与えられた自分は、本当に幸せ者だ。生涯忘れられない体験に恵まれたことを感謝するのみ。


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by desertjazz | 2018-02-25 23:03
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