1月末からイスタンブールに行って来た。3泊6日、往復機中泊の弾丸旅行。トルコを訪れるのは初めてだ。旅の目的は音楽でも料理でもなく、ただひとつ、オルハン・パムク(トルコの音楽や料理については詳しい方がたくさんいるので、私が探索しても意味はない)
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オルハン・パムクの作品は大好きで、どれも繰り返し読んでいる。中でも特に気に入っているのは、200葉以上のイスタンブールの白黒写真を挟みながら、自身の幼少〜学生時代について綴った『イスタンブール』だ。そこで語られる「ヒュズン」(哀感とでも訳しうる独特なニュアンスを含んだ表現)を出来れば自分でも感じてみたかった。そして何より、2014年にパムクが開設した私設博物館『無垢の博物館 The Museum of Innocence 』をどうしても観たくて、そのチャンスをずっと窺っていたのだった。
Day 1 - Jan 30 (Wed)
午前4時、アタチュルク空港に到着。トルコ航空のアライバル・ラウンジでしばらく休んでから移動し、7時に旧市街のホテルにチェックイン。滞在初日の今日は旧市街の主要スポットを巡るだけにして体調を整えるつもりだった。しかし、昼前に、大宮殿モザイク博物館、スルタンアフメット・ジャーミィ(ブルーモスク)、トルコ・イスラーム美術博物館、アヤソフィアなどを見て回ってもまだ余力があった。そこで今日のうちに無垢の博物館まで行ってしまうことにした。
金角湾にかかるガタラ橋を渡って新市街へ。ホテルから歩くこと約20分。しばらくしてから急な坂を登って行くと、Masumiyet Muzesi (The Museum Of Innocence) と書かれた表示板が。そこを右に折れてすぐに赤い建物が見えてきた。憧れの地にとうとう辿り着いたのだ。
入場料40TL(800円強)を支払って中へ。まず迎えてくれたのが、壁一面にディスプレイされたタバコの吸殻。4213本の一つひとつにキャプションが添えられている。ほとんどこれを見たいがためにイスタンブールに来たと言ってもいい。
地上4階、地下1階の縦長の建物。館内には80近い数のディスプレイ(小窓)をメインに、様々な日用品や写真が飾られている。トルコに長年暮らしてきた人々にとっては、きっと懐かしい品々ばかりであることだろう。一角にはパムクの母と思しき写真の数々が並ぶ。しばらく先には My Father's Death と題された小窓が。どちらも『イスタンブール』での家族の描写を思い起こさせる。そして Fusun's Driving Licence と題された小窓を目にした瞬間、誰もが小説『無垢の博物館』の悲劇的結末を連想するに違いない。
それぞれのディスプレイにはタイトルや短い一文がついているのだが、いずれも展示された物との関係性について考えさせられる。個人的に印象に残ったのは、「The Most Important Thing in Life Is to Be Happy」「Happiness Means Being Close to the One You Love, Tha't All」などだ。タイトルと展示物のコンビネーションが、またひとつのパムクの文学作品になっていることに気がつかされた。
Day 2 - Jan 31 (Thu)
自分にとってイスタンブールのイメージは白と黒である。多分これにはパムクからの影響が大きい。彼の著作のタイトルには『白い城』『黒い本』『雪』といったように、ずばりモノクロームを掲げたものが多い。きっとパムクは白黒のイメージが好きなのだろう。いや、実際パムク自身がはっきり書いている。
「わたしは子供時代のイスタンブールを、薄暗い、モノクロ写真のように二色で、鉛色の場所として生きたし、またそのように記憶している。」(『イスタンブール』P.51)
それがあって、イスタンブールへの旅は日差しが弱く寒さの厳しい冬を選んだ。これで雪でも舞い降りてくれたら、もう申し分ないのだが(しかし来てみれば、思わぬ暖冬という誤算)。
朝食後、ホテルから歩いてすぐのトプカプ宮殿へ。到着初日はどこも京都あるいは原宿並みの人混みに辟易したので、今日は開場時刻9時の少し前に入場ゲートへ。するとまだ誰も並んでおらず、おかげで真っ先に向かったトルコ観光の目玉のハレムを完全貸切状態で堪能できた。
午後、ホテルから1時間、トラムに乗ってカーリエ博物館へ。素晴らしいモザイク画をじっくり鑑賞(今回の滞在、無垢の博物館を除くと、カーリエがベスト、次いでハレムだった。他は無理して見なくても十分という感想)。15時50分、その隣の宮廷料理の有名店 Asitane で遅めの昼食。
食事を終えレストランを出ると、外は雨。何とはなしに、そして『イスタンブール』の文章を少しばかり頭に浮かべながら、北西のエユップ方向に歩き始めた。時代を感じさせる住宅群の寂れた雰囲気に惹かれて。夕暮れと雨のために、辺りはほの暗くなりつつある。周囲から色が消えていき、モノクロの印象に。撮った写真をモノクロ加工してみると、『イスタンブール』の写真のようにちょっとだけヒュズンを感じられるような気がする。若い頃のパムクの見た景色もこうしたものだったのだろうか?
Day 3 - Feb 1 (Fri)
スレイマニエ・ジャーミィなど今日もいくつかモスクを観てまわる。初日・2日目もそうだったが、モスクや博物館はどこも改修中。そのあとは特にすることもないので、日中はホテルの自室でビールとラクとチーズ(エジプシャン・バザールで買って来た)をつまんで過ごす。
今夜は BaBa ZuLa のライブに招かれていたので、夕方前、ボスフォラス海峡を渡る連絡船に乗ってライブハウスのあるアジア側へ。快晴で気持ち良く、船からの眺めがいい。
夕食前の時間つぶしに港で夕景を楽しむ。船が吐き出す黒煙を見て、また『イスタンブール』の文章を思い出す(のんびり眺めていたので、煙が濃くなった時の写真は撮り逃した)。
「ボスフォラスの船によるイスタンブールの風景への本当に大きな寄与は、その煙突から出る煙だった。」
「煙が太くなるにつれて、あたかもイスタンブールにあるわたしの世界が暗くなる、あるいはその上が覆われるかのように感じた。」(『イスタンブール』P.353)
Day 4 - Feb 2 (Sat)
イスタンブール最終日、いよいよすることがない。ならば最後は、やはりパムクが通ったというエユップで静かに過ごすのが良さそうだ。画家を目指し、そして初恋が破れた青春時代、エユップは開発進む新市街からは遅れて、まだ古の光景が残っていたらしい。
「学校から逃げ出して、古い金角湾のフェリーでエユップまで行くとき、自分をこれほどまでに確固としてイスタンブールと一体だと見たことの意味は何であったか。」(『イスタンブール』P.440〜441)
タクシーが安くて便利なのだが、昨日の船が気持ちよかったので、パムクに倣って船で行くことにする。1時間に1本の船で金角湾の終着地エユップへ。今日も船上で受ける風が心地よい。例年だとこの時期は極寒とのことだったが、今年は気温が例年より10度以上高くて、少し歩くと汗が出るほどだ。
昼前にエユップに到着。寂れた景色を期待していたのだが、すっかり観光整備されていて、週末を家族で過ごそうとする人々で溢れている。残念ながらヒュズンがすっかり消え去っていることを確認しただけだった。
ようやく来ることが叶ったイスタンブール。オルハン・パムクの足跡を追った4日間は思いの外充実したものになった。
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『イスタンブール』の日本版の写真は小さく、鮮明さもそれほどでない。昔シンガポールの書店でたまたま英語版を見つけて、写真の鮮明度の違いに驚かされた。そこで今回の旅でオリジナルのトルコ語版を探して買おうと思っていたのだが、無垢の博物館の売店で、写真を大量に追加したデラックス版が一昨年に出版されていたことを知った(約560ページある、ずっしり重い大型本)。そこで、ホテルに戻って "Istanbul - Memories And The City <Deluxe Edition>" (2017) と、博物館のカタログ "The Innocence of Objects" (2012) をネットでオーダー(どちらも英語版、一番安いのを探した)。2冊とも帰国後程なく届き、少しずつページをめくってイスタンブールへの旅を懐かしんでいる。
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