Richard M. Shain "Roots in Reverse: Senegalese Afro-Cuban Music and Tropical Cosmopolitanism" (1)
Richard M. Shain "Roots in Reverse: Senegalese Afro-Cuban Music and Tropical Cosmopolitanism" 読了。キューバ音楽がどのようにパリを経由してセネガルに伝わり、それがどのようにカリブ世界に還流したか、その歴史と背景、セネガル人心への影響を詳らかにした研究書。
以下、内容をメモ的にざっくり紹介。
まず第1章で、キューバ音楽を短く概観し、その主要スタイルを解説する。そして第2章では、パリを舞台にキューバとセネガルをつなぐ。その過程における最初の重要曲として挙げられているが Rita Montaner の歌った "El Manisero"。1929年、彼女のパリ公演でこの曲が喝采を浴びたことが、キューバ音楽が注目される契機となったらしい。
コンサートの需要が高まる中、レコード・クラブにいた Daniel Cuxac はプロモーターへと転身。航空会社で働いていた彼はその立場を利用してラテン諸国の関係者との間で親交を深めていったという。現在 Analog Africa を経営する Samy Ben Redjeb が、かつて国際線の搭乗員だった頃に世界中を飛び回ってレコードを買い集めたことを連想させる逸話でもある。
・Dexter Johnson はナイジェリアからまっすぐセネガルに来たと思っていたが、思いのほか複雑な経歴だった。
・意外なことに、結成直後の Star Band のメンバーのほとんどがセネガル人ではなかった。(結成直後のパーソネルに関しても詳しい。)
・Star Band はメンバーの入れ替わりが激しかった('difficult person' だった Ibra Kassé との間のトラブルが主要因。具体的なことが一切書かれていないところに、その激しさと複雑さが想像される。ミュージシャンたちは、より多くの金と芸術面での自由を求めて Star Band から離れていったという)。ギタリスト Mbaye Seck のタレント・スカウトとしての役割がそれを補っていた。
Orchestra Baobab に関しては Star Band 以上に詳しく書かれている。Dexter Johnson や Laba Sosseh の経歴も詳細。これらの紹介は別記事で書いてみたいと思う。
第5章は、80年代に誕生した新しい音楽スタイル Salsa M'balax の興隆に押されて、アフロキューバンが低迷する過程を描く。Africando や Super Cayor についても言及している。
そして最終章(第6章)では、復活した Baobab を再度じっくり取り上げ、またスーパーユニット Africando にまつわるエピソードを軸に、セネガリーズ・アフロキューバンの再生について語る。話の流れから、もちろん Buena Vista Social Club や Popular African Music の Günter Gretz も登場する。Baobab を蘇らせた World Circuit の Nick Gold の仕事に関しては、予想外に批判的なところも面白い。考えてみたら、Africando は大好きな Number One の生まれ変わりのようなグループだ。これまで彼らを軽視して来たことを反省させられた。
とにかく、読みながら関連音源を聴いていると、発見に次ぐ発見。こんな時は実に楽しい! やっぱり Baobab や Laba Sosseh などに関して、稿を改めて書いた方が良さそうだ。