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Remembering Issa Cissokho (1946-2019)



 オーケストラ・バオバブのサックス奏者イッサ・シソッコが、今月24日、日曜日の夜に亡くなった。個人的には特別思入れの強いアーティストだったので、とても哀しい。

 彼のサックスはいつ聴いても最高に気持ち良いし、ステージで見せるパフォーマンスは豪快で楽しい。民族衣装の要素を取り入れた独特なファッションも素敵だ。そしてなにより、彼の人柄にとことん惚れてしまっていた。

 このところ、The Star Band、Laba Sosseh、Orchestre Baobab など、60/70年代のセネガル音楽について徹底研究中で、資料の中に彼の名前が出てくる度に、イッサは今どうしているんだろうと考えていたところだった。メドゥーン・ジャロ、ンデウガ・ディエンが亡くなり、バテレミ(バルテレミ)・アティッソがグループを離れ、そしてイッサがいなくなったバオバブは、もうバオバブではない。実質的にひとつの歴史が閉じたことを感じる。



 振り返ってみると、バオバブ、そしてイッサと触れ合ったここ20年は、自分にとっても想い出深いものだ。(以下の多くはこれまでにも書いたことがある。)

 アフリカ音楽への興味がいよいよ高まった1990年代、ユッスー・ンドゥールとオーケストラ・バオバブのライブを、どうしても彼らの地元ダカールで観たくて、1999年に初めてダカールに飛んだ。
 着いた初日の深夜にチョーン・セックのライブに行き、本人に紹介されてしばらく立ち話。考えてみると、彼も短期間バオバブに在籍したシンガーだった。
 とても幸運なことに、数日後ユッスーが所有するクラブ・チョサンでのそのユッスーのライブも観ることができた(これはこれまでに観たあらゆるライブの中で最高のものである)。
 しかし、もうひとつの目的、バオバブのライブ情報がどうしても得られない。それもそのはず、彼らはとうに解散していたことを後で知ったのだった。それでも、潰れたクラブや民家などを回ってバオバブの全レコードを発掘できたことは、その後バオバブの音楽を理解し、彼らとの関係を産む上で大いに有益だった。

 2002年に World Cuicuit のニック・ゴールド Nick Gold の発案からバオバブが再結成。新作 “Specialist in all Styles“ をリリース。そして、なぜかその日本盤ライナーの原稿をワーナージャパンから依頼される。それも、ユッスー・ンドゥールの新作ライナーと同時に。素人の私に声をかけてくださった、当時担当の中村さんには今でも感謝している。
 そのライナー、集めうる限りの資料を読み漁って2ヶ月かけて書き上げた力作。不正確な記述もあるが、あの時点でよくここまで書けたなと自分でも思う。



 そして翌2003年6月、フランス・アングレームの音楽フェスへ。今では考えられないアフリカ中心の豪華なラインナップに呼び寄せられて。中でも一番のお目当てはもちろんオーケストラ・バオバブ。
 日中のサウンドチェックを観ただけで気分は最高潮。だって、長年憧れだったバオバブが素晴らしいサウンドを響かせているのだから。ところが、この後ステージの照明が崩れたためにこの日のライブは中止に。残念無念。

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(Angouleme, France 2003/06/06)


 翌日はバオバブへのインタビュー。待ち合わせに現れたのは、最初にイッサ、続いてバラ・シディベ、そしてバテレミ・アティッソだった。やっぱりこの3人がグループの中心人物なのだろう。日本公演招聘元から突如依頼されたインタビューで全くの準備不足、しかもインタビューはほぼ初体験。そのため無駄な質問も多くなってしまった。(この記事を書くために録音を聞き直してみた。)
 イッサとは、彼に影響を与えたスターバンドのデクスター・ジョンソンのことや彼が初めてサックスを手にした時の話だけで時間終了。他の2人にもバンド創設時のことをたっぷり訊いている。1967年に結成したバオバブの前身バンド Standard のことにまで話が及んでいて、これは今書き続けているセネガル音楽史にとっても有益な情報だ(2時間を超えるインタビュー。ずっと通訳し続けてくれたスキヤキのニコラさんにとっては、拷問のような時間だったでしょう。ゴメンよ、でも大感謝!)

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(Angouleme, France 2003/06/07)


 2003年8月、いよいよバオバブがスキヤキ・ミーツ・ザ・ワールドなどに出演するため初来日。しかしこのころはまだ、福野のスキヤキに行くという発想がなかった。ところが、日本に着いてこれから富山に飛ぶ彼らと羽田空港でばったり遭遇。これにはお互いビックリ!
 そして続く渋谷クアトロでの公演。ついに観たバオバブのステージは、とにかく最高だった。短いライブ評を雑誌『ミュージック・マガジン』に執筆。私が書いたライナーを公演直前にステージ手前で熱心に読んでいる女性を見かけて嬉しかったことも鮮明に覚えている。

(渋谷公演のステージ写真を探し出して眺めているのだけれど、いずれもイッサが超カッコイイ!! ただし、これらはプロの写真家が撮影した未公開ショットばかりなので、私が勝手に公開することはできません。)

 ライブ終了後、「メンバーたちの夕食の面倒をみてくれる?」と言い残し、スタッフたちが去っていく。みんな相当疲れがたまっていたんだろうな。一人残ってくれたのはWさんだっただろうか? しかたなく、メンバー全員を引き連れて渋谷の街を練り歩くことに。恐らく不思議な光景だったことだろう。どこか美味しい店に連れていこうと考えたのだが、メンバーたちは「安く済ませたいので、ファストフードでいい」とのこと。「フルーツ食べたい」と言われて夜間に売っている店が思いつかず困ったことも覚えている。日本料理を食べたい人はいるかと訊ねて着いて来たのはバテレミとアサンの2人。バテレミは日本酒もこのわたも美味しいと言って味わっていたな。

 彼らと再会したのは 2007年11月のパリ。新作 "Made in Dakar" のお披露目ライブを観に行った時のこと。当時はニック・ゴールドと(彼は自分ではメールを打ったりなどしないそうで、正確には彼のマネージャーと)やり取りしていた関係で、このライブにもインビテーションを出していただけた。
 サウンドチェックの頃を見計らって会場に行ってみると、まさにその真っ最中で、フロアの隅で眺めていた。すると、突然演奏を止めて、イッサがステージから降りて歩み寄って来るではないか。

「なぜここにいる?」(←フランス語なので想像)
「このライブを観るために日本から来たんだよ」(←日本語)

 その瞬間、イッサが満面の笑みで抱きついてきた。私のことを覚えていてくれただけでもビックリなのに! この時頬に押し付けられた無精髭のゴリゴリした感触は一生忘れない。

 足元が怪しかったので、バテレミのギターを運んであげたり、楽屋で70年代の頃のことや新作に関していくつか質問したり(質問のために古いレコードのジャケットをカラーコピーして持って行ったら、見せた途端に皆がそれを欲しがった。自分たちのレコードすら持っていないこと、恐らくは全盛期でも経済的に豊かでなかったことに驚かされたのだった)。ユッスーとある日本人に関する超内輪話を笑いながら明かしてくれたのも、確かイッサだったなぁ。

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(Paris, France 2007/11/08)


 その後、ライブをたっぷり堪能。そして、ホテルに戻って新作 "Made in Dakar" のライナーを仕上げてメールで入稿。


 しかし、まさかこれがイッサと会う最後になってしまうとは。



 こう振り返ってみると、イッサがいたバオバブを好きになったから、ユッスーのライナーを書き、彼に会う機会を得られたのかも知れないし、バオバブを通じてスキヤキとニコラとも縁を持つことができたし、他にも多くのミュージシャンや音楽関係者とも知り合えた。ホント、色々なことが繋がっているのだなぁと改めて思う。



 イッサは1946年生まれなので、まだ72歳か73歳という若さ(Facebook には「先月会ったばかり」といった驚きのコメントや近影が載せられている)。聞くところによると、一昨年に新作 "Tribute To Ndiouga Dieng" をリリースした際には、バオバブ側が来日公演を希望していたそうだ。今年も5月にオスロ公演とパリ公演が予定されている(パリは昨年のうちにチケット完売)など、彼らの人気は絶えていない。

 なので、またいつかイッサに会えるだろうと思っていたのだが、、、。


 オーケストラ・バオバブのレコードは今でもよく聴く。その度に、毎度気持ちが高まる。そして、いつも暖かく迎えてくれたイッサ(会った回数は少ないが)、ファッション・センスに秀でたイッサ、ステージでもオフでも豪快だったイッサを思い出す。彼は良き友人たちに囲まれて、人生を楽しく過ごしたのではないだろうか。自分はこれからもバオバブを聴き続けながら、少しでも彼の生き方を見習えたら良いなと思う。


 イッサ、素晴らしい音楽の数々をありがとう。
 そして、どうぞ安らかに。

 Issa Cissokho (1946-2019) R.I.P.
 






by desertjazz | 2019-03-27 19:00 | 音 - Africa
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