陳浩基『13・67』を遅ればせながら読了。定評通り、確かに傑作。6つの中編ミステリーのプロットはそれぞれ見事だし(ことごとく、一番可能性の低いものが、実は本筋だったり)、時代を遡って繋がる構成も巧み。ただこれだけの大作なので、時々疑問も抱いたが。最後の一文は、やはりこれを狙っていたかと思ったが、やや無理を感じて、心臓が止まるほどではなく。
香港を舞台にしたこの小説は、今年読んだ中でベストのひとつだ。マーロン・ジェイムズ『七つの殺人に関する簡潔な記録』、ディーリア・オーエンズ『ザリガニの鳴くところ』に匹敵する(構成の緻密さでは、『13・67』も『七つの殺人に関する簡潔な記録』には遠く及ばない)。いや、石井妙子『女帝 小池百合子』も含めれば、2020年前半の4大ミステリーか?
『13・67』は優れたミステリーであると同時に、1967年から2013年までの香港の激動の時代を描くことも狙い成功している。しかし、一国二制度(一国両制度)が終結したかもしれないこんな歴史的分岐点の日の夜に、この作品を読み終えるとは、何という因果だろう。偶然以上のものを感じる。
私にとって初めての海外は香港だった。1988年3月に香港を出発点にして中国を3週間旅した。高層ビルの隙間を通って啓徳空港に降り立った飛行機、初めて見た2階建バス、ビクトリアピークからの眺望、広州を出発したフェリーから眺めた香港の夜景、等々、とても懐かしい。
しかし、その翌年、北京で天安門事件が勃発。当時の恋人とその友人はその北京に留学中だった。欧米からの留学生たちが自国の用意したチャーター機で出国して行くのに対して、日本の大使館は留学生の手助けは全くせず(反対に、大手メーカーなどは手厚く保護したらしい)、結局2人は自力で香港まで逃れ、それから日本に帰国したのだった。
そう振り返ってみると、自分も危機にニアミスしていたと言えるのかも知れない。そしてその後も、そんなことの繰り返し(何度も書いていることだが)。毎日「アフリカの記憶」を綴りながら、そんなことも思い出している。
特に記憶に残っているのはこれら。他には何があったかな? タイを旅した後に、バンコクで大規模デモが起きたこともあった。
そんなことを思い出させる香港なのだが、初訪問以来、全く足を運んでいない。わずかに一度、空港でトランジットしたことがあるのみ。また行きたいとずっと考えていたのだが、いつでも行ける所である分、後回しになってしまった。
だが、「その間、本当に美味しい香港の中華料理店は台湾などに逃れたので、今香港に行っても美味いものは食べられない」と、中国通の友人に10年以上も前に諭された。2014年に始まる「雨傘革命」、今度の新型コロナ禍、そして今日成立した「香港国家安全維持法」、これらによって香港は物理的は近いが遠い場所になってしまった。いつでも行けたのだから、短く週末旅行をしておくべきだった。
そんなことより、とにかくこれからの香港の行く末が危惧される。
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