読書メモ:ジョシュア・ハマー『アルカイダから古文書を守った図書館員』、イライザ・グリズウォルト『北緯10度線 キリスト教とイスラームの「断層」』

読書メモ:ジョシュア・ハマー『アルカイダから古文書を守った図書館員』、イライザ・グリズウォルト『北緯10度線 キリスト教とイスラームの「断層」』_d0010432_08165186.jpg


 ジョシュア・ハマー『アルカイダから古文書を守った図書館員』を読了。

 3年前に翻訳の出たこのノンフィクション(原書は 2016年刊)、書店に行く度に目に入って気にはなっていたものの、「またアル・カイーダの本か。どこかアラブでの出来事なのだろう」と思ってパスして来た。しかし、舞台は西アフリカのマリ、そして「面白い」と評判なことを知って、慌てて取り寄せてみたら、正しく一気読みさせる内容だった。

 まず何と言っても、マリのトンブクトゥに何10万冊もの古文書が保管されていたことが驚き。しかも11世紀頃から伝承された本やら、美麗な豪華本やら、貴重な書物が多く含まれるという。こんな話は全く初耳だ。ところが 2012年、反政府勢力が躍進し、彼らは国の北半分を制圧、さらにはマリ全域の支配を目指し南進する。そのため、トンブクトゥのかけがえのない古文書は、略奪・焼却の危機に面する。

 それに立ち向かったのが、図書館を運営する一人の男だった。彼は100万ドル以上の資金を調達し、数百人の人間をリモート・コントロールすることで、古文書数10万冊を密かに移動させようとしたのだ。さて、その結果は? きっと相当な部分に被害が及んだろうと思ったのだが、大成功に至ったことが繰り返し語られる。それは俄かには信じがたいもの。話を盛ってはいないだろうか? いや、マリの人々の真面目さと古文書への愛がそうさせたのかも知れない。

 21世紀に、いかにしてマリで様々な反政府勢力が勃興し、そして内戦に至ったかが、もう一つの読みどころだ。サハラ周辺の民族や宗教にまつわる歴史について紐解き、イスラミック・ステート(IS)とイスラム・マグレブ諸国のアルカイダ(AQIM)だけでなく、アザワド解放民族運動(MNLA)、アラビア半島のアルカイダ、アルジェリア・ムスリム同胞団、イスラム救国戦線(FIS)、武装イスラム集団(GIA)、さらにはナイジェリアのボコ・ハラムまで含めて、諸派の関係についてとても分かりやすく整理して解説している。特に、独立を目指すトゥアレグ一派と AQIM がどうして結びついたのか、これまでよく分からないでいた(調べずにいた)のだが、この本を読んでスッキリ理解できた。トゥアレグ反政府勢力と AQIM とは、互いに理念は違っていても、利害が一致したことで連携が生じてしまったんだな。

 反政府勢力の最重要人物の一人、イヤド・アグ・ガリーが、「沙漠のフェスティバル Festival in the Desert / Festival au Désert 」とも深い結びつきを持っていたことは、音楽愛好家にとっても気を惹く指摘だろう。ガリーは、フェスのプロデューサーのマニー・モハメド・アンサールと昵懇の仲だった。だが、ガリーはイスラムに傾倒し狂信化することで、音楽を敵視することになる。それで、ティナリウェン、ロバート・プラント、ボノ、マヌ・チャオなどが出演したことで世界的に知られる「砂漠のフェスティバル」は、会場を安全な場所に移さざるを得なくなり、さらには開催が不可能に追い込まれてしまったのだった。

 そのような訳で、作品中、「砂漠のフェスティバル」とティナリウェンについて度々言及される。さらに、トゥアレグの「砂漠のブルース」バンドとしては、テラカフト Terakaft ばかりか(P.167)、アマナール Amanar まで登場する(P.227)。

「ガリーは自らの過去を強引に断ち切るかのように、マリ北部のミュージシャンに向けて宣戦布告をする。...... ガリーの部下は楽器や音響機器を破壊し、レコーディング・スタジオを焼き払った。......(故アリ・ファルカ・トゥーレの)愛弟子たちに向かって、テロリストは「ギターを手にしているのを見つけたら指を切り落とす」と脅した。同じように脅されたひとりがアハメド・アグ・カエディ。トゥアレグ族のラクダ飼いで、ティナリウェンに似た「アマナール」というバンドのリードギタリストでもある。カエディがラクダの様子を見にいってからキダルの自宅に戻ったところ、自分の機材が使い物にならなくなっていた。アンサール・ディーンの戦闘員が「楽器と音響機器を見とがめて、ガソリンをかけて燃やしたのだ」とカエディは語る。「やつらは妹にこう言い残した。『お前の兄が帰ってきたらこう伝えろ。キダルでまた音楽を演奏したら、われわれが戻って指を叩き切るとな』」(P.227-228)

 デザート・ブルースを聴かない私でも興味を持って読んだので、ティナリウェンらの音楽好きには一読をお勧めしたい。

 この本に書かれているのは 2015年頃までなので、その後のことが気になる。マリの情勢は今だ流動的。つい先日もマリ軍による蜂起が起きたばかりだ。なので、古文書についてもまだまだ予断が許さないことだろう。

 何世紀もの間、トンブクトゥに隠されていた古文書とは、実際どのようなものだったのか、興味が湧いたので、ネットで調べてみようと思う。どうやらネットにもアーカイブスが保存されているらしいので。古文書の修復には日本の薄い紙が用いられ、デジタル化に際しては日本製の電子機器を使っているという(スキャナーは紙を痛める危険性があるため、現在はデジタルカメラによる撮影が中心のようだ)。

 この本を読みながら思い出していたのは、ダカールとバマコの違いだった。ワールド・ミュージックが流行した頃、ユッスー・ンドゥールとサリフ・ケイタがほぼ同時に世界進出した。そのために、これら2つの首都を並列に捉えがちだった。しかし、「アフリカの記憶 083」辺りでも書いた通り、実際に行ってみると、ダカールが高層ビルが林立する近代都市だったのに対して、バマコは土埃舞う田舎町だった。そうした経済格差や前近代性がマリに混乱を招いたのだろうか、果たしてセネガルでも同様なことが起こりうるだろうか、そんなことも考えさせられたのだった。


『アルカイダから古文書を守った図書館員』を途中挟んで、イライザ・グリズウォルトの『北緯10度線 キリスト教とイスラームの「断層」』も読了。

 9年前にこの本が出版された時、これは実に興味深いテーマだと思って飛びついたのだが、いざ読み始めるとさっぱり進まない。写真は全くなく、改行も少ない400ページの大著だからか? いや、それ以前に文章が読みにくい。日本語としておかしく感じられ、意味の取り難い箇所が多いのだ。原文がそうなのか、それとも訳文に問題があるのか。冒頭数10ページで挫折して、長年放置したままに。だが、今回再挑戦してどうにか読み通した。

 北緯10度線を挟んで対立する、キリスト教信者とムスリムという構図に着目して、ナイジェリア、スーダン、ソマリア、インドネシア、マレーシア、フィリピンという6カ国を、2003年から2010年にかけて取材。キリスト各派とイスラム各派の双方に接触し、極めて危険な地域にも分け入り、虐殺の首謀者たちにさえ密着取材してインタビューを重ね、そうして書き上げた大作。そしてそれを成し遂げたのが若い白人女性だったというのも意外。とにかく、その交渉力と取材力が圧巻だ。特に前半のアフリカ3カ国の取材と記述が厚い。

 北緯10度線を境界とする各地の深刻な南北問題を詳らかにしていて、読み応えがたっぷりあった。特に、経済格差に宗教が絡み合った時の絶望的なややこしさ。一方で、それだけには収まり切らない宗教問題(というよりは「神」への複雑な信仰心)を描き出している点も、印象に残った。




 書き終えて今気がついたが、偶然にも今日は 9月11日だ。あの日から、もう19年か。







by desertjazz | 2020-09-11 07:00 | 本 - Readings

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