旅の追憶 #14(アフリカの記憶/回顧 2020)

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 R.I.P. 2020

 マニュ・ディバンゴに限らず、今年はアフリカ音楽の巨星が堕ちる1年だった。人の死は皆等しく、それらに序列などない。それでも、個人的には悲しい別れが繰り返された年になってしまった。

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 オーケストラ・バオバブのバラ・シディべが急逝したのは、とりわけ悲しいことだった。

 バラは 1970年(あるいは1969年)にオーケストラ・バオバブ(オルケストル・バオバブ)を結成したメンバーの一人。80年代後半、バンドが解散間際になった時にも彼は最後まで残った。再結成後の行動などを見ても、実質的にバラがバオバブのリーダーだったのだろう。そのバラがサックスのイッサ・シソッコと同様、突然亡くなったのは驚きだった(前日もリハーサルに臨んていたと伝えられる)。

 オーケストラ・バオバブにとって今年は結成50周年のアニバーサリー・イヤー。秋にはそれを記念するコンサートも発表されていたが、新型コロナの影響で中止になった。しかしそのこと以上に、リーダーだったバラが世を去ったことで、バオバブの歴史に一区切りついた実感がある。

 冒頭に載せた写真は、2003年、フランスのアングレームで開催された Festival Musiques Mettisse でサウンドチェックを終えた後のオーケストラ・バオバブ。この中の3人がすでに他界し、ギタリスト2人を含めた3人がグループを抜けた。なので、今でもバオバブに在籍しているのは3人くらいだ。最近もバオバブ側から来日公演を希望する連絡があったと聞いている。できることなら、イッサやバラがいるバオバブのライブももう一度日本で観たかった。


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 今年一番のショックはトニー・アレンの訃報だった。ここ最近も旺盛に活動していたので、元気なのだなと思っていた。それでも、トニーに会うラスト・チャンスになりかねないと思い、先のブルーノートに行くべきか迷った。その直前に観たパリ公演が今ひとつの出来だったこともあり、ブルーノートはパスしてしまったのだが、やっぱり観に行くべきだったと後悔している。


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 2003年(2004年?)にメタモルフォーズと朝霧ジャムに出演したトニー・アレンのフィーチャリング・ヴォーカリストとして来日した、ナイジェリアン・ラッパーのタイ Ty も、マニュ・ディバンゴと同じく、新型コロナに感染して亡くなった。まだ47歳という若さだった。


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 アングレーム、ロンドン、東京、苗場、朝霧、パリで、ライブを観て一緒に飲み語り合ったトニー・アレン。


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 トニー・アレンは、サウンド・チェックでも本番のステージでも、いつも真剣でクールな顔でドラムに向き合っていた。そんなトニーも、オフでは笑顔の絶えない楽しい男だった。時にはこんな表情さえ見せてくれたのだった(突然のことだったのでフォーカスが合っていないことは、どうぞご容赦ください)。



 毎年旅先でたくさんのアフリカ音楽のライブを聴いてきたが、そうしたステージに接することで、アフリカの空気を感じ、彼らと語り合いながらアフリカの旅を思い出していたのだった。そう考えると、アフリカのミュージシャンたちとの交流は、アフリカの旅が簡単には実現できないことへの埋め合わせにもなっていたのだと思う。







by desertjazz | 2020-12-26 00:00 | 旅 - Abroad
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