■生誕100周年を迎えた「モロカン・シャアビの父」
「大衆音楽の父」「モロカン・シャアビの父」として崇められ、その音楽がモロッコの人々から長年愛され続けてきたホスィン・スラウイ(フスィン・スラウイ)が、今年2021年、生誕から100年(そして、4月16日で没後70年)になる。私にとって彼の音楽は、2010年代に出会い聴いた中で最大の衝撃のひとつだった。そこで、日本ではほとんど知られていない、この素晴らしい音楽家について紹介していこう。
(*)chaabi:モロッコ(そしてアルジェリア)において、chaabi は「大衆」を意味し、それが転じて「大衆音楽」全般を指す呼称となっている。
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■「モロカン・シャアビの父」ホスィン・スラウイとの出会い
私がモロッコを初めて訪れたのは、今からおよそ 10年前の 2010年11月。長年の念願が叶ってのことだった。それまで世界各地を旅した時と同様、この旅の最中にも現地の音源を探し歩いた。そのようにして聴いたものの中で断然良かったのは、マラケシュで見つけたある CD だった。精悍な男性の顔をジャケットにしたアルバムで、独特なメロディーも、力強い歌声も、マグレブの楽器を主体とした演奏も、これまでに聴いた記憶のないもの。音楽の発する魅力に一発で引き込まれてしまい、この新鮮な出会いにただただ驚くばかりだった。
音を聴く限り、これがマグレブ音楽の古い録音だということは推測できる。しかし、アラビア文字表記のみのため、アーティスト名も曲名も全く読めない。マグレブ音楽に詳しい周囲の友人たちに訊いても「こんな歌手は知らない」と言われるばかり。その一方で、帰国後繰り返し聴いても全然飽きず、ますます虜になっていく。
どうにかしてこの謎の歌手について知りたい。そんな思いを抱きながら、2012年10月に再びモロッコへ。そして、マルセイユからフェズへと飛んだモロッコ再訪の初日に、謎はあっさり解けた。投宿したリヤドの近くに見つけた中古レコード店の親父さんに尋ねると、男の名前は「ホスィン・スラウイ」、「モロッコの歌手だ」と答えが返ってきたのだった。
これをきっかけに、手元の音楽資料をひもとき、インターネットを活用しながら、ホスィン・スラウイに関して調べ始めた。すると、その多くに「モロッコ最初の大スター」「シャアビの父」などと書かれているではないか。ご存知の通り、シャアビは大衆性の強い、モロッコの人々にとっての国民的歌謡。どうやら偶然にもとんでもない大音楽家と巡り会ってしまったようだ。しかし、彼について書かれたものは驚くほど少ない。モロッコ国外で CD 復刻された様子もない。謎は再び膨らんでいく。
それでも稀に出品される SP盤などをコツコツ買い集め、ネットで見つけたフランス語やアラビア語の文献を読み解くうちに、ホスィン・スラウイの実像が徐々に浮かび上がってきたのだった。
(続く)
※ 2012年にモロッコを旅行中、ニシムラヤスヒロ氏から連絡をいただき、ホスィン・スラウイのローマ字表記と Wikipedia の記事についてご教示いただきました。私がここまで調べることができたのは、ニシムラさんが最初に突破口を開いて下さったおかげです。改めて感謝申し上げます。
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