Houcine Slaoui : The Father of Moroccan Chaabi <3>

Houcine Slaoui : The Father of Moroccan Chaabi <3>_d0010432_21100648.jpg


■ホスィン・スラウイの音楽

 モロッコは古くよりベルベル人の土地であった。8世紀、そこに東方からイスラムが到来し、以降アラブ化が進んだ。その結果、ベルベルの音楽は地方アラビア語(方言)で歌われながら、様々なアラブ音楽から影響を受け続けることになる。20世紀に入っても諸外国の音楽が流入し続けるのだが、モロッコ音楽はとりわけエジプト音楽から大きな影響を受けて変化・発展していったのだった。

 そんなモロッコに生まれたホスィン・スラウイの心を最初に捉えたのは、サレの広場で繰り広げられていた大道芸の類。中でも吟遊詩人/門付芸人ルワイス rwais(単数形だとルワイェ rwaye)による歌芸だった。モロッコ各地で活動していた彼らは、詩人、社会批評家、コメディアンといった役割を兼ね備えていた。ルワイスの芸は、初期には一弦フィドルのラバーブ(リバーブ)を弾き語るライース rais を中心に少人数で演奏されるものだったらしい。後に三弦(または四弦)楽器ルタール l'outar (loutar) (ロタール、アムザとも呼ばれる)や、ベンディール/ダール状のハンドドラム(フレームドラム)も加わる編成になり、20世紀前半を通じて徐々に人気を高めていった。

(ちなみにこのルワイス、60年代以降はキャバレーなど観光客が集まる場所へと活動を移していったが、20世紀の終わり頃にはほぼ消え去り、今残っているのはマラケシュのジャマエルフナ広場などで演奏するグループくらいのようだ。)

 ホスィン・スラウイも最初はこうしたルワイスの模倣から出発したことは間違いない(スラウイの主楽器はウード=モロカン・リュートとされているが、彼の最も古いと思われる写真では、4人組の最左でロタールらしき楽器を抱えている)。その後に、当時発展著しかったエジプト音楽や近代ポップスの要素も取り入れていったのだろう。実際、エジプトの巨匠ムハンマド・アブデル・ワッハーブからは大きな影響を受けたと言われる。フランスに渡ってからも、同じマグレブのアルジェリアやチュニジアの音楽を吸収していった様子も思い浮かぶ。

Houcine Slaoui : The Father of Moroccan Chaabi <3>_d0010432_21185280.jpg
(Wikipedia より引用)


 そうしたことから、彼の音楽は晩年に至ってもベルベル的な大衆性を維持する一方で、同時にエジプト音楽色も濃い。その結果、アラブ的な楽器編成でありながら、アラブ=アンダルース音楽に見られる典雅さはさほど強くないという特徴を指摘できるだろう。大衆性と芸術性という2つの面を兼ね備えたところに、ホスィン・スラウイの音楽の魅力があるのだと思う。(対して、ゲンブリとカルカベによるトランス感強いグナワに通ずる部分は少なく、チャルメラ状のラッパの音が印象的な北部山岳の儀礼音楽ジャジューカからの影響もほとんど感じられない。)


 1948〜50年という短い期間になされた録音を聴くとき、まず耳を捉えるのは彼の歌声である。美声とは言いがたい、アクの強い歌声だ。しかし、独特な節回し、力の込め方、緩急の自在さ、伝わってくる感情、それら全てが素晴らしい。曲それぞれの歌詞の詳細までは分からないが、モロッコ社会のあらゆるテーマを取り上げており、日常の悲哀、社会的不正、愛と失恋、国民性などについて歌っているそうだ。第二次世界大戦時には、戦況に影響された社会変化を危惧して歌い、その曲は大ヒットしたという。

 そんな彼の歌を支える演奏は、自身が弾くウード(モロカン・リュート)、カーヌーン、さらにはダラブッカ、ベンディール、タールといった幾つかドラム類など、マグレブ音楽の楽器が中心だ。時折聴こえる金属的な音は、ナクース naqus(指先につける鉄製のカスタネット)だろうか。そこに男声/女声のコーラスが重なる。さらに曲によっては、ヴァイオリン、フルート、クラリネット、ピアノ、アコーディオンといった西洋の楽器も加わって、演奏のバリエーションの幅を広げていく。彼が初めてアラブ音楽に導入した西洋楽器も多いと言われ、こうした個性的な音楽は、フランスで多方面から刺激を受けながら探求した成果だと考えられる。

 彼の録音を聴いてもうひとつ注目すべきは、いかにも大道芸的な語り物を残していることだ。ダリジャ darija(口語アラビア語)のクセの強い発声、激しく上下する節回し、猛烈な早口、意味が分からなくても伝わってくるユーモラスさ、といった特徴をもっている。これこそがハルカなのだろう。モロッコ各地の広場には、昔からハルカ halqa と呼ばれるパフォーマンスを行う語り部たちがいた。彼らは地方の民話や自らの作り話を語って聞かせる存在で、虚実取り混ぜた大げさでユーモアたっぷりの語りは、大衆を大いに楽しませてきた。スラウイの語り物は、そのハルカの芸を継承したものである。

 死後も愛され続けるホスィン・スラウイは、「モロッコのトルバドール」「モロカン・シャアビの父」と崇められるばかりでなく、モハンマド・アブデル・ワッハーブ、サイード・ダルヴィッシュ、ムハメド・エル・アンカといった巨人たちと同列に語られることさえある(やや過大評価かとも思うが)。また、ピアノ、クラリネット、アコーディオンといった西洋楽器をモロッコ音楽に最初に取り入れたことも評価されている(モハンマド・アブデル・ワッハーブなどに先んじたとする資料もあったが、事実関係までは確認できなかった)。

 ホースィン・スラウイはこのようにして、ルワイス、ハルカなどモロッコの伝統芸を原点に、ヨーロッパやマグレブ諸国の要素を取り入れながら、彼独自の音楽スタイルを完成させ、後年の興隆する大衆音楽シャアビへの橋渡しという、大きな仕事を成し遂げたのだった。


(続く)








by desertjazz | 2021-04-03 00:00 | 音 - Africa
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30