Reissue of Gëstu de Dakar "Diabar"

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 個人的には、アフリカ音楽の中でも、70年代から80年代初頭にかけてのセネガル黄金時代に特に興味を持っている。この時代の音楽についてもっと知りたいと思い、先日紹介した Gëstu de Dakar "Diabar" のリマスター盤を買ってみた。レコードに封入されている4ページの解説に惹かれて。

 今回リマスタリングされた音は、当然ながらオリジナル盤の音には敵わない。そもそも何十年も昔の録音だと、マスターテープの劣化が進んでいて、一般的にリマスターには限度がある。そのことは、ジャズであろうとロックであろうと、ジャンルを問わず変わらないことは言うまでもない。しかし、この名盤が初めてリイシューされたこと自体はとても喜ばしい。

 このアルバム、改めて聴いてみると、アフロキューバン的な曲と、プレ・ンバラ的な曲が混在していて、良い意味で時代を感じさせる。70年代後半から80年代初頭にかけてのセネガルと言うと、Orchestra Baobab、Star Number One、Etoile de Dakar といった名前が真っ先にあがる。だが、このブログで再三取り上げている Le Sahel("Bamba" は 70年代の最重要作品のひとつ)や Guelewear や、この stu de Dakar も個人的には重要視している大好きなバンドたちだ。"Diabar" も、ラテン風なサウンドからンバラへの橋渡しとなっているところが魅力だろう。

 さて、お目当の解説書。期待した通りの内容で、買って正解だった。まず珍しい写真が大判で掲載されている。そしてライナーノートには貴重な情報がいくつも(贅沢を言えば、もっとたっぷり長いものを読みたいのだけれど)。以下、いくつかメモしておこう。

(この解説、フランス語でしか書かれておらず、一瞬困ったのだが、印刷されているQRコードを読み取ると、Syllart 公式サイトの中の英語版ライナーのページを開くことができる。)

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・Gëstu de Dakar は、ダカールの Gibraltar 近郊で、20代の若者たちにより結成されたオーケストラ。リーダーは Ass El Haji Malick Diouf。Gëstu はウォロフ語で「精神的な内省」(spiritual introspection)を意味し、彼らの哲学的野心を表明している。

・結成は 1980年。当初はダカールの Palladium のような小さなクラブ、コロバンのナイトクラブ、チエスの Gorome といった場所でプレイしていた。そして、バオバブのバルテレミ・アティッソの目に留まる。(・・・それで LP の裏にバオバブへの謝辞が書かれているのだな。)

・アルバムがレコーディングされたのは、サンゴール大統領の息子フランシスが 1978年に設立したスタジオ Golden Baobab(または Keur Francis)。このスタジオでは 16トラック・レコーディングが可能で、80年にはセネガル音楽の重要拠点になっていた。

・プロデューサーは 23歳のイブラヒマ・シラ。彼はフランシスとハイスクール時代に知り合い、親友、そして音楽制作のパートナーになった。イブラヒマはパリ留学から帰国し、Baobab や Ouza のアルバム制作を成功させたところだった。そのイブラヒマに Gëstu de Dakar が積極的に働きかけた。

・1981年に行われたレコーディングにおいて、サウンド・エンジニアの助言もあって、バンド編成を拡張。ウォロフとセレレで歌われる一方、メンバーにはソニンケ人やペウル人もいるという、他民族バンド。(・・・いかにもセネガルらしい。)

・タムタムはまだ使われておらず、ドラム、ティンバレス、トゥンバにキューバ音楽からの影響が色濃い。

・1981年にアルバムがリリースされ、クラブ Niney でバオバブの前座を勤めることでファンを獲得。しかし、アルバムはさほど売れなかったようだ。(・・・実際、決定的なキラーチューンはなく、他の有名バンドに比べて優れたシンガーがいなかったことが弱みか?)

・アルバム・カバーをデザインしたイブラヒマ・シラの友人 Djibathen Smabou についても触れられている(先日の記事で書き忘れたが、Syllart のレーベルのロゴ・マークをデザインしたのも彼だ)。このジャケット画、ちょっとおどろおどろしい印象の白黒画なのだが、そこにはある強い意味が込められたいた(興味のある方はライナーをご一読ください)。そのために、宗教界から反感を買い、ラジオでのオンエアも拒否されたらしい。

・これだけのバンドがアルバム1枚しか残せなかったのが疑問だったのだが、ヴォーカルの弱さや、ジャケ画への反感も影響したのだろう。その結果、メンバーたちは離散するものの、それぞれ Baobab、Ouza、Kine Lam、Super Diamono、Ismael Lo、Thione Seck などのグループに移籍したり、ヨーロッパに活動拠点を移したり。(・・・まあ、それだけ皆、実力があったということなのだろう。)


 このように活動期間がとても短かった Gëstu de Dakar。しかしそれでも、彼らの唯一のアルバム "Diabar" もまた、セネガル音楽のベルエポックを記録した1枚だと思う。






by desertjazz | 2021-03-28 10:00 | 音 - Africa
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