Houcine Slaoui : The Father of Moroccan Chaabi <16>

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■後日談1

 私がこの春にリリースしたホスィン・スラウイの CD を『レコード・コレクターズ』と『ミュージック・マガジン』がレビューして下さった。それも割と大きめの扱いで、かつとても良い評価だった(採点は満点の10点)。これにはビックリ! 自分がアルバムを制作し、それが雑誌に取り上げられることすら、全く想像していなかったので。これまでにも、そのような幸運な出来事が幾度となく繰り返されてきたのだけれど。

 このブログをお読みになっても分かる通り、私は一般に流布している情報を紹介することはあまりしない。情報過多の時代、それは余計なノイズにしか過ぎないだろうから。それより、自分が本当に興味を持ったことについて語る方が、楽しいし意味があると考える。ホスィン・スラウイもそんな一例。ほとんど誰も知らなかった音楽家なのだから。

 そのホスィン・スラウイの音楽はいつかきちんと紹介したいと願っていた。実際、幾人かの音楽関係者に彼の録音をお聴かせすると、誰もが「これは CD として世に出すべき」という。そうした声に背中を押されたこともあって、CD 制作に取り掛かったのだった。

 しかし、自分は小心者。CD を作ったところで、ほとんど誰からも見向きもされずに終わりかねないし、その時のショックは大きいだろう。なので、売ることはひとまず考えず、私家版として出すことにした。それを音楽好きの友人たちにプレゼントし、そのうちの何人かに聴いてもらえたらそれで十分だ、と頭を切り替えて。

 けれども、せっかく自主制作するなら、全て自分のやりたいようにやろう。どうせなら、これまで誰もやっていないようなものにしよう。その方が自分自身楽しめると考えた。その結果は、いかに前例のない、常識外れの制作だったか。

・販売なし/自身無報酬を前提に、制作費を捻出してから制作開始
・ほとんど無名の音楽家のSP録音の復刻
・選曲、ノイズリダクション、マスタリング、デザインコンセプト、ライナー執筆を個人で完遂
・盤起こしからマスタリングまで自宅のオーディオシステムとPCだけで作業
・リリースの予告なし、前宣伝なし
・隣接著作権の切れる死後70年の命日に突然リリース
・ジャケットは1点ずつ手刷り版画
・大判のライナーノートを1枚ずつ手折り
・ライナーの文字は読みやすいよう大きな活字で印刷
・ネットにある音源や動画へのリンクは一切なし
・完成盤を友人/知人たちに配布
・某レーベルからリリースする誘いはお断り
・会社やプロダクションを通じた配給もなし
・基本、買いたい/売りたいと連絡して来た方々だけにお譲り

 宣伝なし、配給なしなのに伴い、媒体等へのサンプルも作らなかった。ただし、長年お世話になったミュージック・マガジン社の知人には聴いていただきたくて、彼には完成盤をお送りした。すると、有難いことに早速聴いて興味を持ってくださり、それが2誌へのレビュー掲載に繋がったのだった。

 深沢さん、吉本さん、原田さんによる、それらのレビューを拝読して何より嬉しかったのは、スラウイの録音をじっくり聴いて書いている様子が感じられたことだ。私がなぜスラウイに興味を持ったかが伝わっていると思えたし、また、自分にとって参考になる指摘も含まれていた。そう考えると、今回いただいた高評も顔見知りに対する気遣いなどではないに違いない。どうやら、ホスィン・スラウイの音楽を世に出した意味は大きかったようだ。

 嬉しい反応は彼らだけに止まらない。CD を聴いて下さった方々から多くの私信や感想をいただいたのだが、キューバ音楽との関連性を指摘される方が意外と多かった。クラーベの音が聴こえる、リズム面での類似性が感じられる、等々。こうしたことは自分自身気付かずにいたので、それだけでも CD を作った意味があった。

(キューバ音楽との関連性は恐らく8曲目についての指摘だと思うのだが、実はこのトラックは最終的に外す候補だった。CD 制作に際して、最初は23曲ほど選んだが、徐々に曲数を減らして16〜17曲に。これでもまだ多いと思って12曲にしようとした。だがホスィン・スラウイの CD を作れるチャンスなんてこれが最後かもしれないと思い直し、16曲に戻したのだった。CD を聴いた方の感想で多かったひとつは、聴き出すと止まらなくてリピートしているというもの。ならば 12曲まで曲数を削らなくて正解だったようだ。)


 だが、個人的にはやり残したことが多いと感じている。リリース前後に「マスタリングもデザインもライナーも全部やり直したい」と話したら、誰からも「やめなさい」と言われた。納得はしているが、満足はできていない、まだそんなレベルなのだ。それでも、まず1枚作ることが最優先なのだと自分に言い聞かせている。最初から完璧なものなど作れないのだろうなぁ。

 ひとつだけ、特に後悔していることを白状すると、それは録音年代を特定できなかったこと。ライナーを書き上げた後にも熟考したのだが、少なくとも収録曲の数曲は 1942年前後の録音だった可能性が高い。つまり、録音期間を 1948〜50年としたのは誤りだったかもしれないということ。なので、集めた資料をじっくり読み直し検証して、新たな解説を書きたい。だけれど、今はそのための余裕はないし、また全く別なことをしようと気持ちが向かっている。

 では、次に何をやろう。ホスィン・スラウイの CD を出すために、形だけでも思い、一応レーベルを立ち上げたので、あと何枚か作ってみたいという気持ちはある。でも、やっぱり全く別のことをした方が面白いのではないだろうか? そのためのネタは色々あるのだが、どう形にすべきか決めかねるものばかり。

 どうせなら、誰もをアッと驚かせるものを紹介したい。例えば、ニューヨークでは、これまで存在すら知られていなかった Fela Kuti のファーストLPを「再発見」。レゴスでは、Bobby Benson の初CD化など貴重な音源をコンパイルした Evergreen Music Company に遭遇。そして、マラケシュでは Houcine Slaoui を発見。自分は幸運なのか、それとも特殊な嗅覚があるのか、どこに行っても何かを見つけて帰ってくるので。

 しかし、これらに匹敵するものは何だろうか? ホスィン・スラウイのリイシューへの反響が予想外に大きかったので、次のハードルがすっかり高くなってしまった。

 それはともかく、今回の復刻作業を(苦しみつつも)一番楽しんだのは自分自身だったに違いない。でも、それは多くの友人たちの協力があってのこと。そのことについて改めて感謝申し上げます! それと同時に、再度いつか突然おかしな相談を投げかけることもあると思いますので、その時にはまたよろしくお願いします!

 旅でも音楽でも他の関心事でも(仕事でも)、明確な目標を見出し定めるまでが本当に苦しい。でも、そこを乗り越えることができれば、その先には大きな喜びが待っている。今回、つくづくそう感じたのだった。さて、次の目標は?






by desertjazz | 2021-06-20 12:00 | 音 - Africa
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