徹底研究・ブッシュマンの音楽 1: イントロダクション

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(ブッシュマンから譲り受けた、2つの親指ピアノ、弓、土堀棒)


■ Music of Bushman - 1 : Introduction ■


◆ブッシュマンの音楽とピグミーの音楽

 1993年、私はアフリカ南部ボツワナ共和国のカラハリ砂漠でブッシュマンたちと出会い、彼らの音楽を初めて目の前で聴いた。その時思ったのは、それがピグミーの音楽とよく似ているということだった。夜通し続けられる強烈なコーラス(ヒーリング・ダンス)を耳にして、とりわけそう感じた。その後もブッシュマンの音楽とピグミーの音楽をレコードや CD で聴き続けているが、そのような認識は深まるばかり。これら二つの民族の音楽には共通点が感じられて、とても興味深く思う。

 どちらもアフリカ大陸で数万年の時を過ごしてきた狩猟採集民。身長が150cmほどという身体の小ささも一緒。両者は音楽的ルーツもある程度共有しているのかも知れない。彼らの音楽を聴いて、そのような考えが頭に浮かぶようになった。

 単に似ているだけではない。それぞれが極めて高度な音楽であり、またたいへん魅力的でもある。だが、日本でも世界的にも評価されているのはピグミーの方ばかりのようだ。これは一体どうしてなのだろうか? もしかすると、文化人類学者やカラハリを旅した人々の関心が、ブッシュマンに対しては「狩猟採集生活」に偏りすぎていたのかもしれない。ボツワナのカラハリ砂漠には長年幾人もの日本人学者が長期滞在し研究がなされてきた。しかし、それらの中にも音楽に視点を据えたものは少なかったように思う。(池谷和信さんがブッシュマンの親指ピアノに関する小論を出したことがあったり、中川裕さんが現在、ブッシュマンの歌や音楽について調査中だったりもするが。)

 これまでの録音(レコードや CD)を振り返ってみても、ピグミーに名盤とされるものの多いことが、そのような傾向を後押ししている。例えば、コリン・ターンブル Colin Turnbull の録音群は誉れ高い。CD時代に入ってからも、ルイス・サルノ Louis Sarno のアルバムや、日本のビクターからリリースされた『密林のポリフォニー イトゥリ森ピグミーの音楽』は素晴らしいと思う。それに対して、ブッシュマンの録音作品は、数で劣るだけでなく名盤と言われるものは見当たらない。

 そうした諸々のことが、ピグミーの音楽とブッシュマンの音楽への評価や認識の差を生み出しているのではないだろうか。

 それでも、ブッシュマンの音楽は本当に素晴らしいと思う。親指ピアノやマウス・ボウの調べは、シンプルながらも心に響く。特別な夜に朝まで続けられるポリフォニー・コーラスはピグミーのものにも劣らない。なので、ピグミーの音楽の美しさや面白さを知る人ならば、ブッシュマンの音楽を聴いても、同様な魅力を見出すことだろう。

 さて、これから何回かに分けて、自分が愛してやまないブッシュマンの音楽を紹介していこう。


◆カラハリに暮らすブッシュマン

 ブッシュマンは長年アフリカ南部のカラハリ砂漠で暮らしてきた。彼らはアフリカ最古の民族とも言われ、古くはサハラ砂漠以南のアフリカ全域に住んでいたらしい。しかし、バンツー系民族に押されたために、多くは次第に南下。一方、近代に入ってからは、現在の南ア共和国に入植した白人たちに追われて、環境が最も厳しいカラハリ砂漠での生活を強いられるようになった。

 カラハリ砂漠の大部分はボツワナ共和国に属するが、北西部はナミビア、南部は南アにもまたがる。そのため、ナミビアの北東部や南アの中央北部にもブッシュマンは住んでいる。ブッシュマンたちは居住エリアによっていくつかの民族に分けられるが、そうした各民族の間の違いは呼称を超えるほどのものではないだろう(現在では周辺民族との混血が相当に進んでおり、「純粋な」ブッシュマンはほとんどいないようでもある)。一方、音楽的にはそれぞれにある程度の特徴が見受けられる。

 彼らのうちで、昔ながらの狩猟採集生活に最も近い営みをしてきたのは、ボツワナの中央に広がるセントラル・カラハリ・ゲーム・リザーブ(中央カラハリ動物保護区 Central Kalahari Game Reserve、CKGR)のエリアで、食料となる動物や植物を探して暮らしていた人々だった。しかし彼らは1997年、ボツワナ政府により CKGR 内での生活を禁じられ、その外での定住生活を強いられた。ボツワナ政府はブッシュマンの保護策でもあると主張したが、元々 CKGR といった人為的な区画などなかった時代から暮らしてきたブッシュマンたちにとっては大迷惑。その政策が彼らの音楽にどのような影響を与えたのかも、個人的に大きな興味だ。そのことについては、追って語りたい(その後、強制移住をめぐって裁判となり、ブッシュマンたちは CKGR での生活権を取り戻したのだが、実際砂漠に還って行った人々は少なかった)。

*1)
 カラハリ砂漠は「砂漠」と言っても、一面が砂のサハラやナミブとは様相がかなり異なる。砂しかない土地は限られており、ほとんどの場所に草や野生植物、灌木などが生えている。もしそうでなければ、ブッシュマンたちも動物たちも生きていけないし、弓矢などの道具や楽器を作る材料も得られない。実際、狩猟採集民と言いながらも、食料を野生動物に頼る割合は低く、対して採集した植物への依存度は80パーセントを超えていたようだ(上の写真の土堀棒は地中に埋まった根菜類を掘り出すために使われる)。

*2)
 一時期「ブッシュマン Bushman/Bushmen」という呼び名は蔑称であるとして、これを避け、「サン San」「Khwe」「Basarwe」など他の言葉が選ばれることもあった。しかし、それらの方はより問題が大きいという考えから、最近は「ブッシュマン」という呼称に落ち着いている。個人的にも「ブッシュマン」に差別感覚はない。


◆ブッシュマンの音楽(概要)

 多様多彩なブッシュマンの音楽のうちで、代表的なものは次の2種類。

(1)パーソナルな音楽

 個人的な楽しみや気晴らしとして演奏される音楽。代表的な使用楽器は、親指ピアノ(ドンゴ dongho、デンゴ dengho などと称される)、マウス・ボウ mouth bow、ミュージカル・ボウ musical bow、ヴァイオリン状の1弦楽器、ギター、ハープ状の5弦/4弦楽器など。少ない例外を除くと、大半のものは男性が一人でつま弾く。基本的には演奏のみ。しかし歌詞のない歌(ごく稀に口笛も)が伴うこともある。あくまでパーソナルなものであるが、奏者のそばに人が集まって聴き入ることも多い。(ちなみにタイコが使われることはほとんどない。これは、砂漠には太鼓を作る材料となる太い木がほとんどなく、またタイコほど大きな楽器は移動生活する彼らにとっては大荷物すぎるからでもあるのだろう。)

(2)ヒーリング・ダンス(トランス・ダンス)

 病人を治癒する目的で集落の総勢が集って行われる、踊りを伴う音楽。夜、数十人の男女が集まる。女性たちは、焚き火を囲んで座り、ヨーデル風のポリフォニー・コーラスを唱和し、強烈なハンドクラップ(手拍子)を繰り出す。その周りをヒーラー(治癒者)に先導された男たちが、足首にラトル(ガラガラ)をつけ、細かな足踏みをしながらゆっくり廻る。男たちは時に奇声のような叫びを上げる。ヒーラーは時々トランスに落ち入りながら、病人たちを治癒していく。ヒーリングあるいはトランスと言いながらも、人々にとっての楽しみでもあり、雰囲気は和やかだ。この歌と踊りは太陽が昇る朝まで続く。

 その他、以下のような音楽が見られる。

(3)女性グループの音楽

 数は少ないが、女性たちが数人で楽器を演奏したり、作業歌や楽しみとしてのコーラスを一緒に歌ったりすることもある。

(4)南アのポップに影響された音楽

 ブッシュマンたちは近隣の他の民族や文化から隔離されているわけではなく、ラジオや人的な交流を通じて南アのポップなども受容・吸収している。その結果、近年新しいスタイルのブッシュマンの音楽も生まれている。


 こうした音楽のうち、個人的には親指ピアノとヒーリング・ダンスに特に魅力を感じている。美しく軽やかだが、切なくも聴こえ、ミステリアスで少し妖しくマイナーモードな響きの親指ピアノ。複雑なコーラスに手拍子や叫びや足踏みなどが重なり合い、そうした様々な音が渾然一体となって響く強烈なヒーリング・ダンスの音楽。それらを聴く度に、すっかり魅了されてしまう。


 先に、ブッシュマンの音楽の録音には良いものがないかのように書いたが、決してそのようなことはない。次回以降、そうした録音の数々を取り上げながら、ブッシュマンと彼らの音楽について、より詳しく語ってみたい。


##

(追記)

*3)
 ブッシュマンの身長について:平均身長は 155cm 等と書かれることが多いが、私が会ってきた集団の中には 160〜170cm 程度の人が多かった。これはバンツー系などの周辺民族たちとの混血が進んでいるからなのだろう。






by desertjazz | 2022-02-01 00:00 | 音 - Africa

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