徹底研究・ブッシュマンの音楽 3:E・M・トーマス『ハームレス・ピープル』

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■ Music of Bushman - 3 : Elizabeth Marshall Thomas "The Harmless People" ■


◆E・M・トーマス『ハームレス・ピープル 原始に生きるブッシュマン』

 "The Harmless People" は、最も古いブッシュマンの録音を行なったローナ・マーシャルの娘、エリザベス Elizabeth Marshall Thomas が著した本。『ハームレス・ピープル 原始に生きるブッシュマン』という邦題で、日本語版も出版された。

 マーシャル調査隊3度目のカラハリ旅行(1953〜54年)に続く、1955年8月からの4度目の旅にも帯同した娘エリザベスによる旅行記であり、前半はボツワナ側(当時はベチュワナランド)、後半はナミビア(当時はドイツ領南西アフリカ)での、ブッシュマンたちとの美しい交流について描かれている。

 1955年と言えば、ローレンス・ヴァン・デル・ポスト Laurens Jan van der Post が古のブッシュマンを探してカラハリを探索した時期(1950、52、55年の3回)とほぼ重なる。その L・ヴァン・デル・ポストの旅行記 "The Lost World of the Kalahari"『カラハリの失われた世界』は名著とされる。だが、ブッシュマンと出会うまでの記述が長く、また著者が幼少時代を南アで過ごし、ブッシュマンの血が混じった女性に育てられたためか、自身の追憶に重きが置かれている印象が強い。対して『ハームレス・ピープル』の方は、良かれ悪しかれブッシュマンたちとの交流が生き生きと描かれている。当時に限らず近年も含めて、ブッシュマンの音楽を伝える著作や文章としては、このエリザベスの作品を超えるものはないだろう。

*1)
 L・ヴァン・デル・ポストは、ご存知の通り、大島渚監督の映画『戦場のメリークリスマス』の原作 "A Bar of Shadow"『影の獄にて』の著者でもある。


『ハームレス・ピープル』の中から、音楽や踊りの描写をいくつか拾ってみよう。

「・・・この中空のメロンの上に楽器を据えて演奏し始めた。豊かな共鳴と開口的な短調から成る甘く静かな音楽が流れ、そのリズムと音色はオルゴールを思わせた。」(P.75)

「・・・ブッシュマンたちはみんな音楽が好きで、話をやめて聞き入った。」「やがて子供たちは立ち上がって踊り始めた。それは普通のブッシュマンの男の踊りで、小刻みに強く足踏みしながら輪になって踊るものである。」「・・・二人の子供が互いに顔を突き合わせて踊る「ダチョウ」というダンスを始めた。」等々(P.84)

「(ツァマ・メロンの皮は)子供の太鼓として、楽器の共鳴器として使われる。」(P.120)

「オリオン座が沈み、みんなは眠りにつき、私たちもウェルフを立ち去ろうとすると、ウクワネが狩の弓を取り出し、弓の一端を乾燥したメロンの皮に当て、アシで弦をたたいて音を出し始めた。まもなく彼はメロディーをハミングし、弓で伴奏しながら曲をかなでた。」「・・・足の指で弓の一端を押さえていた。一方の手の指で弦にさわると音色が変わった。音の高低に変化をつけたいときには、頭をちょっとねじるようにして弦の他端をあごで押さえた。」「それは、まじないの歌を除いてブッシュマンの歌がすべてそうであるようにムード・ソングであった。つまり、歌詞のない純粋な音楽とでもいうべき歌で、・・・」(P.139〜140)

*2)
「ウェルフ」はブッシュマンの小さな村のこと。「シェルム」という小屋が集まって集落をなす。

「ブッシュマンたちがまじないの踊りを踊るとき、そのまじないはまじない師の体内から生じる。」(P.149)

「・・・ブッシュマンたちは雨乞いの踊りを踊っていた。全員が集まり、女は歌を歌い、男たちはたき火のまわりをぐるぐるまわっていた。たき火と月光の薄気味悪い光の中で、足元から砂ぼこりがもうもうと立ち、・・・」「踊りはとても力強かった。男たちが速く踊りまわるにつれて、歌も調子を高めていった。遠くのウェルフからまじない師がやってきて歌いながら踊りの中へ、ヒョウのごとくしなやか、かつ華麗に飛び入った。」「彼は微笑を浮かべるや、突如として踊り始め、踊り手たちを先導した。」「歌は非常にテンポを速め、まわりの踊り手たちもいちだんと激しく速く踊り狂った。と、そのとき突如として、雨が降り始めたのである。」(P.176)

「(たくさん採集した後)女たちは・・・三つか四つの声部に分かれて、陽気で軽快な歌を歌っていた。」(P.251)

「彼は自分で作った「グアシ」という弦楽器をもっており、どこへ行くにもそれを携えていた。細長い指で弦をつまびいて演奏するとき、彼は楽器のそれとは異なる調べを、ハミングした。歌にグアシが複雑微妙な伴奏を付し、二つのテーマが織りなされて、音楽の織物ができるのだった。」「グアシは長さ三十センチメートルほどの丸太でできていた。その中は空洞になっていて、木のふたがついており、共鳴器の役をしている。丸太の一端には五本の細長い棒が固定され、そこから腱でできた五本の弦が張られている。」(P.261)

*3)
「グアシ」はクン・ブッシュマンたちが演奏するハープ型の5弦楽器である(4弦のものもある)。開放弦5本という構造のためか、その音色はちょっとアイヌのトンコリも連想させる。

「若者は他人に聞かせるのためではなく、自分のために弾いていたのだけれども、自分の気分を聴く者たちに浸透させることができた。演奏が終わり、人々が立ち去るころには、みんなの気持ちもしんみりしたものになっているのだった。」(P.263)


 エリザベス・マーシャルは各地のブッシュマンたちと心を通わせながら、このように音楽や踊りについて冷静に観察し正確な記録を残した。この本は美しい文章に溢れており、すでに失われてしまったブッシュマンの姿を呼び覚ます。そして、変化しつつも現代まで受け継がれた彼らの音楽についても詳細に語っている。ブッシュマンに関する、とりわけ重要な文献と言って間違いないだろう。






by desertjazz | 2022-02-03 00:00 | 音 - Africa

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