徹底研究・ブッシュマンの音楽 5: ブッシュマンの録音 (3)

徹底研究・ブッシュマンの音楽 5: ブッシュマンの録音 (3)_d0010432_17411456.jpg


■ Music of Bushman - 5 : Records of Bushman (3) ■


◆ジョン・ブレアリーによるボツワナでの録音

 ブッシュマンの録音の中で個人的に特に気に入っているのは、ジョン・ブレアリー John Brearley によるものである。

"Music of the Kalahari" (Kalahari Music K1, 1997)
"Kalahari 2 - More Music of the Bushmen and their Neighbours" (Kalahari Music K2, 1997)
"The Naro Choir of D'Kar" (Kalahari Music K3, 1997)
"Tsisi Ka Noomga - Songs for Healing : Instrumental and Vocal Music of the Kalahari Bushmen of Botswana" (Kalahari Music KCD004, 1997)


徹底研究・ブッシュマンの音楽 5: ブッシュマンの録音 (3)_d0010432_12380834.jpg

徹底研究・ブッシュマンの音楽 5: ブッシュマンの録音 (3)_d0010432_12381226.jpg


 ジョン・ブレアリーは、ボツワナ国内でカラハリ砂漠各地のブッシュマンとカラハリ周辺に暮らす様々な(ブッシュマン以外の)人々を訪ね、彼らの音楽を採録した。それらを元に制作したのが、これらのカセットテープ3本と CD 1枚。ただし、3本目のカセットにはブッシュマンの録音は含まれていないようだ(入手できなかったため未確認)。また4作目としてリリースした CD は、副題通りブッシュマン中心で(「町中」の音楽も含む)、多くがカセット音源から再収録されている。

(採録地は、ナミビア近くの Grootlaagte、CKGR の西の入り口 Ghanzi 周辺の Hanahai、D'Kar、Jakkalspits、北部の Nata という5ヶ所。)

 その CD のブックレットには、ブッシュマンの音楽と楽器について詳しく書かれており、とても参考になる。

 まず彼は、約1万年前まではサハラ以南の全域にブッシュマンがいたものの、(1997年時点で振り返って)最近50年で彼らの生活が大きく変化したことを指摘している。それまでは狩猟採集生活が中心だったものが、20世紀に入って周辺民族との共生、さらには混血が進んだ。その過程で、彼らの音楽も変化し続けたことだろう。90年代に砂漠の奥中での狩猟採集生活が一旦途絶えたことを考えると、彼が録音を行なった時期はギリギリ意味の大きなタイミングだったようにも思える。

(1)楽器演奏

 ブレアリーはブッシュマンの以下の楽器を録音し解説を加えている。彼の解説を参考にしながら、簡単に整理してみよう。

・マウス・ボウ Mouth Bow:これには2種類ある。弓と弦の中央部を紐で引き締めているかいないか(braced か unbraced か)の違いで、前者は2音、後者は1音だけ鳴らす。もちろん弓を流用した楽器。だから、普通は男性しか演奏しないのだろう。弓の一方の端を口に当てて、短く軽い棒で叩く。口腔に共鳴胴の役割を持たせて、口の形を変えることで音を変化させる。(彼の録音には、アイヌの口琴ムックリを連想させるものがある。)

・ミュージカル・ボウ Musical Bow:棒に張られた金属弦をスティックで叩いて演奏する。演奏形態として、dakateri/tandiri、segankuru/segaba、sebanjoro、dakateri によるアンサンブルといったものがある。通常は一人で演奏し、その多くは女性によるが、segankuru/segala だけは男性のもので、空きカンが共鳴器として用いられる。

・親指ピアノ Dongo/Setinkane:ブッシュマンの親指ピアノは地域や個人によって様々あり、呼び名もそれぞれで異なる。Setinkane とはツワナ語 Setswana での呼び方だという。イリンバなどのような箱型ではなく、多くは無垢な板に 8〜18本ほどの金属キーを並べた板型。アフリカの親指ピアノは実に様々だが、それらの中でも特にシンプルなものだ。それでいて、ブッシュマンの親指ピアノにもキーの配列にはいくつものタイプがあり、それぞれに名前がつけられている。ジャラジャラ鳴るバズ音(サワリ)を発生させる仕組みもあったりなかったりなのだが、ブレイリーが録音したバズ音のない(小さい?)親指ピアノの音色は軽やかで、まるでオルゴールのように聞こえる。(ブッシュマンの親指ピアノについては書くべきことが多いので、改めてじっくり紹介したい。)

・Guitar:ギターは1920年代にはすでもたらされており、収録トラックは南アの曲を演奏していると書かれている。

 こうした楽器演奏はあくまで個人の楽しみとしてなされるものだ。dakateri を除くと、アンサンブルで演奏されることはないらしい(一方、ヒーリング・ダンスで楽器が使われることはないとも、はっきり書かれている)。が、それをそばで聴く人もいる(そうした描写は第3回で取り上げた『ハームレス・ピープル』での記述を思い起こさせる)。また、演奏をする時間帯は、たいてい暑くなった午後から夕方にかけてである(実際、昼頃には気温が40度を超え、狩りや採集に出かけるには不向きだ。それでいて、明け方には氷点下にもなりうる過酷な環境で彼らは生きてきた)。

(2)ヴォーカル・ミュージック

 解説を要約すると「焚き火を取り囲む女性たちが、母音のみで、ヨーデル調のポリフォニックなコーラスを奏でる。男たちは小刻みにゆっくり足踏みしてまわる。治癒者 Healer の胸は火よりも熱く感じられるようになり、トランスに入ることで治療を施す。このヒーリング・ダンスは日の出まで続けられる。」と、これまで書いてきた通りの内容である。


 ジョン・ブレアリーによる録音集は、ブッシュマンの代表的な音楽をバランスよく収録しており、その何れもが魅力的で、録音の質も申し分ない。マウス・ボウや親指ピアノの素朴な演奏には聴き入ってしまうし、ヒーリング・ダンスに対する視点(その特殊性に関しては追々書く予定)にも秀でていて、ドキュメント性が高い。だが、カセットも CD も私家版で、一般にはほとんど流通せず、残念ながら現在この CD を入手することはほとんど不可能なことが惜しまれる。

 それでも有難いことに、彼がボツワナで集めた録音はインターネットのライブラリーで公開されている。それらには町のストリートなどで録音したサウンドスケープも多いが、!Kung、Nharo、Makoko といったブッシュマンの録音も含まれている(トラック数が 1000を超えるため、ブッシュマンの録音がどれくらいあるのかまでは確認できていないのだけれど)。



徹底研究・ブッシュマンの音楽 5: ブッシュマンの録音 (3)_d0010432_14402471.jpg
(左の親指ピアノはブッシュマンから譲られたもの)




(追記)
・John Brearley の CD をリイシューできないだろうかと考えているのだけれど、難しいかな? 
・彼のライブラリーは [Subject / genre ] から入ると探しやすい。数えてみたら Healing dance だけで 137トラックもあった。しかも1時間近いものまで。これだけ素晴らしく充実したアーカイブスがあるのなら、もはや CD を作る必要はないとも言えそう。






by desertjazz | 2022-02-05 00:00 | 音 - Africa