徹底研究・ブッシュマンの音楽 8: ブッシュマンの録音 (6)

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(CD が乗せられているのはブッシュマンのハンティング・キット)


■ Music of Bushman - 8 : Records of Bushman (6) ■


◆21世紀に生きるブッシュマンの文化伝承

 昔そろそろ 20世紀が終わる頃、「ボツワナ政府によるブッシュマンの再定住化がとうとう始まった」と、ある日本の文化人類学者からメールを受け取った時、これでブッシュマンの文化や音楽が潰えてしまうのだろうかと危惧したことを覚えている。実際、この知らせはカラハリをフィールドにする研究者たちに、少なからずショックを与えたようだ。いや、ブッシュマンたちが受けた影響ははるかに大きかった。

 1979年、「遠隔地開発計画」によって、カラハリ砂漠の奥で狩猟採集生活を送っていた多くのブッシュマンたちが、セントラル・カラハリ動物保護区(CKGR)の西部に新しく造られた町(村?)カデ Xade に集められた。

 そして 1997年、カデよりさらに西、CKGR の外側にニューカデ New Xade が造られ、カラハリのど真ん中ギョム Gyom などで移動生活をしていた人々を含む、グイ、ガロ、ナロと呼ばれるブッシュマンたちが CKGR から追いやられることとなった。

 これで、古から続いていた狩猟採集生活が完全に消滅するのだろうか? それに伴って彼らのヒーリング・ダンス(トランス・ダンス)も消えるのだろうか? ひとつの文化が消滅するのかもしれない。そう思ったのだった。

 だが、実際はそうとは言い切れないことに、最近あるアルバムを聴いて気がついた。

 CKGR の外でも、昔から様々なブッシュマンが生活してきた。またボツワナ国内でも、幹線道路沿いにブッシュマンの集落が点在している。そして過酷なカラハリ深部を離れた彼らも、パーソナルな音楽はもちろん、トランス・ダンスさえ楽しみ続けていた。それは、クン・ブッシュマンの録音を聴いても想像できるはずのことだった。

 ブッシュマン伝統の音楽は簡単に消え去ったりなどしない。今回取り上げるそのアルバムは、時代が 21世紀に移っても、ボツワナのブッシュマンたちが彼ららしい音楽を保ち続けている様子を伝えてくれる。

 ブッシュマンを研究している丸山淳子さんはこう書いている。「新しいものはあっさりと受け入れる一方で、古いものもけっして手放しはしなかった。」(『変化を生きぬくブッシュマン 開発政策と先住民運動のはざまで』P. iii )正にその通りだろう。


◆クラーク・ウィーラーによる 21世紀の録音(1):概説

 今年はブッシュマンの音楽を聴き返し調べ直そう、そう考えて新たな音源を探している時に出会ったのが、クラーク・ウィーラーの録音だった。

 ボツワナはブッシュマンが最も多く住む国であるのに、ここでの録音は(ジョン・ブレアリーのアーカイブスを除くと)驚くほど少ない。その観点からだけでも、このアルバムの価値は大きい。しかもなかなかな内容である。そして、ブッシュマンの音楽が 21世紀に入ってからも本質的には変わっていないことを捉えている点も重要と言える。なので、このアルバムとの出会いが、今回この「徹底研究・ブッシュマンの音楽」の連載を始めるきっかけになったようなものである。


"When We Were Free: Bushman Music of Botswana" (Bushman Music Initiative no number, 2017? )

 現在アメリカ、オハイオ州シンシナティに住むクラーク・ウィーラー Clark Wheeler が、2006年と2008年の2回に渡ってボツワナで録音した音源集。同国西部の町ハンシー Ghanzi 周辺の、話す言語も異なる、以下のブッシュマンの3つのグループ(民族)の音楽を紹介している。

 ・Grootlaagte の Ju'hoansi(ハンシーの北西、ナミビア国境に近いエリア)
 ・D'Kar の Naro(ハンシーの北東、マウン Maun 方向)
 ・Bere の !Kung(ハンシーの南東、首都ハボローネ Ghabrone 方向)

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(録音地3ヶ所。小冊子 "Bushmen Crafts" (Gantsi Craft) より引用。)


 この CD はバランス良い選曲がなされている。また、ライナーの解説もあまり長くないが、これまで書いてきたことのまとめになっており、さらに重要な指摘もされている。以下、いくつかメモしておこう。


 まず、カラハリ・ブッシュマンの暮らしにおける火の重要性について強調する。終夜続けられるトランス・ダンスにおいて、スピリチュアルな世界と交感する上でも焚き火が必要だとも。

 以降しばらく、ブッシュマンの音楽の特質について書かれている。

・ブッシュマンの音楽は(西洋音楽のような)コードに基づくものではなく、メロディック・パターンを基礎とする。
・4音ないしは5音からなるパターンで、音の上下よりも「サークル」内でのピッチ変化が特徴。
・それぞれの歌は特定のメロディック・パターンにより特徴付けられる。それは曲の間、繰り返される。
・しかしこれは単純な繰り返しではない。ひとつのピッチでのメロディーのパターンが終わると、それより下降した隣接ピッチへ移行する。それが4回繰り返され、最初の音階に戻る。
・ブッシュマンの歌は、home chord が存在しない、circular なもので、ひとつのメロディーの開始点も終了点も明確ではない。

 以上のような、ブッシュマンの音楽の「円環構造」に関する分析は重要だろう。解説は続く。

・ブッシュマンのダンスは総出でなされる。
・高度にポリフォニックであり、個々の声が異なるメロディーやラインを奏でる。
・リズムは複雑で、常にシンコペートする。
・歌は手拍子よりわずかに遅れる。
・歌のメロディーは激しく動き(音階が極端に上下するということだろう)、ヨーデル風である。

 メロディーがそうした円環構造の中で、一方向に(clockwise に)上昇ないしは下降することを再度指摘している。

・Dave Mathews がブッシュマンに歌の背景について質問すると、「それには意味はない。自分たちが言葉を持つ前からある音楽だから」と返された。(それを根拠に、ブッシュマンが地球最古の人間であることを示唆している。)


(※ ちょっと長くなってきたので、個々の収録トラックについては次回にします。)


◆時代変化に翻弄されるブッシュマン

 そんなブッシュマンたちは、今(1990年代/2000年代以降)困難に直面し、環境も生活も徐々に変化している。

 CKGR 圏外での定住を強制されたものの、砂漠での生活圏を巡って裁判が行われ、彼らの権利が一部取り戻された。そしてブッシュマンの中には、かつての居住地に帰っていく者もいた。だが、これで問題が解決したわけではない。

 年配のブッシュマンには、住み慣れた土地で昔ながらの狩猟と採集の生活を渇望する人も少なくない。繰り返された移住/定住の結果、1000人にも及ぶほどに人口が集中する集団生活の軋轢に耐えきれなかった人も多い。そうした人々(数百人程度)は砂漠に戻った。その一方、多くのブッシュマンたちは現代の技術や文化を知り好んでいる(ウィーラーは薬の魅力も指摘)。

「若者たちが、自分たちの文化が変化することを拒否する必要はない。」「ブッシュマンたちは世界から切り離されたままでいることを望んではいない。」というクラーク・ウィーラーの指摘は重要だし、日本人研究者たちの主張とも一致する。

 しかし、砂漠の中での生活も新しい村での定住生活も、いずれもが、ある程度まで政府からの食料や水の供給に依存したものとなっている。砂漠での生活圏を取り戻したと言っても、狩猟を許可されたエリアは限定されたままである。定住生活するにしても、そこでの仕事不足は深刻だ。現金収入を得たことでアルコール依存に陥る人が増えたことも、大きな問題となっている。とにかく現実は厳しい。

 現代世界の変化に激しく翻弄されながら、数々の難題に直面しつつも、たくましく生きることを求められているのが、現在のブッシュマンなのである。



*1)
 ボツワナのブッシュマンの定住化/再定住化の経緯に関しては以下の文献が詳しい。

・丸山淳子『変化を生きぬくブッシュマン 開発政策と先住民運動のはざまで』(世界思想社、2010)
・田中二郎 編『カラハリ狩猟採集民 過去と現在』(京都大学学術出版会、2001)

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 また、例えば次の文献にも短くまとめられている。








by desertjazz | 2022-02-08 00:00 | 音 - Africa

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