■ Clicks of Bushman's Language ■
◆徹底研究:ブッシュマンの音楽14(番外編)〜 クリック発音に関するメモ
ここ最近、ブッシュマンたちの会話の録音を聴き返している。そこで飛び交う言葉の端々には彼らの言語に特徴的な「クリック」が頻繁に混じり、その響きがブッシュマンの音世界を豊かにしているように感じられて興味深い。
そのようなブッシュマンのクリック発音なのだが、これまで正確には理解できずにいたので、一度自分なりに整理してみることにした。ところが調べれば調べるほど分からなくなってくる。できれば、どなたか専門家のご教示を賜りたいところでもあるのだが。
ブッシュマンのクリックは通常4種類あると言われる(例外的に6種類?と書かれたものも目にした)。それらについて解説している資料等を、書籍の中やネットで探したのだが、適当なものが見つからない。探し方が不十分なのか、一般にクリックへの関心が低いからなのか(実際、アフリカの言語の研究者は少なく、また研究者以外で関心も持つ人も稀だろう)。何れにしても、割と入手しやすい文献としては、現時点でも田中二郎『ブッシュマン 生態人類学研究』新装版(思索社、1990)の第1章4節「セントラル・カラハリ・ブッシュマンとその言語」(PP. 27-33)がベストのようだ。
そこで、主にその田中氏の解説に基づいて、ブッシュマンのクリックについて整理してみよう。
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ブッシュマンが用いる発音には、一説では 200あるとも言われる。それらの中でも、彼らの発音を特徴付けるのは4種のクリックである。
1. [ ! ]:アルファベットの 'Q' で代用されることもある。「ポン」と弾ける音。(より詳しく書くと:専門用語的には「口蓋音」。舌先を上口蓋に軽く押しつけて、下方へ鋭く離して発音。「ポン」という乾いた音。)
2. [ / ]:[ ' ] と表記されることもある。アルファベットの場合は ‘C’ で代用。前歯を舌で「チッ」と鳴らす音。(より詳しくは:歯音(dental click)。舌先を上の歯と下の歯の間に軽く押しつけ、素早く後方へ離す。舌打ちに似た「チェッ」という音。)
3. [ ≠ ]:アルファベットの場合は 'X' で代用。口の脇の方から「ベチャッ」と鳴らす音。(「歯茎ー口蓋音」。舌の下側の先端部を上歯茎から上口蓋にかけて強く押しつけ、下方へ鋭く離すときに生じる摩擦のある音。)
4. [ // ]:アルファベットは 'G' で代用。しわがれた喉音。(「側音」。舌の下側の先を広く強く上口蓋に押しつけておいて、下方やや前方へ鋭く離すときに舌の両側面より発する音。[ ≠ ] と似ているが、より鈍い摩擦のある音。・・・実は個人的には、これの正しい発音が昔からどうにもわからない。)
*1)
アルファベット C、Q、X、G による代用表記は、この連載の第8回と第9回で取り上げた Clark Wheeler の CD "When We Wree Free" のライナーノートに基づく。ただし、この表記法については他では読んだ記憶がない。またそのライナーは、[ / ] と [ ≠ ] を取り違えているようにも読める。
*2)
クリック発音は、ボツワナのカラハリ砂漠のブッシュマンでも、他のナミビアや南アのブッシュマンでも大差ないと思われる、ただし文献によっては、クン・ブッシュマンのクリック発音を表記する際には、また別の記号も使われていた。
*3)
これら4つのうち「ポン」と鳴らす [ ! ] は、練習すると割と容易に習得できる、もっともクリックらしい発音。 [ / ] の発音も易しい。ただし、[ / ] と [ ≠ ]、[ // ] との違いが分かりにくい。人によって発音が結構違って聞こえることも、私を混乱させている。なので、もっと適当な資料に当たる必要があるのだろう。
少し具体例を示すと、私がかつてキャンプしたカラハリのブッシュマンには、「こんにちは」は「カイ !kai 」、「食べ物」は「オンホジ !onhoji 」だと教わった。これらは、クリックと同時に続く音を発音するのが重要なポイント。つまり、「オンホジ」は「(ポン)+オンホジ」ではなく、「(ポン)ホジ」と聞こえるように発音する。
*4)
昔研究者からいただいた資料を読み直すと、「こんにちは」は [ !kai ] ではなく [ ≠kai ] と書かれていた。カラハリではずっと [ !kai ] で通してきたが、全く問題なくコミュニケートできていた。多分クリックなしで話しても彼らには通じるのだろう。実際、当時の録音を聞き返すと、彼らも時々クリックを省いて会話しているようだった。
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クリックをふんだんに用いたポップ・ミュージックを挙げるならば、断然、南ア生まれのミリアム・マケーバ Miriam Makeba の "Pata Pata" が有名だろう。彼女にはその名もずばり "Click Song" という代表曲もある。ところがよく聞くと、どちらもクリックは [ ! ] しか使っていない(しかし、アルバムの他の曲の語り部分などでは、他のクリックも聞こえる)。
もう1曲、同じ "Pata Pata" をセネガルのクンバ・ガウロのヴァージョンで聴いてみよう。こちらはクリックを全く用いずに歌っている。同じアフリカといえども、クリック発音が使われる領域は限定的で、地域によってクリック発音に対する認識が異なるということなのだろう。
そんなクリックが豊かなブッシュマンなのであるが、彼らのヒーリング・ダンス(トランス・ダンス)のコーラスは、母音のみによるヨーデル風のものなので、クリックは一切混ざらない。
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